Fate/senji might   作:ONE DICE TWENTY

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B Interlude 1&2&3

Interlude 1

 

 何もかもが想定外であると言えた。

 衛宮切嗣(あの男)が養子に取った少年には何の感情も抱いていなかったが──つい先日、彼がマスターへと選出され、そしてセイバーを召喚せしめた。

 サーヴァントと召喚者は似たような願いを持つもの。なればあの少年もまた、衛宮切嗣(あの男)に似たものを有しているのだと期待し──それは裏切られた。

 

 正義の味方を作る、と豪語する少年。

 その在り方は衛宮切嗣のそれとは大きくかけ離れていて、開くべき傷口も見当たらない。

 妹弟子たる遠坂凛とも早々に袂を分かち、教会へ訪れてくる気配もない以上……こちらから接触する必要はない。

 

 彼、言峰綺礼から衛宮士郎という少年に対する答えはこれに尽きた。

 無論教会の奥深くにあるモノを見せたのなら、少しは傷も見えるやもしれないが、望み薄でもある。

 アレはヒトではなく、ヒだ。

 火に継ぎ目はない。火に綻びはない。火は不定形だ。

 

 だから残念に思った。アレに教会地下を見せたところで、「そうか」くらいの反応しか引き出せぬことをわかっていたから。

 同時に衛宮切嗣(あの男)に似た危うさもあった。己が身を省みぬ魔術行使。一騎討ちなどという余計な望みを抱き、機会の損失をし続ける愚かさ。そして、確固たる信念を持ちながら、陽炎のように見え隠れする矛盾。

 

 言峰綺礼が衛宮士郎を観察している時、彼のサーヴァントの一人が珍しく声をかけてきたことがあった。

 

「言峰。此度の聖杯戦争は、大いに荒れるぞ」

「……それは、番狂わせが生じるということかね、アーチャー」

「いいや、むしろその逆だ。あの汚泥より生じたサーヴァントらがぶつかり合うとは思えぬほど──あまりにも真っ当な殺し合い。いや、試合、とすら呼べるものが展開されよう。王へ献上される御前試合というやつだ。これは戦争というにはあまりにもつまらぬが、見世物としては上等となろう」

 

 ここ十年で、類を見ない程の上機嫌。

 堕落し続ける人類に嫌気が差していたはずの英雄王は、何かを心待ちにするように──その時を待っていた。

 

 時を少し経たあと、外部のマスターより奪ったサーヴァントが声をかけてきたことがあった。

 

「言峰。セイバーのマスターを知っているか」

「無論だとも。私は聖杯戦争の監督役。マスターのことは把握している」

()()はおまえの天敵だろうよ、言峰。精々気を付けるこったな」

「フ、おまえが私に忠告をするのかねランサー。珍しいこともあるものだ」

「アイツは一騎討ちに焦がれてるからな。あの坊主がおまえの天敵とも知らず、おまえの前に現れた時……動揺するばかりで戦えなくなる、なんてことがあっちゃならねえ。そいつはおまえに情報を渡さなかったオレの責任になる」

 

 言峰綺礼の天敵。

 衛宮切嗣(あの男)は言峰綺礼に似ていると思っていた。だから執着したし、その最期のあまりにもな呆気なさに失望した。

 その意志を嗣いでいると思われる衛宮士郎が、天敵。

 

 言峰綺礼にとってサーヴァントは道具であるが、同時にその直感を侮っているわけではない。

 アイルランドの光の御子。彼により齎された忠告と、人類最古の英雄王より賜った勧告に──彼は行動を起こすことを選択した。

 

 すべては娯楽。

 だが、それを最大限楽しむには、細やかな準備が必要となる。

 

 そうして。

 まるで運命という巨大な潮流に引き摺り込まれるかのように、サーヴァントはその数を減らしていった。

 変則的な召喚をされた亡霊(アサシン)。マキリの御隠居が戯れに呼び出した魔物(ライダー)。アインツベルンの最高傑作だろう最強(バーサーカー)

 そして、元来英雄ではないはずの魔女(キャスター)をも撃破し……残るサーヴァントは三騎まで数を減らすこととなる。アーチャーを含めても四騎。残るマスターは言峰綺礼と衛宮士郎、そのどちらもに縁を持つ遠坂凛だけ。

 

 御前試合とはまさにその通りだった。

 誰かの仕組んだ筋書きのように、戦争ではなく大会としか呼べぬものを勝ち上がり続けるセイバー陣営。

 

「よいか、言峰。決して油断することなく、全力を以てあの男を迎え撃て。(オレ)はおまえが死に絶えての勝敗など望まぬ。()ち直されたセイバーが(オレ)とランサーの前にどう足掻くかも勿論見物だが、おまえがあの男にどう足掻くかも悦楽の一つに数えているのだからな」

「私が……衛宮士郎に、足掻く?」

「なんだまだ気付かぬのか? ああ……いや。おまえも老いたな、言峰。十年前のおまえであれば、この状況をもう少し把握できていたであろうに」

 

 理解は及ばないが、この英雄王は衛宮士郎という少年をいたく評価しているらしかった。

 雑種は雑種と呼べども、人間一粒をここまで摘まみ上げる彼も珍しい。

 

「──ああ、それと。あの野卑な男には、令呪を使ってでもこの(オレ)の隣に立つよう命令しておけ。本来そのような不敬、あってはならぬことだが、サーヴァントとしての務めとあらば致し方が無い。罷り間違ってもあの男が(オレ)に武器を向けぬようにしておけよ」

「あの程度の英雄、おまえであれば何の障害にもならないだろう、アーチャー」

「たわけ。障害になるかどうかではない。ああいう輩は(オレ)との共同戦線を拒むものだが……それでは折角の余興が台無しよ。あの道化師(ジェスター)が望む通り、これより行われるは準決勝。最優と最速の戦いにおいて、(オレ)に意識を割かれてはかなわぬのでな」

 

 英雄王に聖杯への興味など無い。

 元より全ては(オレ)のもの、と豪語している彼だ。取りに行くのではなく、初めから己のものとしてしか認識していないだろう。

 ゆえに、彼がこうも期待感を上げていることには、聖杯という万能の願望器以上の、そしてそれに詰め込まれたあの汚泥以上の何かが存在するということ。

 

 己がモノにしたいというセイバーだけでもこうはならない。

 なれば──やはり。

 

「承知した。ランサーには強く言い含めておこう。他に、何か言っておくべきことはあるかね?」

「いいや。ただ、そうさな。此度の宴は既におまえの用意したものではなくなっている、と。この言葉だけをくれてやろう。精々励め」

 

 楽しそうに去っていく黄金。

 ここまで言われては、言峰綺礼も必要以上の準備をするしかない。

 古巣の礼装、武器、そして──。

 

「私の天敵。どういう存在で、何をしてくれるのか……今から楽しみだ」

 

 あるいは。

 彼の望みが、ようやく叶うのかもしれない、と。

 

Interlude 2

 

 うそ、と……少女は大きく開いた手を右目に当てて、小さく呟く。

 

「どうかしたのかね、凛」

「アーチャー、アンタこれ知ってたわけ?」

「これ、と言われてもね。生憎と私は読心術の類は修めていないのだが」

()()()()()()()()()()()()()()ってことよ!!」

 

 あ、ありえない……と顔を伏せる少女に、赤い偉丈夫は肩を竦めた。

 

「何を言うかと思えば。あの少年が私と対峙した時点でアサシン、ライダーが落ちていたのだ。そして言葉から察せられた通り、あの夜にでもバーサーカーを倒しに行ったのだろう。続けて君の命令通り、私は昨日キャスターの工房近くへ通りすがりに行った。とあらば残るサーヴァントの数も知れると思うのだが」

「どうしてくれるのよ、アーチャー!」

「それはまた理不尽な怒りだな。彼が行動力の権化であったというだけで、私に非はないだろう」

「あるわよ! これじゃあわたしたち、色んな陣営に喧嘩を売るだけ売って、結局自分たちは出陣せずに衛宮くん……セイバー陣営に撃破を任せて、最終的に漁夫の利を、勝利だけを掠め取ろうとしてる盗人みたいになるじゃない!」

「自覚ができるというのは良いことだ、マスター」

 

 "常に余裕をもって優雅たれ"が遠坂家の家訓である。

 無論この騒ぎ立てている時点で守れてはいないのだが、それを抜きにしてもこの状況はあまりにもお粗末。

 

 なんせ少女……遠坂凛が戦いに赴いたのは穂群原学園での二件と、アーチャーの我儘を叶えるための一件だけ。そしてそのどちらもで敵を逃がし、あるいは敗北している。

 聖杯にかける望みなぞ持っていない彼女だけど、聖杯戦争を勝ち抜き、それを手に入れることこそが遠坂家の悲願。

 だから並々ならぬ覚悟を以てこの戦いに挑んだというのに──やっていることに「優雅」の二文字は無い。

 

「確かに他方へ喧嘩を売った、というのは私に非があるし、私の我儘を叶えてもらった礼もある。だからその二つについてはなんの反論もせずに謝罪するが──あの少年との袂を分かったあと、そして作戦立案をすると言って少年の前から姿を消した後。そのどちらもで、私達には行動できる時間があった。あの少年に先回りして他陣営を撃破する余裕があったのだ、凛」

「……それは、そうだけど」

「だというのに君はそれをしなかった。それはどうしてだ、凛」

 

 どうしてか、など。

 決まっている。

 

「こんなに早く……一日一騎のペースで陣営が削られて行く、なんて誰が思うのよ……」

「……ふむ」

 

 まぁ。

 それについては同意見だ、マスター。……と、口には出さない赤い偉丈夫。

 彼の記憶にある聖杯戦争においても、決着がついたのは七人のマスターが揃ってから二週間を経たあとだった。

 しかし今回、聖杯戦争の開始からまだ一週間を経ていない状態で、この状況。

 

 あの少年が如何に迅速な行動をし、そして着実に勝利を掴んでいっているのかわかるというものだ。

 

「ではどうする、凛。今から行動をするのも遅くはない。どこにいるかわからんランサーを倒しにいくか──所在の知れているあの少年、つまりセイバーを倒しにいくか」

「セイバーもランサーも、正面切って倒すのは無理でしょ、アンタ」

「さてどうかな。此度のマスターが君であれば、私は遺憾なく私自身の魔術を使うことができる。正面切って、という言葉とは少し逸れるやもしれないが、君が垣間見た記憶の通り、私は殺しというものに長けているのでね」

 

 霊長の守護者。抑止の守護者。掃除屋。

 今の彼にもう悔悟は存在しないのだとしても、培ってきたスキルは何も衰えていない。

 どころか──あの少年に「焼き付けられた」魔術回路を使えば、アーチャーのクラススキルである単独行動と相俟って、仮にマスターである遠坂凛を失っても四日ほどは存命可能だろう。

 少年の使う「見たものを投影し、自身に降霊させる」という魔術はアーチャーにとっても使いやすいもの──その起源が同一であるから当然なのだが──で、アーチャーの身体能力を思えばあの少年以上に使いこなすことのできるものであるとも言える。

 それはたとえば、憑依経験をより優れたものとして……普段の白兵戦以上の戦果を叩きだす、など。

 

 幸いにして彼のマスターは優秀な魔術師。後方支援も前衛戦闘も行える者ゆえに、アーチャーと少女は「どちらが前に出ても問題ない」というところにまで至りつつあった。無論、本来であればマスターを前にするサーヴァントなどいないのだが、彼女の場合は色々例外なのだ。

 そしてさらに逆……というか本来のやり方として、アーチャーに対して少女が強化を施す、ということもまた可能である。

 

「……衛宮くんが家にいる限りは、襲撃なんてしない。あの家にはなぜか(あの子)がいるし……」

「ではやはりランサーか」

「ええ。新都を回って、ランサーとそのマスターを探すわ。これ以上先を越されてたまるモンですか、っての」

「であれば凛。新都を探す必要はないだろう」

「……どういうこと?」

「昨日、通りすがりに行った円蔵山で、ランサーの姿を見かけた」

「そんな重要なこと、なんで今まで黙ってたのよ」

 

 なぜかと問われたのならば……アーチャーが答えるべきはただ一つと言える。

 

「これも私の我儘だ、と言ったら、君は納得してくれるか」

「……アンタの生前関係ってこと?」

「いいや、今の話だ。あの少年に焚きつけられたせいだろうが、私はどうにも"正義の味方"をしたくてたまらないらしい」

「なによそれ。……いや、アンタの過去を考えたら、それは良いことなんだけど」

 

 少女、遠坂凛はアーチャーの過去を知っている。

 あの少年とは似ても似つかぬ同位存在の理想像。誰かの為にと生き続けて、結局報われなかった滅私の英雄。

 それが我慾を持ち、そのユメを否定しなくなったというだけで充分だ。だって少女は過去──。

 

「とりあえず円蔵山に監視の使い魔を飛ばしてみる。ランサー相手だと勘付かれて消されるかもしれないけど、それが何よりの証拠でしょ」

「そうか。では私は、久方振りの鍛練というものをしていよう。なに、サーヴァントが成長することはあり得ないが、精神鍛練であれば話は別なのでね」

 

 言いながら黒く武骨な洋弓を投影するアーチャー。

 

「……いつ見ても、とんでもない魔術よね、それ」

「私のこれにいつまでも驚いていては、次にあの少年と会う時に泡を吹くぞ、凛」

「……? 衛宮くんの魔術のタネはもう大体わかってるでしょ」

 

 その問いに、アーチャーが返したのはニヒルな笑みだけだった。

 彼の態度に少女は──。

 

「だから! 何か重要そうなコト知ってるなら、答えなさいよ!!」

 

 枕を投げつける、ということで抗議したのであった、とか。

 なお、至極正論である。

 

Interlude? 3

 

 少女……間桐桜には、悩みがある。

 色々なことがあって同棲している少年、衛宮士郎に関することだ。

 

 彼女は彼に恋をしている。愛情の域にまで達しているかもしれない。

 ただ、最近の少年は少し変わってしまった。聖杯戦争というものに……魔術などという、あの少年が関わる必要のなかったものに関わってしまったばかりに、その性質が大きく大きく変貌してしまったのだ。

 

 既に、彼の契約しているサーヴァント……セイバーには話をつけてある。

 彼女は、「成程、そうでしたか。わかりました。聖杯戦争においてはその一切を考慮することはできませんが、貴女の想いは尊重します、桜」と言ってくれた。育ちが理由であるのか、取る行動取る行動が大胆なのが玉に瑕であるが、それとなく二人きりになる時間……を……作ろうと……頑張っては、くれていると……思う。

 昨晩の「共に風呂へと入る」という行動はあまりにも「あまりにも」であったけれど、概ね味方だ。

 

 そして少年が藤村の姉ちゃんと慕う教師、藤村大河もまた少女の理解者である。

 藤村大河は少年の心を変えてまでの行動、というものはしないけれど、桜と少年が良い雰囲気になったらサッと身を引いてくれる。

 曰く、「昔はそういうのにとんと疎かったんだけどねー。士郎のあの……なんというか、切嗣さんにも似た危なっかしさを見てたら、私がしっかりしなきゃ、ってなっちゃって」。

 曰く、「あの子、同年代の友達が二人しかいないの。これで社会に出てやっていけるとはお姉ちゃん到底思えないし、卒業後は就職しないで本当に鍛冶一本になりそうだし……もしそうなったら、傍であの子を支えてくれる奥さんがいてくれないと。そういう意味でも……頑張って!」と、かなり背を押されている。

 

「……どう思いますか、兄さん」

「……」

「昨日、一緒にお風呂に入った時……先輩、顔色一つ変えなくて。兄さんですら私やライダーの肌を見た時、ちゃんと年相応の反応をしていたのに、先輩はもうお爺さんが孫娘を見るように私を扱ってくるんです」

「……」

 

 勿論返事はない。当然だ。彼女が今話しかけているのは石像……石化した彼女の義兄であり、そこに意識はないのだから。

 ただ、朝のルーティンやセイバーとの真面目な会議をしている時などはどうしても話しかけにいくことができず、こうして兄の石像へと愚痴を零すのが桜の日課になりつつあった。

 

「セイバーさんっていう強敵が現れた時はどうしようかとも思いましたけど……なんというか、先輩とセイバーさんはあくまでマスターとサーヴァント、もしくは背を預けあう騎士同士、みたいな雰囲気で、恋愛に発展しそうになくて……あと、ね……遠坂先輩も強敵でしたけど、勝手に離れて行ってくれたのでそれもよくて……」

「……」

「今が絶好のチャンスなんです。もし先輩を世に出してしまったら、焦がれて惹かれる女性が沢山いるに決まってます。先輩はその在り方が……もうそれだけで格好良くて、だから、そうなったら"ただの後輩"でしかない私に勝ち目なんてあるはずなくて……。今しかないと思うんです。今先輩をどうにか振り向かせて、そうしないと……そうしないと……」

「……」

 

 それはあるいは、俗物的な我慾にも見えたことだろう。

 けれど、根底は違った。

 

「そうやって繋ぎ止めないと……先輩は、気付いた時には消えてしまっているような気がして。全然そんなことはないはずなのに、私には時々先輩が……風前の灯火に見えるんです。ちょっと息を吹きかけただけで消えてしまうロウソクの火みたいな……」

「……」

「どうしたらいいんでしょうか、兄さん。……兄さんは恋愛経験豊富、ですよね? 何をすれば先輩を……、っ!」

 

 ガコ、という音がした。だから桜は咄嗟に口を噤む。噤むし、身を隠す。

 

 ここは土蔵。彼女の敬愛する少年の鍛冶場。

 ただ、現在少年はセイバーと作戦会議中だったはずだ。だから桜はここに来ていたのだから──であれば泥棒の類か。いや、仮にも魔術師の家であるここにそんなものが入るわけはない。

 であれば、やはり。

 

「……ん、なんだ。話し声が聞こえたと思ったんだがな」

 

 何の捻りも無く、この鍛冶場の主たる少年だった。

 

「……すまねぇな、慎二。(オレ)は……。……ああいや、聞こえてもいねぇことをベラベラ喋るつもりはねぇよ。……だからまぁ、ちょいとそこで待っててくれ」

 

 少年の息遣いが近づいてくる。

 別に隠れなくてはならないなんてことはないはずなのだけど、得も言われぬ罪悪感に苛まれてか、少女は土蔵に押し込められた荷物の後で息を殺す。

 

「確かこの辺りに……えーと。……あー、お、あったあった」

 

 彼女とは少し離れたところにある雑物入れ。

 そこから少年が取り出したものは……衣服、らしきもの。

 

 彼は、あろうことか。

 

 その場で服を脱ぎ始める。

 

「──!?」

「ん? ……なんだ、……っと、流石に(オレ)でも寒ぃ寒ぃ。早いとこ着替えちまわねえと」

 

 いけないものを見てしまっているかのような……いや真実いけないものを見てしまっているのだが──そんな気分に陥りながらも、少年から目を離すことができない少女。

 武道を修めているわけでもないのに引き締まった身体。そして、全身の所々にある火傷痕。思えば桜が少年のもとへ通い始めたのも、彼がとんでもない大火傷を負ったことを起因としていた。

 

 けれど、そういうあらゆるものよりも、強く強く目に焼き付いたのは──体の中心、鳩尾のあたりにある、穴にすら見える火傷痕。

 他のものとは違うそれは、丁度刀が一振り通り抜けるサイズ。

 

 言葉を失う少女を前に、少年の着替えは進んでいく。

 

 濃朱色の襠高袴(まちだかばかま)。足先には脚絆(きゃはん)。胴に結ぶは明朱の帯。

 身体に張り付くほどの直垂(ひただれ)は現在に至る彼のサイズを想定していなかったが故か。その上には真白を羽織り、手甲の二つが嵌められる。

 

 白と濃朱。

 赤銅色の髪によく似合う──その姿は。

 

「昔、"士郎が本当に刀工になりたいのなら"ってな。親父が用意してくれたのさ。見ての通り少しばかり小せえが、決戦には相応しい装いだろう。柄にもねえことを聞くが、どうだ、桜の嬢ちゃん。似合ってるか?」

「ピッ!?」

 

 突然話しかけられて上擦った声を出してしまう少女。

 まぁ、無論と言えば無論である。

 少女は知らぬ話だが、騎士王と守護者という「不意打ちを最も警戒しなければならない二人」の記憶をこの少年は取り込んでいるのだ。

 気付かぬはずがない、といったところか。

 

「え、えと、あの」

「すまねえな、いることにゃ気付いてたんだが、慎二との時間を奪うのもよくねえと思ってよ。けどまぁ結局話しかけちまうあたりが(オレ)の未熟者っぷりを表しているんだが……どうだ」

「……似合ってます、先輩」

「おう、ありがとよ」

 

 笑みを浮かべる少年のその顔には。

 

 覚悟の色があった。

 

 理解する。

 先程彼が述べていた通り……次、彼が向かうところにあるものは。

 

「なに、心配するな。ちぃとばかし、過去の縁を断ち切ってくるだけだ。(オレ)はどこにもいかねえよ」

 

 言葉に。

 桜は、幻視した。

 風前の灯火でもロウソクの火でもない。

 

 あたり一面を焼き焦がす業火。

 灼烙(しゃくらく)を湛える一振りの刀を。

 

「……いってらっしゃい、先輩」

「ああ」

 

 此処より、彼女は少年を送り出す。

 聖杯戦争の終わりは──すぐ、其処に。





※最後の恰好は第二臨のものと思ってください。
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