『ゼロの聖域』   作:てんま10

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8話「揺れる信念」

 

 神殿への道を歩きながら、ウェディングの心にはかすかな迷いが生まれていた。

 今まで迷うことなどなかった。

 ゼニスの戒律は絶対であり、秩序を乱す異端者は排除されるべき存在だった。

 

 それなのに、なぜ処刑が効かなかったのか。

 なぜあの男の言葉が、心の奥底に響いてしまったのか。

 

 盾を握る手に、わずかに力が入る。

 

(……私は処刑人。迷う理由はない)

 

 そう自分に言い聞かせるが、男の言葉が何度も脳裏にこだまする。

 

——「君が信じる“秩序”の外側にいる者——それだけさ」

 

——「この世界が、本当に正しいのかどうか、君自身に考えてもらいたいだけさ」

 

 ウェディングは、ふと足を止めた。

 目の前には、白亜の神殿がそびえ立っている。

 その扉を押し開けば、再び“処刑人”としての自分が戻ってくる。

 

 しかし、もし——

 

(もし、あの男の言うことが正しかったとしたら……?)

 

 その思考を振り払うように、ウェディングは深く息を吐いた。

 戒律に背く考えを持つこと自体、異端の兆しだ。

 彼女は処刑人。

 秩序を守ることこそが、自身の存在理由なのだから。

 

 ウェディングは扉に手をかけ、ゆっくりと押し開いた。

 

2.執行官たちの疑念

 

 神殿の奥へと進むと、すぐに執行官たちが待ち構えていた。

 

 「ウェディング、お前の報告を聞こう」

 

 中央の座席に座る執行官の一人が低く問いかける。

 

 「ゼロ区域の秩序は保たれていました。ただし——」

 

 ウェディングは一瞬だけ言葉を選んだ。

 今、何を報告すべきか。

 

 異端者の存在を伝えるべきか?

 処刑が効かなかったことを伝えるべきか?

 

 だが、もし彼らがそのことを知れば、どうなる?

 

 処刑人である自分が、処刑を執行できなかった。

 それは、つまり——

 

(私は、秩序を揺るがす“異端”と見なされるのではないか?)

 

 その可能性が頭をよぎった。

 

 「ただし?」

 

 執行官が促すように尋ねる。

 

 「……異常はありませんでした」

 

 ウェディングは静かに告げた。

 

 一瞬の沈黙。

 だが、それ以上の追及はなかった。

 

 「よろしい。お前には次の任務がある」

 

 執行官の一人が厳かに告げる。

 

 「異端者の反乱が確認された。お前には、その鎮圧を命じる」

 

 「異端者の反乱……?」

 

 「ゼロ計画に異を唱える者たちが、地下に潜伏しながら活動を続けているという情報が入った」

 

 「彼らは世界の秩序を乱す脅威だ。速やかに排除しろ」

 

 ウェディングは静かに頷いた。

 しかし、胸の奥では、かすかなざわめきが広がっていた。

 

(異端者の反乱……その中に、あの男は含まれているのか?)

 

3.異端者の隠れ家

 

 夜の闇が都市を包み込んでいた。

 

 ウェディングは、一人静かに指定された区域へと向かっていた。

 そこに異端者の隠れ家があるという。

 

 “処刑人”として、この場に来たはずだった。

 だが、心の奥では別の感情が渦巻いていた。

 

(……私は、本当に彼らを処刑するべきなのか?)

 

 そう考えてしまうこと自体が、異端なのかもしれない。

 

 気配を殺しながら建物の影に身を潜めると、かすかに人の気配がした。

 慎重に歩を進め、建物の裏へ回り込む。

 

 そこには、先ほどの男がいた。

 

 「やあ、また会ったね、処刑人殿」

 

 彼は静かに微笑んでいた。

 

 ウェディングは盾を構える。

 

 「あなたを処刑するために来ました」

 

 「本当に?」

 

 男は一歩も引かず、ただまっすぐに彼女を見つめる。

 

 「君は、本当に処刑したいと思ってるのか?」

 

 ウェディングの心が、また揺れた。

 

 「私は処刑人です。秩序を守ることが使命——」

 

 「それは、君が“本当に”望んでいることなのか?」

 

 ウェディングは言葉を失った。

 

 男は静かに続ける。

 

 「君は、盾を構えている。でも、その盾は何を守るものなのかな?」

 

 都市の静寂が、夜の冷たい風とともに二人を包み込んだ。

 

 「もし君が本当に秩序を守りたいのなら……」

 

 男は一歩、ウェディングに近づき、そっと囁いた。

 

 「……僕たちと共に来るといい」

 

 その言葉は、ウェディングの心に深く突き刺さった。

 

 処刑人としての使命と、心の奥に生まれつつある疑問。

 それらが交錯し、彼女の中で揺れ動く。

 

 ウェディングは盾を握りしめたまま、男を見据えた。

 

 (私の盾は……本当に、何を守るものなのか?)

 

 答えを出せないまま、静寂の中で夜は更けていった。

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