名状しがたき触手でホラーなTS悪役令嬢   作:第616特別情報大隊

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邪神様と公爵家推定相続人

……………………

 

 ──邪神様と公爵家推定相続人

 

 

 フェリクスは私を中庭に連れていった。

 

「イリス嬢。お前の正体を彼らに知られるわけにはいかないのだろう?」

 

 そしてフェリクスがそう尋ねる。

 

「そうですね。彼ら以外にも誰にも知られたくはないのですが」

 

「ああ。それは分かっている。だが、彼らは特に不味そうだ。せめて交渉ができる相手ならばいいのだが」

 

「交渉、ですか?」

 

「そう、交渉だ。これは何も獣と獣の争いじゃない。お互いに言葉が使えるんだ。それならば言葉で解決すればいい」

 

 う~む。とは言え、私は存在するだけで死者や発狂者が出る邪神様である。それを抑えてと言われても抑えられないし、相手もそういうのが脅威を感じているのだろうし、どうしてものでしょうか~。

 

「まずは相手の出方を見なければいけませんね。それからフェリクス様は私から可能な限り離れておいた方がよいかと」

 

「何故だ?」

 

「私を取り巻くカルトのメンバーと誤認されてしまう可能性があります。ですので、私とはあまり関係がないように振る舞われた方が無難です。このような私の招いたトラブルにフェリクス様を巻き込むわけには……」

 

「何を言っているんだ!」

 

 私の言葉にフェリクスがそう大きな声で言った。私はびっくり。

 

「そんなことは気にしない。もし、私がそのようなことを気にするのであれば、そもそもこうなる前からお前とは関わろうとしなかった」

 

「ですが」

 

「私にも力にならせてくれ。お願いだ、イリス嬢」

 

「そこまで仰るのであれば。ですが、後悔することになると思いますよ」

 

「後悔などしない」

 

 まあ、私の正体がエリザベスさんたちにばれなければ何の問題もないんですが。ばれないかな……ばれちゃうかも……。

 

「私も可能な限り用心はしますが、彼らがどう動くかは確かめておきます」

 

「ああ。そうしよう。それで話し合いの余地があるようであれば、交渉を持ち掛けてみよう。問答無用の殺し合いになることだけは避ける。今考えられるのは、それぐらいしか方法はない」

 

「はい」

 

 確かにエリザベスさんたちが来たのは私の平穏が学園生活を脅かすものだからではある。だが、彼女たちでは私を殺すことはできない。

 

 仮に核爆弾があっても殺せないのが邪神様なのです。エリザベスさんたちにできるのは、せいぜい私を異界に押し戻すことぐらいだろう。

 

 学園生活は諦めなければいけなくなるが、死ぬわけではないのです。何といっても邪神様はとても強いのです。わはは。

 

「では、私はクラウスにエリザベス嬢たちがどういう人間なのかを聞いてくる」

 

 フェリクスはそう言って一度中庭から立ち去った。

 

 彼が去ったと同時に空気がずるりと淀み、腐った果実のような甘い臭いが漂う。これは誰か来ちゃいましたね。

 

「クラウディアさん?」

 

 私がそう呼び掛けて振り返ると、そこにはクラウディアさんがいた。

 

「ローゼンクロイツ協会の人間が来ているようだな。魔女狩りの魔女ども。真実に目を閉じ、耳を閉じ、口を閉じる愚かな連中。連中がお前を相手にどこまでやれるのかは、実に見ものだな」

 

「クラウディアさんもああいう人たちから追われる身では?」

 

「追われる? 連中が私の後をついてきたことなど一度もない。連中の猟犬の鼻は実に鈍いからな。連中がお前の正体に気づくこともなかろう」

 

「それはいいニュースです」

 

 ローゼンクロイツ協会とやらに追いかけられるのは困るのです。迷惑なのです。

 

「だが、連中はお前の周囲を羽虫のように煩わしく飛び回り、お前の行く先々で邪魔をしてくるだろう。そうであれば、連中を先に排除してしまうというのも、手のひとつではあるのだぞ?」

 

「彼らと対決しろと?」

 

「連中を皆殺しにするのは、お前にならばたやすいことだ。違うか?」

 

 それはまあ。私は邪神様なので眷属でもけしかければ、エリザベスさんたちを追い払えるかもしれない。だけど、です。

 

「これからずーっと彼らと戦い続けろというわけですか? 面倒くさいです」

 

 そう、この場を凌ぐためだけに安易な手段に手を出しては、これからの将来苦労する羽目になってしまうでしょう。そういうのはごめんなのですよ。

 

「なるほど。あのような羽虫どもにかかずらうつもりもない、と。であるならば、ここは忠実な探求者たる私が連中に灸を据えてやろう。連中の知っている世界というものが、ほんの小さな火で照らされた空間に過ぎないことを教育してやる」

 

「ご自由に。私は知りませんよ」

 

「ふふふ。ああ。勝手にやらせてもらう」

 

 エリザベスさんたちには興味も愛着もないし、クラウディアさんに襲われても別に文句はないです。私のせいにされなければ、ですが。

 

 私は知らないよ~。私のせいじゃないよ~。私の責任にしないでくださいね~。お願いだよ~。

 

 

 * * * *

 

 

 イリスがフェリクスと中庭で話し合っていたとき、エリザベスとマティアスはエミリアたちの案内で旧校舎地下で発見された異端の神殿を訪れていた。

 

 エミリアたちが地上で待つ中、エリザベスたちは地下神殿を調査する。

 

「この像は前にも見たよな?」

 

「ええ。イ=スリ・リスの偶像でしょう」

 

 マティアスが尋ねるのにエリザベスがそう頷く。

 

「イ=スリ・リス、ね。腐肉の女王、玉座に蠢きし闇。カルトの連中が特に好きな神様だ。連中はこの神様が人類に知恵を与え、知性化したと信じている。実際のところは分からないがね」

 

「カルトの妄言など考慮するに値しません。それよりここが本当にイ=スリ・リス崇拝の拠点であるならば、感じるものはありませんか、マティアス?」

 

 マティアスが語るのを無視してエリザベスがそう尋ねる。

 

「特に変わった感じはしない。この荒れ具合からみて、放棄されて相当経っている。最後にここで神様を讃えたのは大昔のことだろう」

 

「そうですか。国家憲兵隊によればイ=スリ・リス異本はここで発見されたそうです。情報提供者によれば翻訳版だったとか」

 

「そいつは今どこに?」

 

「盗まれた、と。この学園の図書館で厳重に保管されていたそうですが、あっさりと窃盗の被害に遭ったと報告されています」

 

「はん。素人だな」

 

「魔導書について無知な人物ではなかったそうですよ。東方のイ=スリ・リス神殿の発掘隊に加わった人間だそうですから」

 

 マティアスが嘲るように鼻を鳴らすのにエリザベスはそう指摘した。

 

「おっと。これを見てくれ、ベス」

 

 マティアスがそこで声を上げて、エリザベスを愛称で呼んだ。

 

「ふむ? 隠し通路、ですか?」

 

「みたいだな。行ってみるか?」

 

「そうしましょう」

 

 マティアスが見つけたのは石畳の中に巧妙に隠されていた落し戸で、マティアスが落し戸を引き上げるとエリザベスが火を召喚して中に入った。

 

 地下にあったのは白骨死体がぎっしりと詰まった場所。カタコンベだ。

 

「カルトの地下にカタコンベか。何とも空気を読んでくれるカルトどもだ。小説や演劇の脚本が書けるんじゃないか、ええ?」

 

「どこかに繋がっているのでしょう。これ以上の捜索はまだ待った方がよさそうです。今はこの通路が存在することだけを確認しておきましょう」

 

「それでいいのか?」

 

「ええ。ひとまずの成果です」

 

 そう言ってエリザベスたちが再び地下神殿に戻ったときだ。

 

「前言撤回だ。何か感じる。クソ、この気配は不味い……」

 

「やれますか?」

 

「やらなきゃ殺されるだけだ」

 

 マティアスがそう言って睨む先から、粘着質な何かが蠢く音が響いてきた。

 

「来るぞ──!」

 

 マティアスがそう警告した次の瞬間、神殿の奥から腐った肉のように緑色に変色した無数の触手が姿を見せた。それはおぞましく蠢きながらマティアスとエリザベスたちの方に向かってくる。

 

「眷属または召喚生物だな。これぐらいならば何とでもなる!」

 

 マティアスはそう言うと指先で五芒星を描き、そこから炎が触手たちに襲い掛かる。

 

「イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイッッッッ!」

 

 触手からは確かに人間の声がし、その肉塊の正体をエリザベスたちに推測させた。

 

「人間の物まねですか。その程度で怯むようならば、この仕事はやっていません」

 

 エリザベスもそう言うと五芒星を描き、そこから放たれる雷が触手を襲う。

 

 それでも触手はうねりながらマティアスたちに迫る。触手が帯びている体液は強い酸性のものであるらしく、滴り落ちると地面の石がじゅうっと音を立てて溶けた。

 

「畜生。こいつ、召喚生物にしてはタフだ。どうする、ベス?」

 

「ここから出すわけにはいきません。抹殺を」

 

「了解。派手にやるぞ」

 

 マティアスはエリザベスの言葉に獰猛な笑みを浮かべると、炎の勢いをさらに激しくして触手に叩きつけた。触手は炎上しながらのたうち、また人間の声で悲鳴を上げる。

 

 通常であれば正気を失うような光景にエリザベスもマティアスも平然としているのは、彼らが既に正気を有していないからだろうか。

 

「燃えろ、燃えろ。燃えて灰になれ」

 

 マティアスはそう笑い、炎が触手を焼き続ける。

 

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