みみのこ・ファイト・クラブ   作:アキ

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本作品は実在する人物及び団体とは一切関係ありません。
また、今回は『みみのこ・ファイト・クラブ』本編とは関係のない、別作品となっております。ご了承ください。


閑話 みみと不思議なご主人様

 

これは、とある不思議な、()()のお話。

 

あるところに、小さくてか弱い生命体がおりました。種族の名前は、『みみのこ』。小さなおててと小さな足で野を駆ける、子供のような身体を持つ矮小な存在です。

 

そんな『みみのこ』の中の一人……外見では性別はわかりませんが、とにかく、一人。

今はもう誰も住んでいない廃墟から、一人のみみのこが出てきました。

 

「みぃ」

 

お昼前といったところでしょうか。

太陽もかなり上の方まで登っているころに、くん、と背伸びをするみみのこ。名前は、ミミとしましょう。彼───彼女かもしれませんが───の一人称が()()ですので、ミミ。わかりやすくて良いでしょう?

 

頭に生えた二つの長い耳がふるりと揺れ、ミミは大きく息を吐きました。

 

「ごはんさがさなきゃ」

 

みみのこ に、計画性というものはありません。

なにせ、そもそも人権が無いのです。耳ですから。

働くところも無ければ、お金を持つことも無く、ということは学校にも行かず、そもそも存在すら知らず。

ただ、微妙にちょっとだけ地頭がいいので、拙い言葉を持ち、また、『熱い』『寒い』の概念の理解もできます。

最も、見え見えの罠にかかってしまうほど欲望に忠実で、弱いくせに自分の身長の倍もある相手に殴りかかりに行くほど闘争本能が強く、その辺で倒れてしまうことが多いのですが。

 

「きょうは まちに いくの」

 

ミミの住んでいる廃墟は街から少し離れたところにあります。

人間からすれば、十数分ほど歩くだけの距離ですが、ミミの小さな足では数十分かかる距離です。疲れを知らないエネルギッシュな身体に生まれたことだけが唯一の救いでしょうか。

 

ミミは廃墟を抜けて草木をかき分け進み、街までやってきました。

お昼時ですので、人間が楽しそうに、美味しそうに何かを食べています。

アレはパンでしょうか。あそこにはケーキを食べている人も。

 

「ごはん……」

 

ミミはくるくると鳴るお腹をそのままに(恥という概念が無いので)、物陰から人間たちの様子を伺いました。

どうも人間たちは、食事をきっちり食べ切る習性があるらしく、おのこしにありつけそうではありません。他の国では多めに料理を注文して残すのが基本で、会計時に箱に詰めてお持ち帰りする、いわゆるトゥーゴーボックス……そんな国もあるそうですが。ここはそうではないようです。もしそうだったら、会計を済ませる前にテーブルに飛び乗り全て食べて逃げるのに。ミミは肩を落としました。

 

であるならば、あとはもうどこからか()ってくるしかありません。

捕まった時が怖いですが……背に腹は変えられませんから。

 

ミミは慎重に、露店の串焼きに狙いを定め、じりじりと近寄ります。

そうして、誰も自分を見ていないことをきょろきょろと確認してから、大きく踏み込み、

 

「みぃっ!」

「あっコラ、待て!」

 

ばっと串焼きを一つ奪い去り、路地にかけて行きました。

ほかほかの串焼きからくゆる香りがミミの鼻口をくすぐり、今すぐにでも齧り付きたい欲求に駆られます。ですが、もし追われていた場合、ある程度離れていなければすぐに捕まってしまいます。ミミはよだれをごくんと飲み込んで、とにかくとにかく、逃げ続けました。

 

「みぃ、みぃ、みぃ……」

 

一体どれほどの角を曲がったでしょうか。

あれほど騒がしかった人間の声は聞こえなくなり、路地裏には静寂が訪れました。

 

「ふふ、勝った」

 

ミミは得意げに、手元の戦利品を見つめます。

持ったまま走ったので少し冷めてしまっていますが、それでもまだ温かい。本日のご飯は豪華です。

 

「いただきまーす!」

 

ミミが心にもない感謝を述べて口をあんぐりと開けた時。

 

「クァー!!!」

「みぃっ!?」

 

一羽の烏がやってきて、ミミに襲いかかりました。

大きく真っ黒な翼でミミを叩き、クチバシでつつきます。

尖った足でミミの耳を掴み、早く手に持つそれを落とせと抗議しています。

 

「やだぁ……! みみ のだもん……!」

「クァー!!! クァーッ!!!」

「あっ!!」

 

一瞬。

ほんの一瞬、手から串焼きがぽろりと落ちました。

その隙を見逃さない烏は器用にクチバシで串を喰み、そのまま飛び去ってしまいます。

 

「待っ……!!」

 

ミミの悲痛な声は、閑静な路地裏に響くばかり。

小さくなっていく烏の姿を追いますが、上ばかりみて走ったことが祟ったか、思い切り壁に激突してしまいました。

 

「うるせぇぞ!!」

「み゛っ」

 

その上、壁の内側にいた人間に、窓から空き缶を投げつけられる始末。

 

「みぃ……」

 

ミミは痛む顔と頭を気にしながら、とぼとぼと歩き出しました。

そうして、大通りと面した路地に……ほんの少しだけ光が差し込む路地の壁に背をつけ、ずるずると座り込みました。

烏との戦闘でか、全身は埃や砂で汚れていて、掴まれた耳は傷ついています。

ぐぅ、とお腹が鳴りました。手に串焼きはありません。

 

「ふぐぅ……」

 

ミミは唇を噛み、なんとか堪えました。

そうして、次に何をすべきかを考えました。

あの烏に復讐をすべきか。それとも、諦めてご飯探しに行くべきか。いや、あの露店周りはすでに警戒されているはずです。

あぁ、こんなことならいっそ2本持っていけば良かった。……でも、2本とも奪われたかもしれない。

 

ちょっとズル賢い野生動物、それがみみのこです。

奇跡や魔法などは概念すら知りませんし、もし起こったとしても自身に特殊な能力が発現したのだと調子に乗るだけです。

ですから、働いているみみのこなどいないのです。

 

「ごしゅじんさま、こちらに」

「おお……こんなところに」

「みぃ……?」

 

そう、たった今、路地の入り口で人間を連れているみみのこなど、いるはずがないのです。

 

「み……」

「くしやきを売っている人がこまっていました。今すぐお金をはらうか、くしやきをかえしなさい」

「こら、そんな言い方ではいけないよ」

「ですがごしゅじんさま、こうでもしないとまた同じことをしますよ」

 

そのみみのこは、メイド服を着ていました。

薄く煤けた灰色の髪をざんばらに切り、顔は傷だらけ。しかし、その身なりや立ち振る舞いは確かに気品を感じます。

 

「わたしたちは、こういう種族ですから」

 

メイドはミミと同じく空を刺すように伸びた2本の耳を揺らし、手をミミに向けました。

 

「さあ、かえしなさい。もしくは、だすものを」

「……とられちゃった」

「はい?」

「鳥に、うばわれちゃった……」

「鳥……? って、もしかしてあの、真っ黒で大きな羽を持っていて、『カー』と鳴くあの……?」

「みぅ……」

「ひぃ……! 恐ろしい……!」

 

烏の特徴を伝えただけですが、メイドは酷く怯えた様子です。

手は震え、全身から汗が吹き出しています。ミミはそんなメイドの様子を不思議がりましたが、後ろにいた人間は合点がいったように帽子のつばを弾きました。

 

「なるほど、烏に襲われていたもんね。トラウマなんだ」

「笑わないでください、ごしゅじんさま」

「……しかし、取られちゃったか。そうなるとお金だけど……お金を持っていたら、最初から払っているよねぇ」

「だいたい、みみのこに計算ができるとはおもえませんが」

「……算数のお勉強の調子はどうだい?」

「この前、3の段を覚えました! 3×6(さぶろく)16(じゅーろく)です!」

「18だね」

 

胸を張っていたみみのこがショックを受けたように口を開けますが、事態は好転しません。

お金が払えず、返すこともできないということはつまりは……つまりは、どうなるんでしょう。とにかく、とんでもなく悪いことが起きるに違いありません。

ミミはいつでも逃げられる体制をとりつつ、人間を見つめます。

 

「……ふむ。警戒されている様子だ」

「失礼ですよっ」

「みぃ……。みみに、なにするつもり」

「何する、も何も……いや、そうか。()()()()()()があるんだね」

「み……」

「どういうことですか?」

「君と一緒だよ。人間に捕まったことがあるんだろう」

「ぐぬ……ごしゅじんさまを信用できないのはワケがあるということですか」

「わかった。では、こうしよう。ここは一度、私がお金を払う。だから、私の屋敷に来てくれないか? 私からは手を出さないことを約束するし、招待しよう」

「とくべつですよっ!」

 

ミミは必死に、小さな小さなおつむで言葉の意味を考えました。

……ですが3秒でショートし、考えることを放棄しました。

それすなわち、逃げる、ということですが。

 

「おや」

「みいっ!!!!」

 

脱兎の如く、背中を向けて逃げ出そうとした瞬間。

 

「頼むね」

「かしこまりました」

 

メイドのローファーが、カコッ、と地面を鳴らしました。

その音がなんなのか知らないうちに、ミミの全身から力が抜けます。

足はもつれ、手は動かず、そのまま地面に倒れ込みました。

 

「ごめんね、こんなことをさせて」

「これがわたしの仕事ですから」

 

ぼやける視界には、ミミの両耳を握りしめたまま人間を見上げる、メイドの姿がありました。

 

 

 

 

パチパチ、と火が弾ける音でしょうか。

なんだか暖かく、いつまでもこのまま眠っていたい気分です。

そう、このまま、暖かい火の前で。

 

……火?

 

火!!!!

火事です!!!!

ミミは飛び起きました。

森の中で火事など起きてしまえばそれはもうみみのこでなくても生き残るのが難しい災害です。廃墟は捨てて、とにかく逃げなければ───!

 

「……み?」

「おきましたか」

 

よく見ると、そこはいつもの廃墟ではありませんでした。

ミミはふかふかのカーペットの上に寝転び、暖炉の前ですやすやと眠っていたのです。

 

「ごしゅじんさま、起きましたよ」

「ありがとう。……さて、まずはこちらへ来るといいよ。君、食事を持ってきてくれ」

「かしこまりました」

 

リビングにある大きなソファ。暖炉の前にあるそれに、人間は座っていました。なめらかな素材でできた黒い帽子が、暖炉の火に照らされています。

その隣には台が置いてあり、みみのこでもソファに座れるように階段ができています。

ミミは警戒しながら台を登り、ソファに腰掛けました。

ずむ、と沈んでいく自分の腰にわたわたとバランスを崩しそうになりながらも、なんとか座り直します。

 

「お待たせいたしました」

「み……みみのご飯」

「君が持っていた串焼きの代金は払わせてもらったよ。追加で、3本分も、ね」

 

メイドがワゴンを押して串焼きを3本持ってきます。

その隣には小さな皿が置いてあり、人間は串焼きの肉を串から外して皿に並べました。

 

「はい、どうぞ」

「ありがとうございます」

「君もね」

「みぃ……」

 

ミミは皿を渡され、戸惑いながらメイドを見ました。

メイドは皿に盛られた肉を、カトラリーを使って綺麗に切り分け、口に運んでいます。ミミにはフォークしか使い方がわかりませんが、見よう見まねでフォークを掴み、肉を刺しました。

 

「……みぃ」

「食べやすい、って思ったでしょう?」

「み?」

「そのフォークやナイフはね、君達専用に作ったものなんだ」

 

ミミはフォークを見つめました。

サイズはよく見るお子様スプーン程度ですが、それでも妥協なく銀でできています。

あからさまな高級品ですが……思えばソファに座るための台も、目の前にある小さな火かき棒も、果てにはワゴンの持ち手ですらも、人間用の他にみみのこのための物が作られていました。

 

「みぃ……。へんなひと」

「ごしゅじんさまに向かって『へんなひと』!?!?!?」

「ははは、元気なのは良いことだよ。食欲も大丈夫そうだ」

「み……? みっ、もうない」

 

気づけば皿は空です。メイドも、体のサイズ感が違う人間でさえもまだ食べ切っていないというのに。ミミはどこか恥ずかしくなりました。

 

「さて……君には、いくつかの疑問があるはずだ。まず、どうして串焼きの代金を払った上に、さらにご馳走したのか。これは単純だ。私が、君達みみのこを好きだからだよ。なぜ好きなのかは……まぁ、世の中には色んな人がいるものさ。愛犬、愛猫……愛耳。そんなふうにね」

「み」

「次に、ではどうして助けたのか。見返りはいらないのか。……もちろん見返りは期待しているよ。慈善事業ではないからね」

「じぜん……?」

「ボランティアでやっているわけではない、ということです」

「ぼらん……?」

「ごしゅじんさま、コイツだめです!」

「まぁまぁ。とにかく、君には串焼きの代金は払ってもらわないとね。私とあの子の分は良いとしても、君が手にした串焼き2本……一つは鳥に取られてしまったようだけど。その分の代金は、なんとしてでも私に返さなくてはならない」

 

人間は帽子の位置を直し、ミミを見つめました。

 

「君ができる選択は二つ。この子のようにこの屋敷でメイドとして働くか」

「……わたしと同じ働きができるとは思えませんが」

「こらこら。……そして、もう一つ。()()()()()()()()、だ」

「みぃ……?」

「この世界のどこかには、みみのこ達が集まる地下闘技場があるんだ。そこで、バッジを手に入れなさい。銅、銀、金……バッジに見合った金額を、私から君に与えよう。君はその金額から、私にお金を返してくれれば良い」

「み……」

「君が帰る場所は用意するし、食事も3食おやつ付きで出す。……もちろん、その代金は要求するけどね」

 

差し伸べられた手は、魔への誘いでした。

人間は帽子のつばで目元を隠し、不敵に微笑みます。

 

「さぁ、どうする」

「み……」

「もちろん働いても良い。その日の食費をその日の働きで返してくれれば良いのだからね」

「わたしがそうです」

「ただ……君は相当、野心があると見える。お金を手に入れ、自由を手にする。そんなことを夢見ている目をしている」

「みぃ……」

「生きたければ、戦うことだ」

 

ミミは、差し伸べられた手に手を伸ばしました。

それが、混沌ひしめく魂たちの巣窟だったとしても。

ミミは、自由を手に入れたいのです。

 

 

 

 

「……やぁ。彼は眠ったかい?」

「それはもう、すやすやと」

「そうか」

 

人間はやれやれといったように肩をすくめ、帽子を外します。

 

「あの、どうしてお隠しに……?」

「ただの気まぐれさ。それに、同族と見られたくないというのもある」

 

帽子を外した人間の頭には、2本の大きな耳が生えていました。

彼もまた、夢を追った一耳のみみのこだったのです。

 

「なぜです……?」

「その目が……私と似ていたからさ。私も昔、バッジを手に入れようとして……そして敗北した。彼なら、私の悲願を叶えてくれるかと思ってね」

「…………」

「物好きな人間が気まぐれでみみのこを保護した。そしてその見返りにバッジを要求。それでいいのさ」

「そう、ですか」

 

人間は……否、()()()()は、すっかり暗くなった窓の外を見て微笑みました。

 

「さて、彼はどこまで強くなれるかな」

 

外には、ぽつりぽつりと、雨が降り始めました。

 

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