みみのこ・ファイト・クラブ   作:アキ

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この物語はフィクションです。実在する人物及び団体とは一切関係ありません。


神の祝福

 

みみのこは、果たして最初から()()であったのか。

違う違うとはわかっていても、それは意識の外にあることである。

VRChatというコンテンツが、技術がそうであったように、VRChatに連なる みみのこ もまた積み重ねられた歴史があり、そこにシロは立っている。

 

時に、自分とはなんであるか。セソンは考えることがある。

戦うことも少なくなった今、セソンは自分が何を中心に自分と構成されているのか。簡単に言ってしまえば、アイデンティティの喪失。あるいは、どこかにそれを置き忘れてしまったのか。

 

「セソンさん!」

「…………!」

「今日もバッジ戦、お願いできませんか!」

「……いいよ」

 

どうしてこんなにも、一直線に目的に向かって走り続ける(ひと)が、輝いて見えるのだろうか。

青い薔薇の瞳で、セソンはシロを見つめた。

こてんと首を傾げ、なにか不都合があったかなと最悪今日は諦めることを考え始めたシロの耳をもぎ、セソンは安心させるように笑みを見せた。

 

「今日はバッジ、獲れるかな?」

 

その笑顔が、シロから見てどんな表情だったか。

少なくとも、目に映るフェイスミラーの中のセソンは、可愛く笑えていたはずである。

 

みみのこFCのワールド、壁面にミラーが設置された場所の前にある一つの柱。近くに大画面とそこに繋がるゲーム機が設置された、フィールド外に設置された舞台。

セーラー服の裾をぱんと伸ばし、セソンは気を引き締めた。

 

()ろうか」

「では、レフェリーを呼んできますね」

「お、なんかバトルするんですか? 良ければ自分がレフェリーしますけど」

「おー、ソラニンさんじゃん」

「お疲れ様ですっ。で、やります?」

「お願いします!」

「わかりました! じゃあ目線をまず、確認してください?」

 

向かい合って、二耳(ふたり)

片方。青い薔薇をその瞳に咲かせ、髪に宿す青い みみのこ。

片方。グレーの手袋をぎゅっとはめ直し、襟を正して金バッジを指でピンと弾く、白い みみのこ。

その間に入るソラニンが、ルールの確認と目線のチェックを同時に行う。

 

「では再生あり戦ということで、指先が相手の肩に触れるくらい……はい。良さそうですね。では高さ……も、オッケーです。じゃあ始めますよ? いいですか?」

「大丈夫」

「はいっ。 お願いします」

「お互い見合ってー! お互いにっ、礼!」

「……お願いします」

「よろしくお願いします」

「構えてー!」

 

足は固定。

お互いの制限された距離感に、視線がぶつかり火花が弾ける。

初撃。これをどうしのぐか、どう与えるか。それで勝負は決まる。緊張が走った。

 

「(大丈夫。まてら さんとの特訓を思い出すんだ。このルールでの基礎的な戦い方)」

「…………」

「(『極耳』……『回避』)」

「はじめ!」

フェイント避けッ!」

「おっと!?」

「さぁお互いに後ろに反って避けた!」

 

まてら の使う『フェイント避け』、通称 フェケ。

まてら 自身が技として使うことがなかったために見よう見まねだったものを、シロなりに『型』に嵌めた『技』。

本来であれば首を左右に振り、狙いを逸らして短期決戦で攻める技だったものを、一度小さく頭を傾け急激に反対側へ動かすことによって一撃を躱しきることに専念。結果として、継続性や奥の手としての力こそ失われたが、その代わりに汎用性と速度を手に入れた。

 

避けることに専念した都合上、『フェイント避け』に繋げて『居合』型の『技』を出すのは難しい。

しかしそれは、()()()()ルールの話である。

 

「(前回も、セソンさんはまず避けて来ていた。避けた後は、体勢を崩さないために必ず……!)」

「ははっ、まっずい」

「(体を曲げるように力を入れる!)」

 

シロの目論見通り。

背中を反らして初撃を躱したセソンは、後ろに倒れ込む前に体勢を整えにかかる。その勢い余ってか、頭が少し前へ出た。

セソンが咄嗟に見上げると、そこには背中を反らせたまま勢いを溜めるシロの姿。

まさしく前回と同じ。否、真逆。

セソンの前に耳を曝け出したシロのように、今度はセソンがシロの前で隙だらけでいる。

 

シロの『極耳』からなる『絶対勘覚』がゴーサインを出す。

この距離ならもげる。しかも一撃。

油断はするな。常に全力で。自分に出せる、最高速で。

 

片耳(かたみみ)ぃ───!!!!」

 

セソンは目を閉じる。

このままシロのもぎをまともにくらえば、耳は無事ではすまないだろう。

まさかシロが、まてら のフェケを使ってくるとは思わなかった。

久しぶりに見た。一気に思い出した。

その動き。その姿。

まてら が何を見て、何を成したか。

まてら とは、なんであるか。

そのアイデンティティとは、なんであるか。

 

そして目の前にいるシロ。

その動き、その姿の、芯になるものがなんなのか。

 

セソンは小さく呟く。

 

「───みみもぎ───」

「───(わた)ッ!!!!」

フェイント避け

 

シロの鼻先を、風がくすぐった。

吹き荒れる切り裂くような風ではなく、野を駆け花を揺らすような、柔らかなその風である。

その風が、シロのコートの中まで吹き抜ける。

 

爽やかな風を受けたシロは───怖気を覚えた。

ぶわっ。と背中に冷たいものが伝う。

耳がもげなかったことにではない。地下に風を感じるほどの動きだったことでもない。

ただ、ただ、シロは困惑していた。

 

「(なんで……なんで……ッ!!)」

 

みみのこFCにおいて『技』とは、初見殺しの意味が強い。

ネタが割れれば、対策が練られれば、初耳でも古参の強耳に勝利を収めることも夢ではない。だからこそ日々工夫を重ね、新しい『技』を生み出そうとする。

だから。

だからどうして。

 

「(どうして……()()『フェイント避け』が使える……!?)」

 

『技』としての『フェイント避け』は、まてら の フェケ をシロなりにカスタマイズし、『型』に収めたもの。

一撃を避けることに専念した結果、本来の意味とは違う『技』になってしまったもの。

セソンが フェケ を使うのはまだ理解できた。『ダッキング』を使う者がソウエン以外にもいるように、まてら が使える技をセソンが使えても不自然さは無い。

だからこそ、不自然。

 

「(この『フェイント避け』を見るのは、初めてのはず……!)」

「───みみもぎ───」

「そのッ、構え……!?!?!?」

 

構えだけではない。プレッシャー。眼光。その全てが、まてら のソレと酷似していた。

繰り出されるは、最古の一撃。

 

「『居合』ッ!!!!」

 

時に、ソウエンとミタマが『回避』と『不動』を生み出す前。

『居合』を生み出した みみのこ は、その強さから唯一神と呼ばれていた。

その下に並ぶように耳を出したのは、その中でも一際強い者をまとめて、三耳とされている。

一耳(ひとり)はただ純粋に速く強く、みみのこ というものをよく理解して、戦いにおける指南書を作った。

一耳(ひとり)もまたはやく強く、その唯一神の耳をもいだことさえあるという。

そして、もう一耳(ひとり)は。

 

「………………」

 

切磋琢磨しあう耳を眺め、ため息をつく日を数えていた。

唯一神の下で戦い強い強いと囃し立てられてこそいるが、それでも二耳と比べれば、あまりにも───()()()()()()()()

戦えど戦えど、上達が見えず、床に倒れる日々。

才能の前には歯が立たず、ただそこにあったのは、

 

「……なんでっ……!!」

 

悔しい。

勝ちたい。負けたくない。

強く。

もっと強く。

 

キラキラ輝くその世界へ、足を踏み入れたい。

その背中を追い続け、もっと上へ。高みへ。

だから、こんなところで。

 

「フェイント避───ッ……!?」

「負けるわけにはいかないんだよっ!!」

「(一本もがれた……! 見えなかった……!)」

 

相手(シロ)はまだ倒れていない。

ならば、とセソンは再び構える。

腰を捻りを溜め、足の指先から腰へ、腰から肩へ、肩から腕へ。

セソンが見てきた強耳たちの姿が、力となって螺旋を描く。

 

悔しかった。

だから、強い人の動きを真似した。

 

故に。

 

「───耳模技(みみもぎ)───!」

「(()()が、来る!)」

「『居合』ッ!!」

 

花は、命の維持が難しい。

だからこそ美しい。だからこそ愛でたい。

花は枯れる事なく咲いているのが美しいとされる。セソンがどこかで聞いた言葉だった。

だったらいつまでも咲いてやろうじゃないか。

這いつくばって転んで倒れても、そこに根を張ってやろうではないか。

依然として、花は凛と。

 

「(『回避』……いや、間に合わない!)」

 

迫るその手を捉えたシロは、咄嗟の判断でセソンに手を伸ばす。

『フェイント避け』の反動を利用して、セソン側に体を捩じ込むように。

足が固定されているので『回避』型のパターンは限られてしまう。耳がもげれば勝負がついてしまう みみのこバトル において、格上に対するもう一つの対抗策といえば。

 

「あいうちっ!!」

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」

「まだまだ……!」

 

再生あり戦は、激しく体力を消耗する。

足が固定されているという条件は移動の幅を制限し脳のリソースを消費し、ぐらつく姿勢の制御をしながら相手の耳を狙わなければならない。

早い話が手押し相撲だが、手押し相撲と違って狙うべきは相手の頭。さらにその上である。

お互いの指先が肩に触れるほど、という距離で相手の頭の上に狙いを定めるのは非常に難しく、普段使わない筋肉をふんだんに使う。最も、みみのこバトルは元々、日常生活ではほとんど使わない部位を酷使するために始めたての頃は筋肉痛に苛まれることになり慣れてくると肩のあたりがマッシブになってくるのだが、足固定再生ありはまた別。

連戦ともなれば、また激しく疲れる。

 

「……シロさんは、さ」

「はい」

「何のために戦ってるのか、聞いてもいい?」

「なんのため……」

 

肩で息をするセソンの問いに、シロは己を見つめた。

1番の理由はやはり、フレンドのため。

せっかく見つけた手がかりである。5つのバッジは、何としてでも欲しい。

 

「バッジのため。強さのため。仲間が欲しいとか、勝ちたい人がいるとか……人によって戦う理由は様々だよね」

「…………」

「銅バッジと金バッジ。改めておめでとう。……けどシロさんは、銀バッジを手に入れようという感じじゃない。突然送られてきたこのバッジだってそう。シロさんの目的は、なんなのかなって」

「それ、は……」

「何のために戦ってるのかを聞き出したいわけじゃないんだよ。シロさんが目標を達成したら……何がしたいか。それを聞きたいんだ」

 

それはシロ自身も知らないことだった。

たった1人のフレンドのために、どうしてここまでする必要があるのか。ついこの前、わからないけど歩くという結論を得たばかりの問いであった。

VRChatの世界には、ユーザーなどごまんといる。その中の1人に、なぜそこまで執着するのか。

 

「……わかりません」

 

そう口に出しつつも、シロの中で答えはほぼ決まっていた。

百の、千の、万の、億分の1人だからこそ、会って話し合いたい。

それがたとえ、自身のエゴだとしても。

 

「セソンさんは……なにか目標はあるんですか?」

「どうかな。バッジは随分前に、コンプリートしたものだから」

 

銅、銀、金のバッジをコンプリートした耳が辿り着く、一種の到達点。これ以上に無い達成感と同時に、どこか心の隙間で感じる、これからどうしようという虚しさにも近いソレ。

 

「随分、前って……?」

 

セソンが五強と呼ばれる所以。

それは、みみのこ・ファイト・クラブで、一番最初に銅銀金のバッジをコンプリートした偉業から。

誰よりも早くその到達点へ辿り着いたセソンが、今まで何を見てきたのか。それはセソンより後にコンプリートを成し遂げた者には、到底理解できない者であった。

 

花は、水をやりすぎると───満たされすぎると、枯れてゆく。

 

バッジを手に入れるために強くなり、強くなるために練習をする。その大元の目的が無くなったら、一体何をすれば良いというのか。

 

「……そうだね。目標、あったかも」

「それは……?」

「もっと みみのこ を広めること」

「…………?」

「みみのこってさ、可愛いんだよ」

 

現在のファイトクラブのワールドは、地上は白い床で覆われている。

噂では、そこは戦いを知らない耳たちが集まるチルスペースになる予定だったとの事だが、インスタンスに大量に耳が集まる現在では実現は難しく、ワールド容量の削減から頓挫したのだという。

それを聞いたセソンが手を挙げた。

可愛い みみのこ 達が集まる場所の実現が難しいなら、自分がイベントを開こう、と。

みみのこ は戦いだけじゃない。色んな人が、色んな視点で みみのこ を愛せてもいいはずだ、と。

 

「みみのこ って、何事にも一生懸命で、可愛いんだ」

「…………」

「そして、キラキラしてて……カッコいいんだ」

 

目の前に現れた、挑戦者のように。

愛する みみのこ 達が、何を目指すのかを知りたいから。見守りたいから。

だから、立ちはだかる。

 

「舐めないでよ。総合で見れば弱いかも知れないけど……」

 

この身体は。この技は。

 

「他の強耳たちと、同じだから」

「……! 是非ッ」

「では、行きます。お互い見合って!」

「「…………!!」」

「構えて!」

 

『フェイント避け』を繰り出す姿勢で合図を待つシロに対し、セソンは堂々と立ち、構える。

その構えからは『フェイント避け』しか出てこない。ならば無駄に避けることも、もぎにかかることも無く、ただ待てば良い。

そうすれば、シロはやがて体勢を崩す。

 

「……はじめっ!」

フェイント避けっ!」

「───耳模技(みみもぎ)───『不動』」

「(しまった……!! 『不動』!!)」

「残念だけど、また明日! 耳模技───」

 

体勢を立て直すため、隙だらけのシロ。

ここから相打ちを狙うのは、あまりに()()

『不動』を用いて相手の動きを誘い迎え打つ『カウンター』も、足が固定されている状況では打つことができない。

レフェリーまでもが想像できた。今回は、シロの敗北である。

 

「『居合』───!!」

 

セソンとシロ、お互いの視界から色が消えていく。

視線だけを隣へ送り、レフェリーの奥に腕を組んで立っているその姿を確認したシロは───

 

「今だッ!!!!」

「(『超集中』、『極耳』!)」

 

そこにいた まてら と同じように、ニヤリと笑った。

 

必要になるのは、まてら と同等かそれ以上の動体視力と反応速度。

確かにシロには、そのような卓越した技術はない。

だが、()()()()、『超集中』と『極耳』で手に入る。

 

元々『片耳渡し』は、シロの使っているものとは毛色が違う。その根幹となるのは、相手に片耳をもがせ、もがれたのを確認してからもぎ返すというもの。

 

秘伝(ひでん)───」

 

そう。

本来の『片耳渡し』は。

 

「───片耳渡(かたみみわた)ッ!!!!」

「…………そん、なぁ……!?」

「勝負あり! 勝者、シロさん!」

 

再生ありに、めっぽう強い。

 

 

 

 

「あ゛ー……。つかれた……」

「なん、とか、勝てた……!」

「いやー、やるねシロさん。ちゃんと打てたじゃん、『秘伝・片耳渡し』」

「最後の動き、すごかったですよ」

 

狭い舞台の上で横になる二耳に声をかける まてら とソラニン。

大きな仕事の一つを終えたかのように───実際、終えたのだが───疲れ果て深く息をするシロに、ゆっくりと起き上がったセソンが手を差し出す。

 

「おめでとうシロさん。後で送るね」

「…………! ありがとうございます!」

「送る? 何をですか?」

「ふふ、こっちの話」

「あら、そうですか……」

 

ぐっ、とその手を掴んだシロは、その手が震えていることに気づいた。

慌てて顔を覗き込むが、あくまで笑顔。

しかし、この手から伝わる震えと確かな握力は、どう考えても。

 

「……せ、セソンさん?」

「なぁにー? 全然悔しくなんてないよぉー?」

「いだっ、いたたたっ!? ちょっ、手が痛いですよ!」

「へぇー!!!! すごいV感だねえ!!!! もっと試そうか!!!!」

「(な、なんで『極耳』が解除できないの!?)」

 

青い顔をして痛みに耐えるシロを顔を見て気が晴れたのか、セソンはぱっと手を離して、もう一度シロを見る。

ふー、ふー、と痛みを訴える手に息を吹きかけるシロの姿に、バトルをしていた時までの迫力は感じられない。

 

「…………」

 

あの時。

セソンは まてら が来ていたことに気づいていた。それはもちろん、フレンド通知が来たから。

だから何かしら、秘策があるのでは無いかと思っていたが───それ以上に、まてら を認識した瞬間のシロの笑みに、恐怖を覚えたのだ。

 

本能的な恐怖では無い。

驚きと感嘆が入り混じった、胸を揺さぶられるような、規格外に対する恐怖。

願わくば、その顔をもう一度。

願わくば、倒したい。

 

「…………!!」

 

セソンは気づいた。

自分の中に、新しい()()ができていることに。

久方ぶりの悔しさに、身を焦がしているということに。

かわいい みみのこ はもちろん広めたい。そして、シロに勝ちたい。

 

『夢叶う』、『奇跡』、『神の祝福』……とある花言葉である。

目標はいくつあってもいい、か。セソンは微笑んだ。

 

「シロさん」

「うぅ……。は、はい」

「次は勝つからね。練習、怠らないでよ」

「あ……はいっ!!」

 

残るバッジは、あと3つ。

 

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