みみのこ・ファイト・クラブ 作:アキ
「鼻血って、大丈夫なんですか!?」
「大丈夫、です。ティッシュ詰めておけばすぐに止まりますから」
大きく息を吸い込み、一息で喋り切るシロ。
すぐにマイクを切り、荒く息を吐いた。
「(集中するのは、小出しにしていかないと……)」
居合と回避による技の再現には、少なくとも集中力が必要になる。
1対1のトーナメント戦ならまだしも、いつ誰に襲われるかわからないバトルロイヤルでは、常に集中し続けるのはリスクを伴う行動であった。
『残り
上を向こうとしたシロだが、眩む視界では正確に状況を判断することができなかった。
出口へ向かうシロだったが、観戦席へ向かう坂の途中の踊り場でその場に座り込んだ。
「はぁ……! ふぅ……!」
鋭い鈍痛。
重苦しい熱を帯びた脳の奥がズキズキと唸りを上げる。
『おお、
「(……優勝者は、誰なんだろう)」
眠さと怠さでぱちぱちと瞬きを繰り返し、シロは冷たい壁を背に呼吸を繰り返す。
深呼吸をしなければ、と頭では理解をしているものの、無茶な動きをした体がそれを許さない。
一刻も早く全身に酸素を行き渡らせようと、浅く、早く呼吸をしていた。
「……大丈夫?」
「ああ、大丈夫、です。ちょっと、疲れて」
「あらぁ……」
いつのまにやら、名も知らないみみのこがシロを撫でていた。
小さなか弱き生命体が、その小さい小さい おてて でシロを撫でる。
「(……何を躍起になってるんだ、僕は)」
『次の公式戦は……キリ良くして3分後にトーナメント。出る人はあそこのボタンを……え? 何? バグってる?』
「(短いけど、しばらくは休めそう)」
本日の公式戦は銅バッジ戦。体調がダメそうなら、休むことだって大切である。
金バッジ戦に出る条件が無い以上、銅バッジを狙ったところで特にシロにメリットは無いはずなのだ。
だから、わざわざ立ち上がらなくても良いはずなのである。
「(だけど)」
「あ、もう大丈夫なんですか?」
「ええ、血も止まりましたし」
「お大事に……」
同時に、ワクワクしている自分がいる。
少なくとも先のバトロワで、一人を返り討ちにすることができている。
魂で磨いて作り上げたこの技が、どの程度まで通用するのか。
シロの口角は上がっていた。
『時間になったからトーナメントするよ! 今日は人数少ないから、水色の柱に飛び乗れ!』
「休む時間短くねえ?」
「休ませろー」
『おっ、じゃあトーナメント出ないってことで良いね?』
「それは話が違う」「創造者権限が強すぎる」「職権濫用だー」
『ほら! 良いからいけ! みみども!』
拡声器を持ったみみのこが叫ぶ。その声に反応して、バトロワ後に談笑していた耳共が一斉に振り返り、出現した水色の柱に移った。
「アレは? あのトーナメントシステムは使わないの?」
『んー、あれはね。今ちょっと不調だから調整終わるまで手作業で進めていくよ』
みみのこFCは様々なクリエイターが集まり、常に進化し続けている。それはみみのこファイトクラブのワールドも例外ではなく、その一つがトーナメントマッチングの自動化である。
今まで手作業で行っていたトーナメントのマッチングなどを、ボタン一つで参加するしないを選べるようになるシステムで、これにより『この人と戦いたいからこっち側に行こう』や、『さっきは良くもやってくれたな! トーナメントでゴースティングして初戦敗退にさせたるわ!』という事が起きないようになる。その他にも、人数が多い際にシード枠を設けたりできるので、とにかく、みみのこ達にとってこのシステムはありがた〜いものなのだ。
そして、このシステムが本日は不調。マッチングは個人で行われ、この時だけ好きな人と戦うことができる。
だから、あらかじめ水色の柱に乗っていたシロの前に現れるのが、
「───……」
「ミタマ、さん」
「ミタマさん。今日は勝ちます」
「───……」
「う……」
シロの言葉を聞いて瞳に
その指先はシロの心臓を向き、視線が射抜く。
ごくりと生唾を飲み込み、シロは身構えた。
『はーい、じゃあトーナメント戦始めるからねー。ルールの確認して、大丈夫なみみのこは両手をこっちに向けてくださーい』
「───……」
「再生なし、自分でもぎ落とす……。よし」
『はい可愛い〜! レフェリーやっぱりずるいよ! こんな可愛い景色を毎回見てやがったのか』
「(ミタマさんの強みは、素早い『居合』……。相手がどんな『回避』をしようと、その回避よりも速く居合を放てる)」
シロの口から、息が漏れ出た。
『それじゃあ早速やっていくよ〜。お互い見合って、礼!』
「───……」
「……よろしく、お願いします」
意識は底へ沈んでいく。
『はいじゃあ、構えて!』
「───……」
ミタマが軽く手を挙げたのを見て、シロは腰を落とす。
右足は少しだけ後ろへ出し踵を浮かせ、左足を前へ。
両腕を眼前に構え、ボクサーがとるような前傾姿勢を取った。
前傾姿勢。
みみのこにとっては、居合の的。
自身の手は届かず、相手の手のみが一方的に耳に届く、不利でしかない構え。
唯一の利点といえば重心が前に出ているので素早い行動ができる点だが、それでもミタマと対峙する時において得策とは言えない構えだった。
始めの合図で掴んで落とせる居合に対して前傾姿勢で回避しようとするのは、理論上、不可能である。
そもそもその居合が速いミタマやシアンに回避を合わせるのは分が悪く、そればかりは居合に強い回避という相性の面すらぶち壊す。
例え相性が悪くても、技量次第では居合でも回避に勝てる。だから、ミタマやシアンなどの強耳だけに絞れば、相性は逆転するのだ。
「(『居合』
『始めッ!!』
「───……!!」
そう。
技量次第では、相性は逆転する。
たとえそれがミタマやシアンから見た、『回避に強い居合』だとしても。
「
「───……!?」
動きは最小限に、しかし正確に。
そして何より、誰より、速く。
呼吸すら置き去りにして。
シロの耳が一つ、はらりと落ちた。
それが床に落ちるよりも速く、地面を蹴ってシロは腕を伸ばす。
そのまま力強く握った手を、振り払った。
「───……!?」
「……どうだ!!」
ミタマは、振り返った先にいない。
その代わりに、柱の上に倒れていた。
両耳を、失った状態で。
「えっ、ミタマさん負けた……!?」
「マジ!?」
「権利……行使してよろしいですか……!」
「───……」
カメラに自身と仰向けになったミタマを納め、一礼してから次の足場に移るシロ。
それを見ていた他の柱のみみのこたちは驚き、そして慄く。
彼らは、シロの戦いを見てはいなかった。
自分たちの戦いに夢中だったというのもあるが、なにより、ミタマが勝利すると思い込んでいたから。
それほどまでの、絶対的な強さと実績。そして、相性すらひっくり返してしまう技術への信頼があった。
時にソウエンは、みみのこアフター*1でこのような話をする事がある。
「俺も初戦で負けるとか普通にあるし」
と。
そのソウエンは緑の柱の上で、腕を組んで微笑む。
次ソウエンさんかよ……と絶望するみみのこを尻目に、シロを見ていた。
「……ふうん? やるね、シロ」
その見えない片目で何を
「(殺気……?)」
なんとなく寒いものを感じたシロはこの勝ちを無意味なものにしまいと、首を回して肩をほぐす。
つま先をトントンと鳴らし、上がってきたみみのこを見据える。
「オウオウオウオウ、ミタマがやられたって聞いてよぉ、どんなやつかと思ったらなんだァ? おめぇ、シロじゃねえかよォ!」
「……ふふ」
「あ゛ァ゛ン゛!? なに笑ってんだァおめえ!!」
「だって……くふっ……急にガラが悪く……」
ポピー横丁*2もかくやという声量でガンを飛ばしてくるニット帽とスカジャンの みみのこ。
美しく完成された、漫画から出てきたかのようなコテコテの三下ムーブは今まで緊張していたシロを少しリラックスさせた。
だがシロは見逃していなかった。
たった今、目の前のみみのこがバトルのためにしまったニット帽に、輝くバッジが二つついていたのを。
油断はできない。シロは深呼吸し、相手を見据えた。
「(ここは『片耳渡し』で乗り切るしか)」
『では、全員緑の足場に進めたので次の試合行きます。ルールの確認、耳の確認は大丈夫ですね?』
「はい!」
「オシ」
『お互い見合って! 礼!』
「よろしくお願いします」
「ウス」
腕組みのまま少し首を傾げる相手のみみのこに、シロは違和感を覚えた。
自身の狙いが定まらない。このまま居合をしようとしても、少なからず角度の問題でどちらかの腕が届かない。
「(いや、相手はおそらく『居合』。狙いを定めるために、首の角度は元に戻るはず。そこを反撃で……)」
『構えて!』
「…………」
両手を軽く上げたのに対し、シロは右足を後ろにして前傾姿勢。
そこで、違和感の正体に気づく。
経験の浅い自分の考えで対処ができるなら、この人はなぜ初戦に勝っているのか。
何か、策がある。
『始めッ!』
「(『回避』『回避』『回避』『回避』『回避』ッ!!)」
「オラァ!!」
「(速っ……!?)」
今のシロに出せる全力の回避。
居合へ繋げる事を意識せず、転がるように繰り出した、ただ生き残るための回避。
それなのに。
「(一本やられてる!)」
バランスを崩した身体を起こし、片膝立ちで構えを取るシロ。
手はまだ動く。つまり、生きている。
だが相手はどうだ。耳は2本残っている。ここからもぎとれるか。
「……ぁ? どこいった?」
「(……見失ってる!?!?!?)」
居合を振り抜いた姿勢のまま背中を晒すみみのこ。
チャンスは一度切り。シロは両腕を眼前に交差させて構えた。
シロの口から息が漏れ出る。思考の奥深くへ潜っていく。
──────ッ
「ぐぅッ」
「うおっ、後ろ───」
「あああああッ!」
「───か───」
刺すような痛みを訴える脳に無理やり言う事を聞かせ、シロは腕を振り抜く。
「……死んだかと思ったぜ」
「(左手が偽耳!!!!)」
咄嗟に振り返るも、もう相手の手はシロの耳に伸びている。
その手が掴まれてしまえば、敗北。
振り払う事もできず、そのまま掴まれるしかないのか。
鈍くなる頭が、その手を知覚する。
ゆっくりと間延びする視界の中で、シロは奥歯を噛んだ。
「(……いやだ)」
負けたくない。
最後まで抗え。
その手を───。
「(……伸ばせ)」
振り返る遠心力をそのままに、シロは左手に全てを賭ける。
右に下げた刀を振り抜くように、右下から左上へ、弧線を描く。
そしてその手のひらは、常に相手を向いている。
「(『居合』───ッ!!!!)」
がむしゃらに、何かを掴んだ。
それが何かを知覚する間も無く、腕を振り上げた。
「ぐ……うぉらぁっ!!!!」
「おっ……」
結果は。
「グワアアアアア!?」
「生き……てる……?」
耳が2本抜かれた時に出る自爆エフェクトによる爆風を受けながら、シロがその場に立っていた。
両手をしげしげと見つめ、肩で息をしている。
「勝った……のか……」
「畜生ォ!! 負けたぜ!!」
「わぁおっきい声」
荒い息を整えて、シロはひとまず手元にある水を飲んだ。
手は震え、頭は痛み、喉が渇く。
「(血の味がうっすらと)」
なんとも嫌な味わいに顔を顰め、そうして気づいて唇の上を触ってみれば、やはり温かいものが垂れている。
ため息をついてティッシュを押し込むが、ズキズキと痛む頭はどうしようもなく。疲労をそのままに、シロは進む。
黄色い柱。
主に4ブロックで分けられるトーナメント戦で、この戦いで勝ち進めば準決勝……オレンジの柱へ進むことができ、準々決勝戦であるその黄色い柱に立つものは、ここまで来れば猛者ばかり。というよりも、ここに残れるものが猛者と呼ばれ始めるのだろう。
黄色の柱へ移動したシロの前に立つのは、ココア色のドレスを着たみみのこだった。
日光のない地下で広げた傘で顔を隠し、微笑む。
「こんにちは。よろしくお願いします〜」
「え、あ、よろしくお願いします」
「ふふふ」
「…………?」
「ああいえ、さっきの試合で同期と当たったんですけどね。勝てたので嬉しくて」
「は、はぁ……」
「おーい、がんばれ〜」
「(……あの人は)」
シロの視線の先には、サンバイザーを着けた黒いパーカーのみみのこが。
肩掛けカバンの紐に取り付けられた金バッジが目に入り、シロはギョッとする。
この人と!?!?!? 同期!?!?!? で、勝った!?!?!?
「負けませんよ〜」
「う、ぐ」
日傘をしまい、アップをするように軽く構えを取るみみのこ。
それに合わせたように、レフェリーが拡声器を通してコールを発した。
『それでは、お互い見合って、礼!』
「よろしくお願いします」
「お願いします〜」
『構えて!』
シロは前傾姿勢を取る。
対して姿勢を低くし、足を大きく広げて距離を取るドレスのみみのこ。
乳白色の髪がふわりと空気に揺れた。
「……!?」
「瞬歩を見るのは初めてですか?」
「(瞬……? 何かしようとしてるのは分かる)」
「ふふ、すぐにわかりますよ」
「(油断するな。『居合』
深く、深く息を吐く。
頭は痛むが油断はしていられない。
鋭敏になったシロの耳が、ほんの少しの息遣いを捉える。
『始めッ!』
「片耳渡ッ───」
「……
黄色い柱の上に、風がそよいだ。
「(…………はや…………)」
花弁がひとひら舞うように、耳が落ちる。
その姿、無垢な少女が花占いでもするが如く。しかしそこに、確かに根付いている洗練された正確さ。
「(今……
通常、居合とは。
相手の耳を狙うと言う都合上、頭より下にある肩を使い腕を上に振り抜くのがセオリーである。
だがそれだけでは相打ちも多く、そこで派生技として耳へ跳躍するみみのこも多い。それこそ、片耳渡しをしたシロがしゃがんだ状態から上へ跳躍して耳を狙うように。
だがシロの目には、確かに、
「(……ッ!! 考えるのは後だ!! まだ生きてる!!)」
しゃがんだ姿勢から構え直し、シロは目の前の耳へ跳躍する。
標的にされたみみのこは振り返り、両手を握りしめるシロを見て一瞬、面食らったような顔をした後。
「おっと油断」
振り返り様に、右上から振り下ろした左手でシロの耳を払い落とした。
「……ッ……ぐぁ……」
「……ありがとうございました!」
ふわりとドレスの裾を広げ、上品に日傘を広げる。
その顔は、試合が始まる前の柔和な笑みに戻っていた。
「おおお、ナイス〜!」
「いや危なかった〜! 片耳持っていかれてた!」
「……また、片耳だけ……」
この一撃で両耳を持っていけていれば、せめて相打ちだった。
その事実にシロはしばらく動けず、ただ深呼吸する。
「(そりゃ、他の人も技は持ってるよなぁ……)」
なにより、あの速度。
シロが今まで頼ってきた、自身の頭痛と引き換えに手に入れていた超集中の領域に踏み込んできた、あの速度。
あれは、一体?
「(……欲しい……)」
その技が、欲しい。
シロはしばらく、挙げた握り拳を見つめていた。
最も、まだ蘇生できていないため、VRC上にはその拳は反映されていなかったが。