Fate/senji might   作:ONE DICE TWENTY

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13 Identity Of The 『Jester』

 記憶にある限りの道を行く。冬木の郊外も郊外にある大森林。さらにそこから二時間を歩いてようやく辿り着く場所。

 静謐にして荘厳。

 深い深い森の奥。ここだけ冬のドイツの森を切り取って貼り付けているかのようなしんとした空気に、心の中の炉心をイメージする。……懐炉にゃなりゃしねえか。

 

 森全体が息をしているような。

 あるいは、森というものが息を引き取ったかのような、そんな雰囲気。

 ヒトが踏み入れる場所ではない。ここは、ここなるは──大自然の。

 

「あれ? なんでお兄ちゃんがいるの? もしかして、待ちきれなかった? ……もう、町で待っていてくれていたら、わたしが迎えにいったのに」

 

 そこに。

 声が、響く。……今ならわかる。アンバランスだとは思わない。

 彼女もまた……無垢ではあるけれど、自然の一部。いや、自然の触覚とでも言うべきものだ。

 

「あぁ、仕事は急くタイプじゃなかったんだが、(オレ)もセイバーも滾っちまって仕方ないんでな。無粋も無礼も承知で、門戸を叩きにきたんだ」

「ふうん? 何か良い作戦でも思いついたの? あの面倒臭いアーチャーを懐柔した、とか」

「いや、アイツには手を引いてもらったよ。今からやるのは正真正銘の真っ向勝負、一騎討ちってヤツだ。勿論ランサーにも手は出させねえ」

「……どうして?」

 

 首を傾げるイリヤスフィール。純粋にわからない、という顔。

 

「お兄ちゃんのセイバーはバーサーカーに負けたんだよ? そこのランサーがいなきゃ、セイバーもお兄ちゃんもあそこで終わりだった」

「そうだな」

「ええ、認めます。私はバーサーカーに一度負けた。大敗を……惨敗をした」

「なのに、もう一度戦うの?」

 

 本当に意味が分からない、という顔で。

 けれど……少女の背後にいる武芸者(サーヴァント)は違う。

 人格も理性も奪われているはずなのに、彼はまっすぐにセイバーを見つめていた。

 

真髄解明(トレース)開始(オン)

 

 視る。

 視て、わかる。

 ……バーサーカー。ギリシャ神話最大の英雄。無敵ともされていた彼は、その死の理由に妻による毒殺というものを持つ。

 拡大解釈するのなら、親しい者、契約した者からの誅殺こそが彼の弱点。

 逆に言えば──それ以外は完全。

 

 狂化していること以外、ヘラクレスという大英雄に隙というものは存在しない。そしてその狂化すら他のサーヴァントにとって隙とは言えない。

 紛う方なき最強。

 

 が。

 

「セイバー」

「はい、シロウ。──いざ!」

 

 (オレ)の鍛ち直した剣が、前と同じだと思われるってのは、ちと癪に障らぁな。

 

「──!!」

 

 咆哮。セイバーに何を感じ取ったのかは知らねえが、ただ無言のままに斧剣を振っていた巨躯が声を上げ──突っ込んできたセイバーと衝突する。

 光景は焼き増しに近い。岩塊とは思えぬ旋風。振り下ろされる斧剣に対し、振り上げられる不可視の剣。

 体躯、パワー、スピード、重さ。その全ての面で劣るセイバーは、彼の一撃を受け止めきれずに潰される──はずだった。

 

「っ!? なにしてるのバーサーカー! そんなやつ、早く叩き潰して!」

 

 拮抗している。

 いいや。

 

()()()()()()()()()()!」

「!」

 

 押し返した。そしてがら空きとなったバーサーカーの胴体に、不可視の剣を突き入れる。

 毎日鋼を触っている(オレ)からしても鋼の皮膚と言わざるを得ないバーサーカーの身体。そこへ向かうは技巧のない暴虐(狂戦士)の剣。

 さらにはバーサーカーの腹を蹴って離脱を行う彼女と、その蹴りによって後退するバーサーカー。

 

 くるくると空中を回転しながら着地を行った彼女。 その四肢には一瞬の血染みが見えたけれど、それも一瞬にして治癒される。

 

「うそ……なにしてるのバーサーカー! はやくそんなの蹴散らして!」

「──!!」

 

 怪物がまた咆哮する。

 地を揺るがす絶叫。叫び悶える彼の声そのものに呼応するかのように、元々異常であった身体能力が異形と化しながら増大していく。

 

 それを。

 冷徹に、冷酷に……眺めるセイバー。

 

「行け……! 近寄るモノはみんな殺しちゃえ、バーサーカー!」

「──愚かな」

 

 零れ出でた言葉はセイバーのものとは思えないほどに冷たかった。

 

 巨人が再度攻撃に移る。

 踏み込みは跳躍へ、その速度は大砲よりも疾く。

 あんなの、ただタックルを食らっただけでもミンチになるだろう。

 

 けれどセイバーはそれをひらりと避け……ない。

 真正面から受け止める。

 

「ん?」

 

 勢いに。力に。

 ジリジリと押されていくセイバー。

 違和感があった。ランサーも声を上げたように──槍使い(ランサー)暗殺者(アサシン)となりさえすれば、愚直な突進など躱すことは容易であっただろうに。

 

 押され、圧され、……樹木まで後退させられ。

 ようやく反撃の機会を得たとばかりに視えない剣を振るうセイバー。

 

「何やってやがる、セイバーのやつ」

「……」

「折角坊主が施した魔術を……一度しか使ってねえ」

 

 そう、違和感の正体はそれだ。

 今こうして押し返され、剣を打ち合わせているけれど……恐らく狂戦士(バーサーカー)を降ろすこと以外は何もしていない。

 七つのクラスを自在に使い分けられるようになっている筈の彼女はしかし。

 

 ……記憶にある、非情さに徹しきった暴君としての騎士王。

 その側面を押し出しているだけで……セイバーはほとんど何も変わっていない。

 騎士としての力加減をやめた。彼女本来の戦い方である剛力の剣。その更に上。

 

「く、ぅ……ぁぁ、ああああ!!」

 

 ()()()()()

 樹木に押し付けられていた彼女は、しかしバーサーカーの巨躯を打ち上げた。

 

 そして──彼女に収束していく魔力。

 記憶にある黄金のそれとは違う──どこか黒々しいそれ。

 ──宝具の開帳にほど近い行為。そうしなければ勝てない敵であるし、そうしなければ大英雄に礼を欠く。

 ただし、彼女本来の戦い方のそれではなく。

 

卑王鉄槌(ヴォーティガーン)!」

 

 赤黒い風圧。不可視の剣に纏わせていたその風がバーサーカーを追撃する。

 鬱屈。葛藤。怒り。嘆き。

 生前において彼女が見せなかった全てが載せられた剣。

 

 もし。

 今の彼女が、選定の剣を前にして王であることを選んだ少女ではなく。

 その道を選ばなかったが故に、数多の死を、滅びを、侵略を目にした先で……理想の王を、「あの時剣を手にしていれば」と願った少女であるのなら。

 

 彼女がその記憶を、その可能性を、己が歴史の一部として刻み付けたのならば。

 

「シロウ! 貴方が──己の理想を、ユメを、その手で鍛き上げたというのなら!」

 

 打ち上げられてなお、追撃を受けてなお、バーサーカーは爆音を撒き散らす。

 アインツべルンの森。時の停止した結界が上空にて振り上げられるは岩塊……いやさ、鉄塊。

 対しセイバーは、尚もと突進する。魔力放出によってその跳躍力を飛翔に近しきものへと変えて、「抑える」という言葉の全てを忘れてバーサーカーへと肉迫する。

 

 見上げた空で。

 衝突し合うは──奇しくも真逆。

 異形と化した大英雄の岩肌は赤く上気し、灼光の鋼を思わせ。

 全身全霊を以て突き進む騎士王は鉄鎚(かなづち)を纏いて天を打つ。 

 

「後悔も、自らの過ちさえをも武器とする! 私は──この長い永い夢でしかない今であっても!」

 

 鉄を打つ音が響き渡る。

 

貴方の鍛った剣(人を生かす剣)であることを、誇らしく思います!」

 

 少なくとも、何も守ることのできなかった己ではなく。

 滅びの運命を避けられずとも、疎まれ、厭われ、それでも十年の時を、十二の会戦を無敗で治めた王として。

 異民族や暗君だった先代から──栄光の時代を齎した者として。

 

 そうだ。私も、私も。

 あまりにも……救った者から、目を逸らし過ぎた。

 前だけを見据え続けたブリテンの王。言われるがままに掃除をし続けた正義の味方。

 

 いたはずだ。

 勝利を喜ぶ民が。子供の姿をした王を、気に食わない存在であった王を妬む騎士ばかりではなく、その鮮烈さに焦がれた騎士が。

 いたはずだ。

 生存を喜ぶ人が。どこの国にも、どんな場所にも、救うべきでないものではない──救われるべき無辜の人々が。

 

 だから私は使わない。

 折角シロウが施してくれた魔術であるというのはわかっている。

 それでも、マスターに捧げる初の勝ち星が、結局己以外の力というのはあんまりだろう。

 だから、初めから騎士であり、王となる道を選択した騎士王(セイバー)と。

 その選択から身を引き、絶望を経験し、「もし」などというものを願ってしまった「何者か(バーサーカー)」以外は、使わない。

 

 一度たりとも悪の面に落ちることのなかった私は、けれど、抱えていたはずだ。

 今がそうなのだから──持っていたはずだ。

 負の側面とて、私の、アーサー王という存在の一部分なのだと。そして……だからこそ。

 

 貴方によってそれを刻み付けられたのであれば、私はマスターを守る忠義の騎士(人を生かす剣という銘を切られた一振り)として──。

 

 がつん、と。

 拳骨ではなく、赤い槍の柄が後頭部へ直撃した。

 

「な……にをするのですか、ランサー」

()()()()()。坊主、お前……オレ達に向けて説明してることは、上っ面だけなんだろ。()()()()()()()()()()()()、刀鍛冶」

 

 ──。

 ……。

 

「すまねえ。呑まれてた」

「そうじゃねえだろ。……今の今まで、類を見ねえほどに良いマスターだと思ってたが……ちげぇな、坊主。おまえは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。成程、鍛冶師……そうか、商人だからな、おまえは」

「気に入らねえか、未だ誰でもない何者か、ってヤツは」

「ああ、気に入らないね。目指すもの。作りてえモノ。在り方、好み。そのどれもがオレ好みだが、それになるためなら自分がいなくなってもいい、なんてヤツを……オレが気に入るはずがねえだろ」

 

 耳の痛い話だ。

 ここまで上手くやってこれたと思ったんだがな。エミヤシロウの記憶が誤算も誤算だった。

 アレを取り込んじまったが最後、(オレ)のボロも出るってモンだ。

 

「もう一度言う。すまねえ。それでもオレは、このユメを追い続けたい」

「……」

「衛宮士郎が『偽物』だった可能性はもう見た。だから……『成り損ない』だった結果ってのが何を得るのか。未熟者が一生を捧げた時、そこにどんな刃が現れるのか」

「その最期。おまえはおまえか、坊主」

「さて、そいつについちゃ見てみねぇことにはわからねぇが──どこまで行っても(オレ)が好きでやることだ」

「……そうか」

「ああ。そんで、引き戻してくれたことにゃ礼を言うがな、ランサー。今は彼女の戦いで、オレが鍛ち直した剣が……自身を折った剣に勝るってな最高の瞬間なんだ。自分の仕事に不安は無ぇが、仕上がりくらいは見届けさせろ」

 

 上空。

 極光、だった。黒い極光。天の星々を覆い尽くす夜色の光は──やがて。

 

 どさ、という音を二つ立てたのち、収束する。

 

 漏れ出でた言葉は。

 

「……うそ」

 

 冬の少女の、呆然とした言葉と。

 

「それが貴様の剣か、セイバー」

 

 不沈だった巨人は不動と成り果てて……己を倒した騎士を見据え、重厚な声でそう問うた。

 

「いいえ。(これ)は彼の剣です」

「……鍛ち直された英雄。どの時代、どのユメを見ても、そのような幻想は二度とは現れまい」

 

 ざらりと。

 極光によって切り裂かれた身体は、砂塵のように消えていく。

 

「良い、幻想だった。よもやただの一撃で、この身の全てを滅ぼすとはな」

 

 霧散する。

 己が倒すべき敵を前に敗れた狂戦士は──最後までその役割に殉じたのだ。

 

 

 沈黙が流れ落ちる。

 冷たい風が、何も無くなった枯葉の焦土を浚っていく。

 

 残されたのは──イリヤスフィール、ただ一人。

 

「イリヤスフィールの嬢ちゃん」

「……なに、お兄ちゃん」

「まだやるっていうんなら、(オレ)が相手になる」

「……」

 

 戦意は喪失しているように見えるが……。

 

「ぅ……ぁ、あ。あ」

 

 突然呻き声を上げるイリヤスフィール。それが演技でないことくらいわかる。

 そして……彼女の全身に刻まれた令呪が鮮血のような輝きを放ち。

 

 少女は、枯葉の上へと倒れ伏した。

 

「……何が」

「セイバー、連戦で悪いんだが、ちと頼まれてくれねぇか」

 

 倒れた少女に近づいて。

 狂戦士(バーサーカー)から剣使い(セイバー)へと戻った彼女の隣を通り抜けて。

 

 彼女が「誰と」を問うまでもなく──その槍が振るわれる。

 セイバーの剣がその穂先を捉えることに成功したのは、彼女が持つ直感が故だろう。

 

「チッ……無駄に老成しやがって」

(オレ)たちはそういう関係、なんだろう? ……世話になったな、ランサー。とはいえ今とて望んでいる。アイルランドの光の御子。セイバーがお前さんと一騎討ちをするその姿を」

「どういうことだ、とは問わない。……ランサー、貴方に課されていた命令は」

「ああ。サーヴァントの半数が削れた時点でセイバーのマスターを殺し、帰還せよ、ってな。オレとしちゃお前たちとはもうちっと一緒にいたかったんだが、命令は命令だ。サーヴァントとして召ばれた以上、召喚者の命令に従うのは当然、だろ?」

「……無論だ、ランサー。だからそう惜しむこともない。私もシロウも、一時(ひととき)さえも貴方に心を許した覚えはないのだから」

 

 だから……さっきのが、最後の忠告ってやつなんだろう。

 面倒見の良い英雄だ、本当に。

 

「坊主。いや、セイバーのマスターよ。オレとセイバーの一騎討ちを今とて望んでいるとそう言ったな」

「あぁよ。だから勿論」

「それが今からでも構わねえな。マスターを殺すにはサーヴァントを殺すしかない。最優のサーヴァントともなればなおさらだ」

 

 無論だとも。

 それを理解して、ずっとそばにいてもらったのだから。

 

 彼が誰ぞかに殺されることのないように。

 だって、この二つの一騎討ちは……オレが最も見たいものの一つであるのだから。

 

「が、とりあえず非戦闘員を動かすくらいはしてもいいか。ここでおっぱじめられるとイリヤスフィールまで巻き込んじまう」

「好きにしろ」

 

 じゃあ、と。

 小さく軽い彼女の身体を担ぎ上げ──。

 

鍛造技法(トレース)追想(オン)

 

 あの時と同じように自身へランサーを降ろし、爆発的な速力を得る。

 直後、己のいた場所に突き刺さる鎖。……無数の剣、じゃないのか。

 

「な、シロウ!?」

「余所見をするなよ、セイバー。どの道おまえが死ねば坊主も死ぬんだ」

「そっちこそそう簡単に終わってくれるなよランサー! オレが逃げに逃げて逃げ切って、帰ってくるまで生き延びやがれ! (オレ)はお前さんらの死闘が見てぇんだからな!」

 

 一歩一歩踏み出すたびに千切れていく肢。

 呼吸するだけで破裂する肺。姿勢を変えるだけで軋む骨。

 その一切合切を無視してアインツベルンの森を縦横無尽に駆け巡る。

 

 本気ではないのだろう。

 あの剣群は一切飛んでこない。ただ、蛇のようにうねる鎖がずっと背中を追い続けてきている。

 

「っ……!」

 

 打ち払う──なんて選択肢はない。(オレ)はサーヴァントじゃない。そもそも武器が無いってのもあるが、エミヤシロウの使うような物質への強化さえ使ってこなかったんだ。文字通りの付け焼き刃があの大英雄の宝具とまともに打ち合えるわけがない。

 最善手はイリヤスフィールの嬢ちゃんを明け渡すこと。奴さんの狙いはそれだけだろう。ハナから(オレ)なんて「成り損ない」には興味が無いはずだ。

 もし、生き延びたいのなら。

 そうするのが一番。

 

「ハ──」

 

 鉄を打つ。鉄を打つ。鉄を打つ。

 残り少ない魔術回路。セイバーに焼き付けた分と、アーチャーに焼き付けた分。あの『無限の剣製(unlimited blade works)』とかいう固有結界でも展開できたら話は変わったのかもしれねえが、生憎(オレ)の心象風景は世界を塗り潰せるほど色濃くない。

 即ち。

 

 生存を選ばないのであれば──無様に逃げる、一択!

 

「良い。立ち向かう気概など一切なく、(オレ)との差を知り背を向ける。雑種とはいえ立場を弁えた者へは敵意なぞ向けぬ」

 

 ただの声色が、黄金に思えた。

 跪きたくなる声だ。威光。あれこそが王。

 けれど同時に、(オレ)の中にある騎士王としての記憶がそれを拒む。

 

「だが……何かを守り、逃げる、というのは、鍛冶師の領分を超えていよう。今すぐにその足を止め、(オレ)に聖杯の器を献上するというのなら見逃してやってもいい。貴様はセイバーのマスターであるのだし、いつの時代にも兵士のための武器を量産する者は必要な椅子だ。この時代において、貴様はまだ堕落していないと言える」

「……っ」

「聞こえなかったか、鍛冶師。己が領分を弁えるのならば、聖杯の器を置いて立ち去れと言ったのだ、雑種。この(オレ)がその命を見逃すなど、一時の気の迷いであることを貴様は知っているのだろう?」

 

 知っている。勝手に知った。

 エミヤシロウの記憶の中にあった黄金。冬木の地に召喚された全てのサーヴァント、その誰よりも古い起源を持つ英雄。

 

 走る足を。

 疾く疾くと踏み抜く足を……止める。

 

「ほう、存外素直ではないか。ク……やはり言峰の言葉は信用ならんな。さぁ、ソレを(オレ)に献上せよ。そのまま()く立ち去れば追いはせぬ。必要であればランサーも殺しておいてやってもいい。万一にもセイバーを殺されてはコトだからな」

「……発言の許可は、貰えるのか」

「その許可の申請自体が越権行為だが……良い。貴様からは並々ならぬ敬意を感じる。許す、申してみよ」

 

 上機嫌であるらしい黄金。

 彼は、鎖を引っ込めて……悠然と木々の合間から現れた。

 全身、黄金の鎧。金髪赤眼。そのオーラだけで人を跪かせる王たる資質。

 

「この嬢ちゃんを欲しがっているのは、お前さんか、英雄王。それとも言峰綺礼か」

「あのランサーへとああいった命を下している時点で、言峰もまた聖杯を欲している。奴の娯楽のためだけに。だが……此度においては、(オレ)(オレ)で聖杯に興味がある」

「……」

「王というのは存外窮屈でな。貴様ら雑種の考えている以上に自由がない。だが、だからこそ驚いたものよ。十年前に欲した女が、再度この地に現れたこともそうだが──それを使役する魔術師が、これまた稀有な道化師だったのだ」

 

 道化師。ピエロ……いや、ジェスターかね。

 まぁその通りだ。

 

(オレ)の生きていた時代には……いや、ウルクには無い役職であったが、砂漠の方には似た役職があったとも聞く。鍛冶師であり道化師である者。だがその実中身は単なる燐光。種も仕掛けも無いとはまさにこのことよな。貴様は炎に魅入られ、焔と化した男。別の側面から見ればそれは確かに勇敢なる戦士のようであったのやもしれないが、本質は力熱()を焚べられなければ消えてしまう残火に過ぎぬ」

 

 大火災。あの時オレは、明確に作りたいモノを思い浮かべた。

 けれどその前に……焔に魅入られていた。その根底は、何も変わっちゃいない。

 

 オレは鍛冶師になりたかったのではなく。

 正義の味方(人を生かす剣)を鍛つために使われる、焔の方になりたかっただけ。

 

 だから十年間鉄を打ち続けた。

 そうしなければ……消えてしまうと知っていたから。

 セイバーに施したものも、アーチャーに施したものも、傍から見れば滅私に見えるかもしれない。誰かを救う剣を鍛き直すために己の自己境界を消し飛ばす。怒られるべきことか、はたまた美談に聞こえるのかもしれない。

 

 けれど、違う。

 オレはただ──こうしていないと、目的のない焔へ変じてしまうというだけ。

 ユメを追うのはヒトの形を保つためだ。

 

 オレに一本芯など無い。オレにエミヤシロウのような理想などない。

 

「さて──聞きたかったことは、これで充分か?」

「まぁ……そうだな。いやなに、鍛冶師としては、これほど上質な素材は見たことがないんで持って帰って鍛ってみたかっただけなんだが……持ち主に返すべきだ、というのは道理も道理。天然の鉱石ならともかく、他人様(ひとさま)の宝物だってんなら返さねえ理由は無いだろうよ」

「殊勝なことだ。やはり貴様は生かす価値があるな、雑種」

 

 イリヤスフィールの嬢ちゃんを……地面に寝かせる。

 そのまま、一歩、また一歩と下がっていく。

 

「そう警戒せずとも見逃すと言っているのだがな。まぁ、一応はサーヴァントとマスターか。聖杯戦争中であることを考えれば正しい反応だろう」

「もう一つだけ、問いをかけることは……流石に不敬か、英雄王」

「不敬も不敬だが、許してやろう。愚かに振る舞うことが道化師の本懐。して、なんだ?」

「言峰綺礼から(オレ)に鞍替えするってのは、ナシか」

「……──ほう?」

 

 鉄を打つ。鉄を打つ。鉄を打つ。

 聞き慣れた音は、しかしその間隔を狭めていく。

 いつしか心音(鼓動)と同等になるほどまでに、近く、大きく。

 

「言葉を続けることを許す。その発言に至った経緯を聞かせてみよ」

「さっき言っていただろう。言峰とは違う目的を持っている、って。(オレ)が聖杯にかける望みってのはまぁ、金銭くらいのものでな。別に無くなっていいものだ」

「なんとも俗物的な願いを持つマスターもいたものだ。しかし成程? (オレ)と契約したのなら、(オレ)の黄金律が貴様にも付与されよう。金に困ることは一生無くなるだろうな」

「そ……れは知らなかったが、あまりにも魅力的過ぎる。……じゃねえ、えーと、だから」

 

 一瞬用意していた言葉を忘れるくらいの魅力があった。

 だが、一生金に困らない? 生活費を考えずに鋼を大量購入して、工房もちゃんとしたものにして、弟子だのなんだのを雇って、ができる……じゃねえ、そうじゃねえ。呑まれるな呑まれるな。

 

「セイバーもアーチャーも(オレ)が鍛ち直した。最古の英雄としての採点はどうだ」

「セイバーに関しては些か勿体の無いことをしたとは思うが──悪くはない。贋作者(フェイカー)については口にしたくもない」

「そうか。んじゃこれは点数にゃなりゃしねえか」

「……ああ、なんだ。(オレ)が言峰から貴様を選ぶに足る理由を探しているのか? まったく、話を聞かぬのは奴と同じらしい。(オレ)はどうしてそのような発言に至ったのかを聞いているのだ。二度目はないぞ、雑種」

「いやすまねえな。自我を得てからの十年間、ほとんど人付き合いってやつをしてこなかったせいで、時折話が通じねえとよく笑われる。……まぁ、なんだ。知っての通り、オレは刀鍛冶もやっていてね。その宝物庫……古今東西あらゆる宝具の原型が収められているたぁ言うが、だからこそ独自に派生したモノは入ってねぇんだろ?」

 

 ピリ、とした空気。

 そりゃそうだ。この世全てが己の持ち物だと豪語する王サマに、お前にゃ持っちゃいねえモンがあると言ってのけたんだ。

 今この場で殺されてねえだけ寛大ってな。

 

「刀ってのは、中国から伝来したものだ。ただそっちは両刃の刀。そういうモンの源流はその宝物庫の中にあるんだろう。だが」

 

 己の手を見る。

 

「直刀、そして湾刀ってやつは、この国が成立させた独自の文化。──未熟者で成り損ないの刀鍛冶で悪いが、一振り、(オレ)(つく)らせてみちゃくれねぇか」

 

 頬を掠める高速の刃。

 動じない。この発言がどんだけ不敬かなんざわかりきってる。将軍サマ、いやさそれよりも偉いヤツに、(オレ)の刀をコレクションに加えてくれとせびっているようなモンだ。それがどれほどの思い上がりかなど語るべくもない。

 

「雑種。貴様の鍛造した粗悪品を、(オレ)の蔵に収めろと、それを思い上がり甚だしいと理解していながら言葉を発したと……そう言うのだな」

「ああ。粗悪品だが偽物じゃねえ。粗悪品だが贋作じゃねえ。それでも……単なる鋼の棒切れじゃ、この世全ての財の列には並べられねえか」

「……問おう、雑種。今の貴様は道化師か、鍛冶師か」

「鍛冶師だ。愚かしく生意気なことをほざく、未熟者で成り損ないの鍛冶師だよ」

 

 人類最古の叙事詩。その冒険譚の主人公たる英雄王は。

 小さく──「そうか」と呟いた。

 

「猶予をやる。……そうさな、気付いているだろうが、キャスターめがこの地の大聖杯にくだらぬ仕込みを行っている。それが成功するか失敗するかには興味が無いが……その成否に問わず、そこを期限としよう。それまでに(オレ)の気に入る刀を鍛てたのならば、その働きぶりを讃え、褒美を取らせてやる。言峰の娯楽を潰すでも良いし、(オレ)と契約し、この先一生困らぬ金を手にするでも構わん」

「……」

「そこで生唾を飲み込むのが全く以て俗物よな。……雑種。その聖杯の器は貴様に預けよう。その気があるのならば、ソレを材料に使うことも構わん。──精々励め。励んで(オレ)を愉しませよ、雑種」

「必ず」

 

 英雄王は……踵を返す。

 

 彼が林の向こうへ消えていった、その直後。

 

「シロウ!」

 

 風の如き速さでセイバーが現れた。……これは、ランサーを降ろしている、か?

 

「無事ですか、シロウ!」

「ああ……まぁ全身がズタズタのバキボキだが、生きちゃいる。それよかランサーはどうした」

「……途中までは本気の殺し合いをしていたのですが、どうやら彼のマスターから追加の命令がきたようで……何やら物凄い形相をして、勝負は預ける、と」

「そうか。……まぁ、お互い無事で何よりってな」

 

 倒れそうになった身体をふんじばって踏みとどまり、一応背後を見る。

 ……ちぇ、消えていやがる。そりゃ残していかねえか。

 

「ともかくここを離れましょう、シロウ」

「そうだな……ああ、イリヤスフィールの嬢ちゃんは連れていく。預けられたモンを忘れて帰るワケにゃいかねえからよ」

「……貴方が決めたことであれば、わかりました。……しかし、先程の鎖は……」

「その辺含めて帰ったら作戦会議だ。ちぃっとどころじゃなく状況が変わってな。バーサーカーに勝利したことを喜ぶ暇もねぇが……」

 

 一度、休息を取ろう。

 そうしなければ肉体の方が音を上げちまうからな。

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