みみのこ・ファイト・クラブ   作:アキ

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この物語はフィクションです。実在する人物及び団体とは一切関係ありません。


激突! 偽物のシアン

 

戦いを楽しむというのは、塩梅が難しいものである。

必死になること、本気になること、それらは似ているようで本質が違う。

何事にも全力で打ち込むといえば聞こえはいい。だがそれは同時に、()()()()()()()()()ということ。

シアンは常々、楽しむことを考えてきた。

勝つか負けるか、それで全てが決まるのは良い。だがその前に本耳(ほんにん)が楽しめなければ、次の試合へのモチベーションはもちろん、新しい初耳への勧誘もしづらくなる。

シアンは常々、楽しむことを考えてきた。

 

初めの合図で降り立ったシロがすぐさま一耳の偽シアンをもぎ次へ向かうのを眺めつつ、シアンは全体を俯瞰して見る。

果たしてシロは、楽しめているだろうか。

難易度はもちろんのこと、今までにないバトルを。そして、ゲームとしての面白さを。

越えるべき壁として、先輩として。何かを背負っているであろう小さな白いあの みみのこ に、自分から何ができるだろうか。

このバッジを渡す以外に、何ができるだろうか。

 

「やー!」

カウンターッ!」

『それは偽シアンだっ! やられたシアンは3秒後に復活して戻って来てください』

「ええい、全員でかかれっ!」

「この人数でまだ片耳もやれてないの相当だぞ!」

 

これまで、()を持った みみのこ を何耳(なんにん)も見てきた。

シアンに挑戦する耳も幾といた。(やぶ)れる者も、(やぶ)る者もいた。

総じて皆、勝ちに執着していた。敗北に地を叩き、唸り声をあげる者もいた。それはシアンに負けた者だけでなく、ソウエンに負けた者、ネヴィスに負けた者、十六夜に、ソラニンに、ヤーレンに負けた者たちの、怒りにも怨みにも近い嗚咽であった。

どうして勝てない。どうして負ける。みみのこバトルは残酷で、そういった強い相手であればあるほど、レギュレーションをちゃんと確認していたり、相手のみみもぎの邪魔にならないよう掴める物を耳の付近に置いていなかったりする。言ってしまえばサンプルでも優勝ができる。

 

いっそ間違いを犯していてくれ。何かのミスであってくれ。

嘆く者は多い。叫ばなければより明白になってしまう。

相手と自身の、抗えぬ実力差というものが。

輝きに、熱に身を焦がすほど、動く身体は火傷に苦しむ。シアンはそんな耳を多く見て来た。

 

───シロさんは、負けないために戦ってるの?───

 

あの金バッジ戦の日もそうであった。

勝ちが続き、金バッジという栄光に手を伸ばすまたとないチャンスに震えるシロの姿が、危うく見えた。

故に、()った。

勝てなくても、また挑戦すれば良いと。運次第とも呼べる条件を設け、いっそここで負けてやはりダメかと笑って欲しかった。

 

『いけー! シアン軍団! ぶったおせ!』

「おー!」「やるぞー!」「数の暴力! 数の暴力!」

「……っ! そう簡単にっ……! 負ける、わけには……っ!」

『ウソでしょ!?』

「おい一気に二耳(ふたり)やられたぞ!」

「やめてこないでウワーッ!!!!」

「シア───ンッ!!」

 

続け様に3キル。

シロの2つの耳は未だ健在。シアンが手を伸ばしたのを確認してから超スピードで耳を傾けるシロの動きを見て、シアン達に冷や汗が浮かぶ。

 

「(視線でわかる……あのシアンさんとあのシアンさんは、気にしなくていい……!)」

「「あっ!!!!」」

『おおいっ、シアン同士で同士討ちすな!』

「なんでもげねえのマジで!!!!」「疲れてきた!」

 

頃合いを見計らったレフェリーのシアンがメガホンを通して声を送る。

オレンジに変わるというアナウンスを聞きシロが赤い中央の突起付近へ移動すると、それを囲うようにシアンも動く。

背後から突撃してくるシアンを振り向きざまにもぎ返したシロは、レフェリー台のシアンが一瞬、メガホンを手放していたのを見た。

 

「(…………?)」

 

レフェリーがバトロワ中にメガホンを放すことは、基本無い。

よっぽどのことがない限り、舞台装置はメガホンをつけたまま動かすことができる。もっとも、そのボタンを押すのに苦労していたのかもしれないが。

 

「(……なんで……レフェリーもシアンさんなんだろう)」

 

シロは眉を顰めた。

レフェリー台に立つシアンは、ボイスチェンジャーはいらないはず。

さらに言うなら、わざわざ偽シアンになる必要すら無いはずである。バトロワに参加しない偽シアンは、候補から外れるのだから。

 

否、もしかすると。シロの中に一つの可能性が浮かぶ。

 

「(……レフェリーも、シアンさんである()()()()()?)」

 

先ほど聞いた言葉を思い出すシロ。

おそらく本物であろうシアンから告げられた勝利条件は、『偽シアンの中から本物のシアンを見つけること』。バトロワ参加者の中にいるとは、一言も言っていない。

つまり、レフェリー台に立つ偽シアンも、シアン候補。わざわざそのような工夫をしているということは。

 

「……まさか……!」

 

孤島へ駆け、そこにある小さな出っ張りを踏みしめ大きく飛ぶシロ。

小さな体は観戦用のフェンスを越え、バトロワフィールドより外へ放り出された。

 

『おーっとシロさん場外!』

「あぁー」「次の挑戦をお待ちしてまーす」「逃げたか」

 

だが、シロは止まらない。

そのままフェンス沿いに、舞台装置へと駆ける。

 

『……おいおいおいシロさん止まんねぇぞコレ!!』

「「「「やべえバレた!!!!」」」」

 

革のブーツが床を蹴り、白いシルエットがシアンに肉薄する。

バトロワ台から這い上がった偽シアンがシロの背を追うが既に遅く、その手は既にシアンの頭上へ振りかぶられていた。

 

「……ッ!」

「これで決まり……ッ!!」

 

メガホンを手放したシアンが咄嗟に構えるも、その構えは驚きからか覇気が無く、灰色のグローブに包まれた手が無慈悲に振り下ろされた。

水縹(みはなだ)色の両耳が抜け落ち、シアンがその場に倒れ伏す。

勝った。シロが勝利を確信したその時、別の偽シアンが先ほど放り捨てられたメガホンを手に取った。

 

『そいつは偽シアンだ〜! 試合続行〜!』

「えっ……!?」

『さあ、バトロワ台に戻れ戻れ!』

「そんなっ……!?」

『いや、実際さっきまでこの舞台装置にいたのは本物のシアンさんだよ! けど気づくのが遅かったねぇ!』

 

シロの中にあった違和感。

先ほどのシアンが舞台装置を動かす際に、メガホンを手放していたことを思い出す。

レフェリーをしていた本物のシアンと、倒されて復活中のシアンが入れ替わり、レフェリーが交代した。そのことに気づくのが遅かったのだ。

 

『さて! ここからはレフェリーもシアン候補だぞ〜! ただ舞台装置にたどり着くまでにたくさんの偽シアンがシロさんを狙うけど、無事にもぎができるかな〜?』

「無理ゲーすぎるでしょお……!?」

「動揺してるぞ!」「今だやれやれ!」

「くっ……!」

 

孤島に逃げ込もうとするシロの耳が引っ張られ、片耳が地に落ちる。

フェイスミラーに映る耳の片方が抜けたのを確認したシロはすぐさま踵でターン。両手を振り抜いたままの姿勢のシアンに対し、

 

秘伝・片耳渡しッ!」

『偽シアンだ!』

「もぉ〜っ!! 負けられないのに〜っ!!」

 

シロの片耳は無くなった。片耳を抜かせた時にのみ使える簡易カウンターである『秘伝・片耳渡し』はもう使えない。奥義である『カウンター』は偽シアン達が注意をシロから逸らさねば()()()()ができないので孤島にいる間はこれまた使えない。

負けられない状況といつまでたっても本物を倒せないもどかしさから若干うんざりし始めているシロ。

 

だがその声は、少し笑っていた。

少なくともシアンには、そう聞こえた。

 

今までの真剣勝負から一変してバラエティに特化した5つのバッジ戦。

期待のルーキー。超新星。十六夜やソウエンといった強耳(つよみみ)を撃破しバッジを獲得したという重圧はその背中に重くのしかかる。

そのプレッシャーを楽しめているならいい。だがもしあの震えが、つい先ほど見た追い込まれたような顔が、勝たねばならないという思いからきているものだとしたら。

少しでも取り除きたい。

みみのこバトルの楽しさを、思い出させたい。

それ故にシアンは───。

 

「(もいでも、もいでも、帰ってくる……! これじゃキリがない!)」

『本物のシアンさんを見つけないと終わらないぞー!』

「ひぃ、ひぃ……」「ぜぇ、ぜぇ……」

『偽シアン達もバテ始めてるから早くしてー!』

「そんなこと言われても……!?」

 

───勝っても負けても、楽しければそれで。

 

「(今のレフェリーは本物のシアンさんじゃない。口調を似せていても、隠しきれてない)」

「えーい!」

片耳渡(かたみみわた)!」

「(今の(ひと)も違う。目が本物よりキラキラしてるし、あんなヘアピンつけていなかったはず)」

 

繰り返しもぎ続け、シロの腕も限界に近づいてくる。

復活し続ける偽シアン同様に、避け、もぎを繰り返すシロもまた、全身が悲鳴をあげていた。

酸素を求めて肺は心臓を鳴らして訴え、汗はとめどなく溢れ出る。しかし反比例して、シロの頭はただただ冴えていった。

 

「(思考がクリアだ……)」

 

背水の陣。

疲れれば疲れるほどに、追い込まれれば追い込まれるほどに、みみのこ は強くなる。

シロは、その姿を見たことがある。

その一歩は覇道のごとく。視界は『超集中』で色を失いつつも、より鮮明に。

そして、『極耳』を通じてわかる視線。至近距離から、己に突き刺さる十数の視線の中で唯一、他と違う視線。

 

「さっきから……」

 

ぼそりと、シロがつぶやいた。

 

「さっきから遠くで離れてる(ひと)、いますよねぇ!!!!」

「「「…………!!!!」」」

「……あたり!」

 

孤島を蹴り、本土へ跳躍する白い影。

その行先を阻もうと、偽シアンがシロの目の前に立ちはだかった。咄嗟の判断だったのだろうが、シロにとってそれは答え合わせに等しい。

シアンは、愛されているから。

自らを犠牲にしてでも守らねばと、思われているから。

そうでなければ、偽シアンという概念すら生まれないはずだから。

 

偽シアンさん(あなたたち)に、用はありません!」

『すり抜けたっ!』

「なんでこの数いて最後の1本がもげねえんだよっ!」「ばけものぉ……!」「まずい、シアンさんがっ!」

 

右へ左へ、シロの頭の上の最後の一本が揺れ動く。

そうして踏み込んだその足から、シアンの背筋へ恐怖が伝う。

冷たいそれを振り払うべく、シアンはその手をシロに振るった。

5強が持つ最高にして最強の一手。

 

「『居合』───ッ!」

 

そして気づく。

この手の先に、シロがいないことを。

右。違う。

左。違う。

 

「(ネヴィスさんみたいに、正確に───そして、もっと高く!)」

 

その先は、上。

コントローラーのジャンプに振り当てられたボタンを叩いたシロの身体は遥か上へ浮き上がり、放たれた『居合』は空を切る。

しだいに自由落下に伴い加速する身体に合わせ、シロはその手を振り下ろした。

 

(フリー)───」

「うおっ!?」

 

咄嗟に首を傾けたのが幸いしたか、舞い落ちる耳は一つ。

 

「───(フォー)───」

「あっ……」

 

ホッとしたのも束の間、シアンは目で追ったシロの瞳が、まだ諦めていないことに気がついた。

そしてその顔が……悪戯が成功した子供のように、喜色に満ちていることにも。

 

「───(オール)!!!!」

 

下から、上へ。

跳躍のすれ違い様に掴まれた耳が、シアンの頭からもぎ離された。

 

「それ、忘れてって言ってたやつじゃなかったっけ……くっそお……」

『あ〜ッ、本物のシアンさんがもがれた! しゅ〜りょ〜!!』

「「「「え〜っ!」」」」

「ふう、ふう、はぁ……も、むり……!」

 

片耳はそのままにぱたんとその場に倒れたシロが大きく息を吸って吐く。

緊張の糸が切れたのか鮮明だった視界は急激にぼやけ始め、耳の先から指の先まで鉛になってしまったかのようにその場に縫い付けられた。

 

息も絶え絶えなシロを取り囲む偽シアン。

その輪を割り、本物のシアンがシロに手を差し伸べた。

 

「たのしかった?」

「はぁ、はぁ……。ふへ……はい……とっても」

「それはよかった」

 

満足げに頷くシアン。

つられて笑うシロ。

 

「みんな疲れたよな! チルワールドのポータルを開くからそっち行くぞ!」

「おっチルチル」

「地下に入り浸ってると息が詰まっちまうよなあ」

「……これ散ルワールドじゃん」

「シアーン!!!!」

「なんだ? 文句か? いけよ、ほら」

「「「「行くけどぉ……」」」」

 

不服そうにしながらもシアンの出したポータルに入っていく偽シアンを見送りつつ、シアンはシロに手を差し出す。

その手の意味を考える前に、シアンはシロに笑いかけた。

 

「いくよ、シロさんも」

「……! は、はい!」

 

ポータルの先に広がるのは草原のあるワールド。

足元に設置された地雷を踏まぬよう慎重に進まなければいけないワールドで、先ほどまで戦っていた偽シアン達が次々に吹き飛んでいく。

そんな姿を見てにまにまと暗い笑みを浮かべるシアンに、ついてきたシロはどこか自信無さげな様子で尋ねた。

 

「シアンさんは……不安になることって、ないんですか?」

「なにが?」

「戦い……に……」

「無いかな」

「即答ですね」

「楽しめるのが一番だよ。……そうだシロさん、一戦お願いしていい?」

「えっ。……は、はい」

 

整ってきた息を深く、シロはその場で構える。

シアンはその辺で爆発し吹っ飛んできた手頃な偽シアンを捕まえレフェリーにし、自身も構えた。

青空の下で行われる、柱も無い、ただのみみのこバトル。

 

「お互い見合って! お互いに、礼!」

「よろしくお願いします」

「……よろしくお願いします」

「かまえて〜!」

「「…………」」

「はじめっ!」

 

伸ばしたシロの手は、空を向いていた。

久しく見上げていなかった空。突き抜けるような青に自らが倒れていることを自覚したシロがハッとして起き上がると、シアンはくすくすと笑った。

 

「久しぶりにシロさんに勝てた」

「速い……」

「アレじゃない? だいぶ前だよ、シロさんに勝てたの」

「えっと、僕が初めてFCに来た時のバトロワ……?」

「うわっ、それ!? えっ、マジ!? そこから一度も勝ててないの!?」

「た、たぶん……?」

「そっかー。それじゃあ……」

 

【「シアン」はあなたとフレンドになりたがっています】

 

視界に映った通知に、シロは目を見開く。

 

「い、いいんですか?」

「あの時はバトロワだったからフレンド申請できなかったしね。いま勝てたし、良いかなって」

「…………ありがとう、ございます?」

「はいはーい」

 

ミル、武蔵、銀貨、ネヴィス、そしてシアン。

みみのこFCに来て5耳目(ごにんめ)となる黄色い名前を眺め、思わずシロから笑みが溢れる。

 

「戦ったら、もう、"ともだち"でしょ」

「……はい!」

「シロさんはもっと他の耳と交流して良いと思うんだけどな」

「あはは……耳が痛いです」

「耳が?」

「あっいえ、頭の上の方ではなく……」

「あはは」

 

くすくすと笑うシアン。

 

「とにかく、これからもよろしくね───」

【「   」がインスタンスに入ってきました】

「えっ……」

 

反応する暇もなく。

 

 

 

 

 

「───シロさ、ん───」

 

シロに微笑むシアンの耳が、はらりと落ちた。

 

 

 

 

 

「……えっ……」

 

その場に倒れるシアン。

何が起きたかわからないという様子のシアンに駆け寄るも、シアンが起き上がることはない。

 

「な、にこ、れ……?」

 

そう呟いたシアンは、

 

【「シアン」がインスタンスから離れました】

 

その姿を、消した。

 

「シアンさんっ!!!!」

 

その声は虚しく、ただ草原にこだまするだけ。

シアンの退室通知とシロの絶叫。なんだなんだと偽シアンが振り返る中、シロはただ一点を見つめていた。

そこにいるのは、一耳(いちみみ)の みみのこ。

 

「何をしたの」

「…………」

「どうして、こんなことを……?」

 

『金バッジを手に入れた上で、5強を倒して欲しい』。

今、その全てが達成された。

 

「答えてよ……クロっ!!!!」

 

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