みみのこ・ファイト・クラブ 作:アキ
「(怒られちゃったな……)」
VRCにログインし、ホームワールドに降り立ったシロはポリポリと頭をかいた。
『あのねえ!!!! 言いましたよね!!!! そのあなたの過集中だか超集中だか、名前たくさんありますけどソレ!!!!』
『はい……』
『それのせいで血出てるんですよ!! わかってます!?』
『はい……』
『で、今度は何をしたんですか? この短時間に何回も何回も集中するなんて。なにかのスポーツですか?』
『みみのこバトルを……』
『はい??????』
みみのこバトルとは、今VRCで最もアツいスポーツである。eスポーツと言っても過言ではない。
しかしそのアツさに熱中して我を忘れてしまえば、もれなく病院行き確定である。一度リアルコライダーにぶつかれば打撲。それがガラスなら指血塗れでは済まないだろう。キケンがアブない。
最も、シロの場合はまた別の理由で病院へ向かっていたわけだが。
「ふう……どうしよ。みみのこFCまでまだ時間があるし……」
ソーシャル欄を開くが、シロの数少ないフレンドはまだオンラインになっていない。
もちろん、音信不通のフレンドも。
「いくか……」
シロはランチパッドからあるワールドを選択し、ポータルを設置する。
描かれているのは白い背景に、
「FUJIYAMA!」
日本のVRCにおける有名なワールドの一つ。
窮屈と言うわけでも、だだっ広いというわけでもないちょうどいい空間の上、ポピ横よりも治安は良いしJPTよりもエンタメに溢れている、日本ユーザーの癒しの場所である。
FUJIYAMAでV睡した結果トラッキングの都合でとんでもない体勢になってしまった人はその筋では有名である。なんともファンタジー。フジヤマで、ファンタジー。
「えーと……『寒いのは?』、だって? 冬でしょ」
JPTやFUJIYAMAなど、特定のワールドにはクイズがある。
日本人なら誰でも解ける……最も赤子レベルで字が読めなければ通れないが、春夏秋冬の中から寒いのを選べ、という問題に冬以外を選択する人なら常識力の欠如を疑わざるを得ないので、ざっくり言ってしまえばふるいにかけているだけなのだ。
「……懐かしいな」
───ハァ!? 『海やプールで泳ぐのは?』ってなんだ!! スイミングスクールも海も年中無休だぞ!! がんばりゃ泳げるだろうが!!───
「まさかここで躓く人がいるとは思わなかったなぁ……」
閉じてしまったローカルの扉をバンバン叩き吠えていた人を思い出すシロ。今にして思えば、ああいうのがふるいにかけられる、俗に言う常識が欠如した人間だっただろうか、とシロは苦笑いを溢す。
開いた扉の中に入ると、そこは白を基調としたロビーのような空間が広がっている。
誰かが遊んでいるのか中央に設置されたピアノの音が響き、他の所からもさまざまなユーザーの談笑する声が交差する。
VRChat にある程度慣れた visitor や new user が集まっており、シロはその心地よい雑音を聞いていた。
「(……おや、みみのこ だ)」
てちてちと歩くシロの前を1人のみみのこが通過する。
頬に書かれた sample の文字。足元にあるはずの宣伝板は床に埋まっているのだろう。
「ミー!」
「(また みみのこ ?)」
「お、みみのこいるー」
「(って、こっちにも みみのこ が)」
「みみー」
「(……多くない?)」
シロの目の前をゆらゆらと数耳の耳共が通過しては、また他の耳が通り過ぎる。
一体何が起きているのか。シロは訝しんだ。
「……あそこにいるのは……」
「お、勝負あり!」
「はっ……俺死んでるのか?」
「あっ、そうそう死んでる。両手ぐーにすれば蘇生できるよん」
FUJIYAMAにある、大きな液晶が設置されているスペース。
そこにでかでかと設置された(なお、普通の人間サイズだと大きめの模型にしか見えないサイズ感)闘技場の中で、青髪ポニーテールで褐色肌の みみのこ が sample の みみのこ にレクチャーをしていた。
その隣では8bitサングラスをかけニット帽を被っている みみのこ が腕を組んでいる。
「こんにちは」
「お? シロさんじゃんやっほー」
「おーおーおーシロおいこらテメェよぉ、昨日はよくもやってくれたなぁ! アァン!?」
「はは……どうも」
「やるか? やるか? 立てよそこによぉ」
「えっと、ここで何をしていたんですか?」
「んー、今はね、勧誘をしてたトコよ」
「えっ無視? 俺無視された今?」
肩を落として隅っこの方へとぼとぼ移動するニット帽のみみのこを横目に、シロは辺りを見渡す。
周りには人型ももちろんいるが、明らかにみみのこの量が多い。
ほとんどの みみのこ の頬には sample の文字が付けられており、立ち姿からして戦闘慣れしていないのが、シロから見てもわかった。
現に、後ろからニット帽の みみのこ がコッソリ耳を抜こうとしているが気付いておらず、シロと青髪褐色肌の みみのこ の話を聞いている。
「なんかここ、みみのこ多くないですか?」
「うん。さっきも言ったけど勧誘してるからね。たまにこういうところで初耳を増やしてファイトクラブにぶちこんでるのよ」
「なるほど、それで定期的に初耳が来るわけですか」
「そゆこと」
「しかし、なぜFUJIYAMAで?」
「あそこにサンプルがあるからね」
青髪ポニーテールの みみのこ はその褐色の指で自分達がいる場所より向かいを指した。
そこはさまざまなポスターが設置されている廊下のような場所で、でかでかと書かれたFUJIYAMAの文字が有名なフォトスポット。
そのロゴの向かい側には、その場で変身できるサンプルが存在する。人気のアバターが1体そこに表示されるので、VRCに入り始めたばかりであまり変身できるアバターを持っていない人にとってはありがたいログインボーナスのようなものなのだが……そのポリゴンローディングの中には、みみのこが存在するのだ。
「え〜、いいな、私もみみのこちゃんになりたい」
「あ、あそこにサンプルが表示されてるんでどうぞ!」
「え、ほんと? 行って来よ」
「(なるほど、そうやって勧誘を……)」
ということは、先ほどシロの目の前を通った sample の みみのこ も勧誘されて耳を生やしたのだろう。シロは合点がいった。
「てっきりFUJIYAMAとみみのこには何か縁があるのかと」
「おぉ、鋭いね。実はあるんだよ」
「え、どんなですか?」
「そ、れ、は、ね。……ねえ、キドリーさん召喚できる?」
「ん? もういるぞ」
「 あ て だ よ 」
「うわぁビックリした!?!?!?」
いつのまにかシロの後ろにいた、車椅子のみみのこ。
柳色の髪と耳を揺らし、小さなリーディンググラスの奥の瞳でシロを見上げていた。
「ずっと思っていたんですが、なんで車椅子なんです?」
「立つのが億劫になっちゃった」
「あぁ……」
思ったより可愛く思ったより怠惰な理由が出てきたことにシロは苦笑いを返す。
そうして、キドリーが呼ばれた理由を思い出し、改めて聞くことにした。
「あの、FUJIYAMAと みみのこ って何か縁があるんですか?」
「ほほぉ〜。それはね、結構前に遡るよ。半年より若いくらい遡る」
「(つまり、割と最近だ……)」
「その頃はのう、みみのこ・ファイト・クラブなんて地下闘技場は存在しなかったんじゃよ……。耳共は色んなワールドで野を駆け耳をもがれていた」
曰く。
その昔、ある耳が声をあげたとか。
『この中で1番強いやつを決めよう』と。
近場にあったQVペンを使い、フィールドを作り、2人でお互いに向き合ってもぎかい、勝ち残った耳同士が戦おう、と。これが、今のみみのこ・ファイト・クラブにおける『トーナメント戦』の起源であると言われている。
また、ある耳が声をあげた。『ならばルールを作ろう』と。
グダるため、再生は無しで。かつ、耳ペンは紛らわしいので無しにしよう、と。これが、現在みみのこFCで適用されているルールの起源であるとされている。
「また、ある耳が言った。『3人で1人余ってるし俺レフェリーやるよ』と」
「は、はぁ」
「それが大罪葱だよ」
「大罪葱……って、あの1番レフェリーやってる緑色の人ですか!?」
「そうだよ」
「そんな昔から……!?」
「
そうしてみみのこFCが作られるまで、みみのこ達はFUJIYAMAで戦っていた。
型も技もなく、ただひたすらにもぎあっていた。
とあるみみのこが、現れるまで。
「そのみみのこが
「いやいや待ってください!? まだ話し始めて数分しか経ってませんよ!? というか気になりすぎる!! 唯一神って!?」
「その辺は5強あたりの方が詳しく知ってると思うよぉ」
「うぇ……気になりすぎる……」
「……知りたいかい?」
キドリーは不敵に微笑むと、シロの目を見た。
糸目だが、確かにシロを見ている。側で耳を立てていた みみのこ たちも、初耳な情報を聞こうと視線だけうろちょろさせ、辺りが静まり返る。
ごくりと唾を飲み込み、シロは次の言葉を待った。
キドリーはゆっくりと両手を広げ……。
「 し ら な い ! 」
「「「…………!?」」」
その場で全員がずっこけた。
「当時の記録とかほとんど残ってないものぉ。あては、知ってることしか知らないよぉ」
「い、今の流れは知ってる流れでは……」
「割とね、シアンさんあたりがちゃんと知ってると思う。あの人、唯一神と同じFUJIYAMA時代からいるから」
「そ、そんな古株なんですか?」
「唯一神は、お主が使っている『居合』を編み出した耳だね」
「!?」
「そして、公式戦で『居合』を用いて唯一神を打ち破ったのがシアン、と聞いている」
唯一神。
その名を聞くことすら憚られるそのみみのこは、FUJIYAMA時代の非公式戦では負けなしであった。
やがてみみのこ・ファイト・クラブが創設され、バッジが導入され……来たる、みみのこ史における最初の金バッジ戦。
自身も『居合』を得意としていたシアンは、その速度と正確さを武器に引っ提げ、戦った。
まだ唯一神が、唯一神と呼ばれていない頃の、神代の時代であった。
そうして、シアンは勝利を掴んだ。神殺しが誕生した瞬間であった。
そうして今に至るまで、その『居合』を創り出したという話が語り継がれ、唯一神と呼ばれるまでに至ったのである。
シアンはどこかでくしゃみをした。
「いや、『居合』が無きゃ他の二つの型も生まれなかったもんね。唯一神。すごい人だよ」
「ん? 二つ? 『居合』と『回避』だけでは?」
「あぁ、型はあと一個あるよぉ」
「初耳ですけど!?!?!?」
燃え盛る火炎の種火となった『居合』。
その『居合』に対抗するために、『回避』が生まれた。
相手がもぎに来ることがわかっているのだから、相手より早く良ければいい。この考えのもと生み出された『回避』は、いくつもの強耳を生み出している。最も本人の技量によっては相性すらも、とは以前にも記述した通り。だが確実に基礎となる部分はそこにあり、ジャンケンであればグーに対するパーのような関係で生み出された。
ソウエンはどこかでくしゃみをした。
そして、グーに対してパーがあるなら、チョキもまた存在する。否、生み出される。
居合に対して回避。この戦い方が流行った時、とある みみのこ は徐に一歩引いて距離を取り、冷静に狙いを定めて勝利と耳をもぎ取ったという。
相手が回避するとわかっているのなら、最初から居合も回避もせず、相手が回避するであろう方向に狙いを定めていれば向こうから耳がやってくる、と。
ミタマはどこかでくしゃみをした。
「それが、『不動』」
「ふどう……」
「でも『不動』って『回避』に対するメタでしかないんだよね。動かないんだったら、やっぱり『居合』の的になるのよ」
『回避』よりも早く『居合』を出すことができれば相性は逆転する。ミタマやシアンがそうであるように。
ただし、完全に『回避』に対するメタでしかない『不動』においては、使い手の技量がどれだけ上であっても『居合』に勝つことはできない。
構えあり───クラシック戦と呼ばれる現状のルールでは、『居合』の一強。そして、そんな『居合』すら避けられる『回避』使いが一握り。
故に『不動』の存在が、シロの耳に入らなかったのだ。
「お、奥深い……」
「んやー……。ワシもね、『回避』使い始めて長いけど、今じゃもう『居合』と『不動』の合わせ技で対処されることが多いのよ」
「(合わせ技……僕の『片耳渡し』も、『居合』と『回避』を合わせたものだ。それと同じってことかな)」
シロは冷や汗をかいた。
『回避』に対するメタとして『不動』が存在するのなら、シロが会得した技である『片耳渡し』も、そのメタが通用してしまう可能性が高い。
今でこそ『居合』か『回避』ばかりだから良いものの、『片耳渡し』をするために避けた先に手を置かれたら、なすすべもなく敗退してしまうのだ。
「(どうすればいいだろう……。もっと、強くなるためには……)」
「悩んでおるのか」
そんなシロの胸の内を知ってか知らずか、キドリーがシロを見上げる。
「ならばお主に必要なものを一つ、教えよう」
「……それは……?」
「それは、必ず耳をもぐという
「…………!」
今までの試合を振り返る。
『片耳渡し』で一度避けるまでは良いものの、その後の踵を返したカウンターが決まり切らないことが多い。
偽耳を掴んでいたり、そもそもとして掴めていなかったり。
シロはハッとしてキドリーの耳を見つめた。
「うむ、やめて?」
「あっ、はい」
「耳をもぐ正確さかー……。その辺ならRedさんとか……やっぱり居合勢に聞くのが良いかもね。今日のFCで聞いてみたら?」
そうします、とシロは答える。
その答えを聞いた褐色のみみのこは満足そうに頷き、青い髪を揺らす。
「そうそう、回避もね、『片耳渡し』には重要だからね。練習練習」
「はい、がんばります!」
「それじゃあ、ワシはこの辺でお暇しようかなぁ。今日のFCで、また会おう!」
青髪のみみのこはアバターを変え、退出ギミックを使って透明になってランチパッドを操作する。
やがてその姿が完全にFUJIYAMAから消えた時、キドリーがぼそりと呟いた。
「……そんで、この初耳どもはどうするんだろうね」
「アッ!! み、みなさん、みみのこファイトクラブは週五でほぼ毎日やってます! ぜひ、ぜひ来てくださいねー!」
シロは初めて、勧誘というものをした。
みみのこユーザーの『親友気取り』さんに、車椅子に乗っていてリーディンググラスをかけているみみのこの名前を付けていただきました。
キドリーさん/ちゃん/くんです。
さらにもう一つ、『SaladaHope』さんに、とんでもない頻度でレフェリーをやっている基本緑色のみみのこの名前を付けていただきました。
大罪葱さん/ちゃん/くんです。