みみのこ・ファイト・クラブ 作:アキ
「次は……負けない……!」
握られた拳に呼応するようにシロの身体が意識を取り戻す。
起き上がったシロは、再生しきったものの未だヒリヒリする(ような気がする)両耳を気にする。
「(痛かった……)」
頭上の耳をもがれ、もう片方をもがれただけで激痛が走る『
メンタルスポーツの面も大きい みみのこバトル において、相手が何を狙っていてどこを向いているのかを感じ取れるというのは、武器以外に他ならない。
本日のバトロワ優勝者を讃えるアナウンスを聞き流しながら、シロは坂を登った。中央で札束を浴びている みみのこ が感極まっているが、眺めるのもほどほどにシロは舞台装置の側へ向かった。
『次のトーナメントは……キリがいいので3分後! 3分後にします! その間に休憩水分補給を怠らないでください!』
「オラッ!! 地獄の無限みみもぎバトル耐久するぞッ!! 負けたら即座に抜けて後ろに回れッ!!」
「「「ひぇ〜!!!!」」」
「(あの様子だとシアンさんは出るみたい。それに、さっき脱落したヤーレンさんも出るだろうし……1対1、誰かの手を借りることができない以上、強敵との戦いは必然的に多くなる)」
ヌッ、と地面から迫り上がってくるトーナメント表のボタンを押し、それが赤色から青色になったのを確認してからシロは後ろへ下がる。
精神統一をする耳や水分補給をする耳に混じり、肩をぐるぐると回すシロ。首を始めに手足首、背中を逸らし、前屈をする度に、頭の上の二本の耳がふよふよと揺れた。
準備運動によって身体が温まってはいるものの、
「(……ここ最近、トーナメントで最後まで戦うことが少なかった……気がする。少なくとも、
金バッジ戦は銀バッジ戦と同じ様に、1日に5回、バトロワ3回、トーナメント2回、交互に行われる。決まった時間までにフルインスタンスになった場合のみ、回数を5回から3回に減らして2インスタンスに分けるのだが、今回は5回の試行回数がある様である。
といっても、では4回負けられるから良い、というわけではない。
もちろん、優勝者は以降のバトルに参加できないシステム上、後半のバトルの方が勝率は高い。だが俗に強耳と呼ばれる耳達が5人やそこらしかいないわけではないのだ。
『はーい、時間になったのでトーナメント作成しまーす。……はい、ドン!』
「…………シードだ」
作成されたトーナメント表、そこに映し出されたピンクで囲まれた自らの名前を見つけ、シロは内心ホッとした。
シロにとって、負けるリスクは少しでも減らしておきたい。
紺色の足場、つまり初手から強者と当たる可能性もある以上、戦わないに越したことはないのだ。
「ゲッ、初手イジャヨさんじゃん……」
「おっ、ではあちらへ移りましょう、か……♤」
あのように。
いの一番にFCの入り口側───ちょうどサンプルのペデスタルの前あたりに陣取ったシロは辺りを見渡す。シロのようなシード枠は珍しく、他の みみのこ は全て二人組で足場の上に乗っていた。
両隣をチラリと確認し、足先を鳴らす。
全員が目線の高さや耳の同期などを確認し終え、レフェリーの方を向いていた。
『それでは金バッジ戦トーナメント、第一回目を開始します! お互い見合って〜、礼ッ!!』
「「「「「よろしくお願いします」」」」」
『構えて───ッ』
シロの大きな耳が、今この場の雰囲気が一気に切り替わったことを感じ取った。全員が集中し、アナウンスを聞き逃さまいとしている。
その緊張を受けても尚、一つも震えることなく、大罪葱は息を吸う。
『始めェッ!!』
ぐお、と空気が動く。
一切に動いた耳達の半分が倒れる音を感じとり、シロは首を振った。
無意識に『極耳』を使用している。『超集中』と違って使用限界があるのかすらもわからないが、それでも乱用して肝心な時に使えなくなるのは困る。まだ『極耳』をON/OFFで切り替えられないシロは頬を叩き、『極耳』の世界から戻って来た。
『勝った みみのこ は権利を行使した後、青の足場まで進んでください!』
「(ということは、僕の相手はこの隣の耳か……)」
「おー……。シロさんだ。ちょっと
対面する みみのこ はサンプルだったが、シロはその声に聞き覚えがあった。確か灰色の耳と髪を持つ、痛々しい見た目をした みみのこ である。
戦っている姿を余り見たことが無い故に、一体どうしてと不思議がるが、しかし、いつどこで誰がどんな理由で出場しようが、シロの前に立っているのは事実。
首をぐりぐりと回し深呼吸をする みみのこ に対して、シロも腕を十字に組み肩を伸ばした。
『お互い見合って!! 礼!!』
「はい、よろしくお願いします」
「……よろしくお願いします」
『構えて!』
「(…………!)」
首を大きく右後方へ逸らし、両手はシロの方へ。
その目でシロを見ているのかどうかは定かでは無いが、シロの居合の範囲から耳が遠く離れているのは目に見えて分かった。
対抗するシロは至極一般的な構えをしたまま、深呼吸をする。
感覚が、この目の前の みみのこ の一挙手一投足を見逃すまいと研ぎ澄まされ、鋭敏になっていく。
やがてソレは極まり、シロの大きな耳がぴくりと揺れた。
それを合図に、シロは感じ取る。
「(見て、いない!)」
視線の先は遥か上。
確かにシロの方を見ようとしているが、視界にシロを収めているわけではなかった。
故にシロは、体を屈め、その時を待つ。
『───始めッ!』
「おらぁっ……って、いない?」
「……下、ですよ!」
あのまま目の前に棒立ちしていたら、とっくにもがれていただろう大振り。だがその先にシロはおらず、代わりに足元から声がした。
事前に視線の先がわかっていたシロは、シロからして右下、つまりその みみのこ の左足の辺りまで潜伏し、大振りの範囲よりも
そうして、困惑と驚きで、動くことを忘れた背中を取る。
「しまっ───」
「させません!」
気づき回避行動を取るも、既に遅い。
2本の耳は既に掴まれており、むしろ回避行動によってその耳は抜け落ちてしまった。
「どぁーっ!? ぁクッソ、負けた……!」
「(とりあえず一勝。次……!)」
続く緑の足場。
シロが到着したことに気がついて、向こうの足場より移動してくる みみのこ。
「おや! こうして戦うのは2回目だね」
「前の僕よりも、もっと強くなってるところを見せます!」
「……楽しみだ」
青い髪を後ろに纏め、スーツを着込んだ褐色肌の みみのこ。
エリテマが、ニヤリと口角を上げた。
エリテマは回避を得意とする みみのこ である。
シロが勝つ方法は、素早さにものを合わせて回避よりも先にもぐゴリ押しの『居合』か、エリテマの回避先に狙いをつける『不動』かである。
本来であれば、エリテマの回避先を読むことなど不可能。だが、視線を察知し、動きを推測することのできる、今の自分なら。
シロは深呼吸し、感覚を研ぎ澄ませた。
『次! 行きます! お互い見合って、礼!』
「よろしく、お願いします」
「……よろしくお願いします」
肌を焦がすような地下の熱気が、よりダイレクトに伝わる。
やがて、シロの意識はエリテマの靴の先から耳の先まで全てに行き渡り、構えるシロの大きな耳がぴくりと揺れた。
『構えて!!』
そして、気づく。
「(視線は耳……。ということは、回避しない?)」
真っ向から向かってくる。
ならば、このまま『居合』で。
『始めッ!!』
「───ッ」
「(……これは『回避』だ!!)」
視線はフェイク。
『居合』に酷似した構えでありながら、体に沿わせて首を大きく捻りシロの腕を回避。戻す勢いで背後をとったエリテマは、無防備なシロの両耳へ手を伸ばした。
が、その殺気を、シロの大きな耳は感じ取っている。
「(『回避』ッ!!)」
「おっ」
無防備に晒した背中を丸め、エリテマに体当たりする様にバックステップ。すり抜けたその体から確かに感じる熱や質量。触れているのにすり抜けるという感覚と視界の情報の差によって思わず気持ち悪さを覚えるシロだった。
しかし、これで背後を取った。
「……なるほど」
エリテマはシロが背後にいることを
視線を感じたわけでは無い。歴戦の勘。
だがその目に宿る炎は、未だ消えていなかった。
振り向きざまの『居合』で、相打ち。
回避をしつつ相手をもぐことをプレイスタイルにしていたエリテマからすれば、『居合』を得意とする みみのこ よりも多少は自信がある芸当である。故にエリテマはまだ、シロとのバトルを続けるべく、振り向いた。
「(『居合』
その先にいたシロは、既に視界の半分よりも外にいた。
「
「───ッ……!」
倒れ伏す己の姿を認識した直後、エリテマは笑った。
「あなたに教えてもらった技です……!」
「……お見事……!」
黄色の足場へ移動するシロの背中を見て、エリテマは動かない身体で天を仰いだ。無理が祟ったか、その体は悲鳴を上げ、指先一つを動かすのにも痛みが走る。
眩しいなぁ、という小さな呟きは、誰に向けた言葉でもなかった。
黄色の足場。
どこかが相打ちで時間ができたので一度『極耳』を解除し一息ついたシロだったが、特に異常という異常も無く、安心して水を飲んだ。
「(最初に超集中───技になる前のアレが再現できた時は、それはもう凄かったんだから)」
黒歴史的に作り出してしまったなんてことはないただのジャンプもぎである『
今のシロの特性を最大限生かすべくチューンされたいわば究極の戦闘用V感とも言えるそれは、初めから手足のように存在していたかのように、自在に使いこなすことができていた。
『超集中』が───再現したそれを技として昇華し使いこなすのにかなり時間がかかったことを思い出し、シロは苦笑いを溢す。
『さぁ、終わりましたので……勝った みみのこ は黄色の足場に進んでください!』
「…………!!」
「Redさんですか。相打ちのお相手は誰だったんです?」
「シロちゅわぁ〜ん♡ がんばっとぅぇ〜ん♡♡♡」
「…………。…………」
「(キドリーさん、どうやって緑まで来てたんだろう……?)」
『では、黄色の足場スタートします! お互い見合って! 礼!』
「よろしくお願いします」
「…………! よ、よろしくお願いします」
考えている暇は無い。
今はとにかく、目の前の敵に集中。シロは身構え、Redの動きを観察した。
『構えて!』
Redの構えを見て、シロは目を丸くした。腕をクロスさせ、頭を足場よりも外側に出し、手のひらはシロの耳の方を向いているが、距離だけを測るのならばそこまで近くもない、そんな構え。
一見、トンチキな構えに面食らうシロだが、Redの目は真剣そのもので、戦いを見守る敗退した耳達も笑ってなどいない。
「でた! 『かにかにちょっきんさんうしろをとられるとあっけなくやられちゃうようしろにさがられるとつかえなくなっちゃうよ居合』だ!」
「か、『かにかにちょっきんさんうしろをとられるとあっけなくやられちゃうようしろにさがられるとつかえなくなっちゃうよ居合』!?」
「知らないのか? 『かにかにちょっきんさんうしろをとられるとあっけなくやられちゃうようしろにさがられるとつかえなくなっちゃうよ居合』とはな───」
「(ノ、ノイズだ……!!!! って、ん? さっき、なんか大切なことを聞き逃したような……)」
『始めッ!!』
「ッ!!!!」
「うぉわぁ!?!?!?」
『シロさんRedさんが相打ち! もう一回行きます!』
反射的に手を伸ばし、シロが倒れて一拍遅れる様にRedが倒れる。
突然のことだったために『極耳』は発動しておらず痛みこそ無かったが、見た目はへんてこな構えからしっかりと2本の耳をもぎ切られていることにシロは動揺した。
緊張と不安から肩で息をするシロの頬に、冷や汗が垂れる。
「(あ、あぶない! 反応できてなければ負けてた! よくわからない名前に惑わされて!)」
『はーい、観戦してる耳は静かにしててくださいねー、コールが聞こえなくなるのでー』
「「「「はーい」」」」
「(……もう、名前を聞くことはできない。さっきなんて言ってた? たしか、『かにかに』……?)」
『礼省略、構えてェ!!!!』
「ッ!!」
変わらず、腕をクロスさせ背中を逸らす構えを見せるRed。
シロは深呼吸をし、感覚を研ぎ澄ませていく。
大きな耳がぴくりと揺れ、Redの足の先から耳の先までがシロの瞳に焼き付く。
Redの視線の先は、シロの耳へと向かっている。
『始めッ!!!!』
「…………!」
クロスさせた両腕を空中を切り裂く様に開くRed。
その動きを認識したシロはRedの耳をもぐことは一度忘れ、大きく体を丸めて足元にしゃがみ込んだ。
シロの頭上を掠めたRedの居合が、片耳を持っていく。
「ぐッ……ぅ……!!!!」
直後にシロの全身を駆け巡る鋭い痛み。
思わず手で抑えてしまいたくなるシロだが、その小さく無骨な両手は傷を抑えるためにあるのではない。
「(でもッ……後ろを、取った!!!!)」
相手の耳をもぐためにある。
「…………!?」
「
シロは知っている。
『居合』の練習に付き合ってもらっていた時、Redの癖は把握していた。
その癖こそ、今まさに。
『居合』を回避された際の、
「───
「…………!?」
『勝者、シロ!!!! オレンジの足場に進んでください!!!!』
「はぁっ、はぁーっ……!! あ、ありがとうございました……!!」
「…………!!」
痛みと疲れ、勝利の興奮によってシロの視界がうっすらとぼやける。
今にも倒れて寝てしまいたい気持ちを頬を叩いて追い払い、シロは次の足場であるオレンジの足場へ進んだ。
準決勝。
このバトルで勝ち残った者が、金バッジ戦を手に入れる最後の戦いへ挑める。このバトルを持って、陣営は完全に二分化。入り口側と舞台装置側から、代表が決まるのだった。
そして、オレンジの足場でシロを待っていた相手。
その瞳は海面に映した空の様に青く、見に纏う服は地下に見合わぬキュートな制服。ローファーがオレンジの足場に擦れるたびにカツカツと軽快な音を鳴らした。
カバンに煌めくは銅、銀、そして金のバッジ。
「ここで……戦うことになるなんて」
「
5強の
水色の髪をポニーテールに纏め、シロを待ち構えていた。
『えー、目線のチェックお願いします。観戦の耳どもは静かに!』
「「「「…………」」」」
ばくん、ばくんと、シロの心臓が強く脈打つ。
ここで負ければ、今までの勝利は水の泡。
また、一縷の望みを賭けて戦わなければならない。
『極耳』を使えば痛みが走る。だが使わなければ負けてしまう。負ければ負けるほど、シロは不利になっていく。
「負けたくない……負けたくない……!」
浅い呼吸を繰り返し、うわごとのように呟くシロ。
その手は震え、それを自覚したことでさらに恐怖が強まる。
そんな小さくか弱い みみのこ の姿を見て、シアンは身体から力を抜いた。
「シロさんは、負けないために戦ってるの?」
「……え?」
「負けても良いって言ってるわけじゃないけど……負けるって、ダメなことじゃないんじゃない?」
「…………」
みみのこ は、死んでも立ち上がれる生き物である。
悔しくて、情けなくて、涙を流しながら、それでも拳を握れば、立ち上がることができる。
「ここで負けても、次の糧になると思うよ。だからまずは」
楽しむ。
「金バッジ戦だなんだは忘れて……
「…………!! ぜひ、お願いします……!!」
いつしかシロは笑っていた。
震えが止まったわけではない。負けることは、怖い。
だがそれを吹き飛ばすように、ぴくりと揺れた大きな耳を通して、地下の孕む熱がシロへ流れ込んでくる。
『お互い見合って、礼!!』
「さて、よろしくお願いします」
「……よろしくお願いします!」
『構えて……!!』
「「…………」」
静寂。
それを切り裂くのは、レフェリーの掛け声のみ。
『始めッ!!』
「
『さぁどうだ!』
鋭い痛みがシロを刺す。
だがそれは承知の上。
「(『極耳』は僕の感覚を研ぎ澄ませたもの。僕が生んだものだ。僕が生んだもので痛みを感じるなら、きっとその痛みは僕に必要なものなんだ)」
「避けたか!」
「『回避』ッ!!」
振り向きざまの『居合』を、足元に転がり込むことで避け、シロは立ち上がる。その度にシアンに触れることで感じる熱と質量がシロに入り込むが、それでも尚、『回避』をし続ける。
何度も、何度も。
『どうだ! シロさんが片耳もがれているが、避けている! 避け続けている!』
「(シアンさんが何を見てるか、どこにいるのか、僕は常にわかる。有利なのは僕だ……!)」
何度も、何度も、足元に転がり、立ち上がりを繰り返す。
シアンを倒す、一瞬の隙。それが生まれるまで、シロは何度も避け続けた。
シロに残った一本の耳が、右へ左へ、常に揺れ続ける。
「……くっ、この……っ!」
振り向いた時、そこにシロはいない。
視線が、シロから外れた。
『あっ───!』
「
「後ろか……ッ!」
「───
───……。
『取ッ───たァァァ!!!! シロさん決勝進出!!!!』
「よしッ、よし、よし、よし!!!!」
以前の十六夜討伐に次ぐジャイアントキリングに沸き立つ観戦。
地面に倒れ伏すシアンはしてやられたという様にため息を溢す。
「たはー……。まさかダッ……ああいや、今はおめでとうだ……! さぁ、行ってこい!」
『お待たせしました、決勝戦です!』
大罪葱に促されたシロが振り返る。
そびえ立つ赤の足場。とっくに試合を終わらせていた、舞台装置側のブロックの代表。
『さあ、本日1回目のトーナメント、金バッジを手に入れるのは誰なのか! 優勝すると思う方に、耳を賭けてください!!!!』
灰色の髪と、片目の傷跡。
ブラウンのコートに付けられた無数の銅バッジが、命の文字をあしらったヘアピンと共に輝く。
ボルテージは最高潮。
それぞれが耳を手に持ち振り回す中、ただ腕を組んで待っていたその みみのこ が口を開く。
「上がってきたね。ルーキー」