みみのこ・ファイト・クラブ 作:アキ
実在の人物及び団体とは一切関係ありません。
……たぶん。
「殺す」
「クロって案外、ボキャブラリー少ないよね」
「…………」
屈辱以外のなんでもなかった。
なぜそんなに偉そうなのか。クロには理解できなかった。
ただ、本当に、気に入らなかった。
今クロの目の前にいる白い みみのこ は、クロの知るシャイロではない。
はったりだと、ただ勢いで言っているだけだと思っていた。
「…………?」
クロは自らの手を見た。
自分の意思に反して、手が震えている。
病か、コントローラーが震えているのか、はたまた回線が悪いのか。
どれも違う、とクロは直感で理解した。
「カメラを飛ばさせてもらうね。これ、配信されてるんだ」
「何のために……」
「僕が勝つところを、みんなが見たいからだよ」
威圧感。
今まで生きてきて誰からも感じなかった、恐れ。
それを目の前にいる、ふざけても怖いとは言えないような、腑抜けた面をしたすぐに殺せてしまいそうな、たった一つのアバターから感じている。
「提案があるんだけど……さ」
「お前が? 俺に? 提案? 何様のつもりで……」
「今からバトルをしても、僕の勝利ですぐに終わってつまらないから……一つギミックを使おう」
「無視してンじゃねェ……!!」
怒りで噛み締めた奥歯が、ぎりと変な音を立てた。
調子に乗るなと、今すぐもぎ殺してしまいたかった。
だがこの場においてそれは、敗北になるのではないか。クロは動けないでいた。
「『みみのこ残機ギミック』……これを……使って、お互いの残り残機を全部吹き飛ばした上で倒した方の勝利。ね、楽しそうでしょ?」
そう言ったシロは、99と数字の書かれた髪飾りを付けていた。
シロが耳を一つもぎ落とすと、その数字は98へと変わる。
すぐさま数字をリセットし、シロは笑った。
「ギフトは贈らないよ。どうせ、クロならすぐ同じものを作れるでしょ?」
「…………!」
「待っててあげるから、作りなよ」
どこから間違えた? クロは空中の画面を操作しながら考える。
シロの煽りに乗って、赤い柱まで向かってしまった時か?
22時に地下闘技場で待つという言葉に言われるがままその場を後にしてしまった時か?
もしくは、もっと前か。
───でしょ? クロやってみたら?───
あの日、一度でもシロの、シャイロの提案を聞いてしまった時から?
クロは目を見開いた。そうではない。あの時ではない。もっと前。もっと前から。
───クロすごい! あれはどうするの?───
───本気出せば、こういうのもできちゃったりして!───
───ねぇクロ、こういうのはどうかな───
もっと前から。
───違う、よく見とけシャイロ。これはな───
もっと前から、シャイロに乗せられて……?
「……うぜェんだよ」
「あ、できた?」
「これで! 満足か! これでェ!」
再読み込みされたクロの髪飾りには、99の文字。
ギミックを外から見ただけで即座に複製。到底人間とは思えない技術を披露したクロは、怒りをそのままに手元のギミックを発動しようとする。
「強制バトルシステ───」
赤いリングによる強制バトルシステム。
ランク戦アバターのギミックを改造した、クロのステージ。
だが、それよりも速く。
「MOGシステム、起動!!」
展開されたリング。
クロのアバターの中に内蔵されていた判定が引き出され、クロの右手が赤く光る。
「今、君と僕の みみのこ としてのバージョンは同じ。君のは改造されてるとは言え、そりゃギミックは誘発させられるよね」
「白いリング……! 俺のじゃねェ! 何した!」
「答えはコレだよ」
『『『『お互い見合って!!!!』』』』
「なんッ、だこの声!」
突如としてインスタンス内に響く声。
この場にはもうシロとクロしかいない。クロのアバターにこんな機能は無い。で、あれば。
「これはみんなの声。みみのこ
グループ+で建てられたキロバイトの海で、VR単機のユーザー達が画面を前に祈る。
その画面に映っているのはシロの配信。
「頼む」
「お願い」
「勝って〜!」
大罪葱が、画面を見ながら叫んだ。
「さぁ、勝つと思う方に耳を賭けろ!」
「賭ける耳がねえよ!」
「でも、まぁ……決まってるでしょ、もう」
赤い柱に───決勝戦の足場に立つ者は、負けた者の意志を背負って戦う。
勝ちたかった。悔しい。情けない。惜しい。
そんなすべての思いを背負う。
『『『『お互いに、礼!!!!』』』』
「うるせェんだよ!」
「……よろしくお願いします」
『『『『構えて!!!!』』』』
全てを背負うシロと、背負うことを知らないクロ。
託された意思は背負うその背を強く押す。故に、背負える者が、強い。
一瞬の沈黙がFCに、地下闘技場に広がる。
どこかのインスタンスで、誰かの喉がごくりとなる音がした。
『『『『はじめッ!!!!』』』』
「「
お互いの耳がもげる。
髪飾りの数字が減り、シロとクロの耳が再生した。
生えたばかりの大きな耳からなる『
『片耳渡し』を放ったばかりのシロが体勢を立て直すよりも速く、クロは次の手を打っていた。
「…………ッ!」
体を相手に向け直そうとするシロと違い、クロはバックステップを二の矢として使用。すれ違い様に2本の耳をもがれ、鋭い痛みにシロは顔を歪めた。
そしてクロは勢いそのままに、シロの背後へ。再生したばかりの耳をもぎ落とした。
負けじとシロが手を伸ばすも、その手は空を掴む。
下にいる。シロがそう気づくよりも速く、下から上へ、黒い影が弧を描いた。
『ぐぅ……!』
「シロさんの残機、91って書いてある! もうあんなに差がついてる!」
「シロさん勝てるよねぇ!?」
「勝てるよ。勝ってくれなきゃ困る」
画面の中で苦悶の声を上げる みみのこ に、キロバイトの海で待つ者達が不安そうな顔をする。
戦いを楽しんでいた者も、一線から退いた者も、一回でも みみのこバトル をしたことのある者なら分かる。クロは、異次元の存在であると。
動き出しを見てから避けている。それは分かるのに、どうして体がついていくのかがわからない。あれが本当に、人間にできる動きなのか。
『っうあッ……!』
「あっでも1本もいだ!」
「2本もがれて1本もぐんじゃ割に合わないよ!」
「やばいよあれ! これがあと90回も続くの!?」
再生した端からもがれていく。シロの髪飾りの数字が次々に減っていく。
ぶちり、と無いはずの耳がもがれる
『極耳』は、痛覚をも再現する。それはデメリットに他ならず、少なくとも試合が終わるまで99はもがれなければ終わらないということ。
「(ただの再生アリ戦にしたほうが……とも思ったけど)」
最初の一撃。シロのもいだ耳は1本。対してクロがもいだ耳は2本。
もし通常の再生アリ戦であった場合、あの一瞬で、決着がついてしまっていた。そうなる可能性が十分にあると踏んだ、シロの判断だった。
クロは既に、100以上の みみのこ との同時バトルを済ませたばかりである。バトルにおけるスキル面で勝てる見込みは一切ないが、シロには唯一と言っていい勝算があった。
「(僕はクロのスタミナ切れを見たことがない。今まで全部秒殺だったし)」
シロの手を異様な軌道で躱し、シロの耳をもぐクロ。
急加速したようなその動きはまさしく『超集中』によるもの。クロのメインウェポンである。
「(30分以上の連戦……きっと『超集中』を使ってるはず)」
シロの
対してオリジナルであるクロはその反動が少ない。元より備わっていた力である。
だが。
───調子がいいとよ、丸一日考えたみてェな疲れがあるのに、実際には30分だの1時間だのしか経ってない時もあンだ───
クロにも疲労が存在することを、シロは知っている。
故のスタミナ勝負。偶然にもシロが来る前の100
さらに。
「(君は知らないだろうけど)」
「……! 早く、くたばれ……!」
みみのこバトルは、想像よりも体力を消耗する。
瞬発力を必要とし、全身の筋肉を使い、そしてそこに経験が加わる。
「ここ……!」
「なっ、避けッ……!?」
「
避けたのではない。
当たっていないのだ。
「
「クソが……!!」
紙一重。地面に落ちたのは変わらず3本の耳。
ただ一つ変わったのは、落ちた白い耳の数が1本、黒い耳の数が2本ということ。
そして、繋ぐ。痛みがシロの中の闘争本能を沸き立たせ、頭で考えるより先に身体が動いた。
「
「なんッ……!?」
振り向きざまに刀を返し、2本の耳が舞い落ちる。
シロの耳は、もがれていない。
自身でも信じられない動きをしたシロはニヤリとイタズラが成功したような笑みを浮かべ、片足の踵を中心に半円を描く。
「どこに……後ろか!」
「今、僕を見失ったね! 一瞬でも!」
クロの手は空振り。その手のもう一歩先にいるシロは、既にもぐための体勢を整え終えていた。
「カウンターッ!!」
「…………ッ!!!!」
もがれたクロが後ろに下がり、距離を取る。
詰めるか、と思ったシロだったが一呼吸に動きすぎている。
一度呼吸を整え、もう一度迎え打つ体勢を。
後ろへ下がり、シロが息を吸い込んだ時。
「…………ッ!!」
ばくん、とシロの心臓が跳ねた。
息が詰まる感覚。全身が酸素を求め、肺が割れるような音がシロの頭に響く。
短時間の応酬でこの消耗。もし呼吸の間を置かずに詰めていたらどうなっていたか、シロはゾッとしたまま大きく息を吸った。
そして後ろに下がったまま動かないクロを見て、幸運に感謝しつつも首を傾げた。
「……どうした……の? 疲れた?」
「さっきのソレ……『カウンター』って言ってたよなァ。お前の奥義……なんだろ?」
「ふふ、まあ、ね……。それがどうかしたの?」
俯いたまま戦おうとしないクロ。
それをキロバイトの海で見ていた者達も、眉を顰めていた。
『最初に見た時はどんなからくりと思ったが……そうか、そういうことだったんだな』
『……なに、急に?』
『もう俺にそれは通用しない……今、見て、理解した』
「嘘でしょ……?」
「シロさんの奥義が、通用しない……?」
ふらふらとおぼつかない足取りでシロへ近づくクロ。
と思えば、急に踏み込みその耳を狙う。
クロがシロを見ていないことは、『極耳』による視線の感知で分かる。視線の位置、当たらないであろう距離感、隙。『カウンター』が打ちやすい、絶好の間合い。
それが何かしらの罠である、ということにシロが気づいた頃には、もう遅かった。シロの身体はすでに、思考よりも早く反射的に行動している。
だから、止められなかった。
「カウン───」
「───カウンター」
白い耳が2本、無惨にも散る。
『なっ……!?』
『この技はもう、俺のもんだ』
「そんな……!?」「盗られた! シロさんの『カウンター』が!」
「この土壇場で!?」「ちょっと待って、相手が『カウンター』を持ってるってことは……!」
ゆらりと近づくクロ。
それに対し、今度こそはと『カウンター』を振りかぶるシロだが───
『
『か、カウン……』
『カウンター』
返す刀よりも先に、シロの耳がもぎ落とされる。
「『カウンター』に『カウンター』されたら、勝ち目無くない……!?」
「「「「…………!!!!」」」」
苦痛に顔を歪めながらも、シロは考え続ける。
クロの、一度見ただけで大体のものを理解してしまう性質は最初から警戒していた。いくつかの技がコピーされてしまうことも、なんとなく覚悟していたことである。
そもそも、クロはどこからか『ダッキング』を学習している。最初にぶつかり合った『片耳渡し』も、おそらくシロからコピーしたもの。
「おいおいどうしたァ! 打ってみろよ、カウンターをよ!」
では数回見ればコピーしてしまうクロに対して、有効打たり得たものは何か?
それはクロが疲弊した状態で、かつ動揺で対処が遅れた時の『秘伝・片耳渡し』と『カウンター』である。その他は、もげていないか、もげても片方のみ。上手くいった時の共通点と言えば?
「おい! なんか言ったらどうだよ! なあ!」
「だいたい! お前が! 俺に!」
「勝てるわけ! 無ェだろうがよ!」
「ちょっと内々で勝てるようになったくらいで! 調子に乗ってんなよ!」
「…………ッ……」
思考は痛みで纏まらない。
下手な攻撃はクロの『カウンター』の対象。避けに徹しても、クロの正確さの前では1耳だけ残すのがやっと。
シロの視界は、ぼやけてきていた。
ふと、横にあるカメラがシロの視界に入る。
ストリーミングされたカメラに収まっているこの戦いは、みみのこFCグループ参加者のほぼ全てに行末を見守られている。
「……………………」
奥義である『カウンター』は通用しない。『秘伝・片耳渡し』も、クロに『カウンター』を返されて突破される。
みんなが見ている。
クロは見たものをコピーできる。大抵の物であれば一度見れば。
だがみみのこバトルの技は一瞬の出来事であるから、おそらく何回か注目して観察しなければコピーできないのだろう。今『カウンター』をコピーされたことがそれを証明している。
みんなが祈っている。
であれば、初見の技ならどうか。
だが、シロの持つ技の中で、クロが初めて見る技などたかが知れている。打開策になるとは、到底思えない。
みんなが待っている。
必要なのは切り札。奥義のさらに奥にある奥の手。この状況を切り開く、そんな突破口。
「……ぁ」
みんなが信じている。
シロの勝利を。
「───もぎ───」
「……あ? なんだ?」
「───
溜めた足を解き放ち、白の閃光がクロの身体を突き破る。
抜け落ちた耳は2本。クロが何が起きたかを理解するよりも速く、シロは息を止め、次の手を打った。
「───
「なんッ……!?」
「───
「なんだ、それ……!?」
「はっ……はっ……!!」
シロの心臓が早鐘を打つ。
既に身体は限界を迎え、シロの身体から感覚は無くなっていた。
既にシロの動きに意志はついて来ず、腕を動かそうとして動くものではない。
その状況の中で、シロは。
「はっ……はっ……」
笑っていた。
「(もっと……もっとだ……もっと速く……!)」
生物が己の意思で動くには、限界がある。
一拍で動けるその限界は、せいぜいが『初動』という動きに繋がる程度のもの。機械で言えば、スイッチをオンにするその瞬間かそこらの一瞬。それが一拍というもの。
シロの思考の中にある『型』の宣言。
それにかかるのが、一拍であった。
しかし、技を用意する一拍と行動に移す一拍が、繋がった。
「───
技とは。
特定の動きに名称をつけることによって、名称を意識した瞬間にそれに紐付いた動きを引き出しやすくするというもの。
また、誰かがそれを再現しようとした時に、固有の名称があれば。
「───
「消え……!」
「下だよぉ!!
「クソがッ、カウンターッ!!」
同時に、4本の耳が落ちる。
「はァ!? カウンターは間合い逸らしの回避技だろ!? なんでお前の技が当たる!!」
「迅雷瞬歩 白雷……だよ!!」
「ッンだそれ……!!」
「(理解するよりも、速く、
『白雷』。
仕組みは簡単。スティック移動により離された間合いを詰め、もぎの成功率を上げるというもの。
相手との距離感は『極耳』で静電気を感じ取り把握することが可能。スティック移動中に体勢を整えることも可能。
たった今、生まれたばかりの技である。
「うぜえ……うぜェんだよ!!!!」
「(…………!!)」
肺から全ての空気が漏れ出る感覚をシロは引き出される。
クロの
クロとシロの視界から色が消え、時間の流れが緩慢になる。
「(こうなるのが嫌だったから、『超集中』を使わなかったけど……使わされるなんて)」
「はァ、はァ……チッ……!!」
実際の時間の流れは変わっていない。
クロとシロ、お互いの知覚する時間がゆるやかになっているが故に起こりうる現象。
時間にすれば、ほんの数秒。
ほんの数秒、クロが浅く速く息をした。
「殺す」
その瞬間、時間は流れを取り戻す。
「(避け……いや、間に合わない!)」
「カウンターッ!」
「
痛みで眩む視界の中、シロはクロを羨んだ。
クロは常に、シロの一歩前にいる。
『超集中』でペースを乱せばシロより先手を取ることができ、技のコピーをすればシロより上手く扱える。
「クロ」
「うるせェ殺すぞ! 鬱陶しいんだよさっきから!」
「クロはすごいよ。FCのみんなの技を使っても、僕は君に追いつけない」
「当たり前だろうが! お前が1番知ってンだろうが! 俺は! ……俺は!」
言葉を紡ぐシロ。
動きはなく、『カウンター』を打つ気配もない。
「居合も! 回避も! 不動も!」
「どんな技も! どんな型も!」
「見れば理解できる! 再現できる!」
「お前には! 俺を越すことはできない!」
シロはクロを越せない。
たとえFCの『魔王軍』が一度にクロにかかっても、クロは倒れない。
「ねぇクロ」
「うるせェ───」
「『不動』は、型じゃないよ」
「………………は…………?」
「(やるなら、今……!)」
『超集中』はクロがオリジナル。『超集中』の生み出す領域内において、シロはクロを超えることはできない。
「(……だけど)」
ぶつけることは、できる。
クロがシロにしたように。
やり方は、何度も見てきた。
「───
「…………ッ…………!?」
再び緩慢になる視界。色褪せた時間の中で、クロが驚愕に目を開く。
シロによって引き出された
「クロ」
「…………!!」
シロの声にクロはさらに動揺する。
緩慢に知覚される時間の中で、『超集中』に合わせて喋ることなど不可能。できたとしても、傍から見ればビデオの早送りのように喋っているように見えるはず。
しかし、そんなことはなかった。シロの声は、喋り方は普段通り。何もおかしなところはない。
それはシロの『超集中』が、クロの『超集中』へと変化しているからであった。
お互いの
精神の完全な同期。それ故に、身体が動かない。
猛獣に睨まれた時のように、頭の中が真っ白になっている。
「クロはすごい。僕じゃ……僕たちじゃ、勝てそうにもない」
「…………!」
「だから、
震える声を張り上げる。
ずっと勝てないと思っていた、シロの中の『強さ』の象徴に。
指を突きつけ、言い放った。
「クロ」
「……ッ……!!」
「今、ここで、あなたを……君を……!!」
「…………」
「超える……!!」
瞬間、クロは自身の身体が動かせるようになっていたことに気づく。
クロが行動に移すよりも速く、閃光がクロの身体を貫く。
光は雷へと姿を変え、右へ左へ、ジグザグに方向を進む方向を変え、それでも正確に、クロの耳を切り離した。
もう揺るがない。
もう迷わない。
息すら忘れ、シロは舞い続ける。
「シャイロ……ォ……!!」
「僕はシロだっ!!」
『不動・シン』とは。
動かず、相手の動きを予測する『不動』とは違い、『型』としての形を持っていない。かといえば『技』でもない。
その真髄は───
「(───落ち着くこと)」
落ち着いて、冷静に、対処すること。
どんなことがあっても動揺することなく、対処し続けること。
故にその名を、『
ある みみのこ が、『回避』に対して動かず、対処し続けるという『不動心』を見せつけた。
その背中を見た者がいた。
その背中を見た者が言った。
不動の構え、と。
そこから時が流れ、動かぬ構えこそが『不動』であると伝えられてきた。
『回避』と『不動』の合わせ技は一見矛盾している。だというのにそれが成り立つと言われているのは、ひとえにこの『不動心』が、
「『居合』
「…………!!」
「───シン』!!!!」
「クソ、が……!! カウン……」
「シンカウンター!!」
それは新たな力にして真の意味。
心を信じるものが進める、神の域。
『カウンター』に『カウンター』が返されるなら、さらに上から重ねれば良い。
「なんだ……なんだこれ……!!」
「君は知らないだろうけど! みみのこバトルは技術だけじゃ勝てないんだよ!」
みみのこバトルは、メンタルスポーツ。
心に隙の無い者に、負けはあり得ない。
勝利には強固な回線も、高価なPCも、積み上げた知識も経験も要らない。
ただ、勝ちたい。
勝ちたいという、意志があれば。
立ち上がることができさえすれば。
「みみのこ、バトルは……!」
「楽しいんだよ……!」
沈黙。
長時間酸素を取り込まなかったことにより、シロの視界は赤く染まりつつある。体温を放出しきれず、血が沸騰していると思うほどに熱を持っている。気を抜けば倒れてしまいそうなほど。
対するクロも、困惑、恐怖によりペースが乱れ、息を荒くしている。またシロに
「はぁ……はぁ……!」
「はァ……はァ……!」
お互い見合って。
「ぐっ……うぅ……!!」
「く……そがァ……!!」
構えて。
「───みみ、もぎ───!」
「いあい……かいひ……ふどう……!」
はじめ。
「双墜!」
「カウンターッ!」
「「まだまだァッ!!!!」」
お互いに一歩引き、身を屈めるシロに対し、クロは両手を掲げて反撃の構え。
二つの光が輝きを増し、そして。
「───
「カウンターッ!」
ぶつかり合い、また離れる。
足を大きく広げ、間髪入れず地を蹴る白い光。迎え打つ黒い光は、上から下へとその刃を振り下ろす。
「───
「カウンター!!!!」
『白雷』で間合いを詰めることにより、『カウンター』に含まれた『回避』の能力は不発になっている。
そして『不動』が『不動心』でない以上、クロはシロを待ち受ける他ない。
のこった『居合』のぶつかり合いは、残機ギミックによって相打ち無し。シロの残機が減るのと同時に、確実にクロの残機も減る。
「片耳渡し!」
「カウンター!」
「シンカウンター!」
もがれればもぎかえす。
もはや間合い管理など忘れ、お互いの肩を掴めるほどの距離。
「「『居合』ッ!!!!」」
その様はまるで。
まるで、あの日見た。
─── ……なンだこれ───
───みみのこって言うんだって───
あの日見た、みみのこバトルのようで。
「うああああああああああッ!!」
「うおおおおおおおおおおッ!!」
「「負ぁけぇるぅかぁぁぁ!!!!」」
残った残機は、1つ。
残機ギミックの都合上、両耳生えているように見えても、片方どちらかがもがれてしまえば残機ゼロ。その場に倒れ伏すことになる。
お互いの視線が火花となって弾け、その手が伸びる。
先に伸びたのは、クロの手。
その手が、シロの耳へ届く。
よりも、速く。
「───カウンターぁぁぁぁあああッ!!!!」
白い風が、稲穂の間を抜けるが如く。
クロの頬を、ひゅるりと撫でた。
◇
VRChat。
VRCとも略されるそれは、メタバースを利用した超先進的SNS。
それぞれがアバターを持ち、それぞれの姿で今日も気ままに喋ったり、メタバースならではの景色を楽しむなどしている。
そんなVRCのワールドの中の一つ。黒い大地の上に展開された未完成のステージギミックの中心にある一つの入り口。重い扉の先に、小さく……いや、
坂を降りた先には、多種多様な姿形を持つ みみのこ たち。
今もイケイケで戦っている者も、既に前線を退いた者も、そもそも戦いを好まない者も、今日ばかりは地下闘技場に集まり一点を見つめている。
それは今日が金バッジ戦だから、ということだけではない。
「うわああああ負けたああああ!! 嫌ァァァアアアッ!!!!」
「あッぶねェ……片耳持ってかれてんじゃねェか……」
『勝者クロさん! 次の足場に進んでください!』
「待たせたなァ、シロ!」
「ほんとにね。相打ち多すぎて見ててこっちがヒヤヒヤしたよ」
「アイツ初見の動き多いから対処しづれェんだよ」
「ミカさんはねー、僕も苦手かも……」
「ォ? じゃあアイツの動きならシロにも勝てるってことか!」
「それはわかりませんが。……ふふっ」
みみのこ の世界では、生き残った者が正義。勝った者が勝者、といういかにも みみのこ らしい言葉があるが、それはクロも同様の考えだったらしい。
カメラに向かってそれはもう綺麗な土下座を披露したクロの姿は何枚も写真を撮られ、なんならシロのPCの壁紙になっている。
顔を上げたクロは、意外にも晴れやかな表情をしていたという。
もちろん、事が事なだけに、それだけでは許せないと言う者もいた。そんな者の溜飲を下げるためにシロがクロに課した罰。
「『全ての公式バッジ(デバッガーバッジ含む)を手に入れた上で5強に勝ってランク戦1位になって みみのこ の対応衣装を10個ショップで出して反省文を269,957文字ぴったりで書く』。まずはその一つの、金バッジ戦だね」
「クソ……やる事が多い……!!」
「あははは!! 報いだよ報い!! あはは!!」
『では、敗者の耳たちは、勝つと思う方に耳を賭けろ〜!!』
「うっしゃ〜、がんばれシロさん〜!」「負けないで〜!」
「お前に賭けるぞクロ〜!」「100
インスタンス内の みみのこ 達が、ちょうど半分に分かれる。
シロを応援する者と、クロを応援する者。
託された意志を背負い、クロが掌に拳を打ちつけた。
対抗するように指先で襟元の金バッジをピンと弾き、シロが微笑む。
『お互い見合って!!』
「ぜってェブチもぐ……!!」
「2個目の金バッジか〜、どこにつけようかな〜!」
『お互いに、礼!!』
「「よろしくお願いします」」
『構えて───!!』
お互いの頭にあるのはただ、目の前の相手を倒さなければならないということだけ。
『はじめッ!!!!!!!』
みみのこファイトクラブで、今、二耳の戦士が文字通り、命を賭けたもぎあいを始めた。
みみのこ・ファイト・クラブ
完
一年間付き合いくださり、ありがとうございました!
またどこかで───いや、VRCの、みみのこ・ファイト・クラブで会いましょう!
2026/2/13 16:30
翠晶 秋 アキ