みみのこ・ファイト・クラブ   作:アキ

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この物語はフィクションです。実在する人物及び団体とは一切関係ありません。


何も知らない編
理由を知らない


 

「何をしたの」

「…………」

「どうして、こんなことを……?」

 

『金バッジを手に入れた上で、5強を倒して欲しい』。

今、その全てが達成された。

 

「答えてよ……クロっ!!!!」

 

インスタンス内に響くシロの声と、全員の視界に映し出されたシアンの退室通知はその場にいた偽シアン達を振り返らせるにはじゅうぶんな要素だった。

問いに答えはない。

ただそこで、シロを見下ろしているだけである。

 

「クロ?」

「……戦え」

「えっ……」

「俺と戦え」

「どういうこと? なんで急に?」

「…………」

 

刹那、シロの視界から色が失われる。緩慢な時間の中で体の動きは鈍くなり、それが『超集中』の生み出す領域であるとシロは知覚した。

そして、黒く。ただ黒い影が、近場にいた偽シアンに伸びる。

 

『超集中』の生み出す領域の中、()()()()()()()()()()()偽シアンの耳を抜き、もう一度シロの目の前に戻る。シロの体感では30秒ほど。しかし実際の時間では僅か数秒のことであった。

 

『超集中』の生み出す領域には、『超集中』で割り込める。その逆は、自身の領域によって他人のゾーンを引き出す事もできるということ。

シロの生み出した領域で、まてら や ソウエン、Punkなど他の みみのこ が呼応するようにゾーンに入ったのと同じで、今回はクロの『超集中』によってシロのゾーンが引き出された。

そして時間の流れは、色を取り戻す。

 

「あっ、え……!?」

 

もがれた偽シアンはその場に倒れ伏したまま、その姿をくらます。

 

「えっログアウトした……?」

「なに!? 何が起きた!?」

「(今のは……クロの『超集中』……)」

「戦えよォ……今のお前、強いんだろォ?」

「わけを説明してよ! シアンさん達に何をしたの!」

「……お前、ほんと学ばねェな」

 

そうして世界は、灰色に染まる。

クロが何をしようとしているか、シロはいち早く察した。

だがシロがゾーンに突入しても加速するのは思考のみ。手を伸ばそうにも、遠く及ばない。

 

「(待っ…………!!)」

 

対して、クロはどうか。

スティック移動の速度はシロや他の みみのこ と同じ。機械なのだから思考の速度についていくはずもない。当然である。

 

だが肉体の動きが、緩慢とした時間の中に付いていっている。

 

『超集中』のない偽シアンからすれば、クロの動きは気味が悪いほどの速度になっていた。それが人間に出せる動きかと疑うほどに。

そうして軽くもがれた偽シアンはその場に倒れ伏し。

 

「……また……ログアウトした……」

「なになになに何!?」

「どういうドッキリ!?」

天の撃(フリー・フォー・オール)っ!!!!」

「おっと」

 

白い影が弧を描く。

その閃きはクロには直撃せず、振り下ろしたその手は空を切る。

醜く顔を歪ませたその みみのこ が口を開く前に、シロは下ろした手を続け様に振り抜いた。

 

片耳渡(かたみみわた)っ!! 片耳渡(かたみみわた)っ!!」

「ンなもん当たるわけねぇだろうが」

「シアンさん達に何したのか、答えてよ!」

「……ハァー……めんどくさ」

 

シロのもぎを掴み判定スレスレで避け、バックステップで距離を取り続けるクロ。大きくため息をつき、シロの前から姿を消した。

 

ダッキング……つったっけ」

「うし、ろに……!?」

「地形も読めてねぇのになんでラッシュとかすんだよ。耳の位置変わったらもげねえってわかんねェの? そういうとこだよ」

「こっちが聞いてるんだよ! シアンさん達に何したの! 5つのバッジってなに! なんで……なんで!」

 

声を荒げ、その手はきゅっと握りしめられている。

震え、しかし奥歯を噛み締めていた。

 

「なんで急にいなくなったの! なんで僕に みみのこ を送ったの! 答えてよ!」

「それ以上うるさくすんならもう1()()に犠牲になってもらうか?」

「……っ!! そんなにやりたかったらやってあげるよ!! レフェリー!!」

「えっあっ、わたし!?」

「『超集中』!!」

「……『超集中』」

 

互いの世界から、色が離れていく。

レフェリーとして真ん中にいる偽シアンが、小さく浅い息をしながら震える声で宣言した。

 

「ぉ、お互い見合って……! お互い、礼ぃ……!」

「…………ハァ」

「よろしくお願いします」

「構えて……!」

 

小さく息を吸った偽シアン。

その口から放たれる合図を、二耳は聞き逃さない。

 

───「は」───

 

片耳渡(かたみみわた)っ!!!!」

 

言ったか言ってないか、フライング手前のギリギリのタイミング。

エキシビションで本気じゃないソウエンや まてら なら軽く凌駕できるほどの速度でシロが動き出した。

その手は耳は伸ばされる。一撃必死の間合い。

しかし。

 

「ほー、『は』で動いて良いんだな」

「(…………!!)」

 

シロの目の前に、クロはいない。

シロが動き出したのを()()()()反射神経のみで動き出したクロはすでにシロの背後を取り、シロの領域共々、『超集中』を強制的に終了させた。

『超集中』のスイッチのオンオフ。緩慢な時間が断続的に切り貼りされ、その都度シロの中で時間の流れが狂う。

振り抜いたその手の先に耳はなく、代わりにシロの耳が少し浮いた。

 

「ぁ……」

 

両耳を掴まれている。少しでもシロが動けば、自らのその動きによってシロはもがれ、死ぬ。

シロが動けないでいると、クロは興醒めとばかりにわざとらしくため息を吐いた。

 

「お前さァ、本気じゃないだろ」

「…………どういう意味」

「俺は本気のお前と戦いたいんだよ。血湧き肉躍るってヤツをさァ」

 

足元がFCのトーナメント足場じゃなかった事。シアン達との戦いの後であったこと。また、動揺や興奮により冷静じゃなかったこと。

敗因としてシロが思いつくのはそんなところであった。むしろ『居合』の速度に関しては過去最高の出来だったはずである。

それを本気じゃないなどと、侮辱以外のなにものでもない。だがシロは、自身が言い返せる立場に無いことを理解している。

 

「なんで? なんでって顔だな? お前が言ったんだろ、覚えてないのか?」

「僕、が……?」

 

 

 

 

平原に、一本の大樹が静かに佇んでいる。

その根を椅子にし、2人のVRChatterが並んで座っていた。

片方は、SNSを。片方は、ワールド制作の作業画面と睨めっこをしていた。

 

「へ〜、みみのこ、って言うんだ」

「ァ? なんだって?」

「ほらクロ、見てこの画面」

 

作業の手を止め、もう片方から送られてきたURLを開く。

しばらく前に投稿された動画のようで、先ほどまでの口ぶりからするにTLに流れてきたものが目に止まったのだろうとクロは推測した。

 

『見合って〜レディ……ファイッ!』

『ふっ! ぐっ……ふんっ……うぐっ!』

『へあっ! ふぅんっ! ふんぬ!』

 

それは、狂気的な光景だった。

つま先から頭までの長さは一般的な人型アバターの腰ほど。だというのに、頭頂部から伸びた信じられないほど長い耳が身長を体一個分かさまししている。

そんな小さなアバター同士が、必死になって互いの耳をもぎあっているのだ。これを狂気と言わずしてなんと呼ぶか。

 

『ッシャアアアアアア!!!!』

『はいそこまで〜』

『シェアアアアアア!!!! ウォアアアアアア!!!!』

「……なンだこれ」

「みみのこって言うんだって。楽しそうだよね」

「これが……か……? 本気で言ってんのか……?」

 

クロは隣のフレンドを見る。

極めて大真面目に言っているらしいそのフレンドは、目を輝かせて熱弁する。

 

「だってさほら、こんな勝負に技巧なんてあるわけないじゃん! バーチャル手押し相撲みたいなものだよ!」

「手押し相撲にも技量がものを言う要素はあるけどな。……ンで?」

「これならさ、クロが負けることだって、あるんじゃないの?」

「………………ふゥん?」

 

フレンドが話している間に裏でウィンドウを複数開いて調べていたクロは、そのフレンドが見当違いなことを言っていることを理解した。

みみのこ には、集まりがある。

FC───通常、一般人ならファンクラブと読むであろうそれはファイトクラブと読むらしく、取り巻くコミュニティやバトル、そしてバッジの要素。明らかに運だけで勝てるものではない。クロは苦笑を漏らす。

そして、敢えて乗った。

 

「確かに、これなら俺も負けることあるかもな」

「でしょ? クロやってみたら?」

「……お前はやんないの?」

「お金ない」

 

完全に運のみの勝負ならまだしも、そこに人が関わるのならクロは勝つ。

例えばポーカーでは相手の表情、顔が見えなければ手足の動きなどから感情を読み取り、『超集中』でその情報を結論へ導く。

レースの賭け事をする際も、調べ上げた情報と無限に等しい考えられる時間を駆使して、勝ちを収めてきた。

実力からなる予測が当たることを()()()()と言うのなら、まだ救いはあったが。

 

天はクロに二物を与えた。世界はクロを愛していた。

クロは、その全てを恨んだ。

 

どうせこのFCとやらに行ったところで、クロが全て打ち伏せるに決まっている。今度こそ敗北できるかもと意気込んで、いったいどれほどのコミュニティに挑んだことか。結果は等しく、クロが頂点に立つ。その後は予定調和とばかりに、やれあの人が倒せない、やれ教えを乞いたい、やれフレンドになってくれ……と、責任ばかりがついてまわった。

クロがいるから勝てる。クロがいなければ負ける。

飽き飽きだった。

もちろん手を抜けば負けることはできる。だがクロはそれを望んでいない。

 

「……みみのこ、ねェ」

 

自分が全力を出しても負ける、そんな相手が欲しい───。

そうしてクロは、そのフレンドを見る。

才能は無く何をやってもまず最初に負ける。しかし、それでも立ち上がりどうすれば勝てるのかを考え、ついには『超集中』、とまではいかないが、意識的にではないにしろ『過集中』を発生させるまでになった努力の塊。

クロの中に、一つの案が浮かんだ。

 

「わかった、()()やってみる」

「応援してるねー」

「後ろで見てろ、シャ───

 

 

 

 

「……あれを……ずっと覚えて……?」

「苦労したぜ。ギフトを送ってからまずバッジとやらを作って、ギミックを作って……」

「ギミック……?」

「みみのこ の耳をもいだら、そいつのPCに負荷をかけられるようにしたんだ。そんでVRCを落とせる」

「それで、シアンさんを……」

「ズドンてワケだ。本当はPCの制御権奪ってパスワード変えるくらいにしたかったんだけどな、最初のアイツはパワーミスってPCごと落ちちまった。脆いなーマジ」

 

シロの手が震える。

 

「シアンさんは、関係ないじゃん」

「……ァ?」

「それは犯罪だよ。テロだ。通報案件だよ!」

「大袈裟だな」

 

シロの耳から手を離し、クロがおどけて見せる。

なぜ襲われたのはシアンだったのか。

そこに理由は無い。シアンは関係ない。関係ないから、狙われた。

シロに近しく、そして戦う理由になるのなら───()()()()()()()()

 

「ゲームだろ?」

 

その瞬間、シロの中で何かが切れた。

それは堪忍袋の緒だったのか、どこかの血管だったのかはわからない。

 

「ゲームでもなんでも、荒らしは犯罪でしょ!!」

「……は? 荒らし?」

「荒らしだよ! 君がそんな人だと思わなかった! 見損なったよ!」

「俺はお前が本気になれると思ったからここまでしたんだぞ!? 俺に相応しくなれるようにって」

「何様のつもり!? 昔から思ってたけど君って本当にばか!」

 

捲し立てるシロに苛立ってきたのか、クロのこめかみに青筋が走る。

人間とは往々にして何かを目標にしている時、それ以外のものが何も見えなくなるものである。

最も、クロは今は人間では無く耳なのだが。

 

「俺はお前を勇者にするためにここまでやったんだぞ!」

「勇者!? それでシアンさん倒して極悪非道の魔王のつもり!? 片腹痛いよ!!」

「…………あぁそうかよ」

 

世界が色を失った。

何を、とシロが言うよりも早く、レフェリーをしていた偽シアンの耳がもげる。そうしてログアウトした偽シアンの姿を見送ったクロは、三度シロの前に立ち『超集中』を解除した。

 

「お前が本気でやるつもりがないなら、俺はこのインスタンスの奴らを全員もぐ。お前は最後にとっておいてやるよ」

「…………」

「手始めに……」

 

クロが視線を定めた先にはまた別の偽シアン。

そのシアンが背を向け逃げるよりも早く、クロがその耳に手をかけ、

 

カウンター

「…………ッ!!」

 

すんでのところで、片耳をシロにもがれた。

黒い耳を手放し、シロは偽シアンを背中にクロを見据える。

 

「これ以上、関係ない人を巻き込むなら……僕は容赦しない」

「やればできんじゃねェか……。いーぜ、今日は見逃しといてやる。次を楽しみにしとけよ」

「うるさい。早くどっかいって」

「……フン」

 

吐き捨てるように踵を返したクロは、間髪入れずにインスタンスを後にする。

その場には残った偽シアンとシロ、そして不安だけが残り、先ほどまでの和やかな雰囲気はどこにもない。

 

「シアンさんは?」

「えっと、オンラインにはなってるけど……」

「それより、さっきの(ひと)って……?」

「……ごめんなさい。後で説明します。シアンさんに会いに行くことは……できるみたいですね。みなさん、シアンさんのところへ行きませんか?」

 

良いけど、どうして。説明不足が重なり、偽シアン達が戸惑う。

それぞれのランチパッドには、シアンがオンラインになっている様子が写っていた。

シアンのいるインスタンスは、『キロバイトの海』。

シロは悔やむ気持ちをそのままに、シアンのいるワールドに入るボタンに触れた。

 

「もしかしたらシアンさんは、もう───」

 

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