1.神殿での決断
神殿の扉が静かに閉じる。
広大な白亜の大広間。
均整の取れた柱が並び、天井には揺らめく光が満ちていた。
ウェディングは神殿の中央に立っていた。
彼女の前には、ゼニスの執行官たちが静かに座している。
「ウェディング」
中央に座る長老が、低く厳かな声で口を開く。
「お前は、最も優れた処刑人であり、秩序の守護者だ」
「そして今、お前にはさらに偉大なる使命が与えられる」
彼女はただ、黙って聞いていた。
「ゼロ計画を完遂するため、お前にはゼニスの力を授ける」
長老の言葉に、ウェディングの指がわずかに動いた。
(ゼニスの力……?)
彼女は処刑人として生きてきた。
しかし、今与えられようとしているのは、それを超えたもの。
処刑人ではなく、神になるということ。
「お前がゼニスとなれば、迷いはなくなる」
「秩序そのものとなり、世界を完全なる静寂へ導く存在となるのだ」
迷い——
(私が、迷っていると……分かっているのか?)
ウェディングは、ほんの一瞬だけ視線を落とした。
彼女はすでに分かっていた。
あの異端者の言葉が、心の奥に残り続けていることを。
処刑の瞬間、あの男の問いかけが、彼女の心を揺らしたことを。
しかし——
(ゼニスになれば、それも消えるのか?)
この世界に迷いは必要ない。
ただ秩序を守り、世界をゼロへと導くのみ。
「……承知しました」
ウェディングは静かに答えた。
長老は満足げに頷く。
「では、儀式を始める」
彼女の運命が、この瞬間、決定された。
2.儀式の始まり
神殿の最奥へと進む。
そこには、巨大な光の円環が浮かんでいた。
白い光がゆっくりと回転し、神聖な力を放っている。
「ウェディング、この門をくぐるのだ」
「お前の肉体は変質し、人の理から解き放たれる」
ウェディングは、静かに足を踏み出した。
——その瞬間。
意識が一気に引き裂かれる感覚に襲われた。
視界が白に染まり、身体が軽くなる。
(……何?)
次の瞬間——
彼女の頭の中に、今まで粛清してきた異端者たちの姿が浮かび上がった。
無数の人々の顔。
処刑の瞬間の彼らの表情。
そして——
——「どれだけ粛清すれば、世界は本当に平和になる?」
あの男の言葉が、耳元で囁かれる。
ウェディングは思わず拳を握りしめた。
(なぜ……今さら……?)
ゼニスになれば、こんな迷いは消えるはずだった。
なのに、なぜ彼の言葉が、こんなにも鮮明に響く?
光が強くなり、彼女の意識は再び深い闇へと沈んだ。
3.人間の終焉
どれほどの時間が経ったのか。
気がついたとき、ウェディングは膝をついていた。
彼女の身体は変わっていた。
銀色の髪は輝きを増し、肌は淡く発光している。
意識の奥底に、圧倒的な力が満ちていた。
(……これが、ゼニスの力)
身体が軽い。
思考は研ぎ澄まされ、迷いも、恐れもない。
「よくぞ目覚めた、ウェディング」
執行官たちが彼女を見下ろしている。
「お前はもはや人ではない」
「ゼニスとして、世界を導く存在となったのだ」
ウェディングは、ゆっくりと立ち上がった。
彼女の盾が淡く輝く。
その重量すら、もう感じない。
すべてが、変わった。
——いや、違う。
ウェディングは目を閉じた。
(私は、本当に……変わったのか?)
たしかに迷いは消えた。
だが、それは“迷わなくなった”のではなく、感じなくなっただけなのではないか?
彼女の中の何かが、欠けている。
そのことを、彼女自身が自覚した。
4.神の目覚め
「ウェディング、次の命令だ」
長老が告げる。
「ゼロ計画の発動まで、あと一日」
「お前はその執行者として、計画を見届けるのだ」
ウェディングは静かに頷いた。
(もう迷うことはない)
(私は、ゼニスとしての使命を果たす)
そう思おうとした。
だが、その奥底にある小さな違和感だけは、消えていなかった。