チョコレートに溶ける心 作:kame
第9話 薄曇りの朝に
日曜日の朝、私はいつもより早く目を覚ました。
窓の外は、やや白んだ空が広がっている。晴れなのか曇りなのか、判断に迷うような淡い光。この季節は天候が変わりやすく、寮の窓を開けると、ひんやりとした空気が部屋に入ってきた。
あたりを見回すと、まだ清夏ちゃんは布団の中にいる。昨日の疲れが残っているのだろうか。レッスンは連日大変そうだし、夜は遅くまで勉強もしていたようだ。そんな彼女を起こさないように、私はそっとカーテンを少しだけ開き、深呼吸をする。
(今日、私はお菓子教室に行く。昨日の夜、きちんと「やっぱり一緒に行きたい」と伝えたんだから……)
その場で清夏ちゃんは笑顔を見せてくれた。「うれしい! 一緒に受けるなら心強いよ」って。
その笑顔を見て、胸が苦しくなるのを抑えなければならなかった。あのノートを盗み見てしまった罪悪感が、どうしても薄れてくれない。私の中で、罪悪感と安堵がないまぜになって、睡眠も浅くなってしまった。
ベッドの下から小さな鞄を取りだし、タオルや筆記用具、そしていつも使っている簡易の温度計を入れてみる。お菓子教室でどんな実習があるのか分からないけれど、ひとまず「自分の道具」を持っていくと落ち着く気がする。
ほどなくして、清夏ちゃんがむくりと起き上がった。「あ……リーリヤ、おはよ……もう起きてたんだね」と、眠そうな声が聞こえる。わずかな空気の揺れが、いつもどおりに二人きりの部屋に広がった。
「うん。ちょっと寝られなくて……。清夏ちゃんこそ、疲れてない?」
「大丈夫。たぶん少し寝坊したからスッキリしたよ。……今日、楽しみだね」
「……うん」
小さな返事をする私の心は、まだどこか落ち着かない。あれほど迷っていたのに、いざ行くと決めたら決めたで、今度は「どうなるんだろう?」という不安が強くなる。清夏ちゃんの“本当の知識”を見せつけられたら? 私が“ただの素人”だと知られたら? もちろん彼女はそんなふうに私を見下す人じゃないと信じたいけれど、どうしても疑心暗鬼な気持ちが残ってしまう。
「お腹すいたね。朝ごはん、どうする?」
「そうだね、寮の食堂が空いてたら軽く食べようか……」
たわいないやり取りをしながら、私たちは準備を進める。今日は午前中からの開催なので、朝のうちに寮を出て、電車でカルチャーセンターに向かう予定だ。バレエとは違うジャンルの習い事に参加するのは初めてだからか、清夏ちゃんもどこか嬉しそうにしている。
部屋を出る直前、私はもう一度鞄の中を見直した。温度計、筆記用具、カメラ代わりのスマホ。──それとは別に、こっそり一冊のノートを忍ばせてある。図書館で借りた専門書の内容をメモしたノートだ。中身はほとんど白紙に近いが、せめて“私なりに頑張ってみた”痕跡だけでも持っておきたかった。きっと清夏ちゃんのノートには遠く及ばないだろう。だけど……。
(私にしかできないやり方で、少しずつ学べばいいんだ……)
そう自分に言い聞かせ、部屋を出る。清夏ちゃんと並んで歩き始める足は、やはり少しだけ震えていた。