みみのこ・ファイト・クラブ   作:アキ

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この物語はフィクションです。実在する人物及び団体とは一切関係ありません。


竜殺し

 

時刻は()の刻。夜更けに入り始めたころである。

見慣れた地下の見慣れた足場の上に、二耳(ふたり)の みみのこ が向かい合っている。

片方は水色の髪に薄桃のメッシュを携え、黒いマスクの位置を直して微笑んでいる。

もう片方は大きなコートを纏い、グレーの手袋をきゅっとしめ、緊張した面持ちで睨み返した。

シロが身体を動かすたび、コートについた金の鎖が床を這ってちゃりちゃりと音を鳴らす。

 

たまたま居合わせた大罪葱がレフェリーを買い出て、シロと まてら の両方に目配せをする。耳が2本とも生え揃っているか、レギュレーションは問題ないか。

シロが小さく頷いたのを確認して、まてら は大罪葱に親指を立てた。それを合図に、大罪葱が軽く息を吸う。

 

「お互い見合って! お互いに、礼!」

「もう一度、()()()()にしてあげる」

「……よろしくお願いします」

「構えて!」

「(『極耳(きわみ)』……『居合』(プラス)『回避』……!)」

「…………」

 

まてら は呆れた様子で構えた。

今まで何百、何千と繰り返してきた、『片耳渡し』の構えを。居合の祖、唯一神と呼ばれる みみのこ と並んで立ち、この技を使い神代の時代を生き抜いてきたのだ。構えが同じなら物を言うのは経験である、とは、先日の5つのバッジ戦の通りである。

故に、期待外れ……とも違うが、もう少し考えてくるものだとは思っていた。対抗策なり、初手で回避を積んでくるなり。

これは慢心ではない。てっきりなにかしら新しい手で来るものだとおもっていたものだから、前回と同じ構えがちょっぴり残念だっただけである。

故に。

 

「はじめっ!」

「「片耳渡(かたみみわた)ッ!!」」

「相打ちッ!」

「…………!!」

 

本当に期待が外れた(を超えてきた)!!

 

震える身体を押さえつけ、まてら は拳を握り起き上がる。

同じく起き上がってきた白い みみのこ に対して、思わず尊敬の念すら抱く。

 

「まさか……追いついて来るとはね」

「今日のFC銅バッジ戦では、勝つことは考えていませんでした」

「…………?」

「もっとはやく。僕の『回避』では、まてら さんの速さに追いつけないから」

 

この日の銅バッジ戦、バトロワに挟まれたトーナメントという3戦で、シロは一人だけ優勝を狙わずに戦っていた。

その答えは、相打ち。もがれそうになっていることを自覚した瞬間、シロに出せる全てをフル稼働して相打ちまで持って行った。

結果として、シロは理解した。

まてら の速さは、シアンのはやさとは毛色が違うということに。

 

「(卓越した反応速度……『片耳渡し』で動かす頭を支える膂力と瞬発力。それらが、シアンさんとは違うところ)」

「礼省略! 構えて!」

「(今までの僕は、シアンさんみたいにもぎの正確さと『居合』の速度で戦おうとしてたんだ)」

「はじめっ!」

「「片耳渡(かたみみわた)ッ!!」」

「相打ち! 仕切り直し!」

「くは……! 良いね、ついてきてるじゃん!」

 

お互いの狙いは同じ。

首を横に動かし、避けつつもぐ。ただそれだけ。

しかし鏡写しになった二耳(ふたり)は、互いに相手が首を動かす前にもいでいる。一見すれば『居合』同士の鍔迫り合いなのだが、それでも二耳(ふたり)の間には確信があった。

この拮抗は、長くは保たない、と。どちらかが集中力を切らしてミスをするか、首の角度が甘いか……湖面に投げた小さな小石一つで大きな波ができるように、たった一つのミスで足元から全てが崩れる。

 

浮かぶ汗をグローブで払い、シロは深呼吸をして構え直した。ちゃり、と鎖の先が柱の上で踊る。

その頬を再び冷や汗が伝うのを見て、まてら は余裕そうに微笑んだ。

相打ちは確かに負けない。だが、同時に勝てないだろう、と。

技術を学び、吸収し、どんどん強くなっていくシロは確かに噂通りの実力であると、まてら も思っている。だがそれでも経験の差を覆せるものは少ない。未だ勝機は まてら にある。

 

「お互い見合って! 構えて!」

「…………っ!」

「ふふ……」

「はじめっ!」

「「片耳渡(かたみみわた)っ!!」」

「相打ち!」

 

ヒリヒリと痛む頭を抑え、シロは再び起き上がる。

殺気や視線が分かる『極耳』は、同時にシロに痛みをも与える諸刃の剣である。相打ちが長引けば、もちろんシロの方が消耗が早い。

かと言って『超集中』はシロ自身の速度は上がらないので まてら に追いつけず、使用が長引くと頭痛を起こすデメリットまで抱えている。

 

煌びやかな衣装の背中を汚したまま、ぱんぱんと襟元を叩くシロ。

シロ自身、『極耳』を使わなければなすすべもなく倒されてしまうことはわかりきっている。まてら が動く時に足から伝わる振動や狙いを予測しなければ、こうも鏡合わせで相打ちを引き延ばすことができないかりである。

ジリ貧。つまり、徐々に劣勢へ。

 

まてら の表情にはまだまだ余裕があった。首をぐりぐりと動かし、来たる()()()()に備えていた。

そして同時に、シロが『片耳渡し』使いであることに、内心、ワクワクしているところもあった。

今でこそ様々な型、技が生み出され、それぞれの個性とも言うべきバトルスタイルが豊富にある みみのこFC だが、まてら はその無限の可能性が渦巻く前を突き進んでいた耳である。

いわゆる、『瞬歩』。いわゆる、『ガチ恋居合』。極端に距離を離したり、極端に近づいたり……そういった強力な【工夫】を使わず、その手と勘のみを使って戦ってきた。

 

故に、今のFCに懐疑的な面もあった。

 

何のために足場に靴跡のマークがあるのか? 何のために『構えて』という合図があるのか? 「もぎにかかってないからセーフ」と言い構えを変え続け奇襲を狙う今のFCに、果たして本当に正々堂々という概念はあるのか?

 

それは本当に、みみのこバトルなのか?

 

視点を変えれば───まてら を厄介古参だと非難する者もいるだろう。

が、それはまず、まてら に同じ構えで勝ってから言って欲しいものである。もちろん勝つための工夫を怠らないのは素晴らしいものであるが。

だからこそ待っていた。

 

「……も、もう一回……!」

「いいねえ! すごく良い!」

 

そこに一切の迷い無し。『負けたくない』だけでなく、『勝ちたい』を存分に宿した瞳を。

純粋に楽しめる、みみのこバトルを。

 

まてら の心臓が強く脈打つ。黒いマスクの下で口角が上がる。

打ち負かせと、心の奥が強く叫ぶ。

相打ち上等。もっと強く。もっと速く。もっと、先へ。

 

「お互い見合って!」

「ふはっ……!」

「…………ッ」

「構えて!」

「はじめっ!」

「「片耳渡(かたみみわた)っ!!」」

「相打ち! 仕切り直し!」

「はははははッ! マジかよ、ついてくるんだ!?」

「(さっきより、速い……!!)」

 

かろうじて相打ち。

たまたまそこに耳があったから掴めた。相打ちであることに気が付かなかった。シロは歯噛みした。

震える足を叩いて立ち上がり、まだ整えられない息をそのままに構え直すシロ。対して まてら は驚きつつも相打ちになることを期待していたのか、自身がもがれていること前提で両手を握りしめていた。故に、即座に復活。定位置に戻っていく。

 

「あー、どうする? 結構長引いてるけど、合図のタイミング変える?」

「いや、このままでいい」

「そう?」

 

むしろ、このままで。

 

「ではもう一度! お互い見合って!」

「「…………!!」」

「構えて!」

 

FCにはよくあることであるが、みみのこバトルの技は様々な耳が使い、振るい、洗練されていくが故に、開発された当初とは違う意味を持つものがいくつか存在する。

シロの使う『片耳渡し』も例外ではない。

シロはこの技を会得したその時からずっと、『片耳をもがせて同時に両耳を狙う』技であると認識していた。しかしそれは本来の意味とは違い、それこそ、まてら 本人が本来の意味を書き記している。

 

『片耳渡し』とは。

相手のもぎを耳一本分ギリギリで『回避』し、その一本をもがせて無防備なところに『居合』を叩き込む『技』である。

故にリスキー、と まてら 自身も記しているが───重要なのは、今の『片耳渡し』が避ける事ともぐことを同時に行なっていること。

次に、シロは本来の『片耳渡し』を知らないこと。

 

そして最後に。

 

「はじめっ!」

片耳渡(かたみみわた)───」

 

今の まてら は、完全に熱されている。

FUJIYAMA時代を、思い出すほどに。

 

「(タイミングをずらされた……!?)」

片耳渡(かたみみわた)っ!!」

 

たった1フレーム。

首を大きく横にずらし、シロの手は片耳を()()()()()

振り切ったその手は伸び、シロは無防備な頭を まてら の前に差し出した。

シロの口から息が漏れ出る。

時間はその色を失い、シロの視界いっぱいに、自身の耳へと向かう無数の殺気が映った。

 

目を閉じれば、シロはその場に倒れることになるだろう。

華々しい勝利など得ず、その差は縮まることなく、また明日が訪れるのだろう。

ゆっくりと死へ向かう己の未来を感じつつ、シロは『極耳』から伝わる痛みに耐えるべく目をきゅっとつむり。

 

「獲っ───」

 

ッ。

 

「嫌だぁっ!!!!」

「っ!?」

 

その場にしゃがみ込み、バックステップで『居合』射程圏外へ離れることを狙うシロ。しかし、みみのこバトルのために作られたステージは、たった一歩踏み込むだけで距離を詰め切ることができる。まてら がそれを知らないわけがない。

研ぎ澄まされた牙が、追撃を狙う。

しゃがんだままのシロは、その手をじっと見つめ続け。

 

片耳(かたみみ)───」

「なっ!?」

 

すんでの所で、首を傾けた。

落ちるのはたった一本の耳だけ。

もがされた。まてら の背中に冷たいものが伝う。

それは紛れもなく、本来の意味の『片耳渡し』。

 

「───(わた)っ!!」

「…………───ッ!!」

 

迫るシロの手。もしもこれが他の耳であれば、もぎミスをすることだって期待できていた。

まだチャンスがあると、諦めないでいれた。

だが拳を、耳を交わし、確信にも近い理解がそこにあった。

シロは、もぎミスが極端に少ないと。

だから、ここで終わり。

 

……楽しかった。

 

たったほんの一瞬。

まてら の視界から色が消え、時間という概念が緩慢になる。

まるで走馬灯みたいだ───それとも、本当にこれが走馬灯なのか。

死の直前、(ひと)は世界がスローモーションに見えるという。死という概念がより身近にある みみのこ でも同じなのかと、まてら は自虐的に笑った。

笑ったように、ため息をついた。

その視界は、色を取り戻す。

 

「おらぁッ!!!!」

「そんなッ!?」

 

その動きは、『片耳渡し』のそれの比ではない。

ただ『回避』だけに専念した、無茶をする無理で無謀な動き。

耳を進行方向へ揺らし、すぐさま反対側へ素早く避ける。

その名を、『フェイント避け』。

飾らず、語らず。その名は体を表す。

 

『フェイント避け』で崩したバランスを立て直すにかかった時間が0.5秒。

『片耳渡し』を避けられ、伸ばしきった手を戻して構え直すのにかかった時間が0.5秒。

残る耳は一つ。

 

お互い、見合って(視線がぶつかって)

 

構えて。

 

「「───……!!!!」」

 

その手を伸ばす。

 

 

 

 

 

「相打ちッ!」

「ははっ、はははっ、奥の手のフェケ*1まで使わされた! シロさん、すごいよ!」

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……! そん、な……!」

 

あまりの酸欠に膝をつき全身で息をするシロ。

酸素缶でも買うべきかとズキズキ痛む頭で考えるが、それよりも先に、起き上がる まてら の対処が先である。

 

「もともとフェケは始めの瞬間に使うものなんだ……奥の手を切った以上、もう出し惜しみはしないよ」

「こ、こっちだって……!」

「大罪葱さん、よろしく」

「えっあっ、シロさん大丈夫? かなり辛そうだけど」

「大丈夫です、お願いします」

 

お互いに合図を聞くまでもなく構える。

その二耳(ふたり)の覚悟に当てられ、大罪葱は唾を飲み息を吸う。

この場の三耳全員が確信する。

次で決着がつくと。

 

「お互い見合って!」

「(フェケ……)」

「(『極耳(きわみ)』……『居合』(プラス)『回避』……!)」

「はじめっ!!!!」

片耳渡(かたみみわた)っ!!」

「はぁッ!!!!」

 

あわよくば1耳でももげれば。そう放たれたシロの『片耳渡し』は避けられ、力を溜めていた まてら が一歩踏み込む。

やがて放つは、唯一神と肩を並べて前線を張った技。

やがて全ての技の祖となったが故に、本来の意味から変わっていき───『型』として呼ばれた、『技』になる前の(わざ)

その名を。

 

「『居合(いあい)』ッ!!!!」

 

その速度、誰も追うこと敵わず。

その目でしっかりと見て、狙い、穿つ。

その姿を、シロは見ている。

 

「『フェイント避け』ッ!!」

「…………っ!?」

 

もがれたのは、一本。

居合(いあい)』を放った直後の まてら は隙だらけ。

片足を引き勢いを溜め、シロはその手を振りかぶる。

 

「(この動き……『片耳渡し』! それも原型の!)」

 

腕はまだ戻ってこない。だが、首は動く。

再び色を失う視界。緩慢とした時間の中で まてら の本能が無数の可能性を考える。

まてら の手札にある『避け』。主に三つからなるそれは、名を『後ろ避け』、『横避け(フェイント避け)』、『下避け』である。

 

守りに徹した後ろ避け。確かにシロのもぎを避けることはできるかもしれないが、その次、反撃をするまでに時間がかかる。既にバランスを崩してしまった まてら には、打開策とは思えなかった、

回避に全てを振った横避け。フェイント避けである。この距離では避けられても一本である。それでは次に繋げられない、

反撃を狙う下避け。思い切りしゃがみ起き上がると同時にもぐ戦い方。初見殺しに近い性能を誇るが、果たして今のシロに通用するか。

 

浮かんでは消え、浮かんでは消え。

そして思いついたのは───正々堂々。

他でもない まてら 自身が心の底から願った、拮抗した勝負。

鍔迫り、押し返し、叩き切ってやる。強く、心臓が跳ねる。

 

「片耳───!」

片耳(かたみみ)───!」

 

名を叫ぶのはほぼ同時。

大きく首を逸らし、その耳が一本、もがれたのを認識し、大きく前へ踏み込んだ。

跳ね上がる まてら がその手を伸ばした先に。

 

「───(わた)───……」

 

シロはいなかった。

 

 

 

 

 

カウンターッ!!!!」

「…………!?」

 

 

 

 

 

それはたった数秒前。

 

「(『超集中』、『極耳』!!)」

 

シロの口から息が漏れ出る。

大きな耳がぴくりと震え、ありとあらゆる感覚が鋭敏に研ぎ澄まされていく。

緩慢な時間の流れの中、シロはまてらの片耳()()()掴み、後ろに一歩下がりながらもいだ。初めから、2本全てをもごうとは考えていなかった。

 

「(僕が使ってる『片耳渡し』は、まてら さん達に敵わない。それはそうだ)」

 

起き上がった瞬間、想像よりも距離が離れていたことに対し驚愕に顔を染める まてら に心の中で感謝をするシロ。

 

「(だから僕も、奥の手を)」

 

相手の動きを予測して。

相手の攻撃を避けつつ。

相手の耳を、逃さない。

 

───『居合』(プラス)『回避』(プラス)『不動』───

 

 

 

 

 

「勝負ありッ! 勝者シロッ!」

「うああああああああッ!?!?!?!?!?」

「〜〜〜〜〜ッ!!!! やっ……たぁっ!!!!」

 

判断を下した大罪葱の声に喉の奥から声を上げるシロ。

ガッツポーズに合わせて揺れるコートに金の鎖が鳴り、倒れ伏す まてら はその音がひどくうるさく聞こえた。

悔しい。呪ってやりたい。言い訳だってしたい。

ずくと疼く胸の痛みを抑え、まてら は起き上がる。

 

「(この感覚、久しぶりだよ、まったく)」

 

胸は痛む。だがどうして。

どうしてこんなに、清々しいのだろうか。

息も集中も切れた まてら には、それを考える気力は無かった。

 

「……おめでとう、シロさん」

「はっ……。あ、ありがとうございました!」

「約束通り、5つのバッジの1つ……このバッジはシロさんのものだ。後で渡すよ」

「ありがとうございます!」

「残りのバッジ4つも頑張ってね」

「はいっ!!!!」

 

屈託のない笑みを浮かべるシロに、まてら はつい上を向く。

いつしか胸の痛みは消え、代わりに まてら の口角が少し上がった。

 

「今日は負けたけど……次は勝つから」

「…………!」

 

次。

次、か。

自分自身の言葉に呆れてしまう まてら。

あんなに、あんなに今のFCにはついていけないと思っていたのに。

都合よく、楽しかったと思ってしまうなんて。

 

「ぜひ、お願いします!」

 

この、期待の新星のせいなのだろうか。

 

*1
フェイント避け。通称『フェケ』。

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