みみのこ・ファイト・クラブ 作:アキ
「…………」
銅バッジ戦が始まる前のことである。
いつものように地下に降り立ったシロの表情は固まっており、動きもぎこちない。視線を右往左往させ、どこか不安げであった。
それは本日、もう一度まてらバッジ戦に挑むから、というだけではない。
誰かを探しているような、しかし、心のどこかで絶妙に「来てないと良いな〜」といったような。つまり、イタズラを隠した子供が平然を装い母の顔色を窺うような、そんな表情であった。
「シロさん?」
「ひゃいっ!」
「……ぁ? どったの?」
肩に手を置かれ、思ったよりも大きな声が出て自身の声に驚き心臓を抑えるシロ。手の主は挨拶をしただけなのできょとんとした表情を浮かべるが、当のシロは気が気ではなかった。
絵の具だらけのオーバーオールを着たピーコックブルーの みみのこ は自分が何かしたかと気まずそうに首を傾げるが、シロはそれに慌てて謝った。
「ちがっ、違うんです。今、人を探しているような……探していないような……」
「……どゆこと?」
「じ、事情がありまして。あ、いや、決して悪いことじゃないんですけど」
「ますますわからん」
「はは……」
しかし
どうやら今はFCインスタンスにいないようだし、一旦はこのままで、とシロは胸を撫で下ろした。
地下にこさえられた闘技場は現在のみ足場がオフになっており、準備運動ができるよう、大きな広場のようになっている。
少々おっくうになりながらも、シロは舞台装置側まで歩く。その隣に設置されているタバコゾーンを横目に、舞台装置に背中を預けて座り込んだ。
目の前に広がっているのは、みみのこ 達がバッジ戦を前に駄弁る姿。体を温めるために既にバトルを始めている者もいれば、新たなアバター改変を手近な みみのこ に見せびらかす者もいる。
そんな姿を見て、シロは「ああそっか」と、自身のおでこの辺りの髪をちょいちょいと弄った。
みみのこバトルをする改変において、頭付近にアイテムを置くことは好ましく無いとされる。それは視覚的な面においても、実用性の面においても同様。耳のもふもふ───耳毛だのなんだのと呼ばれるそれのあたりに掴める判定があるため、そこを隠すような帽子やフードなどはあまり好まれない。そして、そのアイテム自体に掴める判定があれば尚更。耳をもぐ判定よりも、アイテムの掴み判定に手が吸い取られてしまい、フェアな勝負ができない可能性があるのだ。
その みみのこ は頭に無数の耳を生やしておりそれはもう一つの植物のような見た目をしていた。視界を埋めるたくさんの耳に気圧され呻く みみのこ もいるが、意外にもその耳は見掛け倒しで、つかみ判定は本来の位置にあり片方をもげばたくさんある耳の50%がごっそりもげ落ちる仕様のようである。もちろん視界がよろしくないため、
「(改変する時は、それに気をつけないと)」
別に、付けてはいけないというものではない。掴み判定を消し、バトルの際に外せるようにできていれば問題はないのだ。最もシロにはそんな工程を踏む改変意欲は無いし、帽子を入れようとも思っていなかったが。
「改変する時は、か」
そんな、シロ
『超集中』も『極耳』も発動していない、完全にオフモードのシロを覗き込む者がいた。
「改変する時は、って?」
「っ!?!?!?」
「やほー、シロさん」
「みっ、みみみ、ミルさん……」
「はーい、こんばんはー」
右と左でくっきりと違う白と黒のツートンカラー。ワイシャツの襟を赤いネクタイで止めた みみのこ が、シロを覗き込んでいた。
「いつのまに……!」
「さっき来たトコ。ごめんね、なんか考え事してた?」
「あ、いや、改変……」
「おー……。あ、そう! 改変! できた?」
「で、できたといえば……できました……けど……!」
「えっ、見せて見せて!」
ぴょんぴょんと飛び跳ねるミルを見上げ、腹を括る他に無いと起き上がるシロ。
期待の眼差しでシロを待つミルの圧に押され、シロはランチパッドを操作した。シロの身体が一瞬、クリスタルに包まれ、そしてそれは解ける。
瞬きをするその前には、シロの手には黒い手袋が装着されていた。
「わーーーっ!!!! めっちゃいい!!!!」
「そ、そうですか……!?」
「うんうん、すごく似合ってる! えーっ、良いよこれぇ!」
テンションの高いその声に反応してか、シロとミルの周囲に
白く大きなブーツにジャボ*1のある宮廷服と、貴族のようなイメージをそのまま映したような水色と白のオ・ド・ショース。まんまるくショートにカットされた髪にもとの みみのこ にあった毛先の赤は無く、残った面影といえば耳の先の赤くらいである。
そしてその身を包む大きなコート。膝下まであるロングコートにはところどころに金のラインがあしらわれ、ボタンの所に銅バッジが、反った襟に金バッジがとり付けられていた。
そして何より、
「おへそだ!」
「いやっこれ……! これちょっと恥ずかしいですよ!」
腹部が露出しているそれに歓声を上げるミルだったが、当のシロは微妙そうである。
どやどやと集まった みみのこ 達も深く興味を示したようで、「王子だ」「王子様だ」「プリンスプリンス」と囃し立てる。
しゅうと顔から煙をあげそうなほど体温が上がるのを『極耳』なしでも感じたシロは視線を逸らすが、それだけではミル達から逃れられない。
「えーっ、ねえ、写真撮らせてよぉ」
「おー、コートだ!」「バッジもついてる」「視線くださーい」
「あ、あああ、あのっ! なんで僕にくださったんですかっ!?」
「え?」
「この衣装ですよ! 嬉しいですけど、どうして僕に……!?」
「あー、それはね、シロさんが金バッジを取ったからその記念で」
「えええ……!?」
何を隠そうこの衣装、ミルからのギフトである。
時は数時間ほど遡り。シロのDMには、ミルからいくつかのギフトが贈られてきていた。最初にシロがそれを発見した時は、慌てて贈る場所間違えてますよと返信したものである。
しかしそれは間違いではなく、ミルからは一言。
───『シロさんに着てほしいんだ』───
「やっぱり似合ってるよ〜」
「うう……」
「あれ、やっぱり恥ずかしい? お腹隠すやつもあるよ?」
「……お願いします……」
「は〜い」
ミルが宙を見つめ何かを操作している中、おしよせる耳共は減らず、シロは舞台装置に追いやられた姿勢のまま足の先から耳の先までじっくり眺められた。
コートの裾に取り付けられた鎖の先のアクセサリーがちゃりと鳴り、冷や汗と引き攣った笑顔が相まって変装がバレたアイドルのようである。
「へえ、シロさん新衣装ですか! 良いですね!」
「僕、そんな王子様な感じですかね……!?」
「王子様……まぁ王子かっていうと、貴族?」
「貴族……!?」
「僕っコだし」「敬語だし」「スター性あるしね」
「そ、そんなぁ!?」
目をぐるぐると回して慌てふためくシロを横目に、ミルは目の前にあったウィンドウを閉じる。
「はい、送ったよ」
「ありがとうございます……じゃなくて! ちょっ、ちょっと屋上行きませんか!」
「決闘?」「決闘だ」「もがれるのか」
「違いますよッ!? ああもうっ!!」
ミルの手を引き、みみのこファイトクラブの屋上へと出るシロ。
雲ひとつない青空に真っ白な床。ぽつねんとある扉から出ると見えてくる、なんとも自然に不自然な場所でシロはきょとんとしているミルを見た。
「あっ、シロさんあのね、自分はバトルはちょっぴり苦手かなって」
「いや、本当に……もがないですから……。それよりも、感謝と……聞きたいことがあって」
「?」
「まずはありがとうございます。……それで、どうして僕なんですか? あの日に金バッジを取った人は僕以外にもいますよね……? 周りを見る限り、送られた人は僕だけみたいですし……」
「んー……。それは、えっとね……」
ミルは空を見つめ、言葉を紡いでいるようである。いや、言いたいことは既にあるのだが、どう言うべきかを悩んでいる、という様子。
シロはずっと不可解であった。何故自分だけが。自分以外にも勝った耳はいたのに、どうしてなのか。そもそも、シロが金バッジを取ったからといって、ミルに何の得があるのか。
シロとミルはほぼほぼ初対面にも等しい。戦ったことが一度あるかないか、そして誰かと話しているそばを通り過ぎたくらいか。
嬉しいよりも、困惑が勝っていた。受け取るよりも、首を傾げる方が先だったのだ。
「特別だから」
「とく、べつ?」
「……最初ね、勝てなかったり怖かったりで……もう、ファイトクラブには次の金バッジ戦で来るの辞めようと思ってたんだ」
「えっ……!」
「でもそう思ったその日に……シロさんが銅バッジを取ってたんだ。覚えてるかな、シロさんそのときに、衣装がないーって言ってたの」
───『勝者の権利です、オシャレして写真撮っちゃえ!』
『いえ……僕には
『極耳』を会得した時だ。シロは思い出した。
記憶に新しいそれを懐かしみ、しかしそれがなんの関係があるのか、とシロは首を傾げる。
ミルは続けて言った。
「なんでこんなすごい人に衣装が無いんだろーとか思ったけど……それよりも、唖然と言うか、すごいっていうか……戦う姿がカッコよくてね?」
「それで、僕に?」
「ううん、その時はまだ決めてなかった。その時も、シロさんの金バッジ戦を見届けたら辞めようって思ってたんだよ」
デフォルトの姿。
全ての みみのこ が共通して通る姿であり、ある意味なにも着飾らない、『魂』の姿。
sampleと同じ見た目であることから、あまり強いという印象は与えられない。どころか、そのような姿で群れているところをよく見かけるため、か弱い印象すら与えられてしまう、弱々しい姿。
だが。
「でもシロさんは勝ったでしょ?」
「…………!」
みみのこ達が憧れ、同時に恐れ慄く隻眼の耳に。
金、銀バッジどころか銅バッジの量もケタから違う、全くの格上相手に。
降り注ぐ紙幣エフェクトを浴び勝利を噛み締める背中を見ていたミルの心臓が、震えていた。八重桜や十六夜が、ソウエンにそうであったように。
勇気の風が、吹き抜けた。
「応援したいって、思ったんだ」
それはいつからそうだったのか。
何も持たずして生まれ、才無き者として背中を追うばかりだったシロ。
空っぽだった。そう思っていた。いつまでも勇気を出さないままで震えて縮こまり、他人に影響など与えられるわけがないと思っていた。
こっそりいなくなっても、何も変わらないんじゃないかとさえ思うこともあった。
「僕に……っ、そんな、価値、なんか……っ」
「えーっ、そんなことないよ。シロさんはすごいよ」
「……っ……」
数個の銅バッジと、たった一つの金バッジ。
それが、シロに大切なものを与えてくれた。
「少なくとも自分にとって、シロさんは他の
「あ……ありが、とう、ございます……!」
それはいつからそうだったのか。
真っ白な床にぽつと落ちる水滴を知ってか知らずか、蹲るシロに手を差し伸べるミル。
「だからこれは自分のわがままなんだよね。勝手に送りつけたものなんだから、気にしないでよ」
「いえ……いえ……! 大切にします……!」
「えへへ、嬉しいな……。っと、もうそろそろ準備運動が始まる時間じゃない?」
「あっ……はい、確かにそうですね。行ってきます」
「自分はもう少ししたら行くね〜」
慌てて坂を下るシロを見送り、ミルは一息つく。
むず痒そうに人差し指同士をつんつんと合わせながら、雲ひとつも表示されていない青い空を見上げた。
「自分も……勝てるかな」
シロが降り立った地点を起とし、波紋は広がっていく。
追ってばかりいたシロは前を向く以外に歩き方を知らず、それは後ろを歩く みみのこ にとって、迷いのない背中として瞳に映ったのだった。
まだ、シロは歩く。
迷ってばかりの道だと本人こそ思っているが、着実に、前へ、目標へと進んでゆく。だからこそまずは一つ目を。
「まてらさん!」
「おお、シロさんじゃん。え、新衣装?」
「今日のアフターで、5つのバッジ戦を挑みます!」
第一歩を、踏み出さなければならない。
みみのこユーザーの『ぶいさわ』さんに、ツートンカラーの髪でワイシャツに朱色のネクタイをしているみみのこの名前をつけていただきました。
ミルさん/ちゃん/くんです。