みみのこ・ファイト・クラブ 作:アキ
実在する人物、及び団体とは一切関係ありません。
みみのこ・ファイト・クラブ。
本日はお休みというのに、シロはそこの入り口で立ち尽くしていた。
「……なに……これ……」
目の前に広がるのはインスタンスに みみのこ 達が集まっている光景。それだけならば、シロも特段驚きなどしなかっただろう。
あまりにも
「あいたっ」
その声を聞いた みみのこ 達が一斉に入り口を見た。
眼光。十数にも及ぶ青色の瞳がシロを射抜く。
『
「ひっ……ひえっ……」
「「「「「……………………」」」」」
「な、何か言ってくださいよぅ……」
それもそのはずである。
「ね……
シロを除いて、この場にいるすべての みみのこ が、シアンだったのだから。
「ひっ、ひゃっ、うわっ、ひゃああああああああああああああああ───!!!!」
地下闘技場に、シロの悲鳴が木霊した。
───ことの発端は、あるDMからであった。
差出人はシアン。内容は、5つのバッジ戦のルールが決まったというもの。ただし挑むには条件があり、その一つとして、VRCのアバターの真上に表示されるユーザーネーム及びアイコンを非表示の状態にする。というものがあった。
「ユーザーネームを……非表示……」
「……? どしたの」
「最後のバッジの条件が、ユーザーネームを非表示にするのが条件らしくて……」
「…………??? どゆこと?」
「さぁ、僕にも……?」
「あ、構えてー、はじめ!」
隣にいる銀貨のネームプレートが見えなくなったのを確認し、シロはDMの続きを見る。
そこに書いてあるのは、ある調査の依頼。
シアンにまことしやかに囁かれている噂があり、その実態を調査してほしい、とのこと。
「…………フゥ───……」
「なんか、遠い目してない……?」
「いえ……最後にしてこれまた厄介な……いえ、時間がかかりそうな条件だなって……シアンさんのことですから、何かしら考えがあるのでしょうけど」
「チームを集めたのもバッジが理由って言ってたね。いいなー、シロさんしか入手できないバッジかー……。構えてー、はじめ!」
シロはお茶を濁した。銀貨や、他のチームメンバーには、それしか伝えていないのだから。
しかし、噂とは。シアンに関連する噂話など、シロは聞いたことがなかった。
「銀貨さんは、シアンさんに関する噂って何か聞いたことがありますか?」
「え噂? えっ、うーん……最近増殖気味ってくらい……?」
「そうですか……」
「うーん……構えてー、」
「おいスルーするなよ割と噂のテイを成してただろ今のは!!!!」
「たしかに!」
銀貨をレフェリーとした合図で練習試合をしていた みみのこ が思わず声を荒げる。
軍服を身に纏い、髪のところどころに赤いメッシュを携えたその みみのこ は、手を止めて銀貨に聞き直した。
「なに? 増殖?」
「なんかね、シアンさん増えてるって」
「そんなお菓子の容量みたいにぽんぽん増えるもんじゃないだろシアンさんは」
「でも増えてるって……」
「これ私がおかしいの?」
シアンの増殖。
用意されたようなあからさまな謎である。シロも苦笑いするしかなかった。
銀貨の話によると直近、さまざまなワールドで青いポニーテールで学生服を着たリボンの みみのこ が見つかっているのだとか。それだけならシアンがワールドを点々と周っているという事で片付くのだが、問題は、シアンが人と一緒にいる時にも他のワールドで観測されていることである。
つまるところ、同じ時間にシアンが二耳以上存在していることになる。
最近はFCばかりでろくにワールド巡りをしていなかったシロは初耳(初耳の意)であったし、パブリックにあまり赴かない他の みみのこ たちも耳にしていなかったようである。
「しかし、シアンさん本人が噂を調べて欲しいと言ってるということは、シアンさんにも原因がわからないってことですよね……。どう調べれば良いものか……」
「まぁ一旦本人に聞いてみるのが良いんじゃない? この噂じゃないかもしれないしね。ほらちょうどそこに」
「え……」
言われて振り返ったシロ。その先には、抜き足差し足でシロの背後を通過しようとするシアンがいた。
シロとシアンの目が会い、数秒。
何か違和感を覚えたシロが、眉をひそめてこてんと首を傾げた時である。
「……!!」
「あっ逃げた!」
「えっえっ、ちょっ、待ってくださいシアンさん! お、追いかけます!」
「行って行って!」
途端に、FCワールドの出入り口へと駆け出した。
まっすぐ一直線に坂道を駆け上がるシアンのポニーテールを追いかけたシロは、扉の先にポータルを発見する。
「……パブリックインスタンスだ……シアンさんはここに……?」
そこに書かれていたのはFUJIYAMAの文字。
人数もそこそこというのを確認したところで、シロはポータル上部に表示された時間が残り少ない事を発見した。その時間が0になれば、ポータルは閉じてしまう。
「ああっ、まずい……!!」
インスタンスにはそれぞれ個別に番号が振られており、その番号を覚えていない限りは、シアンが逃走した先であろうインスタンスに行くのはほぼ不可能。総当たりにしても時間がかかる。
慌ててえいやっとポータルに飛び込んだシロは、その先にある日本語クイズを解き扉の先へ進んだ。
VRChatterならもう見慣れているだろうガラスに囲われたスポーン地点を抜け、辺りを見渡すシロ。
「えっと、シアンさんは……?」
しかしそこにシアンの姿は見当たらない。
アバターのサンプルを使って鏡を見ている人や、動画プレイヤーの前で駄弁っている人達ばかりである。
あれぇー……と焦った様子で頭をかくシロの視界の端に、ポータルが見えた。ちょうど喫煙所の近くである。
そのポータルもパブリックインスタンス。そこに手を伸ばしているのは、
「……!! シアンさん!!」
その姿はポータルの先に消え、残り時間の文字が点滅し始める。
「ああっ、また!」
なんとかポータルに転がり込みインスタンスを移動するシロ。
その先はポピー横丁。VRCの闇と混沌を酒浸しにして2で割る事を忘れたワールドである。
降り立ったシロはすぐさまシアンの姿を探すも近くには見当たらない。
見つかるのはチンチロに一喜一憂をする者、ナンパする者、寝る者、ロボット、獣耳、骨、版権アバターばかりである。
そういえば、とシロは思い出す。FUJIYAMAで見かけたシアンの髪は、あんな色をしていただろうか、と。ライティングの関係もあるので一概にそうであったとは断言できないものの、もう少し深い色合いをしていたような、とシロは首を傾げた。
思えばFCで最初に合ったシアンのカバンにバッジはついていなかった。シアンといえばリボンの他にも、カバンについた金銀銅のバッジが目立っていたはずである。
どうにも先ほど見た情報が邪魔をし頭の中のシアンがぼやけるせいで、自身の記憶力はこんなものだっただろうかと複雑な気持ちになるのを振り払い、シロはその辺にいた飲んだくれに話しかける。
「あのっ、この辺でシア……えっと、青い みみのこ 見ませんでしたか。ポニーテールで、リボンの……」
「んぇ〜? さっきあそこのお店に入ってったよぉ」
「ほんとですか!? ありがとうございます!!」
「耳抜かせて〜」
「カウンターッ!!」
「痛ぁい」
迫り来るその手を躱し、耳でぺちんと顔面を叩いた後に、シロはそのユーザーが指差した店の中に入る。
暗めな雰囲気の建物の中で一際大きな存在感を放つのは地球儀。流石のシロでも、シアンがどこに行ったのかがわかった。
地球儀をuseすると、どういうわけか建物の屋上へワープ。『地球儀に触れるとワープ』という現象をすんなり受け入れている自身に対し、「ああ今僕VRChatやってる……」と口元をもにょつかせるシロだったが、しかしそんな思考はすぐにどこかへいった。
「シアンさん!」
「…………!」
屋上にポータルを開いていたシアンが、シロの姿を見てそれに手を伸ばす。シロが声をかけるも遅く、シアンの姿はポータルの先へと消えて行った。
ポータルには、JPT───
「ああもうっ、なんで逃げるの……!」
若干イラつき始めていたシロがそのポータルに飛び込むと、入ってすぐの角にシアンのポニーテールが消えていったのが見えた。
その姿を追って扉に入るもシアンはどこにもおらず、待ち構えていたのは『桜が咲く季節は?』というクイズ。
「春! はるはる春!!!!」
怒りを堪えてシロがクイズを突破するも、やはりその先にシアンはいない。
その上FUJIYAMA、ポピー横丁と比べるとJPTはかなり広い。そこからシアン一耳を探し出すとなると時間がかかりすぎる。またどこかへのポータルを出し、逃げられたら? ポータルが消えるまでに見つけることができなければもう追えない。辟易として大きなため息と共に上を見上げるシロ。すると、あることを思い出す。
逃げるだけなら、そもそもポータルを開かなくても良いということ。
ボタンひとつでインスタンスを移動できるため、わざわざどこに逃げたのかわかるようなポータルを残す必要など皆無である。
ポータルを開く利点といえば、自分を含め複数のユーザーが同じインスタンスに集められることである。
となると。
「(シアンさんは、逃げているわけではなく……いや、逃げてはいるんだろうけど)」
わざと追わせているのではないか。シロの中に一つの仮説が立った。
となれば、どこかでシロを待っているはずである。それどころか、どこかから見ている可能性も。
「『
瞑目し、感覚を研ぎ澄ますシロ。
大きな耳を通じて、空間、音、存在しないはずの熱や風、床の硬さまでシロに流れ込む。
意識的に操作できる究極のV感。その一つが感じとった視線の一つ。
ただまっすぐに、シロを見ている一筋。
「そこか」
シロは振り返り、ハシゴの上を見つめる。
ぎょっとしたシアンが慌てて逃げ出すが、シロはそれを見逃さない。
ハシゴを掴んで一足で上層まで飛び、その後ろ姿を追いかける。そうしてシアンが曲がった角の先に、一つのポータルが設置してあった。
「ファイトクラブ……?」
しかし先ほどまでいたFCインスタンスではない。
人数は十数人、プライベートなインバイトインスタンス。
その中に飛び込んだシアンを追って、シロもポータルにその身を預けた。
「……なに……これ……」
そして、冒頭へと繋がる。
そこにいた十数人───否、十数
「お疲れ様、シロさん」
「し、シアン……さん……? 本物……?」
「どうだかねぇ? ……さて、よくここまで辿り着いたね。シアン増殖の噂は本当だったわけだ」
「こっこれはなんなんですか!?」
指を刺され『これ』呼ばわりされたシアン(?)がむっとした顔をシロに向ける。残りのシアンはシアンの説明をただ待っていた。
あまりに奇怪な光景に何が何だかという様子のシロをくすくすと笑うシアンは、その手にバッジを取り出す。
「それは……5つのバッジ……の、シアンさんの……?」
「今のシロさんはネームプレート見えてないんだよね。ま、コレで判断してよ」
「は、はぁ……」
「こいつらはFCにいる耳たちがコスプレをしてるんだ。さしずめ偽シアン」
「にせ……そんなことが可能なんですか?」
「まぁ、コスプレだしね。耳ってその気になれば増殖できるんだよ」
状況を飲み込みきれていないシロは、それでも今、自らを囲むシアンの中に色の薄いシアンやカバンにバッジのついていないシアンがいるのを見つける。
「あれっじゃあもしかしてさっきまで追ってたシアンさんって……」
「この中の誰かだね」
「うう……なるほど……」
どうりで記憶の中のシアンと微妙に違うはずである。
ユーザーネームを非表示にしなければならない条件も納得がいったシロだったが、となると本当の条件はなんなのかにもやついた。
5つのバッジ戦の条件はその噂からシアンによって仕組まれていたことになる。人が───耳が何かを画策する時、そこに何か必ず真意が存在する。まさかシアンを複数ワールドにかけて追い続けられたら贈呈、などではないはず。シロは訝しんだ。
そんなシロの疑問を感じとったのか、シアンは微笑みバトロワステージを指した。
「5つのバッジ戦の条件は……『
「……つまり、偽物それぞれに少しずつある特徴を覚えろ、と?」
「んま、そうだね」
故の、ネームプレート非表示。
事前にシロの記憶にあるシアンの姿をぼやけさせてから、この場を儲けた。してやられた、とシロは奥歯を噛んだ。
「……わかりました。やります」
「じゃ、準備と行こうかー。シロさんは赤いとこに立っててね」
「は、はい」
「全員、ボイスチェンジャー起動!」
「「「「「は〜い!!!!」」」」」
旧バトロワ、赤い足場。
ほんの少し盛り上がった
レフェリー台に立ったシアンがメガホンを手に取った。
『5つのバッジ戦。勝利条件は、偽シアンの中から本物のシアンを見つけること。レギュレーションは通常レギュ、偽シアンのみ際限なく復活可能。場外は……場合によって仕切り直しとか……まあ、その辺。大丈夫ですね?』
「問題ありません」
『足場は黄色足場からスタート。頃合いを見てオレンジにしようかな。では、カウントダウンでガラスの足場を消します』
シロの視界には五耳ほどのシアン。後ろにも数耳、シロを狙っている。
必要なのはバトル中にシアンをよく観察すること、そして忘れないこと、避けること、闘うこと。
復活したならばそれはシアンではない。が、1対10以上という普段のバトロワとは全く違う状況。シロの中に不安が募る。
思えばミタマ、ソウエンに続いて複数人を巻き込んだバトルである。偽シアンのスケジュールを合わせるのも大変だっただろう。次にいつ開催できるかわからない。迷惑をかけないためにも、
「……今日で終わらせなきゃ」
シロは、覚悟を決めた。
『10、9、8……』
「(『超集中』、『極耳』……!!)」
『5、4……』
シロの世界が色を失う。
前面、背面、全てから視線が突き刺さる。
『3、2……』
「『(『超集中』&『不動』)』」
『1……!』
ふっ、と、シロの足元にあったガラスが消えた。
『スタート!!!』
「「「「「かかれー!!!!」」」」」
「『
最後の戦いが、始まる。