みみのこ・ファイト・クラブ   作:アキ

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この物語はフィクションです。実在する人物及び団体とは一切関係ありません。


アスファルトファイト

 

それはセソンが本日最後のバトロワで、下階から坂を登って上がってきた時であった。

膝についた埃をぱんぱんと払い、今日も勝てなかったかと満足げながらもどこかやりきれない思いを含めた苦笑をため息と同時に吐き出すセソンの目の前に、煌びやかなコートを身につけたシロが立つ。

 

「おお、えっ、誰」

「あっ、シロです」

「えーっ、めっちゃ可愛いじゃん」

「あはは……ありがとうございます」

 

シロのカードの左側の襟には、セソンが持っているのと同じ、金色に輝くバッジが付いており、その反対側の襟には まてら から送られたであろうへんてこりんなバッジが一つ付いている。

自身が送られたものとは形状が異なるそれを物珍しげに眺めながらも、セソンはシロが自らに話しかけた理由を察し、頷いてからシロの後方を指さした。

 

「これの結果がわかってからね」

「はいっ、お願いします」

 

シロの横を通り過ぎ観戦に回るセソンを追いかけ、シロ自身も観戦に回る。『超集中』を使い孤島に居座ろうとしたシロだったが、耳の群れから突如として飛び出てきた水色髪のショートカットで丸メガネをかけた みみのこ に不意を突かれ、あえなく敗北。

観戦に回っていたところ、セソンが灰色の髪の みみのこ にもがれ敗北したところを見かけたので出待ちをしていたのだが。

 

セソンはガラスの縁の上に座り、楽しげにバトロワの結果を見守っている。視線の先ではカラフルな耳が交差し、時にもげ、時に生える。

ん。

生える?

 

『ん、待って、生えてるみみいる! 全員止まれー! 止まってくださーい!』

「あっ、前科だ」

「ア゛ーーーーーッ!?!?!?!?!?」

『はい、前科でーす。脱落してね〜』

 

ベージュの髪を三つ編みにして肩にかけている本日のレフェリーがてきぱきと前科者を裁く。周囲の みみのこ 達はしきりにブーイングを浴びせ、咎を背負うことになってしまった みみのこ は絶望した顔で肩を落としてバトロワの舞台から落下していった。

 

「あらまー……。残念だったね」

「あはは……」

 

前科。

いわゆるレギュレーション違反をしたものに課せられる罰。

『耳が再生する状態で戦っていた』『耳がもげない状態で戦っていた』『自分でもぐと耳ペンになる状態で戦っていた』などなど、それによって課せられる罪の名は様々。

よほどのことが無ければ公式戦でのみレギュレーション違反による犯罪歴が追加され、方法は数あれど、自身の前科を偽ってはならない。

スタンダードな方法であれば、アクセサリーとしてショップで販売されている『前』『科』『一』『犯』の文字を購入し身体のどこかにつける。該当するショップの運営であるピンク色の みみのこ にお小遣いが入る。

ちなみに十六夜は背中に前科二犯とある。

前科はレフェリーにも適応され、操作盤の操作ミスなどで前科がつく者もいる。シロは今まで前科というものをぼんやりとしか認識していなかったが、それくらい前科は珍しいものなのだった。

 

『じゃあ、再会しま〜す』

「「「「…………!!」」」」

『…………再開してください?』

「あっ今の合図だった!?」「オラくたばれ!」「ぐわぁ卑怯者ーッ!」

「あはは、確かに今のはわかりにくかったよねえ」

「……セソンさんは、FC(ここ)に来て長いんですよね?」

「ん? まあね、光栄にも五強なんて呼ばれてるくらいだし」

「でしたら、前科が生まれる瞬間も何回か見てきたんですか?」

「そうだねー、それこそ前科という概念が生まれたときからかな」

 

再び熱気を帯び、野次が飛び交うバトロワフィールドを眺めながら、セソンはどこか遠い目をする。昔を懐かしむような、今に満足しているような目であった。

シロからすれば、「よくわからない」になってしまうのだが。

 

首を傾げるシロを横目に、セソンはぼそりと呟く。

 

「ほんと、次から次へと、キラキラしてるんだから……」

 

その言葉は、その場にいる誰にも届かなかった。

大きすぎる歓声と、飛び交う紙幣エフェクトが邪魔をする。

長い長い みみのこ の耳を以てしても、その言葉を拾うことは叶わなかった。

 

「さて、最後のバトロワが終わったことだし、()ろうか?」

「あっ、はい! お願いします」

「足場行こっか」

 

5つのバッジ戦、セソン。

再生あり───いわゆる、原点回帰。

みみのこFCの足場、そこに向かい合って立つ二耳の距離は、ちょうどお互いの肩に指先が触れるくらい。まさしく『居合』の射程圏内だ、とシロは思うが、重要なのはそこではない。

 

この戦い方では、足を動かすことが禁止されている。

 

それは始めの合図がされた後も変わらず、足をその場に固定したまま耳をもぎ合う。再生ありのため片方をもぐだけでは勝負は決まらず、両方の耳を完全にもぎ切らなければ決着はつかない。はやい話が、手押し相撲である。

お互いの距離、高さを確認したシロはそういえばレフェリーがいないことに気づき、辺りを見渡そうとする。

コートの裾についた金の鎖が引き摺られたのを見て、セソンが慌て気味に止めた。

 

「足動かして見ちゃダメだよ」

「ああ、位置調整をした意味が無くなるんですね……」

 

思ったよりも枷になる。シロは舌を巻いた。

何より、シロ自身が己のスタイルを、『片耳渡し』を中心としたリスクを考えないアクロバティックなスタイルであると認識している。

FCに来る前、みみのこの身体に馴染むべくパブリックで、しかも再生ありで戦ってはいたが、それは足が動くという条件であった。

勝てるかどうか、微妙なところ。しかし再生ありでは経験がある。シロはこの、僅かな勝機に賭けることにした。

 

「レフェリー、お探しですか?」

「お、じゃあお願いしても?」

「オッケーです。えっと、ルールは?」

 

フリルのついたドレスを着た橙色の みみのこ がシロとセソンの二耳を見上げる。

セソンがルールを説明すると、その みみのこ は興味深そうに「ほー……」と声を漏らし、委細承知したと言わんばかりに頷いた。

 

「では、お互いの距離、位置、大丈夫でしょうか」

「大丈夫そうだね」「先ほど調整しましたしね」

「よし。では、行きます! お互い見合って!」

 

いつもの癖で足を一歩前に出しそうになるのをぐっと堪えるシロ。対するセソンは余裕そうに、身体から力を抜きリラックスしている。

やがて橙色の みみのこ が頃合いを見計らって、息を吸った。

 

「始めっ!!」

片耳渡(かたみみわた)───ッ!?」

 

勢いよくセソンの耳めがけて飛び出そうとしたシロの姿勢が、がくんと揺れる。

固定した足のせいで制御が効かず、また、制御できる範囲だと、セソンの耳が遠い。

 

「(……届かない……!?)」

 

再生ありルールにおいて、距離感は勝利を掴む上で重要な要素である*1

お互いの肩に指先が触れるくらい、というのは、頭を後ろに避ければ手が届かない微妙な距離なのであり、必死に相手をもごうと手を伸ばすとバランスを崩し、そしてそのバランスを崩した姿勢は必然的に頭を相手の目の前に持ってくる体勢になるため、ほぼ確定でもがれてしまう。

 

シロは思い出す。

みみのこ の身体は小さく、その腕は短い。

本人が伸ばした思っている腕は、思ったよりも伸びていない。

だからこそ身体全体を使った戦い方が有利を取れるのだ、ということを。

 

もがれる。

 

シロはこの先自身に降りかかる凄惨な未来を想像し、きゅっと目を瞑った。『極耳』こそ今は発動していないが、それでも襲い来る痛みに耐えると言う動作が癖として染み付いてしまっていた。

だからこそ、気づけていなかった。

 

「───みみもぎ───」

 

セソンが一度、シロを見逃していた事を。

もう一度チャンスを与えてやろうとしていたのを。

 

「……? まだ、死んでない……?」

「あら、気づいてなかったんだ?」

「ッ!?!?!?」

「ほいっと」

「あっ……!!」

 

驚き体勢を立て直そうとするも既に遅く、シロは後ろに下がろうとした勢いを利用されてもがれて倒れ伏してしまう。

もちろんとして、セソンの耳はもげておらず───もげていても再生していたが───、セソンの完封勝利であった。

 

「勝者、セソンさん!」

「よぉーし」

「もう一回やります?」

「んーん、挑戦権は一日一回だからね。今日はもうおしまい」

「ああ、キルバッジ戦的な話ですか」

「そうそう」

 

セソンがレフェリーをしていた橙色の みみのこ と話に花を咲かせている中、両手を握りしめて蘇生したシロは地面を見つめる。

大きな耳には、周囲の談笑がぐわんぐわんと響き、シロの心臓をきゅうとしめつけた。

 

勝てると思っていた。

ソウエンに勝ち まてら に勝ち、シアンにもミタマにも過去に勝っている。

だから負けるとしても、せめて一本はもげるものだと考えていた。

 

「(……手も足も出なかった)」

 

足は固定されていたので出るも何も無いのだが。

 

敗北よりも、自身が増長していたという事実がシロを締め付ける。

どうすれば勝てたのか。どうすれば負けなかったのか。

また挑戦して、また負けたら? 都合よく行くかどうかは不明である。

戦う前から勝った気でいるのは、みみのこバトルにおいて最も弱い者の思考。たとえ相手が経験のない若耳だろうと、自身がチャレンジャーという気持ちを忘れてはならない。

 

「……特訓」

「ん?」

「特訓します。明日は勝ちます。明日も、来てくださいますか」

「……もちろん。バトルをすることが少なくなっても、ずっと来るよ」

 

その言葉の真意は、シロには理解できなかった。

だがとにかく次がある事だけはわかったので、シロは頭をさげる。

デフォルトの面影が唯一ある赤い耳の先が垂れ、それがどこかおかしくてセソンは笑ってしまった。

 

「…………?」

「気にしないで。みみのこ可愛いなーって思っただけだから」

「あ、は、はい……?」

「じゃ、特訓の成果を楽しみにしてるよ。そろそろ寝るから、また明日ね」

「はい! 是非!」

 

手を振り地上へ向かうセソンを見送り、シロは一息つく。

再生あり戦は一味違う。普段、強さを誇る耳もレギュレーションが少し違うだけで足元を掬われる。

強くならなければならない。シロは拳を握った。

 

「……で、どうやって特訓するんです?」

「それなんですよねぇ…………」

 

そして崩れ落ちた。

事を見守っていた橙色の みみのこ は手元のレギュレーションを弄ると、シロの前に立った。

 

「ちょっと気になったんで、自分とも同じレギュで戦ってくれませんか?」

「え……いいんですか?」

「もちろん。えっとレフェリー……あ、ちょうど まてら さんが来ましたね」

「お? シロさんじゃん、今日は誰かとやった?」

「セソンさんに挑んで負けました……」

「あらら……」

「今から同じルールでやるんで、レフェリーお願いできないですか」

「あ、良いよ〜。……普通にやればいいんだよね? じゃ、え〜っと、お互い見合って!」

 

橙色の みみのこ が、少し視線を上げる。

耳が上を向き背中側に反り、それだけでシロは耳との距離がとてつもなく長いような気がした。

 

「構えて!」

 

釣られてシロも顔を上げる。

両手は軽く構え、飛び出してもぎにかかる()()()()姿勢。

 

「始めっ!」

「(片耳……ッ、やっぱり届かない!)」

「おっとっと……」

 

右足の踏み込みが無いぶん速度が無く、その手は宙を掴む。

背中を逸らして避けた橙色の みみのこ は、逸らした背中を戻す勢いでそのままもぎにかかる。さながらバネの如く。

 

「〜〜〜ッ、フェケ!」

「おおっ、おいおい」

 

勢いよく頭を振り間一髪その手を避けたシロに感嘆の声を漏らす まてら だが、『フェイント避け』の反動で姿勢を崩してしまったシロに呆れにも近い声が出る。

もがれた耳は一本。再生し2本に生え揃った耳は、橙色の みみのこ の少し手前。かがんでもげる位置にあった。

 

「よッ……と!」

「ああ……!?」

「勝負あり……! と。なるほどね、再生あり足固定なのか。これ昔のルールじゃん」

「そうなんです。今のFCで、ちょっとだけ話題で」

「ふぅーん? なるほど、確かにこれなら」

 

腰を深く落とすこともできなければ、極端に離れることも近づくこともない。面白そうじゃん。まてら は ほくそ笑んだ。

しかしそれより不可解なのは、シロの動きである。

 

「シロさん全然もぎに行けてないね」

「距離感がどうにも……」

「ふうん? え? シロさんはもう、速攻でもいで決着をつけたいタイプ?」

「え? ……あ、いや……そんなことは……?」

 

シロ自身は、どちらかというと自身を混戦向きなタイプだと思っている。

状況判断に優れた『超集中』。見えない死角も本能的な感覚でカバーできる『極耳』。どちらも素早く一撃で決めるというよりも、相手の隙を見定めて反撃を狙うスタイル。

だからこそシロの奥義は、相手を誘い出し生じた隙を叩く『カウンター』なのかもしれない。

 

だからこそ。まてら の中に、一つの疑問が湧いた。

 

「シロさんさ。このルールでほぼほぼ負けない技持ってるよね?」

「え? カウンターですか?」

「いやいやいや、え? ……え?」

 

冗談だろ、とでも言いたげに、まてら はシロを見上げる。

そうして、思い出す。シロはまだ、その技を扱いきれていないことに。

 

「あー……。ははーん……」

「な、なんですか……?」

「いや、わかった! シロさん、ちょっと付き合ってよ」

「え、あ……?」

 

橙色の みみのこ が引き、代わりに まてら が目の前に立つ。

目には余裕を感じさせ……そして、先日負けた腹いせにぎゃふんと言わせてやろうという、挑戦的な感情が現れていた。

 

時代(俺達)の戦い方っての、教えてあげる!」

 

 

*1
普段のみみのこバトルにおいても超が付くほど重要なのだが

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