チョコレートに溶ける心 作:kame
それから数日後、私と清夏ちゃんは改めて寮の共有キッチンを使って、週末にもう一度チョコ作りをすることにした。
ちょうど春先のイベントが近づいていたこともあり、同じフロアの子たちから「食べたい!」と声がかかったのだ。私たちは部屋でひっそり作るよりも、少しオープンに練習しようと思った。清夏ちゃんも「この際、ちゃんとみんなに味見してもらおうよ」と意気込みを見せてくれる。
とはいえ、今回はテンパリングを含む本格的な工程を試すかどうかは迷った。共有キッチンは、道具も限られているからだ。
でも、清夏ちゃんは「だいぶ慣れてきたし、半端でもいいからチャレンジしてみよう」と言ってくれた。私も賛成した。せっかくなら挑戦してみたい。それで失敗したって、また作り直せばいいだけだ。
当日、私たちは集まった材料を広げ、同じ寮生の友人たちの前で「ここまでは湯せんで……」と説明しながら作業を進めた。みんな最初は「すごい……難しそう」と戸惑っていたが、いざヘラを握ると「意外と面白いね!」と盛り上がる。
温度計を見ながら「あ、まだ上がりすぎちゃってるよ!」なんて声が飛び交い、適度にワイワイしつつも、それぞれが興味を持って覗き込んでくれる。私も清夏ちゃんも、笑い合いながら彼女たちの質問に答える。
途中で友人が「わあ、すごい本格的……」と感心してくれた。彼女は先日、小冊子を私に手渡してくれた子だ。私が「本当にありがとう。あのとき、あの冊子をもらって嬉しかったんだ」と伝えると、彼女は照れくさそうに「そっか、役に立ったならよかった」と笑ってくれる。
最後は全員分の型を埋め、冷やして固めたチョコをパキパキと外す。白っぽくならずにきれいにツヤが出たものもあれば、ちょっと模様がムラになったものもある。でも、どれもみんなの“共同作業”で生まれた形。
「美味しい! 売り物みたい!」
「このパキッて音がすごいね。なんでこんなに口どけがいいの?」
「温度管理をしっかりしたからなんだって。リーリヤが詳しく教えてくれたよ!」
思わぬ賞賛の声に、私は照れてしまう。一方で清夏ちゃんも、「私も大したことないけど……でも、簡単に溶かすだけよりは口どけが良くなるんだよね」と言ってみんなと談笑していた。
ああ、やっと私は“恥”を乗り越えて、彼女と肩を並べてお菓子作りを楽しめている。心の底からそう実感した。
未来へ向けて
夜になり、私たちの部屋に戻ると、まだほんのりチョコの香りが漂っている。大騒ぎしたわりに、部屋の方は意外と片づいていて、清夏ちゃんと一緒にクスッと笑い合った。
「ねえ、リーリヤ。これからも一緒に作ろうよ。私、まだまだだけど……ちょっとずつ勉強して、うまくなりたいんだ。リーリヤは……迷惑かな?」
「迷惑なわけないよ……! 私も、もっといろいろ作りたいし、清夏ちゃんの話も聞きたい。お菓子だけじゃなくて、アイドルのことも……。もっといっぱい話してくれたら嬉しい」
そう答えると、彼女の顔がパッと輝いたように見えた。私の胸にもあたたかな炎がともる。お菓子作りにおいて、まだまだ素人だと思っていた私だけれど、一人じゃ辿り着けない景色を、彼女と一緒ならもっと遠くまで見られる気がする。
部屋の明かりを落とす前、私はもう一度だけ「本当にごめんね。でも、ありがとう」と清夏ちゃんに伝えた。彼女は「ううん、こちらこそごめん。ありがとう」と、まっすぐ私の目を見て返してくれる。
布団に入ったあと、今日は不思議と胸が軽い。あんなに息苦しかった罪悪感が、嘘のように柔らかく消えていくのを感じた。もちろん、日記を盗み見たという過去は消せない。でも、お互いに本音をぶつけ合ったからこそ、ちゃんと向き合える関係になれたのだと思う。
(明日からは、もう少しだけ大きな声で話せそう。清夏ちゃんと、どんな話をしようかな……)
そんな期待に胸を膨らませながら、私は瞼を閉じる。眠りに落ちる直前、頭に浮かんだのは“次はどんなチョコを作ろう”という甘い想像と、清夏ちゃんがうれしそうに笑う顔だった。
きっと、これからも恥ずかしさや失敗はあるだろう。それでも私はもう、逃げ出したり嘘を抱えたまま背を向けたりはしない。お菓子作りは、誰かの笑顔を引き出す魔法だ。そしてその魔法は、正直に向き合ってこそ本当の力を発揮する。
――外の風はまだ冷たいけれど、心には確かな春の兆しがある。私たちがこれから作るチョコやお菓子は、きっと温かい笑顔と一緒に溶けていく。そう信じられるのだから、私の胸はもう迷わない。
数日後の放課後。部屋の前で待ち合わせをしていた清夏ちゃんが、「今日は何作る?」と瞳を輝かせながら聞いてくる。私は「うーん、またチョコでもいいけど、ちょっとシュークリームにも挑戦してみたいかも」と笑って提案した。すると彼女は、「じゃあ、まずはスーパーで材料を買わなきゃね!」と、腕まくりをしてみせる。
寮の廊下を二人並んで歩く足取りは、少し弾んでいる。お互いの名前を呼び合う声は、前よりもずっと自然だ。
たぶん、どんな難しいレシピに挑んでも、もう私は立ち止まらないだろう。何かあっても隠しごとをせず、清夏ちゃんと一緒に向き合っていく。それが私たちの寮生活を、もっと鮮やかにしてくれるに違いない。
(完)