みみのこ・ファイト・クラブ 作:アキ
「え? 居合を教えて欲しい?」
「はい。居合を知ればもう少し、生き残る確率も上がると思って……」
シロが惨めったらしく敗北した初戦。
その翌日、誰よりも早くみみのこFCに入り出待ちをしていたシロは、とある人物に話しかけていた。
空色のショートカットに薄桃色のメッシュをかけ、前髪と黒いマスクの間ににある同じく空色の双眸がシロを見る。
唇を噛み、眉を顰めるシロの姿に何を思ったのか、そのみみのこは大きなロビンフッドハットの位置を直した後、少し微笑んだ。
「いいよ。ついてきて」
みみのこファイトクラブ横のミラー前ステージ。
そこに対面するシロと空色のみみのこ。
「まず、君の戦闘スタイルを見せてもらおうかな」
「……っ、はい!」
「じゃあこの遠隔で飛んでるカメラの5秒タイマーを押すから、シャッター音が聞こえたら『始め』の合図ね。はい、見合ってー」
「(とりあえず、『回避』してみよう)か、構えて」
カメラのタイマーが鳴りはじめる。
シロは前傾姿勢を取り、空色のみみのこの両手に全神経を注いだ。
狙ってきたら、回避。狙ってきたら、回避。シロの頭の中でぐるぐると思考が回る。
───パシャ───
「はい、勝ち」
「なっ……!?」
大きく足を踏み込み横へ避けた。
と同時に、シロの視界のフェイスミラーに倒れていく自身が映る。
「ふむ。
「……え。でも、狙ってくる場所がわからなかったら避けようも……」
「みみのこが狙う場所なんて耳しかないよ?」
「あ……」
「居合を避けるんだったら始めの合図の時にはもう動き出しておくと、初撃は避けられるかもね」
「っ、はい」
そして、と空色のみみのこは指を立てた。
首にかけられたドッグタグが2枚、きらりと光る。
「どこまで知ってるかはわからないけど……『居合』の『居』は、『掴んでもぐ』。これが一番シンプルな伝え方かも」
「…………」
「始めっ!って合図が出た時に、何よりまず相手の耳を掴む。そして離さない。そうしたら、もし自分が既に掴まれてもがれる寸前ってなっても、相打ちに持っていけるから。相打ちってことは……」
「仕切り直しで、もう一度戦うチャンスがある」
「そういうこと」
手元で何かを操作したあと、空色のみみのこは両手を広げてシロを見た。
何事かと身構えるシロを見てくすりと笑い、頭の上にある二つの耳を揺らす。
「とにかく経験は実戦についてくるもの。避けないから、狙いを定めてもぎ取る練習をしようか。今『不死』と『再生』つけてるから」
「……はい! では、失礼して……」
もぎ取る。言ってしまえば簡単なこと。
ただ掴んで、上に引っこ抜けば良いだけ。ただそれだけのこと。
「(…………『居合』……)」
思い出されるは、あの赤いリボンのみみのこの構え。
軽く腕を上げ、目線は少しだけ頭の上へ。
バトルが始まったと同時に……。
「……ッ!!!!」
「おー、掴めてる。けどもぎとれては無いね」
「ぐ……」
「今、上に腕を動かしてもぎ取ろうとしてるよね。居合使いは、横に引っ張る人が多いよ」
「横? そんなことできるんですか?」
「上でも横でも下でも」
そういえば、とシロは思い出す。
5強の一人───スカジャンを羽織り、血色の琥珀のような瞳を持つみみのこは、辻もぎをするときに下向きに手を動かしている。
猫パンチの動き……といえば可愛らしいものだが、その一瞬の動きの中に掴んで落とすという二つの動作を組み込んでいた。
「(横。掴んで、横に。両手に剣を持って、相手の耳を切り飛ばすように……)」
もしくは、えぐりとるように。
大きく、大きく踏み込んで。
まず、耳を掴んで。そのまま離さない。
そして、その勢いを腕に伝わせ、思い切り。
「……ッ!!!!」
「おお、お見事」
振り抜く。
「できた……の、か?」
「できてるできてる。もう一回やってみて」
再度集中。
口から息が漏れ出る事も気にせず、ただ集中。
動きを忘れずに。先ほどの自身を再現しろ。シロは自身の中にある、数少なく、けれど濃密な敗北の経験を思い出す。
あの目つきを。相手の耳をもがんとする、シアンの正確な狙いを。
「まず、掴む……掴む……」
「……ふふ」
「……ッ!!!!」
「おー、できてる。筋がいい」
「これが……『居合』……!」
それができてれば充分、とにこやかに笑う空色のみみのこ。
シロはしばらく自身の手のひらを見つめた後、ぐっと握った。
敵を倒す力を、その基礎を手に入れた。シロの中に確かな確信があって、それはシロの口角を少し押し上げた。
そして、ありがとうございます、と言おうとして顔を上げた時。
「…………」
「うおびっくりした」
「おぉーRedさんじゃん。こんばんは」
「…………」
赤いリボンのみみのこ───
その指はまっすぐ立っており、シロを指している。
つまりは、戦え、ということ。
「そういえばRedさんも居合使いだったよね」
「あ……」
コクコク、と頷くRed。
あらかじめ目をつけていたのか、それともただ興が乗ったのか。
ゆらり、と黒いバトル場の上に立つRedは何を思っているのか。その表情からでは何も察せない。
ただ、そこに立ち、シロの準備を待っている。
「……一手ご指南、お願いします」
「じゃあレフェリーやるね。両者、見合って」
「(…………『居合』……)」
先ほど頭に焼き付けた動きを再現すべく集中するシロ。
無意識のうちに口から息が漏れ、あたりに静寂が訪れる。
「構え」
お互い眼前に手を添え、相手の頭の上へ視線を交差させる。
プレッシャーで固まる腕を頭の片隅で叱咤しながら、シロは次の言葉を待った。
「始めっ」
「…………!」
Redのみみ目掛けて突進し、そのまま両手を握るシロ。
掴んだことを確信してそのまま体を捻ってみみを弾き飛ばし……。
「(抜けない!?)」
「…………!」
「っぐぁ……!」
「あー。Redさんの勝利ー。アレだね。掴めてはいたけど掴む場所がもう少し上かな」
「上?」
「このみみの……白いもふもふの所。そこを狙うともげるよ」
みみのこアバターのみみには、2つ掴み判定がある。
一つは白い耳毛の生えている辺り。そして、みみのこの眉毛の上あたりにある何も無い空間である。
後者を掴んでしまうと、耳は引っこ抜かれる手前で止まってしまい、もぎとる事ができない。周知なようで、あまり知られていない事実。
「(なるほど、どちらも『おでこの前あたり』、だ)」
みみのこアバターのみみもぎ判定の説明は、『おでこの前あたり』と言われる事が多い。
それもそのはず、みみのこ本人が自身の耳をもぎ落とす、もしくは耳ペンを使用する時は、『白い耳毛の辺り』『眉毛の前あたり』のどちらでも耳をもげてしまうのだ。故に、パブリックでは耳をもぐ際、もしくはもがせる際、そのことを知らないまま『おでこの前あたり』と説明してしまい、それが浸透してしまっている。
シロもその認識でいた。
「でもまあ掴むことはできてるし、あと少し練習したらコツを掴めるかもね」
「精進します」
「…………」
「え、もう一回、ですか?」
「…………!」
「じゃあレフェリーやるね。見合ってー、構えてー」
再度訪れる静寂。
「始めっ」
「(掴むッ……!)」
今度は、白いもふもふの部分へ伸びる腕。
今のシロには、Redのみみしか見えていない。
ただ、ただ、前へ。
「…………!?」
「おぉ! 相打ち!」
「これでも、相打ち……」
「いやいや、Redさんと相打ちなだけでもすごいって。Redさんの速度知ってるでしょ?」
「まぁ、確かに……」
ただひたすら、相手の耳を素早くもぎ落とす『居合』。
それを研ぎ澄まし鍛え抜いたRedのプレイスタイルは、一発……否、
全てを込めた一撃で相手を仕留め、勝利、もしくは相打ちに持ち込む戦い方。
隻眼でグレーのみみのこや、褐色で青髪のような素早く走り回る動きは無理だと判断したRedが編み出した、『負けない戦い方』ではなく、『勝つ戦い方』である。
「…………!」
「ええ、もう一回ですか?」
「じゃあ、レフェリーを───」
そして、また勝負が始まり。
「…………!」
「ッ、負けた……」
「でも動きは良くなって来てるよ」
幾度も勝負を重ね。
「…………?」
「よしっ、勝った!」
「おお! いいねえ!」
ただひたすら、お互いのみみをもぎ合い。
「…………!」
「相打ち……!」
「ん゛ん゛……。疲れてきたな。はい、お互い立って」
シロが、肩で息をし始めた頃。
『はい、時間となりましたので最初のバトロワ始めまーす』
「!?!?!?」
「…………」
「もうこんな時間かぁ」
シロが顔を上げ辺りを見渡すと、みみのこFCの地下闘技場には既に20を越えるみみのこがいた。
昨晩のように、駄弁る者、研究する者、もうみみのこアバターを所有しているにも関わらずわざわざサンプルアバターにして初心者に擬態し小賢しく姑息にも棚から公式バッジを狙う者。
時計を確認するともう22時である。シロは驚いた。
インスタンスが開かれてから30分もの間ずっと戦っていたことと、そしてそれだけの間戦っていてずっと集中していた自分に。
「……痛っ……」
「こんばんはー……? どうしました?」
「ああ、いえ……ちょっと頭痛が」
「おいおい大丈夫か? もうバッジ戦始まるぞ?」
熱を帯びた脳の奥が、きりきりと何かに絞められるような頭痛。
ココア色のドレスを着たみみのこが、頭を押さえたシロの顔を覗き込み心配そうにシロの顔の前で手を振る。
その後ろから座った姿勢のままスライド移動して来た隻眼のみみのこが、顔色を伺うようにシロを見つめた。
「はは……ヘッドセットの締めすぎですかね」
「あぁ〜。あるある〜」
「……。そっか」
「(……危ない。
奥歯を噛み締め、シロは頭痛に耐える。
強張った笑顔を見たコートのみみのこは、ただ黙ってシロの様子を伺っていた。
『初耳いる〜? いないね〜? さっそく始めるよ〜』
「いるー!」「俺ー!」「ミー!」
『おお、見知った顔がいるなー? 出禁でーす』
「やめて」「どうしてそんなことするの」「ミー……」
『はい、始めまーす。5、4、3、2、1……』
「(っ、始まる……。集中しなきゃ)」
頭痛を振り払ったシロの身体が一瞬浮き、落下する。
『スタートです!』
青い足場の上に降り立ったシロはひとまずその場に留まり、傍観を選択。
バトルロイヤルは様々なみみのこが入れ違いもぎ合う。ただその場に突っ立っているだけなら、昨日のようにただの的になるだけだが。
「もらったぁ!!」
「(
「なっ、避け……!?」
「『居合』ッ……!」
「ああっ! 一本もがれた!!! やっべえ逃げろ!!!」
迫り来るその手を、体を横向きにすることで交わしていなし、戻したその足を軸足に踏み込み両耳を狙う。
惜しくも片耳しかもげなかったが、だが返り討ちにすること自体は成功。
「掴んだぞ! バトロワのコツ!」
「なんか怖いこと言ってるヤツいるって!」
『強いみみのこはみんなで協力してもいでくださいねー』
「(こちらに掛かってくるみみのこがいたら、返り討ちにすればいい! 動かずにいれば獲物からこちらに向かってくる!)」
シロは口角を上げ、両手を眼前に添えて
その挑発的な動きと笑みにみみのこ達の目が光るが、遠目に返り討ちに会ったみみのこを見ていたのか、横を通り過ぎるばかりで襲いかかろうとする者はいない。
これなら。
「(最後まで、生き残───)」
「───……」
「(あれ、いつのまに目の前に……)」
スカジャンを羽織った鬼の目のみみのこが、真顔でシロの前に立っていた。
じっくり、足の先から耳の先まで、「なんで突っ立ってんだろう」と不思議がるように。
「(……『回───)」
シロが自身の体に言い聞かせるその前に、目の前のみみのこの両手がブレた。
その瞬間、回避行動を取ろうとしていた身体に力が入らなくなり、そのまま背中から倒れるシロ。
「……ふっ」
驚いた表情をしながら倒れていくシロを見て、スカジャンのみみのこは笑った。
そんなところで突っ立ってたらそりゃもがれるでしょ笑
無知な子供を見たような、嘲笑うような滲み笑い。
そんな笑みを残して、スカジャンのみみのこはシロの横を過ぎ去った。
『おー、もう死んでるやつがいるぞー!』
「……ッ!?!?!?!?!?」
そのアナウンスが聞こえた瞬間、シロは自身が死んでいたことをようやく知覚する。
スカジャンのみみのこがシロの前に現れ、不思議そうにシロを眺め、そのまま通りざまに、息をするように耳をもいだあの長い時間は、ただ0.5秒ほどの出来事に過ぎなかった。
「あ……な、あ……」
『はーい、死んじゃったみみのこは穴に落ちて出口に向かってくださーい』
「(……負けた……あっさりと……)」
今すぐ両手を握りしめ、この屈辱から堪えたい。
だができない。両手を握ってしまえば蘇生してしまい、ただの荒らしになってしまう。
だから、ただ受け止めるしかない。
シロは叫びたくなる気持ちを抑え、その辺りに開いているよほど運が悪くない限りまず落ちないだろう穴に自分から落ちた。
運が悪い以前に醜態を晒して笑って来たことを恥じ、ただ上を見上げた。
「(……『居合』も『回避』も、知ったような気になって、勝手に勝てるって思い込んでた)」
己がこの場にいる全てのみみのこ達を無自覚に舐めていたという事実がシロの肩に重くのしかかる。
「(僕は、未熟だ)」
喉の奥からため息が漏れ、己を責める。
シロはこの日これ以降、トーナメントも2回目のバトロワも、一本も耳をもぐことができなかった。
時を同じくして。
自分以外のユーザーの侵入を許さない、プライベート・インスタンス。
誰にも公開されることのない、オリジナルのワールド。
動画プレイヤーやミラーなど、様々な機能を持たせた自作ワールドのその真ん中で、一人のユーザーが苛立ち気味に舌打ちをした。
「…………」
ランチパッド───VRC内で展開できるメインメニューを眺める。
ソーシャル欄を選択し、一人のフレンドの名前を見つめた。
居場所は、『みみのこ・ファイト・クラブ』。
そのユーザーが何を考えて今、ニヤリと笑みを溢したのか。
それは誰にわからない。
シロにもわからない。
だからこそ、シロは戦っている。
シロにみみのこのギフトを贈った、その真意を確かめるために。
みみのこユーザーの『MochiTaluto』さんに、赤いリボンのみみのこの名前を付けていただきました。
Redさん/ちゃん/くん です。