チョコレートに溶ける心 作:kame
第14話 やるせない朝
あの日曜日の翌朝、私は最悪の目覚めを迎えた。夜中に何度も目が覚め、ほとんど眠れなかったせいで頭が重い。勉強どころか、朝の身支度さえまともに進まない。
清夏ちゃんがいつものように「おはよう」と声をかけてくる。私は何とか小さく「おはよう……」と返したものの、顔を上げられない。
「あ、リーリヤ、ちょっと熱っぽい? 大丈夫?」
「う、ううん……平気……」
平気なはずはなかった。昨日のカルチャーセンターでは、ぎこちない雰囲気のまま終わってしまった。その後、私は清夏ちゃんの自主練と入れ違いになるように部屋に籠もり、ほとんど言葉を交わさなかった。夜になっても何も話せず、布団に潜り込むしかなかった。
朝食を軽く取りながらも、私の食欲はほとんどゼロ。
「ちょっと寒いな……」
私がつぶやくと、清夏ちゃんが心配そうに見てくる。
「……無理しない方がいいよ。午前中の授業、休む? 保健室で寝かせてもらったら……」
「いや、行くよ。大丈夫だから……」
本当は大丈夫なんかじゃない。でも私が弱音を吐いたら、清夏ちゃんがますます気にしてくれるだろう。そう思うと、後ろめたくて仕方がない。彼女は私にいつでも優しい。それなのに私は彼女の日記を盗み見て、勝手に思い悩んでいるのだから……。
結局、その日も私は授業中、ほとんど上の空だった。隣の席の清夏ちゃんから「大丈夫?」と何度か視線を向けられるたびに、胸が痛む。休み時間にトイレに立てこもってしまう自分が情けなかった。
このままじゃ、もう限界だ。──私は薄々そう感じていた。清夏ちゃんに「知ってる」と言わないままで、どうやってこの寮生活を続ければいいのか。もはや自然に笑い合うのも難しい。いっそ本当のことを打ち明けてしまいたい。だけど、それを聞いた彼女が傷ついたり怒ったりしたら、どうすればいい? そんな恐怖が、私をずっと踏みとどまらせていた。
小さなきっかけ
翌日、放課後になっても私は憂鬱な気分を抱えたままだった。廊下を歩いていると、偶然にもクラスの友人が声をかけてきた。
「リーリヤ、最近顔色悪いよ? 大丈夫?」
「え……そう……?」
「うん、なんか疲れてない? あんまり元気ない感じがするけど……」
私は適当に「ちょっと寝不足かも……」などとごまかしたが、友人はなおも心配そうな顔を向けてくる。
「またお菓子作りしてるんでしょ? この前、廊下ですれ違ったときチョコの匂いがしたから……。無理して夜更かししすぎないでね。リーリヤのお菓子、美味しいし好きだけど、ちゃんと休まなきゃ」
その言葉に、思わず喉が詰まった。そういえば最近、まともにお菓子を作っていない。作る気になれなくて、材料も買ったまま放置している。彼女は以前、私の作ったクッキーを喜んで食べてくれた人だ。
「う……うん、ありがとう……」
それしか言えず、足早に寮へ向かおうとする私を、彼女は追いかけてきた。
「ちょっと待って。これ、よかったら読んでみて」
そう言って差し出されたのは、小さな小冊子だった。タイトルは『初めての製菓レシピ』。雑誌の付録か何かだろうか、可愛らしいイラストが目を引く。
「先輩からもらったんだけど、優しい内容だし、リーリヤならすぐに作れちゃうかも。でも、気分が沈んでるときは逆にこういう簡単なレシピの方が気軽に取り組めていいかもよ」
私は驚いた。彼女はお菓子作りに詳しいわけでもないのに、わざわざ私のことを気遣ってこんな冊子を差し出してくれたのだ。どう返していいか分からずにいると、彼女は「気が向いたらでいいからね。返却期限もないし、読んでみて」と言って微笑んでくれた。
(……なんだろう。こんな私を見て、心配してくれる人がいるんだな……)
胸の奥がじんわりあたたかくなると同時に、私は申し訳ない気持ちにもなった。今の私は“簡単なレシピ”を素直に楽しめる状態ではない。頭にはテンパリングや結晶構造のことばかりちらついてしまい、“初心者向け”を卑下する自分がどこかにいる。それって、すごく傲慢な態度なのかもしれない。
私は冊子を握りしめながら、寮へ戻った。廊下を歩きながら、ふと思い返す。──お菓子作りの本来の楽しさって、「難しいか簡単か」だけで決まるものじゃなかったはずだ。誰かに喜んでもらいたい、その気持ちがあるからこそ取り組んでいたのに……私はいつのまにか、それを見失っている。
そしてもう一つ。気遣ってくれるクラスメイトがいるのに、私自身は清夏ちゃんの「本当の気持ち」に誠実に向き合えていない。それに気づいたとき、私はまたしても後悔と自己嫌悪に包まれた。