Fate/senji might   作:ONE DICE TWENTY

15 / 21
14 Save You From Anything

 二月五日、火曜日。 

 

 早朝四時。当然、今日も今日とてルーティンを行う。

 

 鉄を打つ。鉄を打つ。鉄を打つ。

 駆け巡っていく記憶を雑念として振り払い、一心不乱に鉄を打つ。

 

 して、次第に出来上がる刀。作刀速度は各段に上がっている。いや、普通の刀工が見たら泡を吹くほどの速さだ。

 それでも遅いと感じるのは、もはや(オレ)の鼓動が鉄を打つ音にさえ聞こえているからか。

 重い身体が恨めしい。

 疲労を覚える機能が邪魔臭い。

 誰ぞ(オレ)に火を灯せ。この肉体の檻を、燃やし尽くしてくれと──。

 

「お兄ちゃん、今、いい?」

 

 その過剰なまでの熱が。

 冬の少女によって、冷やされた。

 

 

 ここは土蔵。鍛冶をしていないと普通に寒いので、窯にだけは小さな火を入れておく。

 

「どうした、イリヤスフィールの嬢ちゃん」

「うん、……お兄ちゃんに、相談したいことがあって」

 

 蠱惑的に(オレ)を見つめる少女。ただその赤い目にはもう敵意がない。

 

 昨晩。

 この武家屋敷へとイリヤスフィールの嬢ちゃんを持ち帰った(オレ)とセイバーは、作戦会議を行った。

 まぁつまるところ、知っていることのだいたいを吐き出して認識のすり合わせを行ったのだ。

 

 彼女が前回……第四次聖杯戦争の参加者であったことや。

 (オレ)の魔術回路があと少ししかないこと。

 そして、あの英雄王と取引をしたこと。

 

 最後のことに関しちゃ苦々しい顔をしていたセイバーだったけど、その理由も話してくれた。

 なんでも第四次で求婚されて、断ったのだそうで。それでもまだ諦めていないようだから、嫌い、と。あまりにも素直過ぎて笑ってしまった。

 

 で、作戦会議。

 次に狙うはキャスターだ。キャスターの目論見の成否に関わらずそこが猶予だと英雄王は言ったけれど、だからと言ってそれを先延ばしに、なんて考えは無い。あの英雄王は仕事を急くタイプではないかもしれないけれど、それに胡坐をかいていれば(オレ)に興味を失うだろう。

 何よりキャスターは未だやってはならないことをやり続けている。テレビを付ければ「新都で起こる謎の大規模昏睡事件」が流れ続けているのだから、早く止めなければこの冬木という土地が死に絶えるだろう。だから、猶予に関係なく今日はキャスターを叩く。そう決めた。

 

 そういうこともあって、セイバーには今睡眠を摂ってもらっている。供物となっている刀は既に半分ほどが消費されていて、これからまだまだ聖杯戦争が続くとなれば、無駄遣いはできない。食事と睡眠を行うことで、少しでも魔力回復に努めてもらう、という方針となった次第だ。

 これは彼女が未だ死んでいない特殊な英霊であるからできること。その辺、(オレ)が勝手に覗き見ちまったからな。知っているんだ。

 

 だから……今から話すことは、セイバーの知らない話、ということになる。

 イリヤスフィールの嬢ちゃんもそれがわかっていて訪ねてきたのだろう。

 

「で、相談って?」

「うん……実はね、お兄ちゃんとあのサーヴァントが話をしている時、わたしにはうっすらと意識があったの。それで……自分のこととか、お兄ちゃんの在り方とか、そういうのを、全て把握したわ」

「すべて、か」

「そう。すべて。お兄ちゃんの魔術とわたしの身体の相性が良かったんだと思う。あの時わたしは、お兄ちゃんに密着していて、その上からお兄ちゃんは降霊術をかけた。だから……だから」

 

 少し迷った少女は。冬を思わせる真白の少女は。

 意を決した表情で──次の言葉を紡ぐ。

 

「……ううん、もう言葉はいいや。単刀直入に言うね。わたし、もう長くないの」

「……ああ、知ってる」

「わたしは聖杯戦争のために生み出されたホムンクルス。命に魔術回路が埋め込まれたんじゃなくて、魔術回路が命を持っている、みたいな存在」

「……ああ、知っているさ」

「だから……聖杯戦争に負けたわたしの()()は、魔術回路を抜き出されて破棄されるか、聖杯の器として、聖杯の孔を開くための贄として使われることだけ」

「……ああ。……知っている」

 

 全てエミヤシロウの記憶で見たことだ。

 彼女が切嗣(オヤジ)と……当時の聖杯の器との娘であることも。

 エミヤシロウが過ごした人生における、彼女の最期も。

 知っている。

 

「けどね、お兄ちゃん。昨日の夜、もう一つ……わたしの使い(みち)ができたんだ」

「……」

「痛くて、苦しくて、嫌いで、……でも、本当は大好きだった二人の……帰ってくるって約束したのに、結局帰ってこなかったキリツグの、養子。お兄ちゃん。あなたに復讐することだけを生きる目的として振る舞ってたけど、それももうおしまい。本当はわたしの方がお姉さんなんだから……この先、わたしがシロウを守れないのなら、姉が弟に遺すものが、何も無いのなら」

 

 あまりにも自然だった。

 受け入れている。己の寿命を。

 そうだ。自然は寿命を受け入れる。お天道さんから与えらえた寿命を、たとえヒトの手によってすり減らされようとも受け入れる。

 

 思いついたことはその場で実行し、自らの糧とし。

 とっておく、ということをしない。それはヒトだけが行う停滞。

 

()()()。シロウにわたしを、あげる」

「……(オレ)が、何者でもないと、そう知ってもか」

「うん。だってお兄ちゃんは、余すところなく使ってくれるでしょ?」

 

 多分。

 こういうところが、エミヤシロウとの決定的な違いだ。

 (オレ)は天寿を否定しない。何が何でも生かそうとする、なんて理想を持っていない。

 

 焔とはいずれ消えゆくものだと、この身を以て知っているから。

 

「わたしのこの、命。残り少ない寿命のすべて。命を持った魔術回路を……シロウに移植してあげる」

 

 柔らかな抱擁があった。

 真正面から……(オレ)に抱き着く、冬の少女。

 

「言っておくが、(オレ)は多分、切嗣(オヤジ)以上にろくでもない男だぞ」

「……うん、知ってる」

「自分を焼いた焔なんぞに魅入られて、ユメを追うことでしかヒト足れない成り損ないだ」

「……うん、知ってるよ」

「だから……(オレ)の人生ってのは、そのユメに至った時点で消えるもの。冷え切った火がその姿を世界から消すように、(オレ)もいなくなるんだろう」

「……うん。……わたしには、わかるよ。お兄ちゃんは思ったより、ヒトじゃなかったから」

 

 そうか。

 エミヤシロウはまだヒトだったのかもしれないが。

 衛宮士郎は、単なるヒだったわけだ。

 

「……こんな機能、本当はわたしにはないんだけど……無理矢理やるから、痛かったら……ガマンしてね」

「移植するのはお前さんなんだ。お前さんこそ、痛かったらやめてもいいんだぞ」

「何言ってるの、シロウ」

 

 抱き着いたままの少女は、(オレ)に見えないところで、屈託なく笑う。

 

「痛いっていうのはね、生きてる、ってことなんだから」

 

 鼓動が聞こえる距離。

 首を流れる血流の音さえ聞こえる距離で、静かに言葉が紡がれる。

 

「──Auftrag wird ersetzt.(変革準備。) Das dritte Element(白矢。) wird als das erste gekennzeichnet,(忘我。) das Fleisch geht einmal(接続、) zum Teil das Sternes zurück.(開始。)

 

 雑念を飛ばす。

 滂沱の如き記憶も、流浪を束ねた想いも、真我と無瑕の彼方へと追いやる。

 

Sie fliegen hoch, schnell, weit, zu morgen.(小さく。小さく。小さく。小さく。) Nie zurück schauen(円環航路、開示。)

 

 痛むのだろう。

 (オレ)の首に回した手が、自らの力で折れてしまいそうなほど、強く強く抱きしめられる。

 

Es gibt niedrig,(大きく。) ist langsam, ist nah und in die Vergangenheit(大きく。大きく。大きく。) Nie vorher betrachten.(隘路港道、連続閉鎖。)

 

 鉄を打つ。鉄を打つ。鉄を打つ。

 この魔術は(オレ)が平坦でなければ成功しない。

 だから──少女の震えすらも、無明の底へと追い払う。

 

 意識は深くへと沈んでいく。

 五感からの情報の全てを捨てた時点で少女の声は聞こえなくなっている。

 

 竜身の住まう炉心。剣の墓標の荒野。業火に巻かれた刀塚。

 

「シロウ。……無理してヒトにならなくても、いいんだよ」

 

 鈴の転がるような声。それに呼応して。

 (オレ)の自我は完全に、肉体(おのれ)から離脱した。

 

 鉄を打つ音が響く。

 鉄を打つ音が響く。

 鉄を打つ音が響く。

 

 自己境界という隔たりを熔かし、一つの玉鋼へとまとめ上げる槌が下ろされ続ける。

 

 その、全てを通り抜けていく、一羽の鳥。

 万事を、万象を、(オレ)の感じるはずだった全ての痛感を突き抜けて──この焔の中に。

 

 火とは、原初だ。

 夏の虫が自らの死を理解することなく火に飛び入るのは、火が、光が、あまりにも魅力的だから。あまりにも美しいから。

 だから、己の身を焼き焦がす痛みよりも──その焔と一体化することを選ぶ。

 

 衛宮士郎という焔に。

 イリヤスフィールという雪の鳥が、その身を熔かす。

 

 か細い残り火は、雪をその身に蓄えて──轟、と勢いを取り戻す。

 これは消すための冷たさではなく。

 暖かさを自覚させるための冷気。

 

 誰かに焼き付けたことで失われた鋳型は、結晶の如き氷像によって堅固になる。

 

 炎は燈った。

 炉に窯にも、薪が焚べられた。

 

 遠い記憶を垣間見る。

 一人。独り。

 雪の降る空を眺める──幼き少女。

 

 置いていくものか、と──。

 

 ずるりと……(オレ)の首から落ちていく少女を受け止めた。

 呼吸は無い。もう、彼女は。

 

 ヒトとしての機能を失っている。

 そうあるように創られて。

 そうではないと停止した。

 

「……雪と火は共に暮らすことができない、ってな……どこぞの劇作家の言葉だが。(オレ)にはそうも、思えんな」

 

 ゆっくりと彼女を寝かせて……槌を振り上げる。

 

「真髄、解明。完成理念、収束。鍛造技法、臨界」

 

 彼女は武器ではないから。

 施すのは、ただ──。

 

 

 

 桜の作ってくれた朝飯をかっ食らう。

 一日空いただけでもそのありがたみってモンが倍増する。矢ッ張り朝は食わねえとな。

 

「ふふ、先輩。今日は一段と良く食べますね。──どうですか? やっぱり、冷凍食品とは、違います、よね?」

「お、おう。いやあれもあれで企業努力があって良いものだと思うが──」

「先輩?」

 

 にっこり。

 うむ。衛宮士郎は武芸者じゃないんでな。

 とっとと退散させてもらおう。

 

「今日もお出かけするんですか?」

「あぁよ。なんだ、(オレ)と一緒が良かったか?」

「それは勿論そうですけど……一日くらい、休んだっていいんじゃないかな、って」

「まぁその理念もわからなくはねぇが、ちょいと叱咤激励を受けた後でな。滾っちまって仕方ねえんだ」

 

 義姉ちゃんにあんだけのモンを貰って、「一回休み」はねぇだろう。

 

 何より──霊脈の枯渇は、この地の自然をも害する行為。

 (オレ)は誰にも頭を下げる気は無えが、尽くされたんなら尽くし返すさ。

 

 食べて。食べ終わって。ご馳走様を言って。

 

 道場にあった竹刀袋を背負って、出発する。

 

「……シロウ」

「どうした、セイバー」

「それは、武器ですね」

「まぁそうだな。(オレ)が鍛った刀だ。ガッツリ銃刀法違反だからあんまり大声で言わねえでくれると助か──」

「置いていってください」

「……」

「シロウ。刀を以て敵を斬ることは、刀鍛冶の領分ですか」

「……」

「シロウ。私は昨日勝ち星を挙げた。貴方の助力なく……いえ、貴方に鍛ち直されはしましたが、令呪の力なくあのバーサーカーに勝った。……それでも信用できませんか」

 

 むう。

 いやなに。

 義姉ちゃんから貰った魔術回路が滾りに滾って、これなら(オレ)も斬った張ったができるんじゃねえかと思い切って持ってきたのだが──。

 

「ダメか」

「ダメです」

「キャスターは勿論セイバーに任せる。で、そのマスターが一成だとしたら、(オレ)は」

「ダメです。置いてきてください」

「……ダメか」

「ダメです」

 

 取り付く島もない。

 結局、竹刀袋も刀も元の場所へ戻すこととなった。

 

 では気を取り直して──柳洞寺へ向かおう。

 

 

 相変わらず無人の柳洞寺。

 どこをどう探しても無人なので、件の岩の前に向かう。

 

 一応ランサーが待ち構えてるってなことも予測したが、そんなことはなく。

 

「やはり……剣で小突いてみても、ただの岩ですね」

「まぁ……やっぱりここが最初の関門か」

 

 キャスターをどうにかするにはこの門を通り抜けなければならない。

 だが、ここを通り抜けられる魔術師は遠坂か……あるいは義姉ちゃんくらいだったのだろう。それがもういないとなると。

 

「この周囲一帯を吹き飛ばしてみますか?」

「阿呆、そんなことしたら霊脈に傷がつくだろう」

「ですが、こうしている間にもキャスターは力をつけていく一方です。何か策を講じなければ……」

 

 作戦会議はした。

 が。

 ここをどうするかについては答えは出ていない。というよりかは。

 

「あぁ、もし通りすがりの正義の味方でもいりゃ、敵だろうが味方だろうが関係なくここをこじ開けてくれたりするんだろうなあ」

「シロウ、何を言って……、──シロウ、下がって!」

 

 (オレ)たちの背後。

 そこから出てきたのは……どこか困った表情をしたアーチャー。

 

「アーチャー……とうとう来たのですか」

「いやなに。これから凛のショッピングの付き添いとして新都へ向かうのだがね。どうにも新都ではショッピングをする余裕もないほどに被害が出過ぎている。アレでは凛の機嫌も治らないだろう。……この事実を受けて、凛が私に下した命令はなんだと思う?」

「通りすがりの正義の味方ってのはいねぇモンかなぁ。(オレ)、困ってるんだがなぁ」

「それとなくで良いから手伝って(通りすがって)こい、らしい。いやまったく、共闘関係も協力関係も結ばないと豪語した手前、おまえ達がバーサーカーを倒し、そしてキャスターを倒しに行くことを知っても"一緒に行く"が言えないらしくてな。伴って私もそれに従わなければならないのだが……」

 

 アーチャーは。

 何やらとんでもなく曲がりくねった短剣を投影する。……やっぱり使える気のしねえ魔術だ。

 

「正義の味方を追い続けると、どこぞの少年と約束してしまったものでな。通りがかりであろうと困っている者を見捨ててはおけない、ということだ」

 

 彼はそれを岩へと突き刺す。先程セイバーが小突いても単なる岩でしかなかったソレ。

 しかしアーチャーの曲がりくねった短剣によって、ガラスの割れるような音と共に……穴が開いた。

 

「健闘を祈ろう」

「……礼を言います、アーチャー」

「ああ。これからの私は、そういった言葉をしっかり覚えておくことにする」

 

 背を向け、霊体化するアーチャー。

 キザったらしいったりゃありゃしねぇが、アレがアイツの在り方なのだろう。

 

 いつか決着をつけるにしても。

 真正面からの一騎討ちを期待している。

 

 

 穴を下っていく。

 明らかに人為的に作られた穴。今下っている場所も階段状になっているし、壁には燭台をかけるのだと思われるでっぱりがある。

 

 既に真髄解明は行っているから迷うこともない。

 

 そうやって──その空洞に、辿り着いた。

 

「これは……結界、というより神殿ですね。……キャスターがいつからこの地に根を張っていたのかは知りませんが、集めに集めた魔力でここまでのものを……」

「……ヒトの気配は無ぇが、ヒトじゃねえモンの気配はわんさかいやがるな」

 

 神殿。というか街だな、こりゃ。

 そんで……そっから溢れ出てくる、骨、骨、骨。

 

「なんだありゃ。骸骨……スケルトン?」

「龍牙兵です、シロウ。魔術によって動かされる兵隊」

「へえ、龍ね。つまりなんだ、お前さんの歯が抜けたらアレになるのか?」

「……シロウ。何度も言うようですが、ここは敵地です。ふざけたことを言っている暇はありません」

「あ……ああ。悪い」

 

 その通りだ。

 (オレ)らしからぬ軽口だったと自省する。

 けどこれ……それこそエミヤシロウのせいだぞ。こういう場面で軽口を叩いたり皮肉を言ったりするのは。

 

「セイバー、(オレ)を抱えてあの祭壇まで行けるか。何も奴さんの用意した道を突き進む必要は無え、せっかく作ってくだすった建モンの屋根を行こう」

「成程、効率的ですね。……必要なものは、アサシンの身軽さ」

 

 抱え上げられる。

 俵抱き……ではなく、なぜか姫抱きで。

 いや羞恥もクソも無いが、咄嗟の時に剣を使うってのが難しくねえか、それ。

 

 あと、「佐々木小次郎」はこんな動きしねえだろう。

 ……もしかして前回の聖杯戦争のアサシンを追想してんのか? そりゃまた……、ってことはセイバーは単純にオレの二倍のサーヴァントを降ろせるわけだ。

 

 そのまま、群がってくる龍牙兵の一切を無視して──そこへと辿り着いた。

 

「あらまぁ、無作法なこと。館の主人の歓待を大人しく受けることもできないのかしら、セイバー?」

「生憎と無礼無作法無頓着が(オレ)でな、キャスター。そんな(オレ)に喚ばれたんだ、セイバーだってそういう面があるんだろう」

「……シロウ」

「っと、軽口はここまでにしねぇと怒られちまうんでな。キャスター、アンタのマスターは誰だ」

 

 くそ、エミヤシロウが抜けない。

 というか義姉ちゃんの「衛宮士郎像」と「好きだけど嫌いキリツグ像」も混ざっている気がする。

 セイバーからの無言の圧が痛ぇ痛ぇ。

 

「キャスターのマスターは私だ、衛宮」

 

 ぞ、っとする。

 エミヤシロウの記憶で朧気ながらに知ってはいた。だからここに一成がいるだなんて本当は思っていなかったし、心のどこかで一成ではないことへの安堵を覚えていた己がいたが……こりゃ。

 力量差という一点だけを見て、一成じゃねえと相手にもならねえんじゃねえか。

 

「宗一郎様……」

「キャスター。おまえはセイバーを討ち取れ。私は衛宮を殺す」

「……はい。どうかご存分に」

 

 独特の構え。

 けれどこの身は、記憶している。

 それがどういうものであるのかを。

 

「セイバー、キャスターのことは頼んだ。(オレ)はちょっくら学級崩壊してくらぁ!」

「無理だ、シロウ! そのマスターは強い! 貴方では──」

「余所見をしている暇があるのかしら、セイバー」

 

 基本、セイバーに魔術は効かない。

 現代の"魔術師"ではセイバーへ魔術を届かせることができない。

 

 けれど──敵が神代(かみより)の魔術師であるのならば。

 ──光が、満ちる。

 

真髄解明(トレース)開始(オン)

「……」

 

 視たところで何も変わらない。

 目の前の男……キャスターのマスター。そして穂群原学園の教師、葛木宗一郎の要は、その心臓。あるいは頭蓋。

 そりゃそうだ、人間だからな。

 

 つまるところ、なんだ。

 エミヤシロウのような剣も使えねえ、投影魔術も使えねえ、格闘にも明るくねぇ(オレ)がこの男を相手取るには。

 

完成理念(トレース)構築(オン)

 

 過剰とも言える魔術回路。託されたソレを──けれど、いつも通りの分しか使わない。

 使いどころはな、決めてあるんだ。

 

鍛造技法(トレース)追想(オン)!」

 

 繰り返すことに三度。

 (オレ)の身体に降ろすは──あの剣客。

 

「来るか」

「ハ。──誰が!」

 

 踵を返し、階段を駆け下りる。

 蛇のように追い縋ってくる葛木を後ろに感じながら、思いっきり突っ込むは龍牙兵の群れ。

 未だ(オレ)たちを狙わんとするそいつらから奪い取るは石だか骨だかよくわからねえモンでできた剣。

 

「武器を得たか」

「おうさ。生憎と衛宮士郎に格闘技法ってモンは備わってなくてな。それよか、この真髄の欠片もねえ壊れること前提みてぇな武器の方がまだ使い途があるってモンよ」

 

 セイバーと戦ったあの剣客。彼の剣は柔。

 まともに打ち合えば折れることなど必至だった彼が、三桁に及ぶ立ち合いにおいてその武器を破壊されなかった技巧。

 

 それを投影し、自らへと降ろす。

 流石に燕返しは無理だが……セイバーがキャスターを討ち取るまでなら、死に物狂いで持ち堪えてやる。

 

 ──それは、あまりにも自然な動作。

 呼吸。肺を膨らませて、萎ませる。それと同じくらい自然な動作での踏み込みがあった。

 

 拳は正確に心臓へと向かう。

 それを、既のことで躱す。あるいは今降ろしている剣客が斬ろうとした燕のように、風に圧される形で避ける。

 

 反撃のチャンスは──狙わない。

 こんななまくら刀、脇に挟まれただけでも折れるだろう。そうなりゃ一巻の終わりだ。

 

「良い目をしている。鍛冶で培った目か、衛宮」

「そっちこそ良い切れ味だ。どこの刀匠に()たれたか知らねえが、大層血の通ってねえ職人だったんだろうよ」

「だろうな」

 

 軌道の読めない突き。心臓か頭蓋か、それ以外か。

 わからねえなら受けるな。無様でも良いから後退して距離を取れ。

 あの剣客を降ろして行えるのは、あくまで太刀筋が読める時の往なしだけ。それ以外の攻めの部分を(オレ)は見ていないし、再現することもできない。

 

 門番として。

 あの山門を守り続けた亡霊を、最大効率で使っていく。

 

「葛木! お前さんにゃちょいと問いてえことがあったんだが、構わねえか!」

「おまえが構わないのであれば、生徒が教師へ問いを投げかけることに異はないだろう」

 

 右足と同時に右の拳が来る。人体構造上それで威力が出るってのが意味わからねえが、来てるモンは来ていて、それが避けられねえコースだってんだから仕方ねえ。

 柳のように剣を構えて──往なし、弾く。

 

 それだけで割れる石剣。

 

 なまくらめ、(オレ)だって量産品を作ることはあるがな、それにしたってもうちっと実用性のあるものにするぞ。

 まぁ──奪える敵をこれだけ集めてくれているんだ、ありがてえことこの上無いが。

 

「一つ! お前さん、なんで教師をやってた!」

「与えられた地位でしかない。理由はなど存在しない」

「もうそうである必要はなくなった、ってのにか!」

 

 葛木の攻撃は基本が左拳の奇怪な殴打、とどめが右拳による強烈な打撃だ。

 そんでもってキャスターからの強化も受けてねえ様子だから、ちったぁ(オレ)にも見切れるかと思ったんだが──こりゃキツい。

 既に砕かれた剣の数は二桁に達した。戦闘開始から数分と経ってねえのに、だ。

 そりゃ勿論この身に「佐々木小次郎」を降ろしたってロクなことができねえのはわかってたし、葛木が強いってのも朧気ながらに知ってたが……こんなにも差があるかね。

 

 人間とサーヴァントだ、ってんならわかるが。

 人間と人間で、ここまでの開きが。

 

「よく知っている。私の経歴を調べたのか、衛宮」

「ちょいと奇妙な伝手があってな──ガ」

 

 いま。

 何が、起きた。

 

 腹へ来た鈍重な痛み。これは。

 

「蹴り……? お前さん、殴り主体じゃねえのか」

「必要であれば使う。こちらの手の内が割れているというのなら、おまえの知らぬことをするまでだ、衛宮」

「そりゃまぁ……道理なこって」

 

 ああクソ、痛ぇな。

 だが……笑みってモンも零れちまう。

 

 アーチャーとのアレは、結局舌戦だった。一騎討ち、なんて言ってもほとんどあっちが降伏したに近い。

 (オレ)は刀鍛冶だ。斬った張ったはお侍さんの役割で、(オレ)の出る幕じゃねえ。

 何度も何度も言い聞かせた言葉で、何度も何度も自覚し自省した言葉。

 

 手元に最高の(セイバー)があるというのに、(オレ)が戦うなんざ何事か、ってな。

 

 だが──。

 

「生徒が教師に問いを投げたんだ、話逸らさねえで答えやがれ!」

「答えた通りだ、衛宮。確かに必要はなくなったが、同時にやめる必要もない。働かねば稼がれぬという"一般常識"のもと、教職を捨てなかった。ただそれだけだ」

「生徒に対する思いだの、教師としての誇りだのは欠片もねえか!」

「無い。……だが」

 

 鉄を打つ。鉄を打つ。鉄を打つ。

 心臓の早鐘に合わせて魔術回路を励起する。

 (オレ)の身体能力では「佐々木小次郎」は無理だと割り切った。

 

 だから。

 

「──だが。恐らく、教師を続けた理由は……今、マスターをしている理由と、大差はないのだろう」

「……充分だ。少なくともお前さんは武器(サーヴァント)じゃねえことが今わかった」

「衛宮。私からも問いをかける。何を以て道具と人を分ける?」

「あ? 道具も人も違いなんざありゃしねえよ。誰かに使われて、誰かを使って、使っていくうちに、使われていくうちに摩耗して」

「ならば……サーヴァントと人の違いは、なんだ」

「行動理念。英霊ってやつらは未練で動く。ヒトってやつらは理由で動く。この二つは似て非なるモンで、だからお前さんはまだヒトだ」

 

 真髄解明。完成理念、構築。鍛造技法、追想。

 我が身に降ろすは──(オレ)自身。

 

 ただし、昨日の(オレ)じゃあなく。

 明日の。さらに明日の、さらにさらに明日の──いつか辿りし夢物語。

 

 エミヤシロウが未来の英霊ならば、できるはずだ。

 イメージしろ。

 ()()衛宮士郎が辿る──「成り損ない」の未来を。

 

 ──よぼよぼの刀鍛冶、ではない。確かに刀鍛冶の先にいるのは刀鍛冶だろうが、そういう話じゃねえ。

 (オレ)が至るはただ一つ。

 絶えず煮えたぎる炉。絶えず燃え盛る刀塚。絶えず共にある雪と暖炉。

 

 一生を懸けても完成しない「成り損ない」。

 だから(オレ)は、「絶えない」。

 

 鉄を打つ。鉄を打つ。鉄を打つ──。

 

「……葛木宗一郎」

「なんだ、衛宮」

(オレ)はテメェを()ち直せねえ。そもそも武器じゃねえってのもあるが、誰より何より勿体ねえと、そう感じてしまうからだ」

「理解のできない感情だな」

 

 その美しさを、テメェ自身が理解できぬのだとしても。

 

「テメェは既に正義の味方って話だよ!」

 

 たとえ百を、千を、万をなんとも思わぬ剣であっても。

 一のためにそう在ろうとできるものを、お前は笑えるのか。

 

 誰かの為にとあるものを──正義の味方と呼ばずして、なんと呼ぶ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。