みみのこ・ファイト・クラブ   作:アキ

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この物語はフィクションです。
実在の人物及び団体とは一切関係ありません。


FC(ファイトクラブ)を知らない

 

決戦前夜。

アバター改変のために軽量ワールドとしてキロバイトの海にいるシロの元へやってきたのはシアンだった。

 

「シアンさん」

「大将やってる?」

「何屋さんですか……」

 

シアンの姿はやはり、いつもの姿ではない。

VR単機に対応したサンプルアバターには、それをシアンたらしめるリボンやカバンのような意匠は無い。

顔こそ笑っているがどこか哀愁を含ませた瞳で押しては返す波を見るシアンの姿に、シロは目を伏せるほかなかった。

 

「何してるの?」

「えっと……練習のしすぎだから気分転換をしろと言われて……それで改変作業を。クロ対策のギミックも入れなきゃですし」

「ふぅん……。あそうだ、シロさんに渡さなきゃいけないんだった」

「?」

 

その言葉と同時に、シロのDM欄にURLが送られる。

そこからダウンロードしたファイルの中には、一つのパッケージ。

 

「改めて、バッジ取得おめでとう」

「シアンさんの……『5つのバッジ』……!?」

 

シロの改変画面に表示されているのは、紛うことなくシアンのバッジ。

どういうことか、とシロは驚きを隠せずにいた。

クロからシアンに送られた際のURLはすでに期限が切れている。シアンのPCは壊れているため、バッジを渡すことはできないはずである。

 

「なんで……!?」

「修理できないかお店に持って行った時に、無事だった部分からバッジだけ抽出してスマホに転送してもらったんだよね。だから、これはスマホから送ってる物だよ」

「…………!」

「それに遅かれ早かれ……いや、これはまだ分かんないし伝える事じゃないか」

「……? あっ、とにかくありがとうございます!」

「いいよいいよ。これで『5つのバッジ』が全部揃ったね」

「はい! これで……」

 

すでにダウンロードしてあった4つのバッジ。そして今貰ったばかりのバッジ。それらをアバターに入れたシロはどこにつけようかと悩みながら、その形状の違和感に気づいた。

シアンのバッジが、妙な形をしている。

何かをはめるような窪みと、ズレた中心点。パズルのピースのようだ、と以前思ったことをシロは思い出した。

 

「もしかして……」

 

シアンのバッジ。

そして、ソウエン、ミタマ、まてら、セソンのバッジ。

それら全てに、形こそ違うものの共通の違和感。

シロは特に理由もなく、ただなんとなく、シアンのバッジと まてら のバッジを重ねてみた。

ズレた中心点を重ねるように。

 

「…………!」

 

シアンのバッジの窪みに、まてら のバッジがはまる。

 

「これって……!」

 

全てのバッジの中心点を重ねたそこには、一つのバッジが生まれていた。

まるで、最初から一つのバッジであったかのように、そこに輝いている。

 

「(……でもなんで、こんな仕掛けを……?)」

 

確かに、5つ全てを重ねると完成するバッジは面白い。だが、クロにそんなことをする理由はなかったはずである。

シロはクロの計算づくな考え方を知っている。クロ自身が見た目を気にした時以外に、このバッジのような凝った仕掛けを作るとは考えづらい。

それとも、本当にただシロのモチベーションを上げるためだけにこのようなデザインをしているのか。

 

「(なにより、クロは……)」

 

シロは知っている。

クロは、FC(ファイトクラブ)を知らない。

バッジという文化があること。個人のバッジがあること。クロが得られる情報は、表面上のそれらだけ。

重ね合わせた5つのアイテムが一つのバッジになるのは確かにFCでは人気が出るだろうが、クロはそれを知らないのである。

 

だからなにか、理由がある。

 

シロはバッジを睨みつけた。

マテリアル、テクスチャー、ポリゴン、アイテム名の不自然な数字。

 

「…………ん?」

「どしたのシロさん」

「あの、このアイテムの中にある数字って……」

「あー、4ってやつね。あれなに?」

「シアンさんも知らないのなら……僕にも……。すみません……」

 

シアンの4をはじめ、1や6、9と、もう一つ6。

それぞれのバッジの中に無意味に配置された、名前に数字が書かれているだけのエンティティ。

シロは考えた。2や3が無いことから、何かの順番ではない。

この数字が、何も無いわけがない。だとするのなら、これは暗号であるのか。暗号なら、ヒントはどこに。

 

「…………順番……?」

 

シロはバッジのモデルをもう一度見返す。

窪みにハマった『5つのバッジ』は、下から一枚ずつ重なるようにできている。

綺麗に、段々になるように。

 

「シアンさんのバッジが……4……」

 

その次が、6。

1。

6。

9。

バッジが、段々に重なる。

 

「46169……!!!!」

 

白色(4616)と、黒色(9616)

 

「シアンさんっ! 偽シアンさん達と連絡って取れますか!」

「えっ。まぁ、うん」

「クロのせいでロックがかかったPC……そのパスワードがわかったかもしれません!」

「ぇマジ?」

「マジです」

 

シアンは手元でスマホを操作し、誰かにメッセージを送っているようだった。

クロによってロックされたPCは、下から順番に46169か、上から順番に96164か。そのどちらかを打ち込めば。

 

「……シロさん」

「はい……」

「マジだ……!!」

「……!! はい!!」

 

結果として、パスワードは元のパスワードのすぐ後ろに46169か96164を重ねただけのものであることがわかった。

クロの被害によりPCVRができなかった物が次々にインし始め、シアンのソーシャル欄に幾つかの光が増える。

 

「これ、もう怖い物無しじゃない?」

「……どう、でしょうか」

「……?」

「多分、これに僕が気づくのも織り込み済みだったのだと思います。でなければ、こんな謎解きめいたパスワード、作るはずもありません。クロはきっと、いつか僕が気づくことが……わかっているのだと思います」

「……ほう?」

「これはきっと……クロから与えられた最後のチャンスなんです。次に倒されたら、きっとこのパスワード(46169か96164)は使えません。ヒントも、もう無いですし」

「なんでそんな手の込んだことを?」

「クロは……魔王のつもりだったらしいので。きっと。……クロは、そういうやつなんです」

「ふぅん……。で、その最後のチャンスで、どうしろって?」

「それは僕にも……。生き返らせてやるから逃げろって言ってるのかもしれませんし……そもそも、僕に用意されたものだったのかも。僕が一度負けることを計算して」

「真相はクロさんだけが知るってことね」

 

結果として、()でクロを下さなければならないということに変わりはない。

だが、一度減った味方を取り返すことができた。

 

「これで気兼ねなく戦えるんじゃない?」

「気兼ねなく、ですか……」

 

再び俯き、シロは砂を見つめる。

その目には、無力な自身の体が写っていた。

 

「シアンさん……僕、勝てるかわかんないです」

 

シロはまだ、『不動・シン』を会得できていない。

七朝七夕のほぼ全てを みみのこバトル に費やして尚、シロの癖は抜け切らなかった。

実態の掴めない『不動・シン』はシロが掴みかけたところを、その手をすり抜けどこかへ漂う。

 

「みんな……みんな、落ち着いて落ち着いてって……そんなこと言われても!」

「…………」

「クロとの戦いまで24時間も無いんですよ! 落ち着いていられますか!」

「……そっ、かぁ……」

「だいたい、落ち着いただけで型が習得できるなら、誰でもできるじゃないですか! 『不動』って、『不動・シン』ってなんなんですか!」

「ん……?」

 

シロの叫びに、シアンは首を傾げた。

シアンは型や技に詳しくない。誰よりも早く相手をもぎ倒す、それだけを武器に戦っていたから。

だが、そんなシアンでも『不動・シン』については聞いたことがあった。

 

「シロさん」

「なん、ですか……」

 

シアンの顔を見ずに返事をするシロ。

そんなシロに、シアンは一言、

 

 

 

 

 

「『不動』は型じゃないよ」

 

 

 

 

 

とだけ、言った。

 

「へ……?」

「いやまあ、よく知らないけど、そうなんだって」

「型じゃ、ない……? じゃあ、技……?」

「それも違うと思うけど……もう一回、チャレンジしてみたら?」

「なんっ……、ちょっと待ってください! もう少し詳しく! 僕、クロに勝たなきゃ……!」

「勝たなきゃ、何?」

 

言葉に詰まった。

シロが勝たなければ、クロと会えなくなる。

シロが勝たなければ、FCにいられない。

それだけでは無いはず。シロの中にある勝たねばならない理由が、言語化できないままシロの頭の中をぐるぐると駆け回る。

最悪の未来に身体は震え、呼吸は浅くなる。

 

「僕が負けたら、どうなるか…………」

「……こほん。お互い見合って!!

「は、はいぃ!!」

 

条件反射。

すぐさま構えたシロの前にいたのは、シアン。

構えたまま固まるシロの耳をすぽっと抜き、シアンはわけもわからず地面に横たわるシロに笑いかけた。

 

「シロさんは、負けないために戦ってるの?」

「……あ」

「負けたらどうなるか……それは実際に負けないとわからない。次があるかわからないけど、次が無いとも限らない」

「…………」

 

みみのこ は、死んでも立ち上がれる生き物である。

悔しくて、情けなくて、涙を流しながら、それでも拳を握れば、立ち上がることができる。

 

「シロさんが全部背負う理由はないんじゃないの。だから後のことは後にして」

 

楽しむ。

 

「強敵との戦いを、楽しんでみたら?」

「…………はい!! ごめんなさい、忘れてました!!」

「ん。じゃ、勝つためには?」

「練習、あるのみ……!」

 

シロは改変画面を閉じ、インスタンスを去る。

地下闘技場へ、修行をしに。

1人海に残されたシアンは自身の後ろを振り返ると、そこにある何かに触れた。それは大きく、箱状をしている。

 

「さて、やりますか……!」

 

日の幕が開く。朝が闇を突き刺し、帳をこじ開け空を青に染める。

誰かが見上げた空は、それが誰かにとって決戦の日であることなど知らないまま、ゆっくりと、だが確かに赤く染まっていく。

茜色の空は紫色に染まり、その光もやがて地平線の彼方へ押し込まれていく。

夜が来る。

魑魅魍魎、化け物の闊歩する夜が。

 

時計の針が進み、短針が10を指した頃。

FCインスタンスに、黒い みみのこ が現れた。

その視線の先には、みみのこがいる。

 

「……あ?」

 

否。()()()()()がいる。

その上にネームプレートは表示されていない。即座に自身の設定を見直したクロだが普段と変わりは無く、それがワールドに備わった機能であることを察した。

 

「なんだお前ら」

「ようこそ、みみのこFCへ」

 

クロの前に立ちはだかる みみのこ 達の1人が声を上げた。

名をソウエン。灰色の髪、傷により開かない片目が特徴の みみのこ である。

 

「クロさんは、俺たちと戦ってくれないの?」

「ふざけてんじゃねェぞ! シロはどこだ!」

「あくまでシロさん以外と戦わないつもりか。だったら……」

 

ソウエンの横に、一耳(ひとり)の みみのこ が立つ。

手元のメニューを操作し、その姿が一瞬、クリスタルに包まれた。

そうして再読み込みされた姿は、デフォルトの みみのこ。

なんの改変もない、ただの みみのこ。

だが。

 

「シロはここにいるよ」

「は……?」

 

姿を変えた銀貨が白いキャスケット帽を放り投げる。

そこに魚のヒレはなく、白と黒のドレスに身を包んでいた。

 

「私もシロだよ」

 

その声に引っ張られるように。

その場にいたクロ以外の みみのこ 全員が、姿を変える。

ある者はデフォルトで。ある者は自身がシロに抱いていたイメージを具現化した姿で。

 

「俺もシロだ!」「私もシロだよ」「ボクだってシロ」

「やってやるっす……!」「別に倒してしまってもかまわんのだろう?」

 

ジャージにサンダルのシロ。

照った小麦色の肌にチャイナ服を纏うシロ。

黒い炎のデザインされた膨らんだズボンに、黒いシャツとデフォルトのジャケットを羽織っているシロ。

タクティカルベストを纏う灰色のシロや、ヘアバンドを身につけたシロ。

蒼い瞳を持ち背中の帯を揺らすシロや、かきあげた前髪をゴムで止め、フード付きのジャケットを羽織っているシロなど。

 

「みみのこはね、たまーに偽物が増えるんだよね。これはさしずめ、偽シロってとこかな」

「お前! お前のPCは壊したはずじゃ……! なんで……!」

「そりゃあ、新しいのを買ったからでしょ。復旧地獄だったなぁ」

 

大きなジッパーと不揃いな靴下。耳と髪の先が黄色いシロ(シアン)が、得意げに笑う。

シロ(シアン)の合図で、後ろに控えていた偽シアンの姿を持つ みみのこ 達もまた、その姿を変えた。

 

そして一耳(ひとり)、姿を変えていないソウエンが前に出る。

 

「ふざけてんのか……あァ!?」

「ふざけてなんかないよ。ほら」

 

その姿はクリスタルに包まれ、再読み込みされたソウエンの姿が表示される。

 

───「えっと、何か?」───

───「いや? ソコにつけるんだな、って」───

 

デフォルトの みみのこ に、銅バッジが一つ。

シロが最初にバッジをつけた場所と同じ位置で、鈍く煌めいていた。

 

「(このアバターも、だいぶ久しぶり)」

 

もはや数も覚えていない銅バッジ、その最初の1個目。

その輝きを指で弾き、ソウエンは不敵に笑った。

 

「俺たち全員が、みみのこFC(ファイトクラブ)のシロだ」

「いいかげんに……!」

「1対59……満員(フルインスタンス)。待機列も合わせれば100だって超えられる。ほら、シロさんと戦いたいんでしょ? ()ってやるからかかって来いよ」

 

相手にされていない。

そう感じとったクロはギミックを作動させた。

赤いリングがインスタンス内に広がる。出れば即死の強制バトルシステム。

 

「雑魚が群れたくらいで粋がんな」

「(このギミック……やっぱりランク戦 みみのこ のギミックの改造品か)」

「全員まとめてぶっ殺す」

「ダメだよ、ブチもぐって言わなきゃ」

「うるせェ黙れ!!」

 

唾を飛ばす勢いのクロに、シロ(ソウエン)はこれ以上の煽りは不要と判断。

声高らかに叫んだ。

その名は、つい最近決まったばかり。

保留中だった、シロのチーム名。

 

「『魔王軍』……突撃ッ!!」

「「「「行くぞーッ!!!!」」」」

 

別のインスタンスで、居場所非公開(オレンジステータス)のシロはその手を握りしめる。

悔しさと不甲斐なさで、今にも飛び出したい衝動を抑えながら。

 

「……時間、ですね」

 

八重桜がソーシャルメニューを開き、呟く。

同様にシロの練習に付き合っていたエリテマも、ソーシャル欄を開き「ゲッ」と声を漏らした。

今この瞬間にも、グループ+で建てられたインスタンスの人数は次々と減っていっている。

 

───おい、狙われてるぞ!───

───あてなのぉ!?───

 

「シロさん、ワシらも行ってくるよ」

 

───ああ! 師匠達が死んだ! あっ、こっちの師匠も!───

───いや待てなんだ師匠『達』って普通一耳だろ師匠って───

 

「FCメンツの時間稼ぎももう限界。あと数秒か数分ですが、体力を回復してください」

 

───次! 次のヤツ早く来て!───

───シロさんの時間を、少しでも作るんだ!───

 

「あとはもう、シロさん任せだからね。じゃ、セソン、行っきまーす」

 

インスタンス内の人数表記は減り続ける。

同時に、事前に用意された避難用キロバイトの海のインスタンス内人数が増え続けている。

残弾も、残り少ない。

 

息を整えて、体を良くほぐすシロ。

膝や肩を入念に、首や手首足首、指先に至るまで、ぐりぐりと。

両手を広げ、その場で回転。前後左右へのステップを軽く済ませ、リアルコライダーとの距離感を測った。

 

「───ふう」

 

シロが手を翳した先にポータルが生まれる。

インスタンス内の人数は───1。

 

「……よし」

 

そのポータルの先は、決戦用に作られた特殊なワールド。

ギミックにより名前の表記が隠されており、その場で見れるのはお互いの姿のみ。

 

「22:30。大遅刻だな、シャイロ」

「シロだよ。待たせてごめんね」

 

地下闘技場に存在する大きなミラー。その前に立つ一つの黒い柱の上に、クロは座っていた。

シロが横に視線を移すと、最高スコアとして数字がカンストしているゲーム機があった。

 

「やっぱりクロはすごいや。これ、結構むずかしいんだよ」

「黙れ」

「…………。決着を、つけようか」

 

シロは舞台装置へ向かう。

そこにあるのは一つのボタン。ボタンに手を翳して表示されるのは、『勝て』の文字。

 

現れるは、赤の柱。

お互いの足の位置の目安となる足跡が二対描かれている、決勝戦の足場である。

そこに立つ みみのこ は、もう一つの名を魔王。

『魔王軍』を率いる、小さくて白くて、気弱で、誰にも何も打ち明けられず、少しのきっかけで挫折し絶望し、だが周りに背中を押されて、前を向き続けた魔王である。

 

「は? お前がこっち来いよ」

「もう君に合わせてなんかやらないもんね。それに、君は強い僕と戦いたいんでしょ? だから、戦わせてあげる。戦ってあげるよ」

「……うざ」

「だから君がこっちに来なよ。僕と戦いたければ……いや」

 

赤い柱の上で、そのコートを翻す。

左右の襟に煌めくは一つの金のバッジと、合わさり一つとなった『5つのバッジ』。そして金バッジの下に、ボタンの位置で鈍くも眩しく輝く三つの銅バッジ。

金バッジを指先でピンと弾き、シロは不敵に微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()りたきゃ上がってきな、ルーキー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




2026年2月13日金曜日、16:30に最終回を予約投稿しました。
最後までお付き合いください。
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