みみのこ・ファイト・クラブ   作:アキ

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この物語はフィクションです。
実在の人物および団体とは一切関係ありません。


原理を知らない

 

キロバイトの海。

チルワールドとしての体を保ちつつも軽量に特化しており、ホームワールドとしても人気なワールド。

特筆すべきはやはりその圧倒的な軽さ。なにせ、単機対応である。

そんなワールドになぜ、シアンがいるのか。

その理由は。

 

「……PCが……壊れた……?」

「んー。うんともすんとも言わない」

「だからいま、単機で……」

 

シアンのPCの機能が停止した。

焚き火を見つめるシアンは普段の みみのこ の姿ではなく、VR単機でも使えるものに変わっていた。

そしてその隣に、シロを睨みつけるアバターが数体。先ほど、クロにもがれた みみのこ 達であった。

 

「ログイン、できなくなったんだけど」

「え……」

「VRCが落ちて、続けてPCがシャットダウンしたと思ったら……パスワードが変わってて何もできなくなったんだよ。これなに?」

「まさか……でもどうやって……」

 

彼らもまた、VR単機によるログインであった。

直前でされたことといえばクロにもがれ、VRCが落ちたこと。その間に何かが起き、今の状況が出来上がっている。

制御権を奪い、パスワードを変える。聞くだけでは、嘘や冗談のような話である、

 

「(……でも、クロならきっと……)」

「シロさん……ねえシロさん! あの人なに? なんなの?」

「クロ……は……その、フレンドで」

「だったら元に戻させてよ! あんなの荒らしじゃん!」

「ぼ、僕も何がなんだか……」

「やめなよ、シロさんに言ってもしょうがないでしょ」

「シアンさんっ、でもっ……! ……はぁ。わかったよ」

 

視線を落とし足元を見つめるしかないシロ。

その姿を見たシアンは苦笑い気味にため息をついた。

クロにもがれ、VRCが落ちたユーザーは、シロの激昂を知らない。ただシロのフレンドだと思われる者がインスタンス内で暴れ回り、気がつけばVRCが落ちていた。困惑も、無理はなかった。

最も最初にもがれ、このインスタンス内で一番状況が飲み込めていないであろうシアンが、シロに問いかける。

 

「教えてくれない? 俺に何があったの」

「シアンさんはあの黒いやつにもがれて死んだんだよ!」

「黒いやつ?」

「クロって言って……僕のフレンド……なんです。クロは出会った時からずっと何でもできて……ギミックとか作れて……」

「ふむ。続けて」

「えっと、クロが言うには……他人のPCに負荷をかけて、VRCを落とすギミック、だとか」

 

本当に荒らしじゃん、という声を荒げるユーザーを制止し、シアンは考え込む。シロの口ぶりからするに、シロ自身はそれに関わっていない。そも、そんなことができるのなら───荒らしが目的なら、普段のFCでもできるはずである。

そしてバトルを通じてシアンの理解したシロという みみのこ は、そういったことを好まない。少なくとも、好まなさそうである。

 

「あぁ、『5つのバッジ』……」

「…………?」

「そういうことかぁ……」

「あの、どういう……」

「うん。まとまった。まずね、シロさん。『5つのバッジ』を送ってきたのは、クロさんだよね?」

「……はい。それ以外考えられません」

「あんなやつにさんづけ要らないよシアンさん!」

「まぁまぁ。……それでさ、シロさんは今日、5つのバッジを全て手に入れたじゃない? クロさんが来たのって、それが理由なんだよね?」

「タイミング的に、おそらく」

「なーんかだいたい見当ついちゃったなー」

 

天を仰ぐシアン。その視界には、星空が広がっていた。

 

「……クロ、は」

「ん」

「クロは……僕と戦うため、って言ってました」

 

俯いたままのシロが、ぽつりぽつりと話し始める。

シアンも、後ろに続いた()偽シアン達も、そして無事だった偽シアン達も、全員が黙ってその話を聞いていた。

クロがどのジャンルでも頂点を取っていたこと。シロを育てるべく、何らかを画策していたということ。5つのバッジを用意し、シアンをログアウトさせ、続けざまに犠牲者を増やすことによってシロに戦う以外をできなくさせたこと。

今回何があったのか。クロとはなんなのか。シロは吐き出した。

 

ただ一つ、『クロを探してFCに来た』ことを隠して。

 

それは保身だった。

今、荒らしとして恨まれているクロを探しに来たというのがFCに来た動機なら、シロが来なければこんなことにもならなかったと思われるに違いない。シロは、自身がFCに来た理由をクロと離したかった。

FCとのか細いつながりが、途切れてしまうような気がしたのだ。

 

「じゃあ、シロさんがクロさんに勝てばいいのね?」

「それは……そうなんですが」

「? 何か理由が?」

 

首を傾げるシアンに、シロは両手を握りしめる。

 

「クロは……強いんです……」

「…………」

「さっき話した通り……クロはありとあらゆるゲームでトップクラスなんです。強すぎてそのゲームにすぐ飽きてしまうくらい」

「…………」

「さっき戦った時も……手も足も出なかった」

 

そういえば、と生き残りの偽シアン達がどよめく。

現在のシロはFCの中でも指折りの強さを持つ。コンディション、相手の情報の有無などによって一時(いっとき)の勝敗は変わるが、それでもソウエンや まてら を筆頭に、ソラニンやヤーレン、十六夜に八重桜───そしてシアンといった名の知れた みみのこ 達をことごとく突破している。

傍から見ても、今のシロはまず間違いなく強耳(つよみみ)と呼ばれるに相応しい強さを持っていた。

だがクロとの試合。

激昂するシロの背後をなんなく取り、耳を掴み、その先に敗北以外何もない状態まで追い込んだ。完膚なき、シロの敗北であった。

 

「……シロさん勝てるのか……?」「あいつ相当強いぞ」「無理なんじゃ……」「ていうか戦いたいなら勝手にやってろよ……」「巻き込まれてもねぇ」

 

偽シアン達の間に、そんな声が行き交う。

不安は膨らみ、シロに刺さる視線はより鋭くなっていった。

先ほどの保身。シロがFCに来た理由を言わなかったことで、シロへのヘイトは、確かに逸れていた。だがクロへの怒りは収まらず、クロのフレンドであるシロに少しずつその矛先が向かっている。

あくまで他人とはいえ、フレンドはフレンド。実際に被害が出ている荒らしが、よく知る者とフレンドだったのだ。印象が変わらない方が無理がある。

 

「もう通報しちゃえば?」

「…………!」

 

それは、誰が言った言葉だったのか。

目を見開いたシロがその声の方向に視線を向けるも、生憎と偽シアン達の見た目はほぼ一緒である。

その言葉は、波が砂浜に染み込むように、そのインスタンスにゆっくりと広がった。

 

「……たしかに、シロさんのフレンドと言えど荒らしは荒らしだし」「全員でブロックすればいいじゃんね」「というか実害が出てるんだしテロとしてちゃんと逮捕できないの?」「いやー、それはどうだろう……」

「ちょっ、ちょっと待ってください!!!!」

「「「「………………」」」」

 

VRChatのユーザーは、あくまで他人。

その人物にどれほどの過去が、わけがあろうと、いくらシロのフレンドであろうと今回のことを許すような理由にはならない。

そのための通報機能。そのためのブロック機能である。

しかし、それらによってクロのアカウントが凍結でもしたら。

 

「(クロは戻ってきて、くれるのかな……)」

 

ここまで手の込んだことをしておいてクロが諦めるとも思えない。だが、クロがあっさり別のジャンルに向かうというのも、容易に想像できる。

VRChatは出会いと別れの世界。

たまたま隣にいた者がシロだった。たまたまついていったのがシロだった。それだけである。

シロに みみのこ を渡したのも、仕組んだのも、全てはちょっと興味が出ただけ。

突き詰めてしまえば、クロにシロは必要ないのだから───。

 

「クロ、は……」

「「「「………………」」」」

 

大きな耳からなる『極耳(きわみ)』を通じて、シロの身体に突き刺さるような激痛が走る。

不安の目。疑いの目。苛立ちの目。失望の目。

 

「はっ……はっ、はっ、はっ、はっ……」

 

全ての視線がシロに突き刺さる。

シロの心臓がばくばくと脈打ち、気を抜いたらえずいてしまいそうなほどの重圧。臓物の位置が上下逆さまに入れ替わったような、脳がくしゃくしゃにシェイクされてしまったような、そんな気持ち悪さ。

 

たかだか1人のフレンドが荒らしだったから縁を切る程度のこと。

今シロは、たった1人のフレンドのために、多くの みみのこ を巻き込もうとしている。

何故そこまでしてクロにこだわるのか。この場の全員を敵に回してまですることなのか。

 

VRChatは、出会いと別れの世界。

クロの代わりなど、探そうと思えば探せるのだ。

多くいるフレンドを切ろうと、ちょっと悲しいだけなのだ。

突き詰めてしまえば、シロにクロは必要ないのだから───。

 

「ごめんなさいっ!!!!」

「「「「………………えっ」」」」

 

シロはその場に座り、頭を床に擦り付けた。

 

「クロはっ、僕のフレンドで……! 止められなかった責任もあって……クロの代わりに、僕が謝ります! ごめんなさい!」

「……いや、シロさんが謝るは違うでしょ」

「じゃあクロの通報だけは勘弁してください!!!!」

「えぇ……?」

「んふっ」

 

頭は下げたまま。

そのあまりにも無様な───矮小で意地汚くわがままな(設定として)()()()()()()()───姿に、こんな時だと言うのに笑いを堪えきれないそのユーザーは、何も言わずに次の言葉を待った。

 

「許してとか、見逃してとかそういうのじゃないんです」

「じゃあ、何を……」

「チャンスを、ください」

「……チャンス?」

「僕がクロに勝ちます。勝って、謝らせます。パスワードも戻させますし、シアンさんのPCも弁償させます。絶対に責任を取らせます! だから、どうか……!」

「なんでそこまで……」

 

突き詰めれば、クロにシロは必要ない。たまたま出会っただけである。

突き詰めれば、シロにクロは必要ない。たまたま出会っただけである。

だが、たまたま。

たまたま出会っただけの存在だからこそ。

一度別れてしまったら、2度と会えない存在だからこそ。

 

「大切なんです」

「…………」

 

言いたいことを全て言って、道を外したなら連れ戻す。

ささやかな、シロのわがままだった。

 

「いーんじゃね?」

「えっ、でも……!」

「PCはまぁ……まぁ、ね? その話はちょっと後でするとして。シロさんがここまでするって珍しいしさ。ちょっと見てみたいかな、その戦い」

「…………良いんですか?」

「良くないよ。全然良くない。追放通報凍結BAN賛成派。だけど……」

 

思わず顔を上げてしまったシロの前に、シアンが立つ。

その手を差し伸べ、笑ってみせた。

 

「"ともだち"なんでしょ?」

「…………はい!」

 

シアンは、シロの表情を見ることができない。

単機に対応していない みみのこ は、今のシアンには低画質のブロックの塊のような姿に見えている。

それでもシアンには、今のシロがどんな顔をしているか容易に想像できた。

 

「シアンさんがそういうなら……」「1番の被害者だしねー」「これ、全員に通達しといた方が良くない?」「みんなが納得するとは限らないよ?」

「僕が言います。納得してくれるまで、何度でも頭を下げます。クロとの戦いが終わったら、バッジを全て剥奪してもらっても構いません」

「覚悟強っ」

「じゃ、話自体は次のFCでシロさんがするとして、説得に回ろうか」

「あ、じゃあ一緒に……」

「「「「シアンさんはFC(PC only)いけないじゃん」」」」

「腹立ってきたな、やっぱ通報していい?」

「や、やめてくださいッ……!!!!」

 

青い顔をして再び地に頭をつけるシロ。

その姿を見て笑うシアンだったが、思い出したように首を傾げた

 

「そういえば……5つのバッジってどうやって渡せばいいんだ……?」

「あっ」

「PC壊れたし……送られたバッジのダウンロードURLは期限が切れてるし……5つのバッジ、渡せなくない?」

「えっと……それは、そう……なんでしょうか?」

 

シロは現在、5つの内4つの『5つのバッジ』を持っている。

だが最後のバッジ……シアンのバッジがなければ、5つ全てを集めたとも言えない。

やはりPCを新調するしかないか……と天を仰ぐシアン。

シアンからバッジをもらったら5つ全てまとめてつけようかと思っていたシロは苦笑いを溢した。

5つのバッジの受け渡しの前にクロが来たということは、5つのバッジは討伐の証明品ではなくただの飾りであることがわかった。

何も、そんな無理してまでバッジを渡そうとしないでも、と言いかけたシロだが、ふと気づく。

 

「(……どうして……()()()()()()()()んだ?)」

 

あの場にクロはいなかった。

5つのバッジが証明品では無いのなら、クロはどうしてシロがシアンに勝利したことを知ったのか。

 

「(……あの時は……インバイトインスタンスだったはず。何をやっても、僕がシアンさんに勝ったのを知れるわけがない……。だって、僕からクロに伝えないと……)」

 

いや、あるいは。

知ることができる。

シロから伝えてこずとも、他の みみのこ から知れば良い。

 

「(……まさか……!)」

 

和やかに、雑談を交わしているシアン達。

PCはどんなふうに壊れたのか、シアンがレフェリーを務めるはずの日はどうするのか、など。

一見すれば、いつもと同じ光景。

だが。

 

「(いる……)」

 

確実に。

 

「(この中に……クロと連絡を取れる、内通者が……!)」

 

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