みみのこ・ファイト・クラブ   作:アキ

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この物語はフィクションです。実在する人物及び団体とは一切関係ありません。


まばゆき栄光は誰の手に

 

ランチパッドの時計が、21:45を表示した。

ホームワールドのミラーの前で軽く呼吸をする小さな命の名は、シロ。

そのジャケットの左胸に光る銅バッジは一つ。だが、実際のところは三つ所有している。

シロ本人の怠惰もある。だが、それ以上に。

 

「今日は、金バッジ戦だ」

 

1年12ヶ月、一月(ひとつき)ごとに一回のみ訪れる、金バッジ戦。

その月の最後の金曜日に開催されるそれは、銅、銀バッジとは比べ物にならない盛り上がりを見せる。というのも、FCに公式バッジという物が組み込まれてからシロが来るまで、まだ1年も経っていないのである。

さらにソウエンや十六夜など、その手に2つ以上の金バッジを持つ実力者がいることもあり、金バッジを持つ耳は極端に少ない。故に金バッジは、みみのこ からすれば耳から手が出て相手の耳をもぎとる*1ほど欲しい、栄光とも呼べる代物なのだ。

 

シロがみみのこFCに来てから、初めての金バッジ戦。

もしここで金バッジを手にすることができれば、シロはフレンドが失踪した謎に一歩近づくことができる。

 

「『金バッジを手に入れた上で、5強を倒して欲しい』、か。今思うと、なんて無茶な要求を……」

 

だが、ここまで来た。

プレハブは1つ、だが3つ分の重みを放つ銅バッジが、シロの背中を押す。

 

「よし。行こう」

 

joinのボタンにかけられた手は、もう震えていない。

軽くトリガーを引いたシロの視界は暗転し、瞬きを数度繰り返した頃には、既に目の前に見慣れた地下の風景が広がっていた。

 

一見すると、普通の風景。銅バッジ戦と同じような雰囲気である。

だが、銀バッジ戦と同じように、否、銀バッジ戦よりも()がある。心なしか闘志に焼かれて肌がピリピリするのを感じるシロ。そんなシロが入り口で気圧されているのに気づいて、声をかける みみのこ がいた。

 

「おっはようシロさん!」

「あ……こんばんは」

 

エリテマである。

本日のレフェリーは大罪葱であるために、エリテマも選手として参加できるのだ。

 

「この前は負けちゃったけどね、今度こそは負けないから!」

「僕も金バッジ欲しいです。このために今まで頑張ってきたので」

「へぇ〜? イイね、楽しみだ!」

「(問題は……この前エリテマさんに勝った時は、『超集中』があった、ってことだけど)」

 

力み、握るその手のひらには何もない。

小さな身体にしては無骨で、明らかに『みみをもぐこと』に特化したその手が頼りなく感じたシロは、その小さな震えを誤魔化す様に頭を振った。

きっと大丈夫。今日のために頑張ってきたのだから。無意識にジャケットについた銅バッジをぎゅうと握りしめ、シロは深呼吸をした。

地下闘技場特有の、まったく新鮮でない生温い空気が肺に回る。いつもであれば、空気の温度など感じないのだが……極度の緊張故か、シロは肌に熱を感じていた。

 

『さて今日は金バッジ戦だぞ〜。準備運動はしとけ〜』

 

アナウンスにハッとしたシロが顔を上げると、先ほどまで周囲で駄弁っていた みみのこ たちがメディアプレイヤーの前に集まり、体操をしていた。

肩や腕、首、脚など全身を使い耳をもぎ、避ける みみのこバトル をする上で、準備運動は欠かせない。

準備運動をすることによって、リアルコライダーの位置を必然的に確認できるというのもあるが、それ以前に身体をあらかじめほぐしておく───いわゆる『温めておく』ことによって受ける恩恵が大きすぎるのだ。

特に『片耳渡し』を主な技とするシロにとって、首と肩は生命線。

地下闘技場に映し出された動画内のリードに従い、肩や脚の筋を伸ばしていくシロ。血が巡っていく感覚が心地よく、呼吸が深く穏やかなものになっていく。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」

「ぉごっ……ウッ……」「あいだだだだだだ!!!!」

「死ッ……死ぬっ……!!」

 

若干数名、逆に呼吸が荒くなっている者もいるが。

 

『今日も一日、ご安全にー!』

「「「「ご安全にー!」」」」

「ご、ご安全に……!」

 

残り数分で22時になるというところであろうか。

ランチパッドで時間を確認したシロがいつもの癖で首を数回捻り、足でとんとんと床を叩く。

その時、シロは気づいた。

 

「(……身体が、軽い……)」

 

浅かった呼吸はゆっくりと深く、『勝たねば』という文字でいっぱいだった思考はすっきりとしている。

以前にあった『すこぶる快調』の時と比べればやや劣るやもしれないが、それでもFCに来る前よりも明らかに身体の調子が良くなっている。シロは生物的な本能でそれを感じていた。

 

『さて時間だ! お(めぇ)ら、気合い入れていくぞ! まずはバトロワからだ! ルールを知らない初耳のヤツはこっちに来い!』

「はーい!」「教えてくださーい!」

「初挑戦が金バッジ戦はすごいな……」

 

てこてこと舞台装置側に集まっていく新参耳たちが、大罪葱からレクチャーを受ける。その間、練習及び同期ズレによる空中浮遊が無いかの確認のためにガラスの足場が解放されているのだが、シロは緑の足場にある山の上に立ちそこに集う みみのこ 達を観察していた。

今現在、最もシロが注視すべきと思っている耳は、ミタマ、十六夜、エリテマである。

 

もちろんソウエンにセソン、八重桜。他にも笠を被った和服の耳や、ヘッドホンをつけた耳、先ほど準備運動をしている時にメディアプレイヤーの隣のバトル足場の上で前方部長面(ぜんぽうぶちょうづら)*2をしていた三つ編みの耳など、油断できない耳は絶えない。だがこの今においてシロの中に渦巻くのは、自身の知覚できなかった速度による敗北であった。動きながらも正確に辻もぐミタマや気配を消すことに長けた十六夜、純粋で強大な回避力をもつエリテマは個人的にシロがマークしている耳で、つまりはいつ後ろにいるかわからないのだから注視していないと怖い、ということである。

 

ということは、ほぼ全方位を警戒せねばならない。なにせ、エリテマと戦いながら、遠くからミタマに狙われ、いつのまにか背後に十六夜がいる可能性があるのだから。そして、マークしていない耳からもがれることも。

慢心できる相手などいない。耳三日会わざれば刮目して見よ。

昨日の雑魚は今日のボス。昨日のボスが今日は雑魚、それがありえなくないのが、みみのこバトルである。

 

『さて、ルール説明も終わった! 準備はいいか!』

「「「「おおおおおおおお!!!!」」」」

『周りに同期ズレで片耳だけになってるヤツはいないか!』

「「「「おおおおおおおお!!!!」」」」

『金バッジが!! 欲しいか!!』

「「「「おおおおおおおお!!!!」」」」

『ならばよし! 金バッジ戦、最初のバトロワをスタートするぞ!』

 

散り散りになる みみのこ 達を目で追い、自身はその場に構えるシロ。

 

『3ッ!!』

 

ボタンに手がかけられたのを、シロは直感した。

 

『2ィッ!!』

 

先ほどまで落ち着いていた呼吸が、浅くなる。

しかしそれは緊張が理由ではない。

 

『1ィッ!!』

 

笑っていた。

待ちに待った、金バッジ戦が始まる。

その興奮から、笑みを抑えられないでいた。

 

『スタートッ!!』

 

緑の足場、柱側。そこへ着地したシロはまず辺りを見渡す。

マークしていた3耳は既に視界から消えている。一瞬ネームプレートが見えたと思えば、瞬きをする頃には見えなくなっている。

しかし、元より青足場で見失うことは重々承知であった。そもそもシロ側から積極的に戦おうなど、微塵も思っていない。

 

「(隠れるんだ……周囲に溶け込んで、ヘイトを向けないように……)」

 

舞台装置の上、大罪葱から見て、みみのこ 達は立場から反時計回りに動いている。

流れるプールを連想させる光景を眺めながら、大罪葱は柱の後ろに目を配った。いつも通り、柱の影に隠れている みみのこ がいればメガホンでアナウンスをし、その者にヘイトを向け盛り上げるためである。特に、デフォルトの みみのこ でぐんぐんと戦績を上げているシロが逃げ惑い返り討ちにする様子は、個人的に大罪葱が見たい。だからマークしていた。

だがそうしている時、大罪葱は気づく。

 

「あれ、シロさんいなくね……?」

 

そうぼそりと呟いた時、大罪葱の下から悲鳴が上がる。

 

「ぎゃあ!!!!」

「まだ新参ですが、そう簡単にもがせるわけにはいかないので!」

『ふぁ、ファーストブラッド!! ファーストブラッドです!!』

 

そうしてアナウンスをし目を向けた時には、シロは大罪葱の視界からいなくなっていた。

 

「アレェ!?!?!?」

「(なぜだか、わかる。今、誰がどう僕を見ているのか)」

 

群生する黄色い柱を縫うように移動し、シロは再び周囲に溶け込む。

走る速度が同じであることを利用して、他の みみのこ に重なるように動き、シロ自身が他の目に留まる回数を減らす。

幾度か、耳とすれ違うことはあれど、シロの耳は未だ二つのままだった。

 

『……んー、そろそろ青の足場を消します!』

「青消える! 青消えるって!」「赤消えるらしいよ!」「おい嘘ついてるやついるぞ!」

『3、2、1……! 青消えました!』

「(()()()()……しないことを考えるのなら、ここは孤島には行かないほうがいい。大丈夫、まだ広い。知らないうちにもがれることもないはず)」

『さあ、黄色の? 黄色の孤島が出現! 誰か行くやつはいないのか!』

「(まだ待機……待つんだ……!)」

 

1耳(ひとり)、群から飛び出て足場に乗ったのはヤーレン。

北の方から伝わってきた伝統のある踊りを舞いつつ、ヤーレンは全方位を警戒していた。

常に頭の位置が動き、腰は深く落とされ、もぎにくい。

動いていないのならばまだしも、一定のリズムを保ちつつ素早くキレのある動きで繰り出されるソレは、他の みみのこ を圧倒していた。

 

「(ヤーレンさんも手練。本来なら戦ったほうがいいんだけど……)」

『ヤーレンさんが踊っております! さぁ、あいつをもげもげ!』

「(……よし!)」

 

この瞬間、注目はヤーレンに向かう。

元々デフォルト耳であり、ネームプレートを見ない限りそこにシロがいるということを瞬時に判別するのは難しい。

今、シロは誰からもノーマークであった。

そしてシロ自身もそれがわかっている。

 

「(今、誰も僕を見ていない!)」

 

緑の足場の開けた部分。舞台装置側から見て右手にある穴の周辺をぴょんぴょんと飛び回るシロのことを見ている者は誰もいない。

足場の中央、赤い足場の突起の上で寝転んでいた誉なきRedをもぎ脱落させたばかりのシアンは振り返り、襲いかかってくる十六夜の手を躱す。避けられた事を認識し、その勢いのまま柱の影に消える十六夜を見送ったシアンは舌を巻いた。

 

『アーッ、ヤーレンが脱落! 残ったのはソウエンだーっ! そろそろ緑の足場を消すべきか!』

「(やっぱり……ヤーレンさんは強いけど、強すぎて狙われがち。最後の方まで生き残ってるの、あんまり見た事がないから……そういうことなんだろうな)」

『さぁ! 緑の足場を消します! 3、2、1!』

 

黄色の柱の群生地へ移動したシロの背後にあった緑の足場が消え去る。

みみのこ 達は一斉に中央へと移動し、『流れるプール』はどこかへ消えていった。この瞬間から、黄色の足場は混沌と化す。

 

黄色の柱に居座り、前方を警戒するソウエンの元へ、エリテマが肉薄する。伸ばされた腕は空を切り、咄嗟に首を傾けたエリテマの頭上をソウエンの手が通過した。

こりゃダメだ、とバックステップで一時撤退するエリテマだが、一拍遅れて耳が一本、はらりと抜け落ちた。

 

「うそォ!?」

「甘かったね、エリさん」

「うはぁっ、やっぱすごいねソウエンさん……!」

『おいおい、車椅子のやつまだ残ってるぞ! もぎやすいぞアイツ!』

「ゲッ、なんでそんなこと言うのぉ!?」

 

キコキコと黄色い足場の外周を必死に回っていたキドリーに大量の手が伸びる。

ひえっ、と怯えたのも束の間、キドリーはその場に崩れ落ちた。

 

「後ろがガラ空きだぞイジャヨっ!」

「おっ……と! いつのまに後ろにいたんだい……!」

「くうっ、片耳だけか……!」

『乱戦! 乱戦でございます! いろんなとこでバトルが起こってるぞ! ……じゃ、もっとカオスにしたいから黄色 消しちゃおうかなぁ!』

「「「正気かあのレフェリー!!」」」

『黄色消します、3、2、1!』

 

狭まった足場。そのオレンジの部分の、小さな突起の上。

オレンジの孤島を背にするその位置で、シロはジャンプせず身構えていた。

 

「(…………わかる)」

 

シロの胸の奥で、何かがぱちぱちと弾ける。

今この場で、シロをもごうとしている耳がどれくらいいるのか、わかる。

 

「(誰かの視線が)」

 

ピリ、と肌を刺す何か。

ぴくりと耳が震えたのを合図に、シロは無意識下で体を大きく逸らした。

 

「おっ……!? 後ろ取ったと思ったんだけどなぁ、いつ気づいた?」

 

息遣い。

熱。

視線。

 

「(誰かの殺気が)」

 

ジャンプをした誰かが着地した音。振動。

あるはずのないものが、大きな耳を通じてシロの闘争本能に警鐘を鳴らす。

 

「(わかる!!)」

 

深くしゃがんだシロの頭の上を、エリテマの手が通過した。

ぎょっと目を丸くするエリテマから距離を取り、赤の足場の突起の上へ一足で跳ぶシロ。

その着地の瞬間を好奇と捉え、下側から大きく飛び掛かる八重桜を、首の傾きだけで躱す。

次に、後ろから手を振り下ろす十六夜を体を半身に捻ることで標的をずらし、一瞬で脱力することでセソンの視界から外れた。

 

『シロさんがいろんな耳から一斉に狙われてるぞ!』

「(ずっと僕を見てるのが、わかる! 何を狙ってるのかも!)」

『大立ち回りーッ!!』

 

くるくると踊るように、シロの大きな耳が右へ左へ、ゆらゆらと揺れ続ける。しかし、誰もそれに触れることは叶わない。

相手がシロの耳へ狙いをつける頃には、シロはそれを避ける動きをしている。

耳の先の動きの一つすら、見逃さない。

否、見ていないものですら、視逃さない。

その名を、無意識のうちにシロは呟いていた。

 

「───『極耳(きわみ)』───」

 

『超集中』により引き延ばされた時間の中で思考を繰り返すことにより、シロの精神はより、()()()()に定着していく。そしてそれは今、準備運動によって動きがリンクした小さな体の全身に神経が張り巡らされることで、開花する。

 

風の噂では。

VRCで噴水や焚き火の近くに行くと、本来感じるはずのない『熱』を感じることのできる者がいるという。()()は熱だけに留まらず、さまざまなものを感じ取ることができるとか。

 

味。匂い。質量。

 

「(後ろにミタマさん!)」

 

視線。

 

「(左から十六夜さんが狙ってる。下に八重桜さんもいる。エリテマさんは戦っててこっちを見てない。タイミングを合わせてもがれたら負ける。いくべきは、ミタマさんのところ!)」

「……ん、来た」

「(大丈夫、避けれる! ミタマさんの視線は今、頭の上!)」

 

殺気。

 

「避けられるのがわかってるなら、最初からそっちに手を伸ばすよね」

「……ふ、『不動』ッ───、あ、あがっ!?

 

そして、痛み。

頭の上にある片耳がもがれたというのは、シロにとっては激痛を伴う行為だったらしい。

『超集中』を超える自分の世界に没入していたシロの頭に、幻肢痛が走る。

その一瞬の隙、怯みを見逃すような みみのこ ならば、ここ(オレンジ足場)まで生き残っていない。

 

「「「「「覚悟ぉッ!!!!!!!!」」」」」

 

シロに残った大きな耳が、空気の震えを感知する。

ミタマ、十六夜、八重桜、エリテマ、ソウエン。

その場でシロをマークしていた全員が、シロの残った片耳に、手を伸ばしていた。

 

「(ッ、せっかく、せっかく()()()のに! こんなところで! こんな、ところで……!)」

『シロさん脱落───ッ!!!!!!!』

「くそおおおおおおッ!!!!」

 

痛みも熱も重さも、全てが身体から抜け、シロはその場に倒れ伏す。

ああ、これが死ぬということか。荒い息をしながら、シロは足場から退いた。

だが、何も収穫が無かったわけではない。

 

「(『極耳(きわみ)』……)」

 

この目に映る全てのものを把握し、目に映らないものでも把握する、究極の感覚。

倒れたまま、シロは笑みを溢した。

 

「次は……負けない……!」

 

*1
耳から手が出るのはレギュレーション違反

*2
事実、部長である

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