みみのこ・ファイト・クラブ 作:アキ
みみのこアフター。
みみのこファイトクラブのバッジ戦が終わった耳達が暇を持て余し、ワールドを巡ったり戦い続けたり、思い思いのことをする時間。高校の部活が終わった後のカラオケ大会のようなものである。
みみのこFCは基本的に23時かそれら前後には終わるのだが、このアフターはピンキリ。ゲームワールドなどになれば
「よし、これで……できたかな」
「…………?」
「あぁRedさん。銅バッジをつけてみまして」
アバターを読み込み直したシロのジャケットの左側には、先ほど送られた一つの銅バッジ。
あまりの嬉しさに運営の目の前をうろちょろして銅バッジを催促し、無事に貰えた銅バッジを秒でインポートしたシロがうきうきでRedにバッジを見せる。
「…………」
「Redさん?」
RedはQVペンを使い、空中に文字を書き出した。
1文字ずつ書かれたそれは、『ギリギリ』というもの。
一瞬なんのことを指しているのかわからなかったシロだが、その後にRedに銅バッジを指を差されたことで何を言いたいのかを感じとる。
「確かに……ギリギリの勝利でした。決勝戦だけでなく、他の試合もギリギリの勝利が多くて……」
「…………」
「あの場でもぎ切ることができていれば勝てた……そんな時が結構あるんですよね」
今までの闘いを思い出し、シロは苦い顔をした。
なんとか超集中や機転を効かせたゴリ押しで勝利することこそできたものの、これから先それら全てが今まで通り通用するとも思えない。
大量の初耳を勧誘し名が知れていたエリテマや、五強として尊敬の念を抱かれていたシアン、さらにはその実力から数々の勝利を収めてきた十六夜まで倒し銅バッジを手に入れたのだ。
みみのこFCに速報や新聞があれば、まず間違いなく表紙を飾るであろうジャイアントキリングである。
とすれば、バッジ以外になんの改変もないデフォルトのみみのこだからと言って、油断されることも無くなってくるのだ。
むしろ、これまでがビギナーズラックで勝利していたと言っても過言ではない、とシロは考えている。
「あの、Redさん」
「?」
「その、コツとかあるんでしょうか。バトルをする上での、コツとか」
「…………」
Redは少し考える素振りを見せたあと、親指を立てた。
そのあと手招きをするようなジェスチャーを2、3回した後、中層の隅にある練習用の台を指差した。
言われるがままその台に立ったシロの目の前で、Redは真横に腕を伸ばした。
「……えっと?」
「……。…………!」
Redの持つペンに異変が起こる。
ペンはRedにグラブされたまま、Redの手を少しだけ離れて移動しているのだ。
そのまま空中に文字を書くRedのペン先を見守るシロだったが、文字が書かれるたびにその首は傾いていった。
「『うでのながさ』……? 『ちがう』……?」
「…………!」
「(あ、書き足した……)」
書き足されたのは、『みみのこ と 自分の』という文字。
「あっ……」
みみのこ と 自分の
うでのながさ ちがう。
シロは思わず自らの手を見つめた。
確かに、シロ自身が両の手を伸ばすよりも早く、
Redは、自身の腕の長さと みみのこ の腕の長さが違うことに気づいていた。自身の手の感覚で耳を掴もうとしても、VRC上のアバターの腕の長さが足りずにもぎ切れない時があったのだ。
最も、ボディトラッキングのために関節部にセンサーをつけている者はその悩みを断ち切れるほか、設定次第ではアバターの腕の長さと自身の腕の長さをリンクさせることもできるのだが、ほとんどの みみのこ は、デフォルト設定のまま過ごしていることだろう。他でもないシロも、設定をいじっていない
「つまり……自分の身体の感覚に騙されず、アバターの腕の長さを計算して戦う、ということですか?」
みみのこバトルの決着は、1秒よりも早くつく。
それこそ『居合』などは何より速さを求めている。0.2〜3秒でも遅く、もしくは速く
何よりもまず、このアバターを───みみのこ という身体を、自身に慣れさせる必要がある。そのことに気づいたシロは無意識のうちに手のひらを握り、離しを繰り返す。
子供アバターというにはあまりにも無骨で大きな手のひらは、明らかにシロ自身の手よりも大きさの比率に差があり、シロ自身、それらギャップを「そういうものだ」と無視していたことに驚いていた。
では、それらを調整できれば勝てるのか?
「すみません、ちょっと良いですか?」
「は、はい」
「いまRedさんともぎのコツについて話していたと思うんですけど、ボクからもちょっと」
その時に否であると答えるように、シロに話しかける みみのこ がいる。
エリテマほどとはいかないが小麦色に焼けた肌と飾り気のないシンプルなシャツが元気な印象を植え付ける。しかしその声色は反して落ち着いており、深緑の髪と耳はそんな みみのこ の性格を映し出すように穏やかに微笑んでいた。
「シロさんのバトルを見てたんですけど、結構、片耳しか取れてない時があったじゃないですか」
「それは……自分の腕とアバターの長さが違うから……?」
「それもあるんですけど……ほら、今日の十六夜さんを倒したときみたいに、シロさんって
「…………」
「逆にいうと、
盲点であった。シロの体に雷に打たれたかのような衝撃が走る。
ただ漠然と正確さを上げるのだけでは、勝利と耳は掴めない。
みみのこFC内でも指折りの、そして5強を連続で倒した事さえある空色の みみのこ はこう語っている。
なぜ失敗するのか。どうしてうまくいったのか。勝って反省することができる耳は強くなる、と。
「シロさんって避ける時、必ず右に避けますよね」
「え」
「もしかして、右に避ける過程で体が傾きすぎて、手が届いていないのでは?」
「…………っ……」
シロはゾッとした。
この耳は、みみのこ 特有の何も考えてなさそうな……もしくは、何考えてるのか全くわからない表情のこの瞳で、戦ったことのないシロの『癖』を見抜いている。
タネが割れてしまえば───ジャンケンで相手が何を出してくるのかがわかってしまえば───対策など容易い。主にメンタル面で、対策されてしまうかもという恐怖と緊張が、さらなるミスを生む。
みみのこバトルは、メンタル面の差が如実に出る。今この時点でシロと戦ったとしても、この みみのこ が敗北することはあり得ないだろう。
「もしくは、タイミングが
「……速すぎる? 遅いのではなく?」
「そうですそうです。あ、えっと……Redさん、練習台になってもらえます?」
「…………!」
親指を立てたRedが『不死』をオンにし、『再生せず』に指をかけ準備OKだと言うように視線を送る。
それを見計らい、深緑の みみのこ はRedの正面に立った。
「たとえば、この位置から戦うなら同じタイミングで良いじゃないですか?」
「は、はい」
真正面から馬鹿正直に伸びた腕によって、Redの耳が跳ね飛ばされる。
にょきにょき。
「でも、シロさんみたいにこう……右に避けながらもごうとすると……」
Redの耳は右耳のみ……つまり、避けた方向から遠い位置にある耳が、残った。
にょきにょき。
「右に避けながらもごうとする場合、左手はもっと伸ばさないと同タイミングでもぐのは難しいです。なにせ、胴体との距離が違うわけですから」
「な、なるほど」
「ですので、こう……少しだけ、反対の手の掴むタイミングをずらすのはどうでしょう? ゆっくり行きますね。1、2……ほら」
右に避けながら左耳をもぐ。間髪入れずに、通り様にもう片方の手で右耳をもいだ。
結果として、一度のもぎで両耳を飛ばすことに成功している。シロは思わず感嘆の声を上げた。
にょきにょき。
「意識してやってみるとうまくいくかもですよ。どうぞ」
「す、すみませんRedさん、失礼します」
「…………」
どうぞ、と言うように両手を広げて肩をすくめるRedの正面に立ち、シロは深呼吸した。
軽く上げた手はそのままに、耳に狙いを定め、ゆっくりと構える。
「(『居合』
「…………」
「(片耳渡しッ!)」
「…………!」
「おー! 行けてますよシロさん!」
傾けた体に合わせてタイミングをずらす。
跳ね飛ばされた二本の耳は両方ともRedのもので、自爆もなければ偽耳だということもなかった。
「(……これを練習できれば……)」
みみのこ ファイトクラブは、メンタルが左右する箇所が多い。
様々な技を多用して相手を翻弄するのも、突き詰めた一つの技を貫き通すのも、どちらも自分の『得意』を押し付ける。
練習に裏付けされた『片耳渡し』の存在と、まだ自分の中にある伸び代を感じ、シロは片手を握った。
「あっ、ソラニンさん! ちょっとキルバッジ良いですか?」
「おー、良いですよ! やりましょう! ……すみませんシロさん、ジブン、ちょっと呼ばれちゃって……」
「あぁ、はい……。……キルバッジ?」
「おや、ご存知ないです?」
みみのこ・ファイト・クラブには、主に3つのバッジが存在する。
一つは、『公式バッジ』言わずと知れた、銅、銀、金からなる優勝バッジ。
一つは、『イベントバッジ』。不定期で開催されるイベントで優勝するなどで手に入るバッジ。中には参加賞として配布されるものもあるので、バッジコレクター(決して5強の1人を指すものではない)はバッジのもらえるイベントにはこぞって参加するのである。
そして最後に、『キルバッジ』。
一定以上の強さを持つ者に送られる、もしくは自分で作る討伐の証。キルバッジ戦と呼ばれる戦いを挑み、提示された条件の中で勝利すると貰え、その条件はキルバッジを持つ者によって様々。三回戦って二回勝てば良いというシンプルな者から、最大5戦で居合と回避の構えに勝利した上で全力で戦う自身に勝利すると贈与とかいう複雑極まりないルールを持つ者までいる。
「そんなものが……」
「気が向いたらチャレンジしてみてください。待ってますよ」
「は、はい」
キルバッジ、か。と、シロは考え込む。
もし全てうまくいったら───フレンドに出会うことができたら。
そう言ったものに挑んでみるのも、悪くないのかもしれない。
少々ため息混じりに笑ったシロの横顔をじっと見つめていたRedは不思議そうにしていたが、特に言うこともないのでそのままにしていた。
「お、何してんの? Redバッジ戦?」
「ソウエンさん。いえ、バトルのコツを教えてもらっていて……って、Redバッジ戦? Redさん、バッジあるんですか?」
「…………」
コクコクとうなづくRed。その他にも、とRedはアフターで地下闘技場に残っている みみのこ 達を次々指差していく。
ソラニン、シアン、それから自分。そして、ソウエン。
「最近は個人バッジ持ってる人も増えてきたからねぇ。Redさんのも自作だっけ?」
「…………!」
「そうなんですね。個人バッジ……個人バッジかぁ」
「お、シロさん作るの?」
「流石にまだ早すぎますよ!? 銅バッジ一個しかまだ手に入れられてないのに……」
「ほう……じゃあそのうち作るんだ?」
「(墓穴を掘った……)」
ご機嫌にシロを見上げるソウエン。
そのジャケットに銅バッジが一つ煌めいているのを見て、ソウエンは「ほう」と声を漏らした。
「えっと、何か?」
「いや? ソコにつけるんだな、って」
「ダメでした……?」
「いやいや、自由だよ? だけど……ふーん、へぇ……」
「な、なんなんですかぁ……!?」
「いやいや。……ま、個人バッジ待ってるよ。誰かが作ってくれるかもしれないしね」
「僕なんかに作ってくれる人なんているんでしょうか?」
「俺のバッジも───ほらこれ、作ってもらったやつだよ」
ソウエンはそういうとメニューを操作し、アバターを変更した。
髪の灰色はそのままに、特徴的だった隻眼を眼帯で隠している。新たにスーツを着込みその上から肩掛けでコートを羽織る様はまさにマフィアかギャングのボスといった様相だった。
手に持った杖に下げられたベルトには
その一番下にあるものが───。
「これが、ソウエンさんのキルバッジ……」
「で、ここにあるのがシアンさんのね。これはRedさん。これは十六夜さん」
「あの人もバッジを持ってるんですか!?」
「まぁそりゃあねぇ。……とまぁ、こんな感じで、俺みたいにバッジを作ってもらう人もいるよ、ってコト」
「な、なるほど……」
「そうか、むしろ俺がシロさんのバッジを作れば合法的にキルバッジ戦を挑める……?」
「(聞かなかったことにしよう)」
何かを閃いた顔でどこかを見つめるソウエンに苦笑いで返すシロ。
そのタイミングで一区切りと踏んだのか、シロに声をかけてくる者がいた。
「……シアンさん?」
「いやー、今日は銅バッジおめでとう。シロさんさ、ちょっと一緒に来てくれない?」
「ツラ貸せよってやつですか」
「ぃゃぃゃぃゃ違う違う。チルワールドだよ、チルワールド」
「チルワールドですか?」
「ほら、あそこ」
シアンが指差した先には一つのポータルと、そこにひょいひょいと入っていく みみのこ たちの姿が。
まぁチルワールドなら……お邪魔しても? とシロが視線を送ると、シアンは無言のまま頷いてポータルの中へ入っていった。
「では、お先に失礼します!」
「はーい、行ってらっしゃい」
「…………!」
手を振る二耳に見送られ、シロはポータルの中へ入り───。
「いやぁ、まんまと引っかかったね、シロさん」
「………………」
見送った二耳がいたずらっ子のような笑みを浮かべていたことを、シロは知らない。
◇
「チルワはチルワでも、
焼けつく絶叫と爆炎、弾け飛ぶ火薬の匂いの中、爆風を受けながらシロは悲鳴をあげた。
「あはははははは!!!! あひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!!!!」
「何笑ってるんですかうぐぅ……!?」
「あはははははは!!!!」
その日は、豆粒がごとく吹き飛ぶシロの悲鳴と、悪魔が宿ったように、否、内に秘めていた悪魔が顔を出したシアンの狂気的な笑い声が、インスタンス内にずっと響いていたという。
みみのこユーザーの『HRKR(はるくる)』さんに、深い緑色の髪で研究を得意とするみみのこの名前をつけていただきました。
ソラニンさん/ちゃん/くんです。