無限の系統樹における可能性の多寡について 作:深夜テンションの鮎
砂塵吹き荒れる砂漠を、一人の少女が歩いていた。
ざくり、ざくり、と。
ゆっくりと、しかし確かな意思を込めて歩みを進めている。
体を全て覆う灰色のローブをゆらめかせ、顔は陰に隠れてその一切が不明。ただ、時折見え隠れする目鼻立ちや、ローブに出る体型からして、相当な美人だということは推測できた。
砂漠に強烈な熱射が照りつける中、暑苦しそうなローブを纏っているのにも関わらず、体は全くふらつかない。そもそも暑さなど感じていないような足取りであり———色々規格外の<マスター>でもなければ———、そういった環境に耐性のつくジョブか装備を備えていることは明らかだった。
ジョブ———
この世界において、<エンブリオ>に次ぐほどの特異な力。
ジョブに就き、レベルを上げる。<エンブリオ>を持たぬティアンにとっての、強者になる唯一と言ってもいい方法だ。
レベルの上げ方はモンスターとの戦闘や、武器などの生産など多岐に渡り、下級職はレベル50、上級職はレベル100まで上げることが可能。
そして下級職に六つ、上級職に二つ就職することができ、合計レベルが500ということはジョブをカンストさせられる腕を持つという一種の目印でもある。
ただしティアンには己の才能により就職できるジョブは制限され、ジョブに一つしか……それもレベルを中途半端に上げた下級職にしか就いていないという者も珍しくはない。
上級職に就職できる者は稀であり、500レベルに達したティアンは数少ない。そして
しかし、<マスター>はそういった才能の諸々を無視することができる。
ジョブに対する「万能の適性」———<エンブリオ>だけではない、根本的な差。
<マスター>は
「……」
———ぴたり。
と、少女が唐突に歩みを止める。
砂を踏む、ざらつくような音は消え、後には風のみが残った。
ひゅるり。
ひゅるり。
ひゅるり。
ひゅるりと、風が柔らかに吹く。
砂は、それに合わせてなだらかに動く。
太陽は、暑苦しくも照り続ける。
砂漠の日常。
ローブがゆらめく。
やがて、風が消える。
音が消える。
静寂が広がる。
静止画のような、音の消えた空間。
———ふ、と。
少女が一歩、砂漠に踏み出す。
力強く。
力強く。
———そして、悲鳴が上がる。
「ぎょぺあっ!!?」
「……」
また一歩、少女が踏み出す。
カエルが押し潰されたような、悲鳴が上がる。
「ぐぎゅぇ!??」
「……」
踏み出す。踏み出す。踏み出す。
少女が砂漠に踏み出した数だけ———渇いた砂漠に、
「……」
ローブの少女は、変わらず歩いている。
全く、変わることなく、歩いている。
———
「……」
不意に、強風が吹いた。
それは少女のローブを大きくはためかせ———そこから、左手が顕になる。
そこにある、「大地を踏み潰す足」の紋章。
少女は<マスター>だった。
◆とある【
女が歩いているのを見た時すぐに、ああ……今回の
昔っから俺は、勘っていうものが鋭かった。
亜竜に村を襲撃された時も。
砂漠でキャラバンと一緒に遭難した時も。
でけぇ盗賊団に
全部ぜぇんぶ、その前に嫌な予感があった。
まあ、他に忠告しようとしても、俺がろくに信頼がないから嘘だって思われるんだけどな。
今回だってそうだ。
いつものようにアジトを出て。
いつものように待ち伏せて。
いつものように暑さに耐えて。
その前から、ずぅっと嫌な予感がしてやがった。
でもまぁ、この盗賊団の中で俺は下っ端も下っ端。上の奴らに直訴でもすれば速攻で殺されるだろうし、それにカシラは【
嫌な予感を覚えた時も戦力を整えれば撃退できたことがあったし、今回もそうなるだろうって思ってた。
でもさ。
嫌ぁな予感が、ずぅっと強まってるんだ。
これまでにないほどに———それこそ、すぐ後ろでドラゴンが舌舐めずりをしているような、そんな怖さ。
流石にコレはまじぃな、ってことで逃げる準備をしてたんだ。
ま、一日だけの準備時間……すくねぇ荷物をまとめるだけだったんだけどな。
けど。
女を見た瞬間に、そんなもんは消し飛んじまった。
それくらいに———「死」の予感がした。
今すぐ逃げなけりゃ死ぬ。
いや。
逃げても、逃げなくても、———死ぬ。
違うのは、そこに至るまでの時間だけ。
そんな「死」への予感が渦巻いていたんだ。
逃げたさ。当然。
後ろでなんか言ってる仲間ども———旧仲間どもがいたけど、そんなの知ったこっちゃねぇ。
所詮、イヤイヤ入った盗賊団だ。
仲間どももクズだったし、未練なんざあるわけねぇ。
命あっての物種。
命あっての、人生だ。
その考えが正しかったことは、すぐに証明された。
魔道具で涼んでた【大盗賊】のカシラ。
レベル300を超えるカシラが、文字通りに
抵抗も、予兆も、何もなく。
ぺっちゃんこに。
巨人に、踏み潰されるように。
蟻を、踏み潰すように。
そっからはもう阿鼻叫喚さ。
遠目から見てもかつての仲間たちがどんどん潰れていくのがわかった。
中には女に特攻を仕掛けようとした奴もいたが、すぐに潰れたさ。くわばらくわばら。
ま、そんなこと関係なしに俺は逃げるんだけどな。
どんなスキルや魔法だって、効果範囲があるはずだ。
あの女のスキルの正体は知らないが……まあ、これだけ離れておけばもう安心だろう。
……え? スキルや魔法以外の線はないのか、って?
はははは、あんな超常現象がただの技術で起こせるわけがねぇだろ。
アレがスキルでもなんでもなかったら死んでもいいぜ……ま、死なねぇけど。
嫌な予感は、いつの間にか途絶えている。
この勘に従っておけば、まず間違えない。
少なくとも、嫌な予感に関しては。
これで俺は、これから先も生き
———この男の惜しむべきことは、勘に全てを委ねなかったことだった。
嫌な予感を覚えた時点で逃げておけば。
いや、そもそも常から信用を積み重ねていけば。
この結末は、訪れなかったことだろう。
勘の鋭かった男は、かつての仲間たちと同じように。
逃げたことなど、関係なく。
踏み潰されていた。
肉袋が破裂するように、ぱぁん、と。
砂漠に血を撒き散らして、なんでもないかのように死んだ。
死亡。抗いようのない絶望。当然、【即死】だった。
盗賊団が待ち伏せていた時点で、少女は全てを把握していた。
少女は。
<マスター>は。
否。
己が<エンブリオ>によって———全ては、把握されていた。
基本的な六タイプの一つである、TYPE:
その上位派生であるTYPE:ワールドの<エンブリオ>———【全印地平 サンドルフォン】。
監獄の番人であり、天衝く巨躯の大天使をモチーフにしたソレの能力。
<エンブリオ>の名を冠した必殺スキル———《
その効果を短く言うならば、
そこらに蔓延る小鬼も。
上級職に就いたティアンも。
見上げるほどの巨竜も。
一切合切、天地纏めて踏み潰す———それこそ、人間が蟻を踏み潰すように。
蟻を踏み潰しても、大して気にせぬように。
デメリットとして、自身の筋力———すなわちSTRパラメータが足りなければ踏んだとしても潰せないと言う欠点はあるものの、しかしそこはジョブに対して万能の適性を持つ<マスター>。
ジョブ構成の多くがSTRに寄与するものであり———その合計レベルは
レベル300の【大盗賊】など、比べものにもならない数値だ。
そして、【サンドルフォン】の根幹を為す、もう一つのスキル———《
使用した対象に対して、
———
このスキルにかかった時点で、もう終わり。
なんの対抗手段もない、勘が鋭いだけのティアンなど———幻覚を見て止まっている体を、踏み潰されるだけ。
男は先ほど、逃げても逃げずとも死ぬ、と言った表現をした。
正しい。
何故なら———そう思った時点で、男は【サンドルフォン】の幻覚に囚われていたからだ。
少女が、突然足を止めた時。
逃げるにしても。
襲うにしても。
全てが、手遅れ。
<エンブリオ>を持たぬティアンは。
万能の適正を持たぬティアンは。
死してもたったの三日で生き返らぬティアンは。
その全てを持った<マスター>に、悉く蹂躙されるのが運命だった。
渇いた砂漠を、一人の<
ざくり、ざくり、と。
踏みつける砂のことなど、何も気にしていないかのように。
◯ 【全印地平 サンドルフォン】
サンダルフォンではなく、別名であるサンドルフォン。
最初は競馬の「エクリプス」にしようかな、って思ったけどこっちの方が逃げられないからこっちにした。でも原作の名前被りでややこしいからこうした。
現在の到達形態は第六。
パーソナルとしては「全員私の下で踏み潰されて、地平線にでもなりなさい」的な。
つまり傲慢ちきな輩に生える<エンブリオ>である。
◯ 《私に踏まれる平等》
幻覚にかかった対象に、自身が歩くときに地面にかかる負荷を転移させる。
それが結果として遠隔で踏み潰すとなっているだけであり、《みんなの独房》にかからないか解除されればスキルを発動させることは不可能。
◯《みんなの独房》
ワールド内の対象に幻覚を見せるスキル。TYPE:ワールドである最大の要因。
【ドリームランド】のように一撃を入れる必要はないが、夢の中で干渉して殺すことはできない。
また同じく無生物に幻覚を見せることは不可能。光学的ではなく、スキル的な幻覚のため。
◯その先
カンストの先。
やるとしたら多分次回……まあ続きは(考えても書いてもやる気も)ないけど。
◯【盗賊】
亜竜に住んでいた村を襲われ、近くにあった砂漠を通るキャラバンに拾われたところを遭難し、そんな時に盗賊団が襲撃してきたものだから一瞬で寝返った。
勘が鋭かっただけの、どこにでもいるクズ。
【先導者】の血が流れてるかは知らない。流れてたとしても【先導者】にはなれない。
全ては、砂に覆われるだけ。