チョコレートに溶ける心   作:kame

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第11話 先生とのやりとり

焼きあがったミニタルトを冷ましている間、先生が参加者に向けて雑談混じりの講義を始めた。

「チョコレートは本当に奥が深いんですよ。温度管理ひとつで仕上がりが変わりますし、銘柄やカカオ分の違いで味わいも大きく異なります。もしもっと本格的にやりたい方がいらっしゃったら、上級クラスもぜひ覗いてみてくださいね」

 

すると、周囲から「上級ってどんなことをするんですか?」という声が上がる。先生はにこやかに、「そうですね、テンパリングのやり方を実践したり、トリュフやガナッシュ、プラリネなど、より専門的な工程を学ぶ機会が増えます」と答えた。

 

「ただ、今日はこのクラスは初心者主体なので、あまり難しい工程は扱いません。いきなり難しいことをやろうとすると挫折しちゃうんですよね。まずは楽しむことが何より大事です」

 

「そうなんですね~」と、まわりはうなずいている。私も表向きは穏やかに聞いているが、心の奥でチクチクしたものが刺さるのを感じた。

 

(初心者だからこそ、楽しめばいい。うん、それは分かる。……でも、私はもう初心者でいることさえ素直に楽しめないのかもしれない。)

 

今の私は、清夏ちゃんの存在を意識しすぎて“初心者の私”を許せなくなっている。いや、彼女自身は何も言わずに寄り添ってくれているのに、勝手に距離を作ってしまっているだけだ。分かっているのに、どうしようもなく苦しい。

 

そんな私の表情に気づいたのか、先生がこちらに笑みを向けた。

「お二人はお友達同士かな? 楽しめてますか?」

 

少し大きめの声で問いかけられ、私は戸惑いながら「は、はい、楽しいです……」と答える。清夏ちゃんは「はい、すごく勉強になります」と笑顔で返した。

 

先生は、にこやかに頷きながら私たちのチョコ型を眺め、「いいですね。かわいい型を使いましたね。固まったら模様を描くと、さらに可愛くなりますよ」と指をさした。

 

「もう少し早く冷やすなら、この金属の台で広げて熱をとるのも手ですけど、今日は簡単バージョンなので省きました。興味があれば実践してもいいですよ?」

 

「あ……」と思わず、清夏ちゃんと私は目を見交わす。まさに“タブリール法”みたいなものだろう。ノートにはそんな手順の図解が書かれていたっけ。私は混乱しそうになる頭を必死で落ち着かせた。

 

(でも、こんな短い時間で中途半端にやるよりは……初心者向けの手順をきっちりやった方がいいのかも。清夏ちゃんはどう思ってるんだろう……)

 

しかし清夏ちゃんは特に何も言わなかった。口を引き結び、「ありがとうございます」とだけ返事をしている。先生も「ご自由にどうぞね」と笑って去っていった。

 

私たちは取り残される形で、再び向き合う。彼女の表情はほんの少し複雑そうに見えた。でも、その表情も一瞬で消えて、いつもの優しい笑顔に戻る。

 

「じゃあ、冷えたらデコペンで何か描こうか?」

「……うん、そうだね」

 

そう言葉を交わすとき、私たちの間にほんの少し空気の揺れがあった。あまりに小さすぎて、周囲の誰も気づきはしない。でも、私と清夏ちゃんはきっと互いに感じ取っていた。何かがそこに横たわっていることを。

 

形だけの完成、揺れる心

結局、私たちは最後まで「初心者用」の工程を踏むだけで、特別なことを試さずに作業を終えた。ミニタルトは小皿に盛り付けられ、上から生クリームやチョコソースを飾って完成だ。型抜きチョコもそこそこきれいに固まり、デコペンで顔や文字を描いて、可愛らしい仕上がりになった。

 

「じゃーん、どうかな」

清夏ちゃんは小さなハート型のチョコに、猫の顔を描いたりして楽しんでいる。周囲の親子連れが「かわいい~」と声をかけると、「ありがとうございます」と照れたように返していた。

 

「リーリヤのも可愛いよ。星型、すごく上手じゃん」

「そ、そうかな……ありがとう……」

 

私は一応、丸いチョコに“L”という文字を描いてみたり、星の縁をなぞってみたり。でも気分はどこか空回りだ。素直に「よし、できた!」と手放しで喜べない自分が情けない。

 

最後に先生が「写真を撮りたい方はどうぞ」と言い、みんなスマホを取り出しはじめる。私は食べる前に何枚か写真を撮り、清夏ちゃんと顔を見合わせて微笑む。――一見すると、和気あいあいの楽しい教室だ。だけど私の胸はまだざわついていた。

 

教室が終わり、帰り支度をするころ、先生が「どうでした? 楽しめましたか?」と声をかけてきた。私と清夏ちゃんは「はい、すごく楽しかったです」と答える。

「よかった。今日のレシピはお家でも試せるので、ぜひまた作ってみてくださいね。今度は温度管理をしっかりして、本格的にチャレンジしてもいいですし」

「はい……ありがとうございました」

 

私は深く頭を下げる。先生の言葉を聞きながら、自分の中に溜まったモヤモヤがさらに大きくなっていく気がした。本当なら、寮の部屋でもっとちゃんとできる。もっと本格的なやり方を習いたい。だけど、それを誰に、どう頼めばいいのか分からない──そんな空白が、私の中には存在している。

 

「すみかちゃん、リーリヤちゃん。また来てねー!」と、隣にいた親子連れが手を振ってくれた。私たちは笑顔で会釈を返し、カルチャーセンターを後にする。

 

曇り空はやはり薄暗く、風が少し冷たくなっている。駅へ向かう道すがら、私は「せっかくだから、あのお菓子をどこかで食べようか」と話しかける気力もわかず、ただ黙って歩いた。清夏ちゃんも、どこか無口になっていた。

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