チョコレートに溶ける心   作:kame

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第2話 恥ずかしさと小さな成功

 それからしばらく、私は毎晩少しずつ材料を買い足しては、チョコやクッキーを作り、清夏ちゃんがいるときは「今度はこんな味にしてみたんだけど……食べてみる?」と声をかけるようになった。自然と会話の回数が増え、「これすごく美味しい」「もうちょっと甘さ抑えたら合うかも?」など感想を言い合うようになった。私にとっては、ちょっとした日常の革命のようなものだった。

 

 元来、人と話すのが苦手な私が、作ったお菓子を差し出して相手の反応を見る。それは恥ずかしさと期待が入り混じった行為で、心臓が跳ね上がるような緊張感もあった。でも清夏ちゃんが「ありがとう、うれしい!」と言って笑うたびに、私の不安は柔らかく溶けていった。

 

 一方で、私は心の片隅で少し焦ってもいた。清夏ちゃんは私にとって眩しい存在――大勢の友達に囲まれて、レッスンもこなし、授業でも先生からよく指名される。いつでも堂々と話し、周囲を明るくする彼女に比べて、私はどこか影が薄い。彼女が私にこんなに優しくしてくれるのは一時的な気まぐれなんじゃないか、あるいは本当は「地味な子だな」と思われているんじゃないか。そんな疑念が拭えない。

 

 けれど、少なくともお菓子作りの時間だけは純粋に楽しめた。誰かに認めてもらえた、という実感が私の中でゆっくり根づきはじめていたのだ。部屋の中に甘い香りが広がるたびに、私はその喜びをかみしめた。

 

 ある晩、私は型抜きしたチョコにデコペンで線を描いていた。初めての挑戦で、まっすぐ引くのはなかなか難しい。もちろん売り物みたいにはいかなくて線が曲がったり、綺麗に乾かなかったり……。なんとか数粒を飾り終えた頃、ふと清夏ちゃんが私の肩越しに「あ……」と声をあげた。

 

「わ、すごい。こんなふうに模様つけるんだね」 「こ、こんなので大丈夫かな……?」 「大丈夫だよ。かわいいよ。たぶん私がやったら、もっと線がぐちゃぐちゃになっちゃいそうだし」

 

 私は苦笑しながらデコペンを置いた。すると清夏ちゃんは、私が描いた模様をしげしげと眺めて、急に思いついたように言った。

 

「ねえ、リーリヤ。今度、一緒にお菓子の材料を買いに行かない?」 「え……?」 「ほら、ここだと近くのコンビニとかスーパーくらいでしょ? でも少し街中に出れば、お菓子作り専門のショップがあるって先輩が言ってたんだ。型とかチョコチップとか、もっといろいろあるんじゃないかな」 「ああ……たしかに、そうかも」

 

 私は予想外の提案に戸惑った。確かに一度は行ってみたいと思っていたけれど、清夏ちゃんと出かけるなんて、私には敷居が高い気がしてしまう。彼女と街に出るなんて、おしゃれで人目を引きそうだし、私が萎縮してしまいそうだった。

 

 でも、そのときの彼女の表情は何かを期待しているようで、私の返事を待っている。このまま「恥ずかしいから」と断ってしまったら、また以前のように会話の少ない日々に戻ってしまうんじゃないか――そんな不安が頭をよぎる。私は思いきって、こくんと頷いた。

 

「……うん、行く。行きたい……。一緒に買いに行こう」 「やった! じゃあ、日曜とかどうかな? 寮は外出届出せば日帰りなら大丈夫だもんね」 「うん……わかった。楽しみにしてる」

 

 私の声は少し上ずってしまったけれど、彼女は「じゃあ決まりだね!」と笑った。その笑顔を見ていると、胸がきゅんとして、でもなんだか落ち着かない。新しいドキドキの予感に、私は自分でどう対処すればいいか分からずにいた。

 

小さな冒険

 そうして迎えた日曜日。私は清夏ちゃんと朝早く寮を出て、電車を乗り継ぎ、学園のある郊外から少し街中へと移動した。目的地は“お菓子作りの材料専門店”と銘打ったショップ。最寄り駅から歩いて数分のところにあるらしい。

 

 朝のうちはまだ人通りも少なく、並んで歩く私たちの間には、どこかぎこちない空気が漂う。とはいえ、この頃にはお菓子作りをきっかけに、私も随分話しやすくなっていた。少なくとも「何を話せばいいか分からない」と硬直することは、今はもうない。たわいない話をしているうちに、目的のショップに着いた。そこはこぢんまりとした店構えで、ショーウィンドウにはカラフルな製菓材料や可愛らしいラッピング袋が飾られている。店に入ると一転して、ぎっしりと並んだ商品棚が私たちを迎えた。チョコレート、ココアパウダー、ナッツ類、ドライフルーツ、マカロン用のパウダー……見たことないような専門的な素材まで揃っている。

 

「わあ……すごい……」 「ほんとだ。これ全部、製菓に使うんだよね」

 

 私は商品棚をゆっくり見渡す。バレンタインシーズンでもないのに、こんなにチョコレートの種類があるんだな……。カカオの含有率ごとに細かく分類されていたり、加工しやすい形状のものもあるらしい。私は胸を高鳴らせながら、商品パッケージを一つひとつ手にとっては眺めていた。

 

「どれ買う? いっぱいあって選べないよね」 「うーん、確かに……」 「リーリヤは、どのチョコを使ってみたい?」 「私は……もう少しカカオ分が高いのを試してみたいかも。あと、飾りに使えるカラーチョコレートも気になる……」

 

 そんなふうに話していると、自然と私の緊張もほどけていく。いつもなら人前にいると静かになってしまうけれど、今だけはお菓子作りへの興味が勝って、あれこれしゃべり始めていた。清夏ちゃんも相槌を打ちながら、「リーリヤ、なんだか楽しそうだね」と微笑む。私の顔はちょっと熱くなる。

 

 あれこれかごに入れて、結局思っていた以上に大量に買い込んでしまった。型も少しだけサイズ違いのものを試しに購入する。会計をすませ、店を出る頃には、私たちのバッグはずっしり重かった。帰りの電車では、疲れと満足感が入り混じりながら、自然と今日の材料を使って作るであろう新しいチョコのことを考えていた。

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