Fate/senji might 作:ONE DICE TWENTY
二月四日、月曜日。
間桐家でのアレコレのあと……オレ達が行ったことは、休息を取るコトだった。
無論、オレ達は何も疲れていないも同然だから、桜の心の休息だ。
今の状態の彼女を一人にはできない。ランサーに任せるなど以ての外。できることなら藤村の姉ちゃんに預けたいが、藤村の姉ちゃんは藤村の姉ちゃんで穂群原学園のアレコレで忙しいらしい。
だから。
「……いやそんな大所帯で見られると流石に気恥ずかしいモンがあるんだが」
「いいじゃねえか減るモンでもねえし」
「その……普段はお邪魔かな、と思って……あまり鍛冶場の中には入りませんけど、こうして近くで見ると……その」
「私にはシロウ公認で
「いやだから、ダメってわけじゃねえんだが。……ま、始めたら声はほとんど聞こえなくなると思ってくれ。単純にうるせえってのもあるが、集中してるからよ」
学校が休みである、ということは。
普段は日曜日くらいしか全てを作り切れていなかった刀を、何本も何本も鍛てる、ということだ。
……石像になってる慎二にまで見られていることを気にしつつ……その雑念を振り払って、魔術を使う。
「
完璧な玉鋼を鑑定し。
適切なその形を想定し。
完成を結ぶ理念を構築し。
鍛造に至る技術を追想し。
炉に焚べられた炎。窯で煮えたぎる炎。
思い浮かべるは大火災。そしてあの炉心。
己を降ろし、竜身を降ろし、不敗の王を降ろし。
停止した時間を宿し、加速した世界を降ろし、絶えなき無間を降ろし。
その一振りを──鍛造する。
薄く開いた目。
勿論銘は入れない。ただ、今までで最も出来が良い様には思う。
確実にセイバーと同調したことが理由だろう。本物の剣を、剣による戦いというやつを、夢としてではなく映像としてではなく、実体験として記憶した。
美術品の刀ではなく、実用に耐え得る刀。
あの「佐々木小次郎」や背後にいるランサーとも打ち合える武器。
「……ふぅ」
「先輩、お水です」
「ん……ああ、悪いな桜の嬢ちゃん」
「え──」
差し出された水を飲む。
気立てのいい娘にも程がある。彼女が彼氏なんぞを連れてこようものなら、オレが一目会って確かめてやらねえと。
ゴツン、と。
頭に、それなりに痛い拳骨が落ちた。
「……何をしやがるランサー。
「シロウ。私を見てください」
こいつら……まぁ一仕事終わったからいいけどよ。
なんだって。
──。
……なんだ。
あ?
「かが、み……?」
「いいえ。私は貴方のサーヴァントです、シロウ。そして貴方は」
「……。……そうか。今のオレは、オレじゃなかったか」
隣を見れば……強張った顔の桜が。
「すまねえ、桜。怖がらせたな」
「……そういうことで……驚いたんじゃありません」
集中するってことは雑念を抜くってことだ。
気にしていなきゃならねえことも雑念の彼方に消えちまう。
オレとセイバーの境界を意識して保つ、ということさえ雑念になってしまえば……あとに残るは残骸だけ。
今の一瞬。
オレはセイバーを見て、「なぜ自分がいるのだろう」なんてけったいな考えを抱いていた。
その姿をしているのは
「セイバー。夜の見張りはオレがやってやる。今日はこの嬢ちゃんと坊主の側にいてやんな」
「礼を、ランサー」
後頭部を掻く。
……精神統一の時間、だったんだがなぁ。
これは……いや、これはこれで、飲み込まれねえように、って精神鍛練にゃなるのかね。
どちらにせよ。
「今日は眠っておくか」
「そうしてください、シロウ」
「そうしましょう、先輩」
まぁ、こればかりは受け入れよう。
朝。
まぁ男冥利に尽きるというか、三人仲良く川の字になって寝た……ってところはいいんだが。
珍しい……安らかなセイバーの寝顔を見ても、初めて見る桜の寝顔を見ても。
心臓がドキリともしやがらねえ。セイバーに至っては寝間着がないんで男モンの着流しで……肌の露出も多い、ってのに。
これは本格的に枯れた爺いになっちまった可能性がある。セイバーに関しては鏡を見ているようだから、ってのもあるんだが。
とはいえルーティンをこなさなければ。
そう思って抜け出そうとして……ぐ、と。
両側から腕を掴まれていることに気付く。……組まれているのではなく、掴まれているのだ。
ぬ、ぐ。
おかしい。
魔力放出をしていない時のセイバーは並の少女と変わらないのではなかったのか。
というか桜は桜でなんだ。握力強くないか。毎日包丁を握っているとこうなるのか。
「明らかに起きているだろう二人とも」
「いえ、寝ています。だからもう少し眠ってください、シロウ」
「深い眠りについているので、もう少し……お昼頃まで眠っていましょう、先輩」
ええい、と振り払う。桜の微かな「ぁ……」という声には罪悪感も覚える。だってこの少女は、昨日、あまりにも大きすぎる離別を経験したのだから。
それでも悪ふざけには付き合っていられない。
毎朝のルーティンは欠かさずにやる。それが多分、衛宮士郎という男を僅かでも保ち続ける方法になるだろうから。
そういう風に意気込んで部屋を出れば──。
「よう坊主。どっちに手ェ出した」
「出してねえよ。……爺い臭い発言なのはわかってるが、どっちも小娘にしか見えなくなってやがる。数日前は……多少はドキりともしたんだがな、同年代の異性に囲まれて、冷や汗の一つもかかねえたぁ本格的に男として終わりかもしれねえ」
「……それこそフェルグスでも召喚して、あの魔術を使ったらいいんじゃねえか? 少なくとも性欲は──」
「ンなことのためだけに死者を呼び出せるか。……オレは日課の鍛冶に行く。今日も哨戒に出るから、準備しておきな」
「サーヴァントに準備も何もあるかよ。いつでも準備万端だ」
「そうかい。……ちなみにお前さんのマスターは、何か言ってきてやしねえのか」
「何も。不気味なくらい何も言ってこねえ」
「そうかい。ま、陣営が減れば減るだけそちらさんのマスターも楽になるって考えなのかね」
手を振ってその場を後にする。
宝具の開帳を許し、正体まで看破されて尚なにもしねえマスターってのは確かに不気味だが……まぁ、今から考えたって仕方ねえわな。
藤村の爺さんに事情を──慎二のやつが行方不明なこと、そんでもって間桐の家にあった大量の血痕なんかを洗い浚い話した。
魔術のことは言わねえが、あそこで殺人があったってのは事実だ。それを警察に言うか言わないかは藤村の爺さんに任せるとして、少しの間、と。
桜を預かってもらうことにした。まぁ藤村の爺さんも桜がウチへ通い女房してるこた知ってるからな。それが本当に女房になったってことか、と大笑いしていた。勿論預かりというか保護は快諾。っとに藤村の爺さんには頭が上がらねえ。
「じゃあな、桜。行ってくる」
「はい、先輩。……気を付けてください」
「おう」
なんてやり取りの後……未だ昼には満たない深山町へと繰り出した。
で。
「バーサーカー捜しだが……」
「ありゃ夜にしか出ねえだろ。バーサーカーのマスターは魔術師としてもマスターとしても律儀だ。人目につかねえを徹底するし、夜にしか戦わねえも忠実に守る。昼に出会うとしたらマスターって場合だろうが、こっちはサーヴァント二騎。坊主がそういうことしねぇってわかってたとしても警戒して近寄ってはこねえだろうよ」
「となると、残るはキャスターか」
「オレとセイバーの一騎討ちでもいいんだぜ?」
「だからアーチャー対策がいなくなるから……って」
対策も何も。
「──へっ、そうだな。やりに行くか、アーチャー」
「同盟の破棄はこちらに非があるとはいえ、彼らは充分な敵対行動を取った。攻め入る大義もあります、シロウ」
「……そうだな。いつまでもランサーに露払いを、ってのも悪い。……アーチャーを獲りに行く。どうせどっか高い所にいんだろ、罵迦と煙はそういうところに上るんだ」
遠坂には悪いと思う気持ちもあるけれど。
それでも彼女が言ったことだ。これは──戦争だ、と。
……ああいけねえ。これもセイバー寄りの感情だな。
オレはオレを保たねえと。
と。
そんなことを考えていたオレ達のすぐそばに──矢が突き刺さる。
「っと、早速お出ましか! 手間が省けていいじゃねえか!」
「シロウ、私の後ろに──」
「……いや、待て」
一応、これは爆発するものだ、という知識はあるけれど。
それでもそれが気になって……手に取る。
「……矢文だ。いやホント、いつの時代の英雄なんだアイツ」
やっぱり武蔵坊弁慶なのか……?
「シロウ、それは危険だ。すぐに離れて」
「おう」
離れると……魔力の粒となって消えていく矢。
爆発するわけじゃねえのか。
「で、えーと? ……東の双子舘にて待つ。……だとさ」
「ほー、あのアーチャー、果たし状を突きつけてくるとは中々やる。それともあのマスターの嬢ちゃんの趣味か?」
「シロウ、双子舘とは?」
「ああ、遠坂の家の近くにエーデルフェルト、ってな名前の外国人が建てた舘があってな。なんでも当時の当主だった双子がこれまた大層仲が悪くて、この土地に舘を立てるってのに双子がそれぞれ別に舘を建てたんだと。どっちも管理は行き届いてるから廃墟にもなってねえし、人がいる可能性だってあるのに……」
「ま、その辺りは嬢ちゃんがなんとかすんだろ。人払いの魔術なんて古今東西いくらでもある。それよか、今日はどっちを選ぶんだ坊主。オレか、セイバーか」
楽しそうに問うランサー。
戦うことが好きだというのは知っているけれど、それにしたってやる気だ。
「アテられた、とでも言うのかねぇ。今朝の坊主の鍛冶を見て、ガラにもなく……初めて槍を取った時のことなんぞを思い出した。まぁ幼年期のオレってのはやらかしてばかりの奴だったが、それでも……」
遠く。
憧憬を眺めるように目を細める彼。
「セイバー、アーチャーを打倒したい欲求はあるか?」
「そういった欲求はありません。シロウの指示に従います。……バーサーカーに関しては別ですが」
「……そうか。んじゃまあ、すまねえが、実際に辿り着いてから決める。オレの遅さは二人が補ってくれ」
ここじゃ決められない。
オレが一騎討ちを見たい、というのは結局何も変わっちゃいない。
アーチャーは、あの赤い兄ちゃんは遠距離戦という自分の
ならこちらも応える必要がある。
どちらを出すか、ではなく。
どうすれば一騎討ちと言えるのか、を
……最悪を考えるなら、遠坂とオレの対決になるかもしれねえからな。
そうしてやってきた双子舘にて。
信じられないものを……目にする。
「遠坂……?」
剣の檻、とでも呼ぶべきものに閉じ込められた遠坂。
その手には手枷。ただ、普通の手枷で遠坂を縛れるはずがない。アレには魔術がかけられていると見た。
いや……それも憂慮すべきことだけど。
問題は、彼女の格好だ。
ほとんど下着姿。辱められていると言っても過言ではない。
「……果たし状なんてモンを出すからちっとは見直したんだがな。テメェ、英雄の誇りも失ったか」
「ついて早々あまり吠えるなよランサー。それに、英雄の誇り? 生憎と私にはそのようなものはない。生前から持ち合わせてはいないのだ」
「そうかよ。おい坊主、やっぱりコイツはオレにやらせな」
その言葉を無視して、前に出る。
「嘘つきだなぁ、兄ちゃん」
「……なに?」
「まぁ確かに英雄としての誇りはねえのかもしれねえが、誇りそのものは持ってんだろ。生前何をしたヤツなのかは知らねえが、その生涯に悔悟ばかりなのかもしれねえが──」
遠坂を改めて見る。
下着姿で手枷を嵌められているという無残な姿ではあるけれど。
わざわざこちらに背を向ける形にしてあるし。
何より彼女の肌に……傷が無い。
「よくもまぁ、こんな大茶番を用意したモンだ。遠坂も赤い兄ちゃんに随分と心を砕いたようじゃねえか」
「……」
「オレを駆り出したかったんだろ、赤い兄ちゃん。オレがあの時共闘関係を裏切ったから、じゃねえ。並々ならぬ怒りがお前さんにゃあった。釣りあげたかったのはセイバーでもランサーでもなくオレだ。んでもって、遠坂を辱めておけばオレがちっとはブチ切れるとでも思ったんだろう。……が、
「……」
沈黙は二人分。
遠坂とアーチャー。そのどちらもが、何も言わない。
いや。
溜め息が、出る。
「はぁ。……だから言ったでしょ、アーチャー。わたしがこーんな恥ずかしい思いをしたって、衛宮くんには何も響かない。衛宮くんはアンタの知ってる衛宮くんとは別人なんだから」
「そう言うな、凛。まだわからん。事実としてこの男は戦ったマスターの全てを救ってきた。形は確かに違うかもしれない。だがその根底にあるものは変わらない」
「大層仲良くなったじゃねえか、お二人さん。で、お前はオレに何求めてんだ。まさかとは思うが、オレと一騎討ちしてぇ、とかじゃねえだろうな」
「そのまさかだと言ったら?」
瞬間、セイバーとランサーがオレの前に出る。
……セイバーはともかくランサーはオレのことを気に掛け過ぎだろう。
「馬鹿なことを言うなアーチャー。人間とサーヴァントとでは戦いにならない。それともシロウを嬲り殺しにしたいとでも言うのか」
「これが実際に茶番なのか、はたまたテメェが言わせてるだけなのかは知らねえが……オレと戦え、アーチャー。最初に戦った時からずっと気に食わなかったんだ。……直前までいい気分だっただけに、苛立ちが抑えられん」
どちらも本気でキレているらしい。
なんだ。
だがよ。
「なぁ、赤い兄ちゃん。ちぃとばかし話し合わねえか」
「話し合い? 私とお前がか?」
「あぁよ。なんせオレはただの刀鍛冶。兄ちゃんは武芸者だろう。ハナから戦い合いにゃならねえと来たら、話し合うしかあるめえよ」
沈黙は──ほとんど、一瞬。
遠坂の周囲にあった剣群が消え、彼女の身体に布がかかる。手枷はさらりと消えた。
……ありゃ投影魔術か? 随分と……オレのそれより汎用性の高そうな魔術だが。
「なに、アーチャー。アンタがどうしても衛宮くんと戦いたいっていうからこんな茶番に付き合ったのに、結局彼の言う通りにするの?」
「いいや。話し合いとやらに意味があるとは思えん。だが……私にはあの小僧の真意を聞く義務がある」
「あ、そ。……じゃ、いいわ。存分に魔力を持っていって、心の行くまま決着を付けなさい。……わたしは、あなたのことも間違ってなかったって、そう思うから」
多分。
オレがセイバーの記憶を盗み見たように、遠坂もアーチャーの何かを垣間見たのだろう。
「一騎討ちが望ましいのは事実だ。だが、それを行うには小僧の実力が足りていなすぎる。故にセイバー、ランサー。小僧を守ってやるといい」
「貴方に指図される謂れはありません、アーチャー」
「……坊主。一言言うだけでいい。オレがアイツを」
「んじゃ言おう。オレと赤い兄ちゃんの話し合い。その決着がつくまで、オレを守ってくれ。多分お前さんらなら、攻撃に転じたのなら一瞬で熨せるんだろう。そりゃオレの好ましい一騎討ちじゃないんでね」
言葉に……「ハ」と、毒気を抜かれたような笑いを零すランサー。
「なら訊くがな、坊主。お前が望ましい一騎討ちはどんなものだ。弓兵に対する一騎討ちは、弓兵同士でなければ務まらねえだろ」
「そんなことはない。アイツが剣を飛ばしてきて、それでも弓兵を名乗れるってんなら、オレも言葉を飛ばして弓兵を名乗ろう。ほら、一騎討ちだろう?」
「衛宮くんらしい言葉ね、それ。……アーチャー、納得はできた?」
「ああ。では、始めよう。──
詠唱が始まる。
驚いた。弓兵なんだ、ランサーと戦う時や慎二を殺そうとした時なんかに使った短剣の方じゃない、弓の方を取り出すモンだと思ったのに。
それも短文の、一節の詠唱じゃない。
七節。……いや。
「
八節の詠唱。それが唱えられた直後、世界が一変する。
エーデルフェルトの双子舘の姿はどこにもなくなり。
空を巨大な歯車が覆い尽くす──無人の荒野。
大地には数多の剣群が刺さり。
その丘の上に、アーチャーが一人、立っている。
「固有結界! 術者の心象風景を具現化する大禁呪……空想と現実、内と外を入れ替え、現実世界を心の在り方で塗りつぶす魔術の最奥……!」
「……成程、テメェ、弓兵にしちゃおかしなところがありすぎると思っちゃいたが、魔術師だったってわけか。ま、魔術師ならどんなスタイルになってもおかしかねえわな」
固有結界、ねぇ。
これが、赤い兄ちゃんの心の中。
「古今東西、いや見たことあるものねえもの様々。こんだけの刀剣を持ってるたぁ──やっぱり兄ちゃん、武蔵坊弁慶か」
「はぁ?」
声は……あ、遠坂。そこにいたのか。
「坊主、時たま天然になるのはなんなんだ。明らかに日本の剣じゃねえモンも混じってるだろうが」
「シロウ、固有結界とは敵の腹の中にいるに同じ。あまりふざけずに、そして油断しないでください」
いや。
真剣なんだが。
「と、すまねえな兄ちゃん。ことここに至って、こんな大層なモンを見せられても……オレには兄ちゃんが誰なのかわからねえ。魔術を扱う英雄はそれなりにいるが、固有結界が伝承に残されてる英雄は……いねえんじゃねえかな」
「当然でしょ、そんなの記録されるワケないし。……けど、英霊の座っていうのはね、衛宮くん。時間の概念が存在しないの。未来も過去も現在もない。サーヴァントはどの時代からでも呼び出される」
これは……オレの察しが悪いのか。
いやまったく。欠片たりともアーチャーの正体が思い浮かばない。
「つまるところ貴方は、未来の英雄……」
「道理で見たことねェわけだ。しかし、となると面白れぇ。てめぇ自身は気に入らねえが、この平和な時代の先で、てめえのような英雄が生まれる可能性があるってわけか」
「面白いことなど一つも無いさ、ランサー。私はただ、死後、霊長の守護者となりて、抑止の輪の命じるがままにこの世の悪とされるものを殺し続けた掃除屋。先も言った通り、英雄の誇りなどどこにもないのだから」
名前もわからねえ剣だ。だが。
「んだこりゃ。……量産品か?」
いや、別に。
量産品が悪いと言っているわけではなく。そもそも
ただ……この剣には真髄が無い。完成理念も、鍛造技法も無い。
普通の剣が鋼を使って内側から外側へと
つまり、鋳型が存在する。勿論強度は鋳物ほどヤワじゃねえとは思うが、コイツは。
「……
偽物だ、これは。
模造品。贋作。
……別に良いたぁ思うがね。一点モノの刀剣なんざ勿体なくて使えやしねえ。良い武器が量産できるならそれに越したこたねえんだ。
「小僧。いや、衛宮士郎。訊くべきことがある」
「ああ、なんでも聞け」
「お前は、"正義の味方"に憧れるか」
「いいや。
飛来する剣。
それは、いとも容易くランサーによって打ち払われた。
「正義の味方を、作るだと?」
「おうよ。なんでも
「その正義とはなんだ。衛宮士郎にとって、正義とは」
「人を活かすことだ。活かし、生かす。……刀ってのはそもそも人を殺すモンだ。だが、誰かのためにあるものならば……それこそ英雄たちの武器とあるモンなら、その英雄を活かし、その英雄が救う人々を生かすんだろう」
また飛来する剣。それもまた、今度はセイバーが叩き落す。
……なんだ、最初の余裕も覇気もねぇ。どころか吐きそうな顔をしてやがる。
「おまえは……おまえは、誰に憧れて、それを目指す。お前は何に──」
「お天道さんさ。オレはな、兄ちゃん。十年前に大火災に遭った。その中の生き残りだった。んでまぁ、焔を見ている内に、いつのまにか魅入られていた。オレもこうやって、何かを消費して燃え盛る焔になりてぇと願うようになった。……ま、結局その炎は大雨が消しちまって……ぶっ倒れてたオレを
覚えている。
今でもはっきり覚えている。むしろ手放すまいと……瞼の裏に焼き付けている。
「あの時の
苦々しい顔で。
吐きそうで、苦しそうで。
今にも泣き出しそうな顔を……ぐちゃぐちゃに歪めて。
どこか、記憶にある
違うのは……その後にあの、救われた、嬉しそうな顔をしたかどうかだけ。
「肉を断ち骨を断ち命を絶つ鋼の刃なんてモンはな、刀じゃなくたっていいんだ。斧でも槍でも、矢でもナイフでも、なんだっていい。けどオレが憧れたのはそうじゃねえ。オレが求めたのはそんなもんじゃねえ」
あの時、確実に。
硝煙の匂いはその後もちったぁしていたから、完全に切り離せたわけじゃなかったのかもしれねえが。
「
だってそうだろう。
俯いた奴の顔を無理矢理上げさせるのではなく。
ただ、泣いている誰かのそばに寄り添ってやるやつが、正義の味方。
涙を流すことは悪感情じゃねえ。人間に必要なコトだ。
だから、少しでもその悲しみを減らそうと、失ったことや自らの罪へ向ける涙すら……吹き飛ばしてやろうと。
あの時、オレに差したお天道さんのように。
圧倒的なまでの希望であることを。
それが、あの火災の中でただ一人……苦痛と死に満ちたあの場所で、全く違う運命ってやつに出会った、何者でもない「誰か」の願いだ。
「オレの鍛つ正義の味方ってな、そういうモンだ。──なんか文句でもあるのかよ、兄ちゃん」
「……おまえは」
彼はそこで言葉を飲む。何かを言いかけて、けれど、次の瞬間には別の言葉を発した。
「いいや、オレは。……生前の名を、エミヤシロウという。……おまえになることのできなかった……おまえ。それがオレだよ、衛宮士郎」
悔恨と……どこか憧憬の入り混じるような、そんな声色で。
赤い兄ちゃんは。
アーチャーは。
エミヤシロウは、そう、告白した。