みみのこ・ファイト・クラブ   作:アキ

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この物語はフィクションです。実在する人物及び団体とは一切関係ありません。


耳に障りますよ

 

「今日ぜんっぜん(ひと)いなくない?」

 

それは、銅バッジ戦が開催される前に誰かが呟いた一言だった。

両手、足の関節をぐりぐりと回してストレッチをしていたシロの耳がぴくりと震え、その話をキャッチする。

 

「明日が金バッジだからなぁ……。今日は休んで英気を養う(ひと)も多いんじゃない?」

「スポーツかよ」

 

スポーツである。

 

「まぁ確かに、今日の戦いで身体を壊したりでもしたら、金バッジ戦出られなくなるもんねぇ」

「首やった(ひと)もいるし……それに腕、足、指……怪我は絶えないよね」

 

誰に言われるでもなく、両腕を広げてくるくるとその場で回り、黄色い柱が目の前を2度3度通りすぎる。

シロが腕を広げた程度で当たるほどリアルコライダーは狭くないのだが、それでも確認は念入りに行う必要がある。

近くに倒れるものは無いか。進行方向に壁は無いか。一つのミスが大怪我に繋がることもあるのである。

 

「(本当なら、僕だって今日はお休みして明日に備えたいんだけど)」

 

シロは手のひらを見つめ、深呼吸をした。

わきわきと握って開いてを繰り返してみるが手の動きが遅くなることはなく、また、世界も色を失わない。

シロの中から消えた『超集中』。金バッジの獲得には不可欠である。

それを取り戻すために、シロはこの戦場に降り立っていた。

 

先ほどの みみのこ が言ったように、インスタンス内にいる みみのこ は少ない。とはいえど、その数は30より少し少ないか多いか程度。一つのインスタンスで一切に動くことを考えれば、じゅうぶん満杯である。

 

「……ふぅ……」

「シーローさんっ」

「ぁぇっ、はいっ、なんですか」

「今この足場って見えてますか?」

「……え?」

 

シロはその言葉に辺りを見渡すが、地下闘技場には何もない。

何が言いたいのかわからないままシロが困惑していると、その みみのこ は「やっぱり」、といった表情を浮かべ、シロの足元を指さした。

 

「今ここ、バトロワの足場あるんです。同期ズレなんで、rejoinをお願いします」

「あぁ、なるほど、はい。わかりました」

 

みみのこFCの足場は、たまに同期がズレて足場が見えなくなる時がある。

シロ視点から見るとステージが無いように見えるこのインスタンスは、実は既に足場が出現している。またその逆もあり、バトロワ開始時に消えるガラスの床も、周りから見れば消えているのに自分の視点では無かったまま、ということが発生するのだ。

特にガラスの床の場合は、周りからみれば『床が消えているのに空中に立っている』という珍妙な図になるため、あからさまで分かりやすいのだが。

シロはランチパッドを操作しrejoinのボタンを押した後に、すぐに首を傾げた。

 

「(今の人、どうやって僕の時点で足場が出てないことを知ったんだろう……?)」

 

暗転する視界でなんとか名前を見上げようとするが既に遅く、シロはインスタンスに入る中継の深い浅葱色の世界へ飛ばされる。

爆速でダウンロードされるワールドの読み込みバーを数秒だけ眺め入り口に戻ってきたらシロはすぐさま元いた場所に戻るが、そこには見えるようになったバトロワの足場のみが残されていた。

 

「……さっきの(ひと)は……?」

 

辺りを見渡すも、誰もいない。

インスタンス内の人数は変わっていないどころか少し増え、その みみのこ がどこに行ったかは覚えていない。

なにより、シロに話しかけた みみのこ は。

 

「(サンプルだった……)」

 

FC にサンプル耳がいなかった事などない。

見失ったシロは首を傾げながらも、足場が見えるようになったことに胸を撫でおろす。

このままではバトロワに参加できず、無様に空中に浮く みみのこ が誕生するところであった。

 

『はーい、それではそろそろお時間ですので、第一回目のバトロワ、始めていきたいとおもいまーす!』

 

メガホンを持つエリテマが高らかに声を上げ、その声に談笑していた みみのこ 達が一切にガラスの足場まで集まる。

念の為、シロはもう一度辺りを見渡すが、やはりサンプルの耳が多い。いつのまにかインスタンスを抜けていてもわからないほどに。

 

「(しょうがない……また会った時に聞こう)」

『ガラス消えます、3、2、1……!』

 

フッ、と足場が消える。

 

『スタートです!』

 

青の足場に着地したシロは、滑るように素早く円の外側を回る。

左手を常に壁に当て、穴が開いている部分はジャンプで飛び越え、対向車線から爆走してくる辻もぎに対しては、首を左右に振り狙い先を逸らすことで生き延びた。

エリテマがメガホンを手に、青の足場を消す旨を叫ぶ。

エリテマがボタンを押す0.5秒前まで待って緑の足場へ飛び乗ったシロは、そのまま黄色の柱へ突き進んだ。

 

「(狙われてもいい。その分『超集中』を復活させるチャンスが来る!)」

『おっと黄色の孤島にはシロさんだ! さあ、だれかシロさんを()る耳はいないのか!』

「げぇーっ、シロさんかよー……!」

「シロさんはいきたくないよぉ!」

「(って、言う人は多いけど……)」

 

舞台装置の方向に向き直したシロは大きく視界の開けた左の部分ではなく、柱のそびえ立つ右側を注視した。

先ほどから、数耳が柱より顔を覗かせている。

柱と柱の間から飛び乗らねばならないためリスクこそ大きいものの、柱側から孤島へ行けないわけではない。

孤島を攻めやすい開けた部分を警戒していると、無防備な背中を柱側からの攻められるのだ。

 

「(さっきから、チラチラと……!)」

「隙ありっ!」

「(来たっ、戦いのチャンス!)」

 

シロは一歩引き、孤島の小さな出っ張りに足をかける。

それにより他の みみのこ よりも靴一つ分ほど高い位置に登ることができあシロは攻め来る みみのこ の手を躱し、返す刀で叩き切る。

はらりと落ちた2本の耳はシロのものではない。

 

「ぐああああっ!?」

「(……ダメだ。まだ、できない。もう一度、コツを掴むんだ……!)」

『緑の足場消します! 3、2、1! はい、オレンジが解放されたよ!』

「(オレンジの足場に移動するか? いや、生き残るのが優先? どうする……!!)」

 

どれだけ思考をめぐらせようが、それを加速させる『超集中』は戻ってこない。

思考に数秒を持っていかれる感覚に「もったいない」と呟きながら、シロは再び構え直した。

しかしもちろん、隙ありと挑んでいった耳が片耳ももげずに瞬殺されたのを見て、自分も行こうという者はいない。

『超集中』を介さない時間は一瞬で過ぎ去り、エリテマが黄色の足場を消すと叫んだ。

 

目の前のオレンジの孤島には誰もいない。

仕方なくオレンジの足場へ飛び込んだシロだったが、その着地には一瞬の隙が生まれる。みみのこFCで常日頃から戦っている耳に、その隙を逃すような耳はいなかった。

 

『おっと混戦! シロさんが……アレは片耳もがれた! もがれたな!』

片耳渡しッ!! ……っ、はぁ、はぁ……!」

「行くぞシロさんっ!」

「(キリがないっ……!?)」

 

耳のある方を上にして首を横へ傾けるシロ。

自身の手が無い耳を掴み空を切ったのを確認した みみのこ は即座に撤退し、また耳混(みみご)みの中へと消えていった。

 

今の一瞬で、シロが返り討ちにしたのは1耳のみ。

乱戦になると事故、つまり、シロへの攻撃が自身に当たることも多いためか、一度に集まった耳は既に退避し散り散りになっていた。

『超集中』を発動できない今のシロでは、どこから来るのかがわかっても対処のしようがない。故に全方位に気を張らねばならず、シロの頬を一筋の汗がつたった。

 

「はぁっ……はぁっ……!」

 

シロが確認した限りでは、オレンジの本島にいる耳は5耳ほど。

その中にはソラニンや、他にも銅バッジ戦トーナメントの決勝や準決勝で見かけた耳がいる。

が、しかし。

 

『オレンジの足場を消しますよー!』

「(カウントダウンの2くらいのタイミングで行けばちょうど良いかな……)」

「消えるって言われて油断してますよねえ!」

『あーっ! 土壇場で攻めた! 消します、3───』

「(まずいッ……!?)」

 

シロは自分を恥じた。

明らかに今の自分は、敵よりも足場の移動に集中していたと。

バトロワでは、なにより奇襲が肝となる。シロはそれを失念していた。

耳、曰く。

バトロワは比較的生き残りやすいから、簡単とのこと。

実際、バトルロイヤルは運さえ良ければオレンジ、赤の足場まで生き残れるため、バッジに手が届きやすいように見える。

だがそれは違う。

たとえオレンジ、赤の足場まで生き残ったとて、相手の不意をつき、背後へ周り、的確に耳をもぐ力がなければ、優勝は難しい。

みみのこバトルに、『かんたん』は存在しないのだ。

 

「……ッ……!!」

「おっ!? 避け……ちがっ、これ!?」

「か、た、み、み───!!!!」

 

咄嗟に一歩、身を引いたのが功を奏したか。

突如として変化した高低差に対応しきれなかったその腕は、シロの耳の掴み判定よりも少し下、つまり、シロの眉の辺りを掴んだ。

つまり、偽耳。

 

「───渡しッ!」

「うわあああっ!? 嘘でしょぉ……!?」

 

それはシロへの畏怖か、対応しきれなかった自身への叱咤か。

頭を抱え(といっても死んでいるので手は動いていないが)、孤島から降りるその姿を横目に、シロは慌てて赤い足場へジャンプした。

それを見計らったかのように、オレンジの足場が消え去る。

 

『おおっ、シロさん間に合ったねえ!』

「はっ!? マジで!?」

「ああっ、ただでさえ厄介なのにシロさんも来た!」

「(…………?)」

 

襲いかかる手を見切り、背中を逸らしたシロの視界に、長い耳が映る。

下から、ぴょこりと。

 

「(……下にいる!?)」

「停戦! 一旦停戦協定しよう! ていせっ、ぐああああ!?

「レフェリー! レフェリー、これはいいの!? 誉は!?」

『ワシが見てて楽しいからおk()

「「「ちょっとお!?!?!?!?」」」

 

頭を埋めるのは、『誉無き行為』だったはず。シロの中でぐるぐると思考が回る。

だがシロは思い出した。先ほど、シロの視界に耳が2本見えていたことを。

その耳は確かに天を指しており、つまるところ、埋まっていない。

ただ姿勢を低くし、獲物が的と化した瞬間に飛び上がり、狩る。

その日のレフェリーによって尺度の違う『誉』というラインは、エリテマのラインによるとセーフのようだった。

 

「(とはいえ、下ばかりを向いてると……!)」

「マジで下のやつ先にどうにかっ、ひっ、来るな来るなぁ!?」

「ああくそっ、停戦協定を申し出たやつから狩られてくぞ!」

「下にいるだけなら対処可能だし先に周りを!」

片耳渡しッ!」

「なんでアイツ今シロさんのとこ行ったんだ馬鹿か!?」

 

無い片耳を囮に2本の耳をもぎ返したシロの目の前に、みみのこの身体があった。赤い足場の突起に乗ってジャンプをしている、小さな身体だった。

 

「(隙だらけだ! いける!)」

 

シロはその みみのこ の下から飛び上がり、その勢いのまま2本の耳をもぎ取る。

パタリ、と倒れたのを確認し、シロは突起の上に降り立った。

シロの目の前には、もう みみのこ はいない。

赤い足場には、荒い息を繰り返すシロだけが残っていた。

 

シロ自身も、そう思っていた。

 

レフェリーの声も、観戦の声も、シロには届いていなかった。

極度の集中により視野が狭まり、心の中で優勝を噛み締めようとするシロが顔を出した。

ただひたすらに無音の世界で、音が戻ってくるのを待つ。

待つ、はずであった。

 

「(違う)」

 

聞こえないはずの音が、シロの長い耳に届く。

 

「(覚えている)」

 

まだ、生き残りの耳はいる。

残った片耳をもごうとしている姿が、想像できる。

その、地面を蹴る音が。

 

「(聞こえる)」

 

相手の息遣いが。

 

「(わかる)」

 

視線が。

 

「(感じられる)」

 

シロは、振り向いた。

 

耳がいるであろう下ではなく、上を見ながら。

まるで、最初から後ろにいたのを知っていたかのように。

空中へ舞い上がり、後ろからもぎ降りんとする己の行動を、最初から最後まで観察していたかのように。

 

片耳───」

「…………ッ!?」

「───渡しッ!!」

 

一歩引いた足が前へと踏み込まれ、たった一度だけすれ違う。

シロが握った両の拳をゆっくり開くと、その手には。

 

『……シロ、さん、優勝───ッ!?!?!?』

 

2本の耳が握られていた。

 

「今完全に後ろとってたよね!?」

「なんだ今の動き……!?」

「えっ、なん……あれなに……!?」

 

札束エフェクトを投げながらも、困惑が隠せない みみのこ たち。

シロは全身でそのエフェクトを浴びながらも、しかし掌を見つめることをやめなかった。

写真を撮るわけでもなく、ただ、自らの手を見つめる。

 

「(勝って、しまった)」

 

『超集中』を取り戻すためには、戦いが必要だと思っていた。

だからシロは、わざわざ孤島へ赴き、片耳を減らしてまで戦ったのだ。もしこれで負けてしまっても、『超集中』が取り戻せたらそれで良いと思っていた。だが、そんな日に限って優勝してしまう。これでは、この先のトーナメントや最後のバトロワに出ることはできず、シロの思い描く超集中取り戻しプランは崩壊することになった。

 

だが。

 

シロの手は、震えている。

最後の一瞬、どうしてシロは相手がジャンプしていることがわかったのか。どうして優勝したと思っていたにもかかわらず、下ではなく、上を見上げながら振り向き、咄嗟に構え直すことができたのか。

 

「(あの動きは明らかに、()()()()を超えていた)」

 

他でも無い、シロ自身の動きであるにも関わらずである。

シロは不可解であった。確かにあの時の自分は、もう優勝したと認識したはずである。しかしそれでも、後ろを振り返り、構え直していた。

身体に染み付いていた動き。それだけならばまだ、シロも納得できた。

だが、そうでは無い。

シロは明らかに、『相手が背後にいること』を認識して振り返ったのだ。だが、シロは自身が『相手が背後にいることをシロが認識している』ことを認識していない。

 

「(でも、もし、これが……今の感覚を使いこなすことができたら、『超集中』の代わりになるかもしれない)」

 

作った握り拳は力み、震えている。

 

地下に吹くはずのない風が、シロの頬を撫でた。

 

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