みみのこ・ファイト・クラブ   作:アキ

10 / 43
この物語はフィクションです。実在の人物及び団体とは一切関係ありません。


みみのこは勝利の夢を見るか。

 

銅バッジ戦トーナメント、黄色の足場戦。

青を不戦勝、水色を相手の降参、緑色を実力で勝ち進んだシロの目の前に現れたのは、シロが『片耳渡し』しか使えない事を知っている、エリテマだった。

エリテマからすれば今のシロほどやりやすい相手はいないだろう。

エリテマは元より、回避を得意とする。日により居合を使うこともあるが、それでも相性で言えばシロにとっては最悪と言っても良い。

 

「(どうする)」

 

シロの喉の奥から息が漏れ出る。

緩慢になる時の流れの中、シロはただただ考えた。

『片耳渡し』は型の一つである『居合』より派生した技。故に、己の手の届かないところへ逃げられてしまえば、次の瞬間には隙だらけのシロへ攻撃が届くのは自明の理。

かと言って、未だ技の習得ができていない『回避』や、技を使わないただの『居合』で勝てる相手でも無い。

 

『お互い見合って、礼!』

「……ッ。よろしくお願いします」

「よろしく、おねがいしますっ」

 

幾ら思考速度が上がっていると言えど、時間は止まっているわけでは無い。

考える時間が欲しい。シロはつばを飲み込んだ。

 

『構えて!』

「…………」

「……お?」

 

無意識か、思考の末に導き出したものか。

シロの構えは、エリテマの構えをそのまま真似したものだった。

右足を前に、左足を後ろに。頭より少し上に、添えるように軽く上げられた手は、レフェリーの次の言葉を待ち震えている。

シロの長い耳が、レフェリーの微かな息継ぎを聞き取った。

 

『は───』

「(……来た!)」

『───じめ!』

 

エリテマが右足を出す。上体が大きく前に出る。

その動きをしっかりと見ていたシロもまた、右足を出した。上体を前に出す。

 

「(……分析の時間が要る)」

 

エリテマが両腕を前に突き出したのを()()()()、シロもまた両腕を前に突き出した。

 

「(───だから───)」

 

エリテマが首を揺らした。

シロも首を揺らした。

その差異は一拍も無く、0.1秒に足るか足らないか。

お互いの両耳に、お互いの両手がかかる。

そうして、ほぼ同タイミングで、お互いは地に伏した。

 

「相打ちか」

「はぁ……はぁ……!」

 

相手の動きを身体に反映させ、どんな動きをしていても相打ちに持っていく、()()()()()()()()()()()()()

身体能力の差は反射神経でカバー。シロの負担こそ大きいが、それでもシロの中には確信があった。

 

「(……わかったぞ。()()が……)」

「そこ相打ち? じゃあレフェリーやるよ」

「お、よろしくお願いします」

「構えて!」

「(だけどもう少し、もう少し……打開策を練るのに時間が欲しい)」

 

一度大きく酸素を吸い込み、深い呼吸をするシロ。

現在のシロはすこぶる好調。超的な集中による代償も、シロの体は受け止めきれていた。

 

「構えて!」

「…………!」

「(まずは手を間合いの内に入れる)」

 

足の位置はそのまま。少なくとも、『瞬歩』のような深い構えではない。

いつでも動き出せる体制のまま、自信と相手の半歩程の距離を一気に詰める構え。

そうして、レフェリーが「はじめ」と叫んだ瞬間、大きく前へ飛び出し、そして引くように上体を逸らす。

その姿を見つめ、再現したシロは確信した。

次で勝つ、と。

 

「また相打ち!? やるねぇ」

「二人とも蘇生してー、じゃあお互い耳はオッケーですね?」

「はい、大丈夫です」

「ん、オケオケ」

「お互いー、構えて!」

 

そこで初めて、シロは()()()()()を取る。

顎を守るように置いた右手のひらを相手に向け、空いた左手は軽く伸ばして眼前に。

これがもしお互いの体に当たり判定があるというのなら、伸びて来た手を掴んで一本背負いをしてやろうとでも言うような、そんな構えであった。

対するエリテマは、先ほどと同じ構えを取る。両腕を軽くあげ、レフェリーの言葉を今か今かと待ち望んでいる。

鋭敏になったシロの長い耳が、レフェリーの微かな息遣いをとらえた。

 

「は───」

「(来る。タイミングを合わせるんだ)」

「───じ───」

「(『居合』(プラス)『回避』……)」

 

ゆるやかな時の流れの中で、エリテマが動く。

大きく踏み込み、シロの耳を狙う。

 

決着は、一瞬。

 

「───めっ!」

片耳渡しッ!」

「おっとぉ……!?」

「(……まだ生きてる!)」

 

背後を見ることなくそう確信したシロは、床に伏した姿勢のまま後ろへバックステップを取り見上げる。

ちょうどエリテマが、片耳を残したまま先ほどまでシロがいた方向へ振り返ったところだった。

隙だらけの背後。シロは手を伸ばす。

 

「(……油断するな!!)」

 

あの時どうして、八重桜に負けたのか。

あの時どうして、自分の手が届かなかったのか。

 

「(跳べ……もっと高くに……!)」

 

床に手をつき、今、シロに流れている全ての力を脚に集めた。

そうして、エリテマがようやく背後のシロに気付いた時、シロは高く飛び上がる。

 

時に。

人は、身体能力を常にセーブして生きていると言う。

骨や筋肉を壊さないよう、脳が制御装置(リミッター)として働いているのだとか。

だからこそ『火事場の馬鹿力』という言葉が存在し、アスリートたちはその力を意識的に引き出せるゾーンの習得を試みる。

現在のシロは、度重なる超集中の使用により、ほぼ酸欠状態にある。

本来であるならば視界は眩み、いつものように鼻血を出して荒い呼吸を繰り返しているはずである。

しかし現在のシロは、その超集中の負荷を受け止められるほどコンディションが良い。

 

勝ちたい、生き残りたいという意志。

その意志について来る、最高のコンディションの身体。

そして、酸欠状態に近く、生命の危機を脱するために、いつでも『火事場の馬鹿力』を使う準備ができている脳。

 

それら全てが、シロを新たな段階へと導く。

 

天井など気にすることなく、ただ上へ、上へ飛び上がる。

力をセーブしていない、100%の力で飛び上がったシロが見たのは、エリテマの耳の先だった。

 

「高ぁ!?」

「(届け───!)」

 

掴め。

 

 

空の撃(フリー・フォール)!!」

 

 

頭ごと地面に叩きつけるように、掴んだままの手で床を殴るシロ。

咄嗟に見上げたシロが見たのは、白目を剥いて倒れているエリテマの姿だった。

 

「負けたァ〜!」

「(勝った……勝ったんだ……)」

「いやぁ〜、シロさんが『片耳渡し』しかできないことは知ってたから、初撃は回避できたんだけど……スッゴイ飛んだね」

「すぅ……はぁ……そう、ですね。なんか飛べました」

「いやぁ〜、負けちゃった! お見事!」

 

次戦。

オレンジの柱。

先にそこに立っていた みみのこ がじっとシロを見つめた。

 

「うぐ……シアンさん」

「おぉ、見てたよシロさん。やるねぇ」

「恐れ入ります」

「え? アレは……なに? 技なの? フリーフォールってやつ」

「忘れてください」

「え?」

「忘れてください」

「ええ……」

 

シロの頬は耳の先の同じくらいの真っ赤になっていた。

溢れ出すアドレナリンがもたらす興奮作用によりテンションが爆上がりしていたシロだが、一度深呼吸したことにより落ち着きを取り戻してしまっている。

誰もが一度は通過する恥ずかしい時期の、弱冠にも満たない自分が顔を出したことに少々赤面するシロだが、頭を振り、雑念を追い払う。

たとえ、技にルビを振ってカタカナで読んでしまう技を生み出してしまったとしても、ここはみみのこFC。勝者が絶対なのだ。

 

『全員準備ができたようですね。それでは、オレンジの足場……準決勝戦! 始めさせていただきます!』

「(シアンさんのスタイルは『居合』特化。相打ちで時間を稼いでも良いけど)」

 

と考えたところでシロは自分を否定した。

『回避』すら超える速度の『居合』にコピーが通用するとも思えない。

シロの相打ち狙いのコピーは、相手の動きを見てから完璧に再現する。

超集中で時間の感覚を引き延ばしているとしても、シアンの『居合』にコンマでもさが出てしまえば負けが確定してしまう。

 

「……実力で行くしかないか」

「ん? 何か策があるの?」

「いえ、その策を捨てたところです」

 

その言葉を聞いて不思議そうな顔をするシアンだったが、シロの目を見てまだ諦めていないことを悟り、少し微笑む。

オレンジの足場まで来ているということは、目の前にいる相手は自身と同じように、実力で連勝し続けた者ということ。

ミタマのようにぱっと見で実力を測り、油断してかかって返り討ちに合う みみのこ も少なくない───最も、ミタマは油断していても勝てるのだが───中、シアンやソウエンと言った()()()()()()()()()の みみのこ は、勝負が始まるまで決して油断しない。

 

みみのこバトルは、自分の『強み』を相手に押し付ける戦いである。

相手に合わせて『型』を変える者もいるが一握り。相当な経験と才能がなければ、今も現在進行形で増え続ける構えや技に一つずつ対策を練るのは至難の業である。

 

見たことのない構えや技に対し己の強さを押し付け、戦う。これが自分だと、相手に刻みつける。

だがもちろん、敗北することもある。何時間も練習し研磨された、相手の『強み』に押し返されることが、稀にあるのだ。

 

故に、決して油断しない。

それがサンプルであろうと、一切の改変をしていないデフォルトみみのこであろうと。

『策を捨てる』ということは、策など関係ない『強み』を押し付けてくるということ。

 

『お互い見合って、礼!』

「よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

『構えて!』

「(『居合』(プラス)『回避』……)」

 

構えを取るシロと相対するシアンはシロの耳を見つめている。

その手はシロとは違って腹の前辺りまで下がっており、側から見ればただ立っているだかのような気もする、そんな構えであった。

 

オレンジの足場。

今まで倒してきた みみのこ 達が、己を討ち取った みみのこ の勝利を見届けるべく、固唾を飲んで見守っている。

誰が勝つのか。構えはどうなのか。

シロは、勝てるのか。

 

「…………」

 

シロの長い耳が、幾つものアバター達の声の中からたった一人、レフェリーの息遣いを感じ取ってピクリと揺れた。

 

『始めッ!!!!』

片耳渡しッ!!」

 

大きく体を横に逸らし、ただそれでも手だけは前へ。

何回も、何時間も練習し続けたシロの『強み』。

確かな手応えが、シロの中で脈を打った。

 

『相打ち!』

「おー……マジか」

「(……いけたと思ったのに……!)」

 

倒れ伏したシロが振り返ると、そこには同じく倒れたシアンが。

 

『片耳渡し』は相手の『居合』に対して首を傾げつつ『居合』を放つことによって、片方の耳を活かす技である。

首を傾げる方向は個人差で(くせ)こそあれど、どちらかであると決めつけ、傾げた方向に手を伸ばすことは難しい。

つまりこの相打ちは、純粋な速さで負けているのだ。

シロが首を傾げるよりも速く、シアンの居合が首を傾げる前のシロに届いている。

 

「(どうする)」

『シアンさんとシロさんが相打ちですので仕切り直しまーす』

「(……いや、小細工はダメだ)」

『見合って、構えて!』

「(『居合』+『回避』……!)」

「…………」

 

シアンが挑発的に微笑む。

付き合ってやるから、全力で来い、と。

 

「……ふぅ……」

 

シロの口から息が漏れ出る。

ふるふると震える脚はスタートダッシュの瞬間を待ち望み、シロに流れる力の全てが脚へと導かれていく。

 

レフェリーが、息を吸った。

 

『は───』

 

緩慢な視界の中、シロの瞳はシアンの掌に釘付けになっていた。

 

「(シアンさんの『居合』は確かに速い)」

 

異常な速さを誇る手は、「はじめ」の「じ」の瞬間にはすでに相手の耳に届いている。

たとえ横に動いていたとしても、間に合わせる必要もなくもげてしまう。

だったら。

 

───『……竹華(たけはな)』───

 

……だったら。

 

───『(今……()()()()()()()()……?)』───

 

シアンの手の掴み(グラブ)が来る前に、前へ。

大きく前へ踏み出し、頭を大きく()へ。

耳すら見ることなく、ただ己の感覚だけを信じて。

 

「(片耳渡しッ!!)」

 

力任せに引きちぎるように。

もしくは、握ったボールを力いっぱい投げるように。

 

 

 

震えるその手を握り、振り下ろした。

 

 

 

『あっ……───!』

 

シロは振り返った。

()()()()()()()()()()()()

 

『シロさん勝利!』

「……あぁ〜、ちくしょ〜!」

 

倒れ伏すシアンが笑う。

シロは肩で息をしたまま、辺りを見渡した。

驚愕に目を剥く者。シロの勝利を祝う者。次の足場にいる次の相手を頭を抱える者。

 

「シロさん」

「……はい」

「がんばって!」

「……はい!」

 

振り向いたシロの先で、一耳の みみのこ が待っている。

月の光を閉じ込めたような白銀のショートヘアと、その頭のてっぺんから生えた2本の白い耳。

肩からかけたカバンにはバッジが並び、その者がどれだけの耳を屠ってきたかを表すかのごとく、きらきらと光っている。

 

「シロさんシロさん」

「……八重桜、さん?」

「あの人、『瞬歩』使いですよ」

「…………!」

 

決勝戦。

赤の柱へとやってきたシロの前で、特徴的なサンバイザーを指先でくいとあげた。

 

「名は十六夜(いざよい)。お初にお目にかかります」

「……シロです。お手柔らかに」

「相方がバッジを取りましたので、コンビで取りたいんですよね」

「…………」

「……ふふ」

 

十六夜。

大きく跳躍し相手の耳へ飛びつく『瞬歩』を使いこなす、みみのこ の中でも強さを誇る一耳。間違いなく、みみのこFCにおける現在のパワーバランスを作り出した一耳であり、5強のソウエンも一目置いている。

余談だが、使用する『瞬歩』が『回避』の派生であることは、あまり知られていない。

 

存在感を放つ姿にごくりと唾を飲んだシロ。

レフェリーはメガホンを握りしめ、満足げに声を上げた。

 

『さあ! この戦いで勝った者が、本日のトーナメント優勝者になります! どちらが勝つか、耳を賭けてください!』

「イジャヨがんばれ〜!」「これは十六夜さんが勝つでしょ」「またバッジ持っていくのかあの人……!?」

「シロさん、イケる! がんばって!」「おおう、十六夜さんが相手か〜。いや、でもワンチャン?」「そうですよシアンさん。シアンさんに勝ったんだから、もしやってことが……!」

「「「がんばれ!!!!」」」

 

重なる声が、シロの背中を押す。

ふと、シロは自分の手が震えていることに気づいた。手首を抑えるも、その震えは止まらない。

 

ここにいる全員が、バッジを求めて集まった者である。勝ちたい。生き残りたい。注目を浴びたい。憧れに近づきたい。強くなりたい。

負けてしまった みみのこ 達の声を、想いを背負ったことによる重み。

 

青や水色の足場よりもはるかに高く感じる赤い足場の上で、シロは震える手を握った。

そうして、ドン、と胸を打つ。

 

「……よし」

『さあ、お互い準備は整ったでしょうか!』

「ルールよし、シロさんの耳……生えてる。よし。大丈夫です」

「こちらも大丈夫です」

『では、決勝戦! 開始していきたいと思います!』

「「…………」」

『お互い見合って、礼ッ!』

「よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

 

シロの口から息が漏れ出る。

まだ震えの止まらない手をそのままに、シロは一歩引いた。

 

『構えて!!』

 

両手を前に突き出し、その後右手を引いて深く腰を落とす十六夜。

アレで落ちないのか、と思われるほどギリギリの位置に立つ十六夜は、サンバイザーの奥からじっとシロの耳を狙っている。

 

「(やるしかない)」

 

一歩引いたまま、シロは腰を落とす。

相手がフルトラで助かった、とシロは緩慢な視界の中で一耳(ひとり)思う。

おかげで、コピーができる、と。

 

右手は顎の近くへ、左手は軽く伸ばして相手の方へ。

右足は足場よりも外へ出し、左足は伸ばしたまま足場内に。

全体重をかけつつ、いつでも動けるように力を入れ続けるという状態に右足が悲鳴を上げるが、それでもお構いなしだとシロはただ十六夜を見つめた。

 

どう来る。シロは考えた。

この構えから、自分に何ができる?

見つけ出せ。予備動作はこんなにたっぷり見せてもらっているのだから。

 

『な……!?』

「えっ、シロさんも『瞬歩』……?」「使ってるとこ見たことないんだけど……!?」「静かに! しーずーかーに!」

 

地下闘技場に静寂が訪れる。

草の一本でも生えていれば、風に擦れる音がいっぱいに響いたであろう、何もないただの静寂。

全員が固唾を飲んで見守っていた。

 

『……は───』

「…………ッ!!」

「(速い!)」

 

判断するより数拍速く、十六夜が前に出る。

しくじった。シロは思った。

今、シロの視界には、こちらへ飛び込んでくる十六夜の姿が映っている。

この構えは飛びつく前の予備動作。今のシロは、飛びつくことはできても、その後の動きを空中で観察しながらコピーする芸当はできない。

 

もがれる。

本能的にそう思った。

諦めの2文字が、シロの頭をよぎる。

 

「(……それでいいのか?)」

 

構えた手が、一際強く震えた気がした。

 

この手は、どうして震えているのか。

まだ、何かやれることがあるのではないか。

 

「(今諦めたら、もう二度と勝てないような気がする!)」

 

深くまで落とした腰をそのままに、後ろへ下げた右足で強く蹴る。

勢いを得るシロの体は前へと浮きこのまま右足を伸ばし切れば今の十六夜と同じように、身体は宙を舞うはずである。

だが、シロは途中で、()()()()を辞めた。

 

腰を落としたまま。左足を伸ばしたまま。

体全体で、床を滑る。

 

『───じめっ!』

「(今だ……っ!)」

 

十六夜がシロの上を通過するタイミングで、シロはがむしゃらに手を掴む。

そのままの勢いで十六夜の下をすり抜け、足場から落ちないよう左足で踏ん張るシロ。

その手には、一本の白い耳が握られていた。

 

「一本取ったッ!」

「シロさん二本残ってるぞ!」

 

シロの耳に届いたヤジ。相手はまだ生きている。

咄嗟に立ち上がるシロの視界が眩み、前後が知覚できなくなる。

超集中の連続使用による、代償。

 

明滅する視界の中で、仕留め損ねたことを知り振り返る十六夜の姿をシロは捉えた。

力もろくに入らない左足を蹴り、十六夜に接近するシロ。

十六夜はその姿を見てシロに両手を伸ばす。

その手を掻い潜るべく、シロは───

 

片耳渡しッ!!」

 

十六夜の正確さは計り知れない。少なくとも『瞬歩』を使って空中へ跳ぶ戦法をとって決勝戦まで登ってきている者が、悠長に狙いを定めるはずがない。

 

「シロさん一本取られた!」

「あっ、偽耳! 偽耳掴んでる!」

 

はらりと舞った耳はシロのもの。

微動だにしない十六夜の耳は浮いたままになっており、それが確かにシロが偽耳を掴んでいる証拠となった。

即座に手を離し、シロは身をかがめた。

正常な判断で視界から外れようとしたわけではない。ただ単純に、足に力が入らなかったのである。

だがそれが功を奏した。

十六夜は相手を返り討ちにするため上を向いており、下にいると気づくまでに一瞬の隙を生んだ。

 

「ぐぅ……!」

 

十六夜が気づいていない一瞬の隙を突き足元へ転がるシロ。

床を蹴り立ち上がり、そのままの勢いで跳躍した。

背後からたった一本の耳を狙い、手を伸ばす。

 

「……そこか!」

 

振り返る十六夜。

シロは十六夜の耳に躍起になっており、残った耳はノーマーク。

お互いに手を伸ばし、()()が交差する。

 

シロは真っ白になった頭で、ただひたすらに、その手を握る。

 

はらりと、決勝の足場に耳が落ちた。

 

 

 

 

 

「…………お見事!」

 

 

 

 

 

「「「おおおおおおおおおお!?」」」

『やりやがった! やりやがった! 賭けに負けた方は自害せよ!』

「っし……! っしゃあ……!!!!」

 

喉の奥から絞り出された歓喜の声。

それが自分のものだとシロが気づくまでに、少々時間がかかった。

ぱらぱらと降り注ぐ紙幣エフェクトの中で、シロは息も忘れて喜びを噛み締めた。

 

「シロさん」

「……は、はい」

「撮れよ。勝者の権利だ」

「……ッ、はい!」

『はーい、シロさんが権利を行使するので負けた耳は十六夜さん側へ集まれ!』

 

半分か、それより少し多いくらいか。

シロが向けたカメラに多くの みみのこ の死体が集まる。

 

シロはようやく思い出した息を肩でしながら、それでもカメラを構えた。

 

「撮ります……! はい、チーズ!」

 




みみのこユーザーの『Disco Ninja』さんに、フルトラでサンバイザーをつけているショートヘアのみみのこの名前を付けていただきました。
十六夜(いざよい)さん/ちゃん/くんです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。