チョコレートに溶ける心 作:kame
自信がないリーリヤが、彼女にとって少し眩しい存在である清夏と同室になり、甘くもほろ苦いチョコレート作りを通じて少しずつ距離を縮めていく。そんな“王道”とも言える学園ものの構図を取っていますが、そこには「日記を盗み見てしまう」という小さな秘密が大きな波紋を呼ぶ仕掛けを入れています。自分の内面をさらけ出すことの恥ずかしさと同時に、相手の裏側を覗いてしまう行為に伴う背徳感――この二つを絡めることで物語に緊張感と繊細な感情の流れを与えようと試みました。
この作品を書いていて最も意識したのは、「チョコレートの作り方」や「テンパリング」のような専門的な要素をどこまで踏み込んで描くか、そして**「心の動きや恥じらい」をどこまで丁寧に追うか**という二つの軸を、バランスよく織り交ぜることでした。専門知識ばかり詰め込めば読みづらくなり、逆に感情表現ばかりに偏るとチョコレート作りのリアリティが薄まってしまう。そこをどう調整するかには苦労がありました。
以下では、章ごとの構成や苦労した点、工夫点を振り返りながら、書き手としての裏話をお伝えしていきます。そして最後には、本作を読んでくださった皆さまへのメッセージも添えさせていただきます。
■構想段階での苦労
章立てと「読ませる分量」への配慮
本作は4章構成で書き進めました。しかし、書き手の側からすると、文量が増えれば増えるほど「読者がどこまで集中して読み進められるか」が大きな課題になります。そこで各章の終わりには「次への気になる一言」や「ほのめかし」を入れ、続きが気になるように仕掛けています。また、同じシーンの中でも、一人称視点(リーリヤ視点)の内面独白を多めに挟むことで、感情の起伏に焦点が当たるようにしました。ただしそれでも冗長になりすぎないよう、適度な地の文とセリフのバランスを模索しています。
メインキャラ2人の心理描写の濃淡
リーリヤは「内気で自信がない」、清夏は「明るくてダンスが得意」という対照的な存在として描かれています。しかし、実際には清夏も「実はお菓子作りの知識があるのに、言い出せない」という弱さや臆病さを抱えている。これによって、「一方が常に優位」「一方が常に劣位」にならないようにしたかったのです。二人がお互いに対して一歩引き気味で、それぞれが抱えている恥ずかしさや秘密が噛み合わないところにドラマが生まれます。とくに後半で清夏の本音がわかるシーンまで、最初はリーリヤの一方的な視点で「清夏ちゃんはすごい人」「清夏ちゃんは何でもできるんだ」と決めつけてしまう。その固定観念が崩れていく過程を丁寧に描くのが難しくもあり、やりがいでもありました。
「日記を盗み見る」という行為の扱い
少女同士の友情物語の中で、「相手の日記をこっそり読む」という背徳感は、物語上とても大きな要素です。あまりにも重罪に描いてしまうと読後感が暗くなりすぎるし、あっさり許されると逆にリアリティを損なうおそれがある。この匙加減には悩みました。本作では、リーリヤが「ほんの好奇心と弱さ」から見てしまい、その結果として精神的に追い詰められる過程を重点的に描いています。同時に、清夏が「嫌がらなかった」わけではなく「大人の対応で、少しショックを受けつつも乗り越える」という展開に落とし込むことで、お互いが一度は傷つくけれど、その分強く結びつく物語にしたかったという意図があります。
チョコレート作りの描写と専門用語
物語の肝となるチョコレート作りについては、「テンパリング」や「ベータ結晶」といった専門的な用語を盛り込むことを前提にしていました。しかし、これらを詳しく説明しすぎると教科書のようになってしまう。そこで、具体的な数字や工程はシーンに合わせて要点だけを提示し、実際の調理風景やキャラクターのリアクションを通して「難しそうだけれど面白そう」と感じてもらえるようにしました。また、「図書館の専門書は難解」「料理部の顧問に教えてもらう」という形をとることで、キャラクター自身が学びに奮闘するリアリティを描けるように工夫しています。
「いびつなチョコ」と「甘さ」をめぐる比喩
物語全体のモチーフとして、「いびつな形のチョコレート」がリーリヤの自己評価の低さを象徴し、それを褒めてくれる清夏によって彼女が少しずつ前向きになるという流れを作っています。一方で、実は清夏はもっと高いレベルを知っており、「本当は失敗しているのかもしれないけれど、それでも温かみがある」という二重構造を狙いました。この「甘いものは嬉しいけれど、甘いだけじゃいられない」というニュアンスが、お菓子作りの内に潜む繊細さとキャラクター心理の繊細さを重ね合わせるポイントでした。単なる美味しい食べ物としてのチョコではなく、成功と失敗がはっきり出る素材としてのチョコレートを生かすことで、二人の心のぶつかり合いに実感を与えています。
■各章の構造と工夫
本作では、あらかじめ4章構成とすることが決まっていました。それぞれの章で「ある程度の山を作り、さらに最終章で一気に解決する」という流れを組み込むため、以下のような方針で執筆しています。
第一章:導入と関係性の提示
・寮生活とキャラ紹介(リーリヤの内気な性格、清夏の明るさ)
・いびつな形のチョコ作りという小さな成功体験
・清夏に褒められて少しだけ自信を持つが、まだ恥ずかしさが抜けない
第二章:日記を盗み見てしまう&自信のぐらつき
・「実は清夏はチョコにこだわりを持っている」という衝撃を与える
・リーリヤが図書館の専門書を読んで挫折感を深める
・「恥ずかしくて言えない」「どうしよう」という葛藤の深化
第三章:お菓子教室とさらなるすれ違い
・リーリヤと清夏が一緒に初心者向け教室へ参加するが、噛み合わない
・リーリヤがますます卑屈になり、清夏も何かを言い出せずギクシャク
・互いに胸のモヤモヤが膨らみ、決定的な解決には至らないまま夜を迎える
第四章:秘密の告白と和解
・リーリヤがついに「日記を見た」ことを告白し、清夏がそれを受け止める
・実は清夏も「自分はまだ未熟だから……」と悩んでいたことがわかる
・二人の和解と共作によるチョコ作り
・最終的にお互いを補い合いながら笑顔で進む姿で終幕
こうした構成を組むことで、「序盤~中盤」にわたってすれ違いと苦悩を描き、最終章で一気に解きほぐす形にしています。あえて第三章まで引っ張ることで読者の興味を持続させ、最終章で大きなカタルシスが得られるように配慮した形です。
■執筆全体を通じて苦労した点・工夫した点
リーリヤのモノローグ(内面描写)の強弱
リーリヤを自己評価が低いキャラクターとして描きました。彼女の心理を事細かに描けば描くほど、読者としては「繰り返しで少しくどい」と感じるリスクがあります。それでも本作においては「恥ずかしさ」や「葛藤」がテーマの一つなので、あえて丁寧に、かつ視点をリーリヤに固定したまま描きました。その際、「毎回同じ語彙やフレーズにならないようにする」「微妙に表現を変えて、少しずつ変化を感じさせる」という点には気を配りました。
清夏の内面は後半まで隠す
リーリヤ視点なので、清夏の本当の思いは直接的には描きません。しかし、第二章や第三章の終盤などで「清夏が妙に黙り込む」「清夏がノートを持ち出す」などの行動を見せて、読者にも「何かあるのかな?」と勘づかせる。あくまでリーリヤが知らない情報を読者も同時に知らないまま進めて、最後に清夏が打ち明ける流れを作ることで、読者に「隠された真実」をいっしょに発見してもらえるようにしたのです。
バレエ要素とスウェーデンの要素は最小限
清夏はバレエをやっており、リーリヤはスウェーデン生まれという設定ですが、それらを大きく描きすぎると本筋(チョコレート作りと二人の仲直り)から脱線してしまう恐れがあります。そこで背景として“雰囲気づくり”に活かしつつ、メインプロットを妨げないように注意しました。読者の想像力を引き立てる程度にとどめ、具体的なバレエのシーンや北欧文化の詳細はあえて掘り下げすぎていません。
「恥」の描写に対する配慮
もともと「恥じらい」を大きな柱に据えようとした経緯がありますが、読者が不快に感じない範囲で、それを丁寧に描くのは難しいバランスでした。リーリヤが自分のチョコが拙いことに恥ずかしさを覚えたり、清夏の日記を見てしまった“恥”に悶々とする場面は、読者自身の恥ずかしい経験と重ね合わせられるようなニュアンスを狙っています。リアルさを損なわずに最後は明るい気持ちで着地させるため、最終的には「謝るべきところでしっかり謝る」「二人が納得して抱き合える結末」を意識しました。
■物語全体から伝えたいこと
本作の大きなテーマは、「小さな嘘や隠しごとは、正直に打ち明けたときにこそ意味が生まれる」という点です。お菓子作りと同様に、人間関係もまた誤魔化しがききません。チョコレートのテンパリングが成功したとき、ツヤのある仕上がりが得られるように、心と心も正直に向き合ったときにだけ透き通る関係を築ける――そのイメージを表現したかったのです。
また、リーリヤと清夏それぞれが持つ「長所」と「短所」の両面を描くことで、人間は誰しもが複雑な感情を抱えていることを強調しました。一見完璧に見える清夏も、実はレッスンに追われていたり、お菓子作りの本質を突き詰める時間を持てずに焦っている。一方、地味で自信がないリーリヤが、実はお菓子作りを通じて誰かを喜ばせる才能を持っている。その相乗効果が物語を動かす原動力になっているのです。
最後になりましたが、ここまで本作をお読みいただいた読者の皆さまへ、心より感謝を申し上げます。 物語とは、不思議なもので、書き手がいくら情熱をこめても、読んでくださる方がいなければ存在しないも同然です。リーリヤや清夏の姿に共感してくださる方もいれば、「もどかしいな」「恥ずかしいな」と感じられた方もいるかもしれません。それも含めて、この物語に触れていただいたすべての方の心に、少しでも甘く、そしてときにはほろ苦い余韻が残っていれば幸いです。
また、もし今後お菓子作りやチョコレート作りに挑戦してみたいという方がいらっしゃれば、ぜひリーリヤや清夏のように、「最初は失敗してもいい」「形がいびつでも誰かが喜んでくれるかもしれない」という気持ちで、一歩を踏み出してみてください。チョコレートは温度に正直であり、食べる人の笑顔もまた、作り手の想いに素直に応えてくれる素材だと、私自身も思います。
恥ずかしさや後悔、あるいは他人から見られる自分の姿に戸惑うことは、生きていれば誰にでもある感情でしょう。けれど、その「恥じらい」を大切にしながら、一つでも多くの笑顔を生み出すために勇気を出せば、きっと思いがけない成長や温かい関係が得られる――本作が、そんなメッセージをお届けできていたら、とても嬉しく思います。
改めまして、最後まで物語にお付き合いくださり、本当にありがとうございました。
これからも皆さまの読書の時間が、甘く、豊かなひとときでありますように。