みみのこ・ファイト・クラブ 作:アキ
実在の人物、団体などとは一切関係ありません。
関係はないですけど口調や見た目などが一致することがないよう、情報や仕草などはぼかして描写されています。
本当に。断じて、一切関係ありません。ほんとに。しんじて。
みみのこ・ファイト・クラブ
VRChat。
VRCとも略されるそれは、メタバースを利用した超先進的SNS。
それぞれがアバターを持ち、それぞれの姿で今日も気ままに喋ったり、メタバースならではの景色を楽しむなどしている。
そんなVRCのワールドの中の一つ。白く質素な大地の上にぽつねんとある一つの入り口。重い扉の先に、小さく……いや、
「…………」
一人。
ぴょこんと揺れる二つの大きな耳を揺らし、首を傾げてそこを覗く者がいた。
その髪は白く、先端は赤い。同じく白いジャケットにぶら下がる青色の『なにか』のキーホルダーが、その耳と同じように少し揺れた。
「ここが……みみのこファイトクラブ……?」
『さぁオレンジのエリアを消します! 3、2、1ッ!!!!』
「やれー!」「もげー!」「ああっ、そこっ! っあ、惜しい!」「おい一人しゃがんでる奴いるぞ!」『しゃがんでるのが生き残ってるぞー、
顔の横、そして上にある合計四つの耳を切り裂くような、大きく、そして熱気を孕んだ声。
みみのこ。
今し方入口の上の方からひっそりと様子を伺っている彼と全く同じ顔をしたみみのこ達が、両手を握りしめて声を上げている。
そしてその視線の中心にあるのは、赤い一つの柱。上になっているのは3人のみみのこ達。
三者三様。それぞれ飛んだり跳ねたり土下座したり、側から見れば間抜け極まりない光景だがそれぞれが魂をかけている。
『さぁー土下座野郎が脱落! 残るは
ブチ。
みみのこの片方が苦痛に顔を歪める。
その頭の上にあった2本の耳は今は1つ。なんとか攻撃を避けたものの、もう後がない。追い込まれたみみのこは、必死に相手に向かって手を伸ばすが。
「ッ、ぐあああああああ!!!!」
『しゅーりょー!!!! 勝った方にみなさん札束を投げてくださーい!』
「うえーい! 勝利ィ!!!!」
健闘虚しくも、もう片方の耳も地に舞うことになった。
全身から力が抜け、その場に横たわるみみのこを横目に、生き残った方のみみのこは意気揚々とカメラを取り出す。
『勝った方には権利が与えられまーす!』
みみのこ。
VRC内で使えるアバターの一つ。
最も目を引くその特徴的なおおきな二つの耳は、自身および他のアバターの手で引っこ抜くことができる。
引っこ抜かれた耳はそのまま地面に溶け、また新しいものが生えてくるが……本人の意思次第では、耳の再生を止めることもできる。
そして、両耳を抜かれたみみのこはどうなるのか。
「クソ……ッ! 畜生……ッ!!」
死ぬ。
みみのないみみのこはみみのこにあらず。もはやのこである。
自ら再生しないと決め、そしてその小さな手で相手のみみをもぎにかかる。誇りと魂を賭けて。
その、全てを賭けたみみが二つとももがれてしまえば、後に残るはただ自身が負けたという証のみ。フェイスミラーに映る間抜け面が己を見つめるばかりである。
勝てば全てを手に入れる。負ければ全てを失う。それが、『みみのこバトル』。
「すごい……」
そしてここに、熱気に押されて胸を抑えているみみのこが一人。
「……おや。初耳*1かい?」
「……ッ!? そう(?)、です」
気づけば隣に、誰かが座っていた。
自身がそれほど夢中になっていたからなのか、それとも
己より少しグレーな色合いのみみのこが、こちらを覗き込んでいた。
「バトルロイヤルはもう終わっちゃったんだ。次はトーナメントだけど……」
『次のトーナメント戦は5分後にやりまーす』
「……5分後だって。まぁ、そんなところにいつまでもいないで、来なよ」
「あっ、はい」
ひざをパンパンと叩き、立ち上がるグレーのみみのこ。
すたこらちょこちょこと歩いていく彼を追いかけて入ってみれば、覗いていた時は見えなかったみみのこ達の数に目を丸くする。
「うっす。入り口で初耳が覗いてたから連れてきたよ」
「え? 初耳?」
「おー、どもども」
「こんばんはー!」
「こ、こんばんは……」
案内されたのは、個性的なみみのこ達が集まっていたグループ。
それぞれ絵を描いたり、精神統一をしたり、個性的で自由なみみのこ達であった。
そんな所に通された新人はどうすれば良いか勝手がわからず、ただおろおろと揺れる耳を眺めるだけである。
「お名前は?」
「っあ、えっとー……しろ。シロって言います」
「シロさんね。よろしく」
ここで名前がバレるのはまずい。
咄嗟に出した名前だったが、あまりにも安直ではなかろうか。
そんな心境から冷や汗を浮かべるシロだったが、ここは名前も性別も関係ないVRC。本人の心配とは裏腹に、すんなりと受け入れられたようである。
「初耳ってことだけど、今日はどうしてここに?」
「その、ちょっと友人の紹介で」
「友人? 今日そのフレンドさんいる?」
言われて、はた、と気づいて辺りを見渡す。
表示されるネームプレートの数々には見知った名前はなく、シロは肩を落とした。
「……いなさそうか。フレンドさんの名前わかる?」
「それが……転生*2してしまったみたいで。名前も分からなくて……ここならいるかなと」
「思ったんですが……ってワケね。まあ、そのうち来ると思うよ。今日は楽しみな」
「……はい」
「……。今から始まるのはトーナメント戦。みみのこバトルはやったことある?」
「数回程度は」
「いいね。今からそのみみのこバトルを1対1でやっていって、最後の一人を決める戦いをするんだ」
「勝ったらどうなるんですか?」
それはもちろん、
「全てを手に入れることができる」
「…………」
納得がいったような、そうでもないような表情を浮かべ、シロは気まずそうに笑った。
「ま、やってみれば楽しいって。そうだ、まだ時間あるし一戦やってみようか?」
「いいんですか? お願いしま……ん?」
シロの視界の端から、ひょこりと耳が現れた。
鬼のような瞳でシロを見つめ、そして指を向けている。
「お、やる? 代わりに」
「───……」
こくり、と頷くみみのこは、そのまま簡易ステージの上に立つ。
ジャケットの代わりに横須賀ジャンパー……スカジャンを羽織るみみのこはそのままシロを見つめ、立てと促す。
ステージに描かれている足跡の形に靴裏の模様を合わせ、見合う。
この時点で、シロはごくりと唾を飲み込まざるを得なかった。
「ルールの確認から行くね。まず、『再生せず』と『自分でもぎ落とす』」
「泥試合になるから……ですね。はい、大丈夫です」
「掛け声は、『見合って』『構え』『始め』で行くよ」
「は、はい」
グレーのみみのこが、片手をあげる。
「両者見合って」
緊張が走る。
「構え」
スカジャンのみみのこが両手を軽く上げた。
「はじめッ!!!!」
───……。
「(手が、動かない……?)」
「あー! 勝負あり!」
「……ッ!?!?!?」
天を仰ぐ自分の姿を認知する。
速すぎる。あまりにも。
自身が仕掛ける前に、既に勝負が終わっていた。
「まあしょうがないよ。相手は5強のうちの一人だし」
「5強……?」
「ココで強い人。この人と、あの青リボンのポニテの人と、あそこにいる人、そこで対戦してる人」
「へぇ……」
『はーい、時間になったのでトーナメント戦はじめて行きたいと思いまーす。選手の皆さんは青い柱の上に立ってくださーい』
「お、きたきた。じゃあ頑張ってね」
「ぁ、えっ、待ってください、まだ四人しか教わってません……! 最後は誰なんですか!?」
グレーのみみのこは、コートを翻す。
ベルトにつけられたバッジの数々が、光を反射して煌めく。
隻眼のみみのこは、青い柱の上でニヤリと笑った。
「俺だよ。
「……ッ……」
『ほら、早くしないと枠埋まっちゃうぞー』
「あっ、えっと……ッ!」
拡声器からの声で我を取り戻したシロは、慌てて他の青い柱に飛び乗る。
先客として先にいた、ポニーテールを赤いリボンで結んだドレス姿のみみのこがこちらに親指を立てている。その奥には、青い髪を垂らした褐色肌のみみのこがアップを。またそのさらに奥には、フルトラッキングで関節を動かすみみのこがぐりぐりと柔軟をしている。その対戦相手のは、桃色の髪にに『前科一犯』という字を下げていて……。
「(まさかあのグレーの人が……『5強』の一人だったなんて)」
シロは、フレンドの紹介でみみのこファイトクラブに来ている。
そのフレンドは転生したなどと嘘をついてしまったが、しかし、そうでも言わなければこんなこと誰が信じると言うのか。
数ヶ月前から音信不通になったフレンドから、『金バッジを手に入れた上で、5強を倒して欲しい』というメッセージと共に、みみのこアバターのギフトが届くなど。
『では、両者見合って〜、礼!』
「よろしくお願いします」
「───……」
フレンドに何があったと言うのか。5強を倒すことに、なんの意味があるのか。
『構えて!』
「……ッ」
「───……」
わかるのは、ただ、目の前の相手を倒さなければならないということだけ。
『始めッ!!!!』
みみのこファイトクラブに、今、