チョコレートに溶ける心   作:kame

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第二章 清夏の日記
第4話 舞い上がる心


清夏ちゃんが「リーリヤはお菓子作りが上手だよ」と言ってくれる。私は、その言葉に甘えていたのかもしれない。

 あれから数週間、私の小さな「お菓子作りステーション」は、ほぼ毎日のように稼働していた。とはいえ、レッスンや定期テストの準備もあるので、連日フルスロットルというわけにはいかない。でも私は空き時間を見つけては図書館で簡単なレシピ本を借り、チョコやクッキー、時にはスコーンなんかも作るようになった。

 私の拙いお菓子づくりの成果を、清夏ちゃんは変わらず「美味しいよ」「可愛いね」と受け取ってくれる。それが私には、何よりもうれしい。彼女に褒められると、胸の中に芯のような熱が生まれ、「もっと上手になりたい」「もっと笑顔になってほしい」という思いがふつふつと沸き起こるのだ。

 

 さらに、最近は他の寮生からも「またお菓子作ったの? いいなあ、食べたい!」なんて言われるようになった。少し前まではクラスメイトとの会話も最低限で、「地味な子」と思われていただろう私が、ちょっとだけ注目される存在になりはじめている。その変化に戸惑いつつも、私は心のどこかで「もっとやってみたい」「私にもできることがある」と、嬉しさが止められなかった。

 

 ――そう、私は少しだけ浮かれていたのだ。「もしかして、本当に私には“お菓子作り”の才能があるのかも?」なんて、普段は考えないような大きなことを想像してしまうくらいに。

 

 もともと私は、自分が人より優れているところなんてないと思い込んでいた。成績は中の下、運動も苦手。特技らしきものといえばスウェーデン語ぐらいだけれど、この学園は帰国子女の生徒も多い。特別扱いされる要素なんてない。そんな私の心が、今、ほんの少しだけ「私はやれるんだ」と自信を得ている。

 

 これもすべて、清夏ちゃんが私に「すごいよ、リーリヤ」と言い続けてくれるおかげだと思った。彼女の明るい声に後押しされて、私の中で小さな火がともった。それはとても暖かく、でもどこか危うい灯火でもあったと、いま振り返れば思う。

 

清夏ちゃんのノート

 そんなある日の放課後。私はいつものように部屋に戻り、小さな机を挟んで新作のチョコレートを試作しようとしていた。その日はちょっと変わったフレーバーを加えてみようと思い、オレンジピールの細かいチップを買ってきてある。生地(というほどでもないけれど)に練りこんで固めれば、爽やかな香りのチョコができるはずだ。

 

 ところが、清夏ちゃんがその日に限ってなかなか帰ってこない。あれ、今日は自主練で遅くなるって言ってたっけ? 私は寮の掲示板を確認したり、スマホでSNSを見たりしながら、ひとりでチョコを湯せんにかけたり温度を計ったりしていた。

 

 すると、ふと視界の端に、清夏ちゃんの日記帳のようなノートが入った。机の上に、ほかの教科書と混ざって置かれている。ピンク色のカバーがかかったA5サイズのノート。普段は彼女、学園指定のノートしか持ち歩かないのに、これは見慣れない。ここ数日、ダンスの振付メモか何かをノートに取っていたから、その延長かと思ったけれど……。

 

 何気なく手に取ってしまった私は、そこで初めて“日記であること”を悟った。表紙の裏には小さく「すみかのノート」とだけ書かれている。なんとなく可愛いシールが貼られていて、普段のクラスノートにはないプライベート感が漂っていた。

 

(あ、これ絶対見ちゃダメなやつ……)

 

 そう思ったのだけれど、なぜか私は手を止められなかった。もともと清夏ちゃんと私の机は狭いスペースに二つくっつけて並べているので、彼女の物が私の物のすぐそばにあるのは珍しくない。だけど普段は触れようとも思わない。でも今日は、ちょうどチョコを冷やして待ち時間ができていたせいか、あるいは部屋にひとりきりで誰も見ていない安心感からか、そのノートに惹きつけられてしまった。

 

 ……なにを書いているんだろう? 練習日誌? 単なる日常の日記? 少しだけ、ほんの少しだけ覗いてみてもいいかな――。

 

 そんな浅はかな好奇心が、私を大きな葛藤へ誘うことになると、なぜ想像しなかったのだろう。

 

 一瞬だけ、私は「いや、やめとこう」とノートを机に戻しかけた。だって覗き見るなんて卑怯なことだし、清夏ちゃんにバレたら気まずいに決まっている。普段からお世話になっている彼女を裏切るような真似はしたくない。

 

 それでも、まるで悪魔のささやきのように「ちょっとだけなら……」「失礼になるようなことが書かれていないかもしれないし……」という思いが頭をもたげてきた。正直に言えば、私は――清夏ちゃんが私のことをどう思っているのか、気になっていたのだ。彼女は明るい性格で、私に対しても優しい。でも、本心は分からない。日記帳には、彼女の本音が書かれているかもしれない。それを少しだけ盗み見れば、今までよりもっと清夏ちゃんのことを理解できるかもしれない――。

 

 そう思った瞬間、私はつい……ページを開いてしまった。

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