チョコレートに溶ける心   作:kame

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第3話 小さな自信の芽

 寮に戻ると、荷物を抱えて部屋に直行した。清夏ちゃんは「自主練があるから、後で部屋に戻るね」と先に行ってしまった。私は一息ついてから、お菓子用の材料を確認する。カラーチョコレート、ガナッシュクリーム用のチョコ、ココアパウダー……どれも初めて試すものばかりだ。わくわくが止まらない。一人で興奮してしまって、思わずにやけてしまうくらい。

 

 夕方になって、清夏ちゃんが戻ってくると、私はさっそく今日買った材料を広げて「ガナッシュにチャレンジしてみたいんだけど……明日食べる?」と声をかけた。すると彼女はレッスン後の汗を拭きながら、「食べる食べる!」と嬉しそうな返事をくれた。

 

 翌日の放課後、私は授業を終えるやいなや共有スペースのレンジに向かい、買ったばかりのチョコを細かく刻み始める。一緒に買った生クリームを弱火で温め、そこへチョコを加えて混ぜると、ほどよい濃度のガナッシュができあがる。レシピどおりの手順ではあるけれど、いつもの市販板チョコを使ったときよりも滑らかになった気がして、私は胸が弾んだ。部屋に戻って型に流し、冷やし固めてから一口サイズに切り分け、軽くココアパウダーを振る。

 

「……うん、なんかいい匂い!」

 

 清夏ちゃんが部屋のドアを開けて帰ってきた途端、甘い香りが漂ったのだろう。彼女はカバンを置くより先に私の方へやって来た。私はその様子が嬉しくて、思わず笑ってしまう。

 

「ねえねえ、もうできた? ちょっと味見させてよ」 「うん。まだ形が不格好なんだけど……」

 

 私は手近な小皿にガナッシュを数個並べて差し出した。清夏ちゃんは興味深そうに一口、パクリ。するとすぐに「ん……美味しい!」と声が漏れた。

 

「すっごく口どけがいい……。こんな滑らかなの、初めてかも。リーリヤ、ほんとに上手だよ」 「そ、そう……? でも、まだまだ綺麗な形にカットできなくて……」 「形なんて気にしなくていいんじゃない? 味が大事だし」

 

 私の手元のガナッシュを見ながら、彼女は再び笑顔になった。その笑顔を見ると、先日の買い出しに行ったことも含めて、私が見つけたこの世界――小さなお菓子作り――が、私にとって確かな存在意義になりつつあると感じられた。実際、最近はクラスメイトからも「リーリヤって料理得意なの?」と声をかけられることが増え、初めは戸惑ったけれど、だんだんと「うん、まあ……」と答えられるようになってきた。内気な自分を何とか変えたいと思っていたけれど、まさかお菓子作りがそのきっかけになるとは、当時の私は思いもしなかった。

 

 そして何より、清夏ちゃんが私の作るチョコやお菓子を「すごい」「美味しい」と言ってくれることで、私の中には小さな自信の芽が育まれ始めていた。もちろん、いざ本格的に誰かに振る舞うレベルには遠いのだろうけれど、それでも「私、ちょっとはできるんだ」と思えるのだ。ほんの少しずつ、私は“自分を肯定してもいいのかもしれない”という気持ちを、心の奥に芽生えさせていた。

 

 ところが――この小さな「得意気」こそが、後に私をひどく恥ずかしがらせることになるなんて、私はまだ想像もしていなかった。




こうして私は初星学園の寮生活の中で、「恥ずかしい」と「嬉しい」をいっぺんに抱えながら、ゆっくりと変わり始めた。清夏ちゃんの存在は私にとって、まだまだ眩しくて、隣にいても落ち着かなかったけれど、少なくとも“お菓子作り”という共通の話題を持ったことで、彼女との距離はぐっと近づいたように思う。

 一方で、私の作るチョコレートは、技術的にはまだまだ素人同然。温度管理も自己流だし、成形も粗い。だけど、それを清夏ちゃんは「リーリヤはお菓子作りが上手だよ」と褒めてくれる。その優しい言葉に、私は少しずつ舞い上がっていった。

 しかしその先には、私がまだ知らない大きな恥と、小さな嘘が潜んでいる。もしもあのときに戻れたなら、私はもっと謙虚になれたのかもしれない。でも、すでに時は進んでしまっている。私は次の章で、清夏ちゃんという存在を改めて目の当たりにし、その日記を偶然知ってしまう。そこで私が感じたのは、「誇り」と「劣等感」だった――。
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