『ゼロの聖域』   作:てんま10

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7話「迷いの刃」

 

 盾を構えたウェディングの前で、男は微動だにしなかった。

 都市の静寂の中で、二人の間には不穏な空気が流れていた。

 

 「処刑、執行します」

 

 ウェディングの声が響く。

 彼女の盾が淡く光を帯び、次の瞬間、強烈な閃光が迸る。

 その光はこれまで数え切れないほどの異端者を消し去ってきた。

 だが——

 

 男はそこにいた。

 

 閃光が収まった後も、彼はまるで何事もなかったかのように立っていた。

 処刑の光が触れるはずの場所にいたというのに、男の身体は粒子と化すことなく、その瞳には依然として感情の輝きが宿っている。

 

 「——何?」

 

 ウェディングの瞳がわずかに揺れた。

 

 「処刑人殿、悪いがその力は僕には効かないよ」

 

 男はそう言うと、ゆっくりと黒い外套を翻した。

 彼の周囲に、わずかに黒い霧のようなものが漂っている。

 

 「お前……何者だ?」

 

 ウェディングは問いかける。

 今まで処刑を免れた者などいなかった。

 ゼニスの戒律に背いた者は、処刑の光に触れれば等しく塵となる。

 それが、この世界の“理”だった。

 

 「さあね。ただの異端者……とでも言っておこうか」

 

 男は薄く笑みを浮かべた。

 

 「君が信じる“秩序”の外側にいる者——それだけさ」

 

 ウェディングの眉がわずかに寄る。

 この男は、ただの異端者ではない。

 処刑の力を無効化し、なおかつこの都市に入り込んでいる。

 

 何かを知っている。

 そして——この世界の“理”を揺るがす存在であることは間違いなかった。

 

 「……貴方を放置するわけにはいきません」

 

 ウェディングは盾を振りかざし、今度は直接的に振り下ろす。

 彼女の一撃は圧倒的な重量を持ち、触れたものを粉砕する。

 だが——

 

 「遅い」

 

 男の姿が、一瞬にして掻き消えた。

 ウェディングの盾は空を切り、石畳に激突する。

 激しい衝撃で地面に亀裂が走り、砂埃が舞い上がる。

 

 「……!」

 

 ウェディングは即座に周囲を警戒する。

 

 ——背後。

 

 風がわずかに揺れた。

 次の瞬間、首筋にひやりとした感触が走る。

 

 「本当に君は、“それ”が正しいと思っているのか?」

 

 男の声が、耳元で囁かれた。

 ウェディングは反射的に後ろへ跳ぶ。

 数メートルの距離を取り、改めて男を睨みつける。

 

 彼は相変わらず、余裕のある表情で彼女を見ていた。

 

 「……貴方は、私に何を言わせたいのですか?」

 

 ウェディングは問いかけた。

 

 男は少し首を傾げ、まるで何かを確かめるように口を開く。

 

 「——この世界が、本当に正しいのかどうか、君自身に考えてもらいたいだけさ」

 

 都市は静かだった。

 しかし、ウェディングの心の中では、確かに“何か”が揺れ動いていた。

 

 迷いは許されない。

 ゼニスの戒律に従い、秩序を維持することが彼女の使命。

 だが、目の前の男はその“理”を疑えと言う。

 

 彼女の盾は、秩序を守るためにある。

 だが、それは本当に“守る”ためのものなのか?

 

 ウェディングは、無言のまま男を見据えた。

 

 「次に会う時は、どうなるかな?」

 

 男は軽く手を振ると、黒い霧の中へと溶けるように消え去った。

 

 広場には、再び静寂が戻った。

 

 人々は何も気にすることなく、機械のように動いている。

 まるで、何も起こらなかったかのように。

 

 だが——ウェディングの中では、確実に何かが変わり始めていた。

 

 彼女は無言で盾を握り直し、神殿へと歩を進める。

 

 その手にある盾が、何を“守る”ものなのかを確かめるために。

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