TSして親友の家に居候する話   作:わらにんぎょう

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朝おん

 朝起きたら女の子になっていた。

 

 そんなことを周りに言えば、おそらく不審人物と見做され、最悪警察を呼ばれることだろう。

 

「朝起きたら(以下略)」、通称朝おんにはいくつかパターンがあると思っている。

 

 一つ目は転生系または憑依系。異世界か現実世界かはわからないが、ふと目覚めたら転生していて、いつのまにか女の子になっていたというものだ。いや、これは朝おんではないか。まぁとにかく、完全に以前までの自分とは違う存在になるというものだ。

 

 二つ目は世界の記憶そのものが変わっていて、最初から自分が女の子だったことになっているパターンだ。なぜか世界そのものが変わっており、自分だけが男であった頃の記憶を有しているタイプである。

 

 三つ目は俗に言うTS病。シンプルに朝起きたら性別が変わっていたと言うものであり、世界の記憶が変わっていたりとかではない。以前の男としての生活と地続きであり、一番苦労するパターンである。

 

 

 鏡なんて一切部屋に置いていなかった僕は、スマホを内カメラにして構える。そこには眠たげな目をした美()()が。

 

 片目を閉じれば画面に映る少女も同じく目を閉じ、手を振ってみれば全く同じ動作をする。

 

 スマホを置いて自分の手を見つめてみれば、以前と比べて遥かに細い指。全体的にサイズダウンしており、完全に見知らぬ形をしている。しかしその見知らぬ手より送られてくる電気信号から、脳は完全にこれを自分の手であると認識している。

 

 これは夢だろうかと思い、思いっきり自分のお腹を殴ってみた。普通に痛すぎて悶絶する。この痛みは間違いなく現実である。

 

 この状況を正しく説明するのであれば──

 

 

「朝起きたら女の子になっていた件」

 

 

 口に出してみるとあまりにも非現実的に響くそれが、今の僕に降り掛かった状況であった。自分の声なのに随分と可愛らしい感じだなーなどと、軽く現実逃避をしながら数十秒フリーズする。

 

 しかしこうしてじっとしていても状況は動かない。取り敢えずいつもの通学鞄から財布を取り出してみる。そのまま財布の中から学生証、保険証を出した。

 

 田村 修吾

 生年月日: 2008年7月11日

 

「あああぁぁ…………」

 

 保険証に書かれている情報と学生証の写真を見て思わず頭を抱える。先程述べたパターンの三つ目、すなわち一番厄介なパターンである。

 

 割と絶望に打ちひしがれながらも、スマホを取り出して検索エンジンを開く。そして様々なキーワードを打ち込みながら、似たような状況の人がいないかを探した。

 

 しかしいくら探しても、似た状況に陥った人の情報は出てこない。創作物が並ぶ検索結果欄を見て、少し苛立ってしまった。

 

 つまりこの状況はパターン三の中でも最もハードなものであるわけだ。

 

 自分が息子であることをどうやって両親に説明すれば良いのか、学校はどうすれば良いのか、保険などの社会保障を今後どう利用していくのか。両親に信じてもらえなければ住む場所は? お金はどうしよう。

 

 そんな様々な懸念事項が瞬時に頭に浮かんだ。

 

 もし信じてもらえなかったら、スマホも今後使えなくなるはずだ。そして女の身一つで生きていくなんて、無事で済むわけがない。仮にTSを信じてもらえたとしても、こんな医療の全てをひっくり返すような人間が、まともな生活を送らせてもらえるのか。

 

 一気に様々な想像が頭の中を過ぎる。この絶望的な状況に急に血の気が引いて、ふらりと視界が揺れた。手からスマホが滑り落ち、床に落ちて大きな音を立てる。

 

 一旦目を閉じて深呼吸をする。でも手の震えは止まらない。

 

 なんとか落ち着こうと、布団の中に入って丸くなった。ベッドの端に備え付けてある時計は5時を示している。土曜日の朝だから、家の中は静まり返っている。

 

 ────このままここにいたら、家族に見つかってしまう。

 

 家族に見つかったらどうしよう。両親からしたら、息子の部屋にいつの間にかいる不審者だ。そして肝心の息子はどこにもいない。面倒なことになるのは容易に想像できた。

 

 そこまで考えて、布団から飛び起きる。その勢いで、寝る時に来ていたジャージがすっと腰から落ちた。サイズが完全に合わなくなっており、全身ぶかぶかだ。

 

 クローゼットの中から、今着ることができそうな服を探す。どれもこれもサイズが全く合わず、外に出るには心許ない。

 

 最終的に短パンを履いてキツく紐を結ぶことになった。上はぶかぶかのシャツの上からパーカーを着た形だ。ギリギリオーバーサイズファッションに見える感じに仕上がった。

 

 服を着た後は荷物のチェックだ。

 

 スマホは…………もしかしたら後々とんでもない荷物になるかもしれないので置いていく。SIMカードだけ抜いていけば良いのかもしれないが、そこら辺は詳しくないので持っていくのが怖かった。

 

 お金も、どうしようか……いや、鞄ごと持っていくなら大丈夫か。取り敢えず貯金箱からも全額ではないがある程度取ってまとめて財布に入れる。

 

 一応身を守るためのハサミとカッター、何かに使えるかも知れないビニールロープをカバンに入れる。ついでに普段は着けずに放置している腕時計を入れた。

 

 残りの荷物には手をつけないことにした。後々のために。

 

 鞄を手に、音を立てないように部屋を出る。まだ両親は寝ているだろう。絶対に起こさないように注意しながら慎重に動く。

 

 家を出て鍵をそっと閉めると、ようやく緊張感から解放される。とはいえ、今の僕は田村家の自宅からコソコソ出てきた怪しいやつだ。素知らぬ顔をしながら、早足にその場を去る。行き先は近くの公園だ。

 

 一旦、落ち着ける場所に行って考えをまとめたかった。

 

 骨格が変わって上手く歩けず、ふらふらとした足取りで目的地へ向かう。靴のサイズも合わないし、歩幅もいつもより小さい。そんな状態であったせいで、公園が見えてくるまで想定の数倍時間が掛かった。早速不都合が生じて、先行きの不安さに少しだけ泣きそうになる。

 

 時間が時間なだけあり、公園には人影が一切なかった。寂れた雰囲気に少し物怖じしつつ、ベンチに腰掛ける。現在は六月。この時間でも比較的暖かい気温であったが、それでも短パンで過ごすにはやや肌寒かった。

 

 慣れない身体で歩いたせいで、大して動いていないのにどっと疲れが押し寄せてくる。息を大きく吐いて背もたれに寄りかかると、少しだけ気持ちが楽になった。

 

「これからどうしよ……」

 

 思わずそんな独り言を呟く。自分のものとは思えないほど高く澄んだ声だった。

 

 今後のことをぼんやりと考えながら空を見上げて過ごす。

 

 やっぱり、両親にちゃんと説明するしかないのだろうか。でも、正直全く信じてくれる気がしない。むしろ、息子がいなくなったと同時に現れた不審者として、警察を呼ばれるかも知れない。そして身元不詳であることがバレて……ついでに田村修吾の私物を持ち歩く妙な人物としてマークされて……。

 

 だめだ、危ういことになる未来しか見えない。

 

 じゃあどうしたら……いっそ他にも同じ目にあった人が沢山現れてくれれば…………。

 

 いや、他人の不幸を願うのは良くないだろうか。

 

 そんな堂々巡りの思考を続けているうちに、公園の横を通り過ぎていく人影がどんどん増えていく。鞄から時計を取り出して時間を見れば、もう7時40分になっていた。

 

 ぼんやりと、道を行く人たちを眺める。途中、こちらを見た女性が心配そうに僕の様子を窺ってきたりもした。まぁ、朝から公園で黄昏ている女の子がいたら心配にもなるのだろう。会釈をしたら、心配そうにしながらも会釈を返して去っていった。

 

 そうしてただ無為に過ごしていると、遠目に見覚えのある姿が見えた。

 

 目を凝らしてみると、大変良く知っている人物だった。

 

 その人物を認識した瞬間────無意識に鞄を放り捨てて駆け出していた。

 

 全力でその男に向かって走る。こちらに気づいてギョッとした顔をする彼の様子を気にする余裕もなく、急いで駆け寄る。

 

 彼が目の前に迫った時──慣れない体で走ったせいで思いっきりバランスを崩し、前に盛大に倒れ込んだ。そのまま勢いよく彼に抱きつく形になってしまった。

 

「うおぉ!?」

 

 突然の事態にその男──西川圭介(けいすけ)が喫驚の声を上げる。

 

「な、なんですか?」

 

 いきなり抱きついてきた僕に、両手を挙げて上擦った声を出す圭介。

 

「ちょっとだけ……待って」

 

「えっと……?」

 

 間違えて抱きついたが、知り合いに会った安堵で力が抜けてしまい、離れようとしたらそのままふらっと座り込んでしまいそうだった。あとシンプルに足を挫いて自力で立つのが難しい。

 

 抱きついたまま一旦深呼吸をする。そして思い切って口を開いた。

 

「その、頼む……圭介、助けてくれ……」

 

「な、なんで俺の名前を……? 誰ですか?」

 

「ちょっと、話を聞いてくれるだけでいいから。お願い……」

 

「いや、その前に一旦離れてください」

 

 頭の中が真っ白になっている僕を引き剥がそうとする圭介。混乱していた僕はそのまま見捨てられてしまうような気がして、更に力を入れてしがみつく。

 

「お、お願い! もう、頼れるのがお前しかいなくて……、ちょっとだけで良いから話を……」

 

「なんかの勧誘ですか? そういうのはちょっと無理なんで……!」

 

「違う!!」

 

「取り敢えず、俺じゃなんも力になれないです。この後友人に会う用事があるので離してください! 周りの目もあるので」

 

 友人に会う用事、という言葉を聞いて不意に思い出す。そうだ、今日は圭介と遊びに行く約束をしていたのだった。こんなとんでもない事件があったせいで完全に忘れていた。

 

「その友達は……田村修吾っていう名前?」

 

「は……? なんで知ってるんだ……?」

 

「その、修吾はボクなんだ!」

 

「はい?」

 

 思い切ってぶちまける僕を怪訝な顔で見る圭介。先程まで心配を織り交ぜた困惑顔であった彼が、だんだんと気味の悪いものを見る目つきになっていく。そして鋭く僕を睨みつけた。

 

「もしかして質の悪いストーカーか何かですか? いい加減にしないと警察を呼びますよ」

 

 苛立った様子でそんなことを言われて、思わず体がビクリと跳ねる。彼の言葉が頭の中をぐるぐると駆け巡る。

 

「ぁ……あ……ちが……」

 

 胸に到来する絶望感に、目の前が暗くなっていく。喉が引き攣って上手く息ができない。体が意思に反して震える。

 

「な…………んで……」

 

 視界がぼやけて圭介がどんな表情をしているのかが見えない。

 

 気がつけば、目から涙が溢れていた。制御できず、次から次に溢れてくる。

 

「ちょっ、なんで泣いて」

 

 圭介の焦るような声が耳を通り過ぎた。僕の尋常じゃない様子に何を思ったのだろうか、そっと背中をさすってくる。

 

「な、泣かないでください。……一旦あっちのベンチに行きましょう」

 

「ぅ……お、ねがい……信じてよ……」

 

「……話だけは聞きますから、取り敢えず一旦ここを動きましょう」

 

 上手く足が動かない僕を支えながら、ベンチまでゆっくりと歩いていく圭介。歩いているうちも全く涙は止まらず、彼の服を汚してしまった。

 

 ベンチに着くと、僕をそっと座らせてくれる。僕の扱いに完全に困っている様子だったが、取り敢えず急に放り出されることはなさそうだった。

 

「これは……修吾の鞄か?」

 

 そして僕が放り捨てた鞄を手に取って何かを呟いていた。

 

「これ、拾ったのか?」

 

 そう聞いてくる圭介に、首を振って答える。

 

「ち、がう……ボクのだよ……」

 

「…………」

 

 僕の言葉を聞いて、何か言いたげな顔だったが、一旦言葉を飲み込んでくれたようだ。

 

 

 しばらく、無言の時間が続いた。なぜか涙が全然止まらなかったのだ。

 

 西川圭介は……僕の一番の親友だった。この状況で、頼ることができるのは彼くらいしかいなかったのだ。そんな彼に一蹴され、あんな目を向けられたことが……自分が思っていたよりショックだったようだ。今もまだ、胸の辺りがズキズキと痛む。

 

 

 圭介は、僕が泣き止むまで黙って待ってくれていた。ずっと泣き止まない僕に困り果てた様子だった。

 

 その優しさに甘え、ようやく涙が止まった時にはそれなりの時間が経っていた。

 

「あー、もう大丈夫ですか?」

 

「うん……待ってくれてありがと。あと、敬語は大丈夫」

 

「わかった」

 

 それから、身分証を見せたりしながら、今の状況を聞いてもらった。彼は終始口を挟まず、ただただ相槌を打ちながら聞いてくれた。

 

 

「ボクと、圭介しか知らないことも、沢山知ってる、だから、どうか信じてほしい」

 

 

 最後にそう言って締めると、圭介は目を瞑ってうーんと唸った。難しい顔で眉間に手をやっている。

 

「正直に言うと、全く信じられない。いまだに君をただのやばい女としてしか見れない」

 

「うっ……でも、本当なんだよ。……小学生の頃、一緒に山を登って、崖から落ちちゃったことも。その時内緒で山に行ったことがバレないように、親に適当な嘘を吐いたことも知ってる。あとは……中学の剣道の大会で負けた時、こっそり控え室で泣いてたのも」

 

「そう、それなんだよな。修吾のやつがこっそり言いふらしてない限り知らないようなことをめっちゃ言ってくるし……正直修吾の手の込んだドッキリなのか? とも思った」

 

「違う……」

 

「まぁ、ドッキリにしてはさっきの様子が真に迫り過ぎていたと思う。……だから、今本気で困惑してる」

 

 そんなことを言いながら、すごく悩ましげな顔をする圭介。

 

「取り敢えず、一旦修吾の家に確認しに行ってくる。ここで待っててくれ」

 

「に、逃げないよね?」

 

「逃げないから。ちゃんと戻ってくるから安心しろ。……足、挫いたんだろ? 歩くの辛いだろうから待っててくれ」

 

「わかった…………」

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 そうして待っていること20分強だろうか。約束通り戻ってきた圭介は困ったような表情を浮かべていた。

 

「本当に家にいなかった……」

 

「……当たり前じゃん」

 

 さっきからずっと言っているのに、全然信じてくれていなさそうな彼に少し苛立ちが募る。でも、仕方のないことではあるのだろう。僕だって、逆の立場なら信じない。だから、文句の言葉はなんとか飲み込んだ。

 

 僕の両親よりよっぽど柔軟で、こういったことに耐性がありそうな圭介でさえこうなのだ。両親に話していたら……問答無用で警察を呼ばれていたかもしれない。

 

 うーん、とずっと唸っている彼の袖をクイっと引っ張る。

 

 

「その、今日……帰る場所もなくてさ……マジで、夜を明かせるかもわからなくて……」

 

「……」

 

「だから、その……今日、家に泊めてくれると、嬉しいかなーって」

 

「はぁ……いや、まぁ今日家に親いないし、いけはするけど……」

 

「お、お願い……ここで見捨てられたら、本当にもう、野垂れ死ぬしかなくて……絶対良くないやつに乱暴されるし……」

 

「おまっ……いや、そうか……」

 

 

 本当に嫌そうな顔をしてたけど、ここまで言えば絶対に見捨てられない性格だって言うのはわかっていたから。彼の優しさにつけ込むことになってしまうが、袖を引っ張って彼に縋りついた。

 

 そして案の定、悩みに悩んだ後、仕方ないなぁという雰囲気でため息を吐いた。

 

「こういうの、誘拐扱いになるんだっけ……正直ほんとに気乗りしないけど……このまま嫌な目にあって死なれても困るからな……」

 

「じゃあ!」

 

「一旦、今日は泊まっていけ。今後どうしていくかは、ちゃんと話し合わないとだけどな」

 

 

 そうして僕は、親友の家に転がり込むことになったのであった。




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