みみのこ・ファイト・クラブ   作:アキ

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この物語はフィクションです。実在する人物及び団体とは一切関係ありません。


負けるって、悔しいんだ

 

銀バッジ戦は過去のものとなり、日めくりカレンダーが1枚破られる。

本日のFCはお休みであり、公式バッジ戦のインスタンスは開かれない。代わりに練習インスタンスとして、パブリックでインスタンスが開かれているが、公式バッジ戦ほどの人の集まりはランチパッド上からも確認できないのであった。

 

「……そっか、今日はおやすみか……」

 

今ではシロのホームワールドになっている、草原と一本の樹が生えたワールド。

あの時、フレンドと超集中について話していたワールドだが、まだユーザーランクが紫になる前に1日の締めくくりに何回もここへ訪れた、シロにとっては思い出のワールドである。

 

大きな樹を背もたれに、電子で構成された青空を眺めるシロだったが、胸に輝くバッジは1つ。

十六夜に勝利して得たバッジのみであった。

 

「銅バッジ、もう一つ付けなきゃな……」

 

どうせなら銀バッジを手に入れた時、ついでに一緒にやってしまおうと思っていたことである。

それが、今のシロの手には銀バッジは握られていない。

 

「負けた……」

 

往々にして、悔しさとは後より込み上げてくるものである。

 

「ぁ……ぅ……」

 

表に出すまいと、堪えようとしていたものが喉の奥から溢れ始め、呼吸は浅くなっていく。

大粒の涙がシロの頬を伝い、拭っても拭っても収まるものではなかった。

 

「僕……ぼく、勝ちたかった、んだ」

 

負けてもしょうがない、と。

自分は常に挑む側だと、思っていたから。

だからシロは、負けても声に出さず、取り繕っていた。

相手は強いからしょうがない。自分は未熟だからしょうがない。練習が足りなかったから。回線が混雑していたから。足元が滑ったから。水分不足だったから。

 

しょうがない、と。

そう思うように、していたのだ。

 

だが、それでもその薄汚れたドロドロの、身体から込み上げる粘っこい感情は、ただひたすらにシロの心臓を締め付け、それでシロは咳き込んでしまう。

 

「銀バッジで、これだよ……?」

 

地面にうずくまり、けほけほと咳き込むシロ。

みみのこ の小さな身体が、数回震えた。

しかしそれを見るものは誰もおらず、また、本来ならこういう時、側にいて「情け無ェなァ」と笑ってくれるフレンドもいない。

 

「金バッジで負けたら、どうするんだよ」

 

誰に言うでもなく、シロはつぶやいた。

 

「こんなに……こんなに悔しいんだぞ……」

 

例えば、シアンが両耳をもがれた後、敗北を噛み締めるように天を仰ぐように。

ミタマが、気まぐれだとしても己に勝利した相手を抱きしめ、託したぞと言わんばかりに背中を叩くように。

エリテマが、頭の後ろに手を回して苦笑いするように。

 

その場で床を叩いて全力で悔しがるように。己のミスを責め立てるように。俯き、敗北を受け止めるように。相手の実力を認め、笑いかけるように。片耳でも取れた事を誇るように。

 

『勝利』した者の背中には、『敗北』した者の意思がのしかかる。

ここ1番の大勝負だから怖い、と言うのもあるだろう。だが、それよりも、背中を押す者の魂が、『勝ちたかった』という声が、常にそこに存在し続けるのだ。

 

「僕に負けた人も……こんな気持ちだったのかな」

 

だから、余計に大きくなる。

倒した みみのこ 達の想いを背負うからこそ、余計に勝ちたいと言う気持ちが強くなるのだ。

 

金バッジ戦の決勝戦で、ソウエンの手が震えたように。

銅バッジ戦の決勝戦で、シロの手が震えたように。

 

「つよくなりたい」

 

それは、心の底からの渇望であった。

 

「まけたくない」

 

それは、腹の底からの呪詛であった。

 

決して、負けることが不名誉だとは思わない。シロは本物の天(・)才(・)を知っているからだ。だがそれ以上に、手の届かない理想に、むかむかが収まらなくてしかたがないのであった。

 

「……でも」

 

果たして本当に、僕に金バッジが取れるのか?

 

自身への疑いは、やがて己の限界を定める。

ビンに閉じ込められたノミが幾度と蓋にぶつかり、やがて蓋を取り払われても蓋より高くは飛べなくなるように。

限界を知らないと言うポテンシャル的アドバンテージは、一つの『自覚』を以って消え去ってしまう。

 

もう一生、会えないんじゃないか?

 

不安が不安を呼び寄せ、視線はどこへともなく空を舞う。

考えまいとシロは頭を振るが、耳が右へ左へ揺れるばかりで、ついてくる黒い感情が消え去ることはなかった。

 

「……れ、練習……練習インスタンスに」

 

人は少ないものの、戦うことができれば。

まだ目の前の戦いに集中することができれば、きっと。

今までそうしてきたように、戦いに集中することで会えないかもという不安を払るのではないか。

そうしてシロは震える手でランチパッドを操作し、みみのこFCのパブリックインスタンスのメニューを開く。

そして、カーソルを合わせ。

 

「はっ……はっ……はっ……」

 

指が動かない。

小さな みみのこ の手は一向に合流のボタンを押さず、ただそこで震えているのみ。

 

「どうして……っ」

 

シロの頭の中に、鮮明に蘇る。

相手がただ、それが当たり前であるかのように自らを倒す姿。

シロをシロとすら認識せず、ただそこにいたから自らをもぎ倒す姿。

どうすれば勝てたのか。勝ち誇る自らのイメージは雪が溶けるようにあやふやなものになり、喉の奥からぐつぐつと誰に向けるでもない言葉が煮え立っていた。

 

「もう」

 

もう。

 

もう、いいんじゃないか?

 

頑張った。

何の才能もない自分なりに、よくもこの短期間で戦果を収めたものである。

ダメだった。どうしようもなかった。自分はフレンドのお眼鏡にかなうような人物ではなかったのだ。

 

たった一度の敗北が、シロの中にある全てを壊す。

もとより、VRChatに戦いの概念は存在しないのである。それこそ、戦うことを基本としたワールドはごまんと存在するものの、アバターそのものに戦うギミックが搭載されていて、そこに公式の戦いや報酬があって、これほどまでに独特な文化を有しているこの みみのこ という存在自体が異例なのである。

 

「もう、諦めても……」

 

……………………。

 

シロはその場に蹲った。

そして、胸を思い切り叩いた。

 

「げふっ!!」

 

コントローラーが胸にめりこみ、想定していたよりも大きなダメージがシロを襲う。

肺の空気を全て吐き出し、その場で数回咳き込んだシロは、顔を上げる。

目の前には、練習インスタンスへの合流を促すランチパッドがある。

 

「聞くんだ」

 

震える手で、ランチパッドに触れる。

 

「なんでこんなことしたのか、絶対に聞くんだ」

 

両手でしっかりとトリガーを握り、震える手でそれに手をかける。

あとはもう、指先を引くだけ。

 

「それで、1発ぶん殴ってやるんだ……!」

 

ぎゅっと目を瞑り、シロは指を引いた。

世界は暗転し、浅葱色に包まれ、やがて読み込まれ直す。

恐る恐る目を開けるシロの先には、もはや見慣れてしまった、地下闘技場があった。

 

「(……戻って、これた……)」

『次いきまーす。構えてー、始めっ!』

「ッ…………!!」

 

その声に肩をびくりと震わせるシロ。咄嗟に身体を傾けるが、その耳に魔の手が伸びてくることは無く、恐る恐るその目を開ける。

 

「(……こんなに人が……)」

 

練習インスタンスには、トーナメントの柱が用意されていた。

その上では数耳の みみのこ がお互いにもぎあっていた。中にはソラニンの姿も見える。

 

「こ、こんばんは……」

「あ! シロさんこんばんは! 練習ですか?」

「(……今は……そんな気分じゃないかも)」

 

インスタンスにjoinするだけでかなり消耗した今のシロに戦う気力は無く、首を振ったシロを見たソラニンは「だったら」とメガホンを取り出す。

普段よりレフェリーが使っている、useすると声がワールド全体に聞こえるようになるアイテムギミックである。それをシロに手渡し、ソラニン自身は他の足場は乗り移った。

 

「自分、さっきまでレフェリーやってたんですけど、もしよかったらシロさんがやっていただけませんか?」

「……僕が?」

「はい。……シロさん、レフェリーはわかりますよね?」

「えっと、『お互い見合って、礼、構えて、始め』?」

「そうですそうです。あの、礼とかは練習なんで要らないんで、もしよければ掛け声だけでもお願いします」

「わ、わかりました。やってみます」

「シロさんともやってみたかったんスけどね〜」

「あはは……すみません」

「んぁぁいえいえ、こちらこそ」

 

ソラニンと対峙していた みみのこ が、申し訳なさそうに首を振った。

体の向きが変わるたびにその腰より伸びる大きな尻尾がびたんびたんと柱を打つ。

 

「で、では失礼して、やらせてもらいますね」

「「「「は〜い」」」」

『あ、あー。聞こえてますか?』

「「「「は〜い!!!!」」」」

『では、お互い見合って!』

 

シロの声に、柱の上に立っていた みみのこ 達が、身体から力を抜く。

首をほぐす者も、ジッと相手の耳を見据える者も。

 

『構えて!』

 

そして、全員が姿勢を変える。

腕を軽く上げ、その時を待つ。他にも、腰を落としたり、首の角度を変えたりする みみのこ もいる。

シロは軽く息を吸い込み、より遠くへ届くように、息で声を膨らませ、口を開ける。

 

『始めっ!』

「ッ!」「ぐえっ」「よしよし」

 

そうして、写真を撮ることもなく再生し、各自でエクスプレッションメニューを開き耳を再生する。

何事もなかったかのようにもう一度舞台に立つ みみのこ 達に少々面食らいながらも、シロは再び息を吸った。

 

『お互い見合って、構えて!』

「「「「…………」」」」

『始めっ!』

「あ、ダメか!」「あちゃー」「うーん、なんとかなったけど……」

 

先ほど勝利した者が今度は敗北。敗北していた者が勝利。また、続けて敗北している者、続けて勝利している者。

 

「(……みんな、真剣に練習してる……)」

『……あの』

「あっ、シロさんメガホン」

「あ、すみません……。……その、変なことを聞いてしまうのですが……みなさん、負けて悔しかったりすることってありますか?」

「負けて……?」

 

シロの言葉に首を傾げるソラニン。

柱の上に立つ みみのこ 達は同じく不思議そうにしながらも、自らの頭の中にある『負け』を思い出して苦笑いをした。

 

やはり、自分がおかしかったのか。

以前にたまたま気持ちが重なってしまったあの みみのこ と自分がマイノリティーで、VRChatというあくまでSNSの延長でしかないゲーム内にあるコンテンツにここまで思い詰めている自らがおかしいのか。

 

やっぱり、と撤回の言葉を言いかけたシロの言葉は遮られた。

 

「そりゃ悔しいよなぁ」「悔しかったことなんて……ねえ?」「準決勝とかで負けた時普通に泣きそうになるもん」

「もちろん、ゲームだからと線を引いている時もありますが……でも、勝負なんですから。負けたら悔しいですし、勝ったら……負けた人の分まで頑張ろうって、思いますよ?」

 

みみのこ FCは、一種のスポーツである。

もちろん単に体を動かすからではない。

お互いの知恵と工夫がぶつかり合い、勝ち、負け、誇り、涙する。

そこにかける『想い』は、アスリートのそれに及ばぬものではないのである。

故に、真剣(ガチ)。

 

「そうそう。悔しいからとか───」

「勝ちたい相手がいるからとか?」

「負けたくないっていうのもあるし……」

「そしていつか自分が勝ち進んだ時に、負けた人の想いを最後まで背負えるように」

「───そうそう。みんな、そういう思いのもと練習してるんですよ」

「(………………。)」

「だから、『悔しい』ってその気持ち、バネにしていきましょ」

 

ソラニンや他の みみのこ 達から、シロがどのように見えていたのか。それはシロにはわからない。

ただ、シロ自身が自覚できるくらいには、その視線は下を向き、背中は小さくなっていたことだろう。

 

「(僕は……どうしたらいいのかな)」

 

こんな時に君がいてくれたら、僕は悩まないで済んだのに。

本気になっていいのかなって、そう思うこともなかったのに。

なんで今、君はここにいないんだ。

 

シロの中で、怒りにも似た八つ当たりがふつふつと湧いてくる。

 

「すみません、やっぱり僕も練習やらせてください」

「お! いいですよ! じゃあレフェリーは自分が」

「わ〜いシロさんだぁ〜」

「……お手柔らかに」

 

視線は正面にある耳に向かってこそいるが、その目に見ているのは耳ではなかった。

 

「(どうして失踪したんだ。どうして何も言ってくれなかったんだ)」

『お互い、見合って〜! 構えてっ!』

「(『居合』+(プラス)『回避』……)」

『はじめっ!』

「片耳渡しッ!」

「んぐぁっ」

「ふぅー……! もう一回!」

「望むところっス」

『構えて〜!』

 

一撃一撃、恨みつらみ、むしゃくしゃを晴らすように。

仮想敵として定め、スパーリングを繰り返すシロ。

やがて相手の みみのこ はシロの間合いを見定め、シロに対してメタを張るべくシロの研究へ入った。

 

「あの、『居合』やっても良いっスか?」

「はい、もちろん」

『構えて〜!』

 

その声に反応して先ほどとは構えを変え、シアンやRedのような一撃で決める構えを取るふさふさ尻尾の みみのこ 。

それに対して、シロは回避の練習として、一撃目の段階ではもがないことを決めた。

 

「(その代わり、超集中を……)」

『はじめっ!』

「───よしっ」

「……ぇ……?」

 

気がついた頃には、シロはもう倒れていた。

その瞬間を、知覚することなく。

 

「も、もう一回!」

「は〜い」

『では〜、構えて〜!』

「(超集中、超集中超集中……!)」

『はじめっ!』

 

シロの耳が跳ね飛ばされる。

 

「(どうして……?)」

 

シロが倒れ伏す。

 

「(どうして……!?)」

 

シロが、浅い呼吸を繰り返す。

 

「(何も……視(み)えない……!!)」

 

シロは、明らかな自身の異常に気づいていた。

もう、自身の視界から色が消えることも、感じる時間が緩慢になることも無くなってしまっていることに。

 

「も、もう一回!」

「んぇぇ、ちょっと疲れてきた……」

「ま、待って……じゃあ、誰か……!」

「じゃあ俺行っちゃおうかな〜!」

 

それは、相手を変えても変わらない。

 

『───はじめっ!』

「よしよしよし……まだ抜かされてないな」

「そんな……」

 

シロはもとより、相手の動きをコピーし、身体に叩き込み、再(・)現(・)す(・)る(・)ことに特化した性質を持つ。

それは、普段から紛れもない『天才』という存在が身近にいたから。

どんなに困難な状況でも、隣に完璧な教範があったために、その動きを真似すれば乗り越えることができていたのだ。

度重なる模倣の経験により、シロは真似をする経験が他よりも豊富なのである。

 

だが、今のシロは。

 

「(使い方が、わからない……)」

 

生みの親、その習い先。

その者に対して、強く怒りを覚えたからか、はたまた別の理由なのか。

 

シロの中にある憧れが。

学ぶべき憧れが。

確かに消え去った瞬間であった。

 

「(『超集中』が……使えない……)」

「あの、なにか不調なら、早めに治した方が良いんじゃ……」

「そうですねぇ、明後日は金バッジ戦ですし」

「………………!?」

 

時が、来る。

 

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