チョコレートに溶ける心 作:kame
電車に揺られながら、私はそっと目を伏せる。膝の上には、今日作ったミニタルトと型抜きチョコを入れた箱がある。自宅や寮で再度食べる用に、持ち帰りOKとなっていたのだ。清夏ちゃんの膝の上にも同じような箱がある。
「……楽しかった?」
ふいに私が口を開いた。自分の声が少し上ずっているのを感じる。
「うん。最初はちょっと物足りないかなと思ったけど、意外と楽しかったよ。みんなワイワイしてて、雰囲気も良かったし」
「そう……だよね」
その返事に、私は不意に胸が痛む。やっぱり彼女には物足りなかったはずだ。もっと高度なことができるのに、周りに合わせてただけなんじゃないか──そんなふうに思えてならない。
「リーリヤは……どう?」
清夏ちゃんが問い返してきた。私は言葉に詰まった。どう? と言われても、私は何がどうなのか、自分でも整理できていない。
「……うん、楽しかった、と思う。みんな優しかったし」
「そっか」
電車が次の駅に止まり、ドアが開く。数人が降り、また数人が乗ってくる。車内のアナウンスが流れ、扉が閉まる。一連の動きの中で、私と清夏ちゃんの会話は一時的に遮られた。
再び電車が動き出すとき、私は意を決して口を開いた。
「ね……あのさ、清夏ちゃんは……“本当は”もっと複雑な工程も知ってるんじゃないかなって、思ってたんだ」
言いながら、心臓が早鐘を打つ。自分がどこまで言うべきか、頭が真っ白になりそうだった。けれど、このまま何も言わずに寮へ戻ったら、またいつまでも苦しいままだ。
「……え?」
案の定、清夏ちゃんの瞳が揺れる。
「だって、すごく手際よかったし……テンパリングの話とか、気になるみたいに見えたから……。バレエの留学でスウェーデンに行ってたときも、チョコレートの教室とか、通ったり……してたとか、ないの……?」
声が震えているのが分かる。自分で言いながら、まるで“自白”を迫っているみたいに聞こえてしまう。
すると、清夏ちゃんは短く息を呑んだあと、微妙に視線をそらして言った。
「……まあ、少しだけ、習ったことはあるよ。でもちゃんと通ってたわけじゃないし、短期の講習を受けただけ。向こうの人と知り合いになって、ちょっと手伝わせてもらった程度だよ」
私の中で、「やっぱり」と思う気持ちと、「それ以上、言わないでほしい」という気持ちが入り混じる。彼女は、詳しい話は避けるように見えた。
「そうなんだ……」
「うん。……別に大したことないから。日本に帰ってきてからは、バレエ一筋だったし」
清夏ちゃんの声は、いつもより少し小さい。あのノートに書かれていた専門的な内容に比べれば、今の彼女の口ぶりはずっと“控えめ”だった。きっと私を傷つけないように配慮しているのか、あるいは“詳しい事情”を私に悟られたくないのか……。
私は「そう……」とだけ言うと、再び唇を噛みしめる。結局、肝心の「ノートを盗み見た」ということは言えないまま。だけど、彼女が多少はチョコの知識を持っていることを匂わせてくれたことに、ほんの少しだけ救われた気もする。しかしそれは、同時に苦しさを増幅させる。
(彼女は私に気を遣って、こんなに優しく話してくれる。なのに、私は日記を勝手に読んだ上で、こんな“探り”みたいなことをして……)
情けなくて、恥ずかしくて、電車の窓に映る自分の表情が歪んで見える。清夏ちゃんは何を思っているのだろう。どこまで私の心の内を察しているのだろう。
電車はがたんごとんと揺れている。車内には他の客の会話や物音が漂い、私たちの沈黙だけが重く感じられた。