みみのこ・ファイト・クラブ 作:アキ
眩しかった。
顔を伏せねば直視もできない程に、その輝きは肌を焦がした。
その称号が嫌いだった。
創始者だなんだと持て囃され、秘訣はなんだとか、真髄はなんだとか聞かれるのが、うざったくてしょうがなかった。
だからこそ、そう聞いてきた耳にミタマは問いかける。
『不動』ってなんだよ。
『居合』と何が違うんだよ。
不服だった。
ミタマは、ただ相手を倒していただけ。
ミタマは、ただバトルを楽しんでいただけ。
だからミタマは常に言い続ける。あれは『居合』だと。
不服だった。
ミタマは『回避』のメタを作ろうなどと思っていなかったから。
ただ、戦いたかっただけだったから。
自分の『居合』が相手の『回避』を上回っていると証明したかったから。
『居合』じゃ勝てないから『不動』を作ったなど、思われたくないから。
不服だった。
『居合』の実力では五強として相応しくないと言われているようで。
『不動』があるからミタマが五強と呼ばれているようで。
だから作った。
『不動』無しにもミタマがミタマとして存在できる場所を。
託せる、場所を。
「だから、負けるな」
「第三陣、ヤーレン。よろしくお願いします」
「ヤーレンさんが……第三陣……?」
膝を突き、絶望の表情を浮かべるシロに苦笑を返すヤーレン。
それもそのはずである。ヤーレンはミタマどころか、五強全員を単独で、連続で倒したことのある みみのこ。
その実力は計り知れず。獲ったバッジは本人すら数を忘れている。アバターにつけているのは一部のバッジのみのため、それ故に失われたバッジのなんと多いことか。
「……ぐっ……!」
「ああ無理しないで! 肩痛いんでしょ?」
痛みを抑え立ちあがろうとするシロを慌てて制止するヤーレン。
みみのこバトルは身体が資本。無理をしてバトルをしても良いことなど一つもない。むしろ体調の悪い状態で闘おうとすると、相手に「ふらふらの状態でもお前に勝てる」と宣戦布告していると捉えられてもおかしくはない。それは極論だが。
回復を待つヤーレンに申し訳ない気持ちでいっぱいのシロだったが、しかしこの状態で戦ったとしても負けるのは火を見るより明らかなので、素直に肩の回復を待つこととした。
その間、ソラニンが暇だからという理由でヤーレンと勝負をしたがったが、ヤーレン自身ソラニンと戦って消耗した後にシロと戦える気がしないので丁重に断った。
そんな様子を側で見ていたミタマは、自身の口角がほんの少し上がっていたことに気づかない。良い景色だな、とかそんなことは意識の外にあったのに関わらずニヤついていたことなど、わかるはずもなかった。
それと同時に、仄暗い感情が渦巻く。
光が強ければ強いほど影が濃くなるように、ミタマの心に怨みとも恨みとも言い難いものが宿った。
「……よし、もう大丈夫です。お願いして良いですか?」
「ん、よし! ではお願いします」
「よろしいですね? では、お互い見合って……お互いに、礼!」
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
「構えて!!」
「(『超集中』『
ミタマの丸めがねのレンズに、構える
軽く構えたヤーレンに対し、右足に力を溜め、最初から全力で行くと決心をするシロ。
シロとヤーレンの長く大きな耳が、合図を待った。
そしてその静寂は、破られる。
「始めッ」
「
「ッ!!」
「相打ちっ」
「たみ、み…………?」
シロが言い終わるよりも前に、お互いの位置が入れ替わる。
手応えは確かにあった。が、この呆気なさはなんなのか。
……タイミングが、ズレている。シロは直感で気づいた。
確かにシロの『片耳渡し』は成功した。成功したが、それはシロの狙ったタイミングで発動していない。
ヤーレンがシロに感知できない速度で迫ってきたからこそ、シロの手が届いていた。それはつまり、ヤーレンは自身の速度に殺されたと言っても過言ではないくらいで。
もし、ヤーレンがあと少しでも首を傾けていたら。シロの掴む判定があと0.1秒でも遅かったら。
「(……負けていた?)」
シロの心拍数が急激に上昇する。
相打ちが呆気なかったわけではない。
ヤーレンによる勝利と、ヤーレンによるヤーレンの敗北。それ故の相打ち。
「はっ、はっ、はっ、はっ……」
シロの介入できる速度ではない。先ほどシロが「化け物」と称したソラニンとは、また別の次元の恐ろしさ───否、ここまで来るとおぞましさと呼んだ方が良いまでの、自身との圧倒的なレベルの差。
思わず腰が抜けそうになるのを気力で堪え、誰かが見れば産まれたての子鹿と呼びそうなくらいに震えた足でなんとか体重を支えるシロ。
その顔に自信は無く、歯は噛み合うことがない。
視線はどこを見たらいいのかわからないために定まらず、構えは曖昧なものとなった。
戦意の消失ではない。勝機を見出せなくなったのである。
みみのこバトルはメンタルスポーツ。こうなってしまえばもう、シロに勝ち目は無かった。
「では、仕切り直し。お互い見合って! 構えて!」
「ぁっ…………」
「………………」
「始めッ」
「「ッ!!」」
「あいうちッ」
勝ち目は無かった。
はずであった。
「…………」
「はぁっ、はあっ、危なかった……!」
二度目は偶然か、シロの手が先に届いた。
それもヤーレンの足元が少しだけ滑り、勢いが足らなかったためである。だからこれもまた、シロの実力ではない相打ち。
「(諦めちゃダメだ……)」
例えそれが、シロの実力から来たものではないとしても。
シロはまだ、負けていない。
「(落ち着いて……ヤーレンさんの動きをよく思い出して……)」
セソンがそうだった様に。
自分が強くなりたいのなら、強い人の動きを真似る。
よく見て、学び、そして成長する。
それが、みみのこバトル。
「(ヤーレンさんは必ず最初の一撃目で突っ込んでくる。それは、ヤーレンさん自身の速度が速すぎて、はじめの合図で相手がヤーレンさんよりも早く動けないから)」
「では、参ります。お互い見合って!」
「(ヤーレンさんは、相手と戦ってない。最初から、自分と戦ってる)」
「構えて!」
「(やれることは一つ)」
シロのその構えに、ヤーレンは一瞬、躊躇った。
右手で頭を抑え、左手を地面に。その姿勢は低く低く、地を這うように。
その構えを見たソラニンが眉をひそめ、呟いた。
「あれは……低空、いや、瞬歩……? どれとも違う……」
シロは今まで、技を多用していた。いくつかの『型』からなる技は、一定の動きに定義付けをして名称で纏めることで、意識下での再現率を高めるもの。咄嗟の動きが重要となる みみのこバトル において技の存在は大きく、他でもないシロ自身が助けられていたからである。
しかし。
有利を取れるから、再現できるかといって技を使えば勝てるかと言われれば───そうではない。
何より、技が出るよりも早く動く相手に通じるものがあるかと問われれば、それは無いに等しい。であるならば、どうすれば良いか。
「はじめッ!」
「…………!!」
「だぁッ!」
ヤーレンが、自身の腕が空ぶったことに気づく。
そのすぐ後に、足元に転がり込まれていることにも。
そうして自身が元いた位置、シロがもぎを狙いもせず転がった方向に視線を動かすも、その先にシロはいない。
ヤーレンは、背中を晒していた。
「(『極耳』でずっと感じていた……ヤーレンさんの視線)」
シロが知覚をする前に動くヤーレン。そのもぎにあった違和感は、シロ自身が『極耳』を通じて感じ取っていた視線にあった。
ヤーレンは常に、相手の耳を見ている。それはヤーレンが『回避』に対して生み出した策であり、避けられようが隠れられようが常に相手を見逃さなければ戦えるというもの。言うが易しというような、それができれば苦労しないというような、荒唐無稽としか言えないような物だが、ヤーレンにはできていた。
できてしまっていた。
体を動かさず、頭だけ動かして耳をヤーレン側に捩じ込んだシロに、反射的に反応してしまっていた。
立ち上がる背後の存在に、ヤーレンの手が伸びる。その手にシロは潜り込んだ。
「あっ!?」
もげた耳は、1本。
『極耳』から伝わる幻肢痛に顔を歪ませながら、シロはそれでも笑った。
悪戯に成功した少年のような、堪えきれない笑み。
「
「うーわ、まじか」
「───
「あーあッ、しくじったなァ!」
「勝負あり! 勝者シロ!」
未だ、何が起きたか自分でも信じられないといった様子のシロ。
奇跡。ヤーレンのミスが生んだ、たった一度の奇跡。
次は無いかもしれない。だが、勝ち進むことができた。その事実に、シロが安堵の笑みを浮かべようとして。
「最終試合。前へ!」
「……稽古耳のミタマ」
その笑みは、凍った。
ミタマのその瞳に。
「……よろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いします」
不服だった。
練習を繰り返し、強耳に食らいついていた武蔵を倒したことが。
不服だった。
研究を絶やさず、強耳を生み出していたソラニンを倒したことが。
不服だった。
研鑽を積み重ね、最強と謳われたこともあるヤーレンを倒したことが。
悔しかった。
愛弟子が、こうも簡単にやられたことが。
仇を取ってやろうとか、そういうことではない。
愛弟子の背中に土がつくたび、まるで自分がやられたみたいに、奥歯がギリと鳴っただけである。
よく頑張ったとか、言うつもりはない。
あとは任せろとか、言うつもりもない。
「ミタマさんのバッジ、いただきます」
「うるせえ……」
ただ、不服だった。
「お互い見合って! お互いに、礼!」
「…………」
「よろしくお願いします」
「構えて!」
「(『居合』
「かかってこいよ」
半身を出す構えを取るシロに対して、ミタマは腕を組んだまま動かない。
ただ、その瞳でシロを見るだけである。
その威圧感にたじろぐシロだったが、それでもバッジ戦における最後の相手。気後れしてはダメだと、ふうと息を吐いた。
「始めッ!」
「
「……ッ」
「相打ち!」
「……なっ……え……!?」
「おせえ」
不服だった。
『居合』とか『回避』とか、小手先のものばっかり。
大仰に戦う割には、ミタマとあっけなく相打ちをしている。
「次! お互い見合って、構えて!」
「(『居合』
「…………」
「始めッ!」
「
「おせえって言ってんだろうが」
「相打ち!」
不服だった。
何が勝敗を分けたとか、ミタマは知らない。興味もない。
ただ強いやつが勝つ。それだけの世界にいたから。
だからこそ許せなかった。
「仕切り直し! お互い見合って、構えて!」
「(まだ負けてない! 『居合』
「…………」
「始めッ!」
「
「そんなもの?」
「相打ち!」
小難しいことたくさんやって、それでもミタマと相打ち。
そんなやつが、愛弟子を倒せるわけないだろうが。
「ねえ、さっきからこんな弱いやつと相打ちだけど大丈夫そ?」
決してミタマは弱いわけではない。どころか強い。稽古耳の師範であるから当然である。というのに自己評価は低く、それはミタマ自身が相手をリスペクトしているからか、別の理由か。
その眼光に気圧されたシロは、だったらと構えを変えた。
『片耳渡し』が通じない相手には、他のスタイルで勝利を収めてきたのだ。きっと、ミタマが不得意な構えがあるはずである。
どんな状況でも諦めない。みみのこの基本のキ。まてら や セソンから勝手に学んだことであった。
ただし、相手はミタマである。
『絶対勘覚』───相打ち。
『
『フェイント避け』───相打ち。
どう避けようが、次の瞬間には何事もなかったかのようにもいでくる。
「だったら! 『居合』
「…………」
「カウンターッ!!」
『カウンター』は、『不動』で相手のもぎを誘い、『回避』で避け、『居合』で迎え撃つ技。ソウエンすら倒した、シロの奥義。
「『不動』ってなんだよ」
「…………!!」
だが、その陽動に乗らなければ、意味がない。
迫り来る手を避けようともせず、ただ、目の前で驚愕の表情を浮かべているシロの耳に手を伸ばした。
「相打ちッ!」
「はぁ……はぁ……はぁ……!」
「まだ、やる?」
動かない。
かといって負ける気もない。
シロの持つ全てを、ミタマの持つ全てで相殺し、「そんなもの動かなくても対処できる」とわからせる。
ミタマは、『不動』の創始者とされている。
だがミタマから『回避』のメタとして作ったということではなく、ミタマはただ『居合』を放っていただけだった。
『回避』など。小手先の避けなど、全てを打ち砕く。そのつもりでもいでいただけだった。
付き合うのもばからしい。『居合』に対する『回避』が、グーに対するパーなら、
その背中を見た者がいた。
その背中を見た者が言った。
不動の構え、と。
「……ネタ切れ?」
『不動』ってなんだよ。
『居合』と何が違うんだよ。
ミタマは問う。
ミタマは『不動』を生み出していない。
ミタマは『不動』を使わない。
意識して使うものでは、ないのだから。
「ッ……諦める、もんか……!!」
「……はぁ」
「(どの構えでも相打ちになる……そう合わせられる……)」
「お互い見合って! 構えて!」
「(だったら……!)」
「はじめッ!」
「
「相打ち! 仕切り直し!」
「ッ……もう一回!!」
小手先の技は通用しない。
ならば、取れる道は一つ。
「『居合』
「またそれ?」
実力で上を行く。
大きな耳はピンと立てられ、その視界から既に色は消え失せている。今のシロの視界にはただ二つ、ミタマの耳しか入っていなかった。
偶然にもそれは、シロの耳を狙うミタマと鏡写しの様。
「始めッ!」
「
「相打ち!」
「もう一回……!」
「相打ち!」
「もう一回!」
「相打ち!」
「もう、一回!!!!」
ミタマは感じた。
段々と、速度が増していっている。このままいけば、自身は敗北することを悟る。
同時に、重なった。
「しはーん!」
「ミタマさん、頑張れ……!」
「シロさん早くなってね……?」
「……仕切り直します」
自分を超えていこうとする者たちの姿に。
自分が見守ってきた者たちの姿に。
「ミタマさん」
「……なに」
「今、ここで、あなたを……!」
「…………」
「超える……!!」
「お互い見合って! 構えて!」
眩しかった。
顔を伏せねば直視もできない程に、その輝きは肌を焦がした。
その称号が嫌いだった。
五強だなんだと持て囃され、勝手に超えるべき壁にさせられた。
「始めッ!」
「
「…………はぁ」
ああ、本当に。
「───
「「「あああっ!!!」」」
不服だった。
仇がとれなくて。
「勝負っ……あり……っ」
残るバッジは、あと2つ。