Fate/senji might 作:ONE DICE TWENTY
切っ先が交差する。
それは奇しくも彼女がアサシン……「佐々木小次郎」と戦った時と同じだった。
朱槍の長さも、一撃たりとて受けてはいけないという緊張感も、間合いを間違えれば絶死という点も、宝具の絶対性も。
あの時。
マスターである少年の焦がれた一騎討ちを行うこととなり──望まれるのならば、と挑んだ戦いにおいて、彼女は一度の敗北を喫している。
確実に摘み取られた命だった。秘剣・燕返し──剣技のみで魔法の域にまで達したサーヴァントによる一撃、否、三撃は、彼女の首を確かに捉えていたのだ。
だから、そのリベンジでもあった。
アサシンとランサー。戦い方に大きな差はあれど、状況が同じなのであれば。
「
「今度は──、っ! バーサーカーか!」
助力など期待しない。いや、既に受けている。
セイバーという少女は鍛ち直され、さらには令呪による魔力支援まで受けている。
これで勝てぬ、など。
もはや最優を名乗るに値しないとさえ言おう。
「
ここは山の地下。魔術的に秘された大空洞なれど、宝具の開帳は崩落を呼び込むに等しい。
故にそれはできない。代わりに、それ以外の全てを行う。マスターより焼き付けられた魔術回路に竜炉の魔力を流し込み、自らの意識と側面と、そしてクラスを変えて敵を翻弄する。
そう、敵だ。
一度は肩を並べ合った、アイルランドの光の御子。
その身は幾重もの令呪で縛られているようだが、戦闘力に衰えはない。なればランサーは相手ではなく敵。
打ち倒すべき、打ち果たすべき敵となる。
「いいじゃねえか……良い目をしてるじゃねえか、騎士王! それは勝利を見据えた目だ!」
「当然だろう、クー・フーリン。この手にあるのは勝利を約束する剣。私の生涯の全ては勝利に祝福されていた。悔悟すべき過去も間違いも、全てを含めて勝利だ。──ブリテンの滅びが必定なれば、ただ異民族に磨り潰されるだけではなく、ああいう形で終わらせることができたことを──嬉しく思わぬ王はいない!」
「元からオレに聖杯へかける望みなんてなくてね。ただ強敵と戦いたいがために英霊となったはぐれモンな自覚があったんだがよ。──今のおまえも、最早未練を残さねえというのなら、ただ目の前の敵を打ち負かすためだけの存在。オレとの差は、何がある!」
数百、数千を超える立ち合い。その全てにおいて、衝突した位置が違う。
空中を蹴るように跳ね回り跳び回るランサーに、魔力放出の急制動で食らいつくセイバー。
──傷を負い始めているのは、ランサーの方だった。
「英霊としては無いのでしょう。ですが──サーヴァントとしてならば、マスターへ向ける信頼という絶大なる差がある」
「ヘッ、そりゃ確かに勝てねえな。──次こそは当ててやる。
溜め無しの、土台、無理な体勢からの投擲。
それでも充分な威力、速度、そして必中効果を持つそれは、変則的な軌道を描いてセイバーを追従する。
振り切れない。彼女がそう判断するに時は要さず。
「
次に彼女が降ろしたものは──。
カラァン、という鋼の弾かれた音と共に、朱槍が大空洞の壁へと突き刺さる。
「……防いだか、我が魔槍を」
「いや、当たりはした。だが御身のそれの最たる部分は因果律の収束と体内を内部から破壊する呪い。しかし、投擲の場合は因果律の収束が甘くなるのだろう? であれば一度懐に入れ、鎧へと穂先を当てて必中効果を発揮させたのち、身体を穿つ前に弾けばいいだけの話。──無論、私にそこまでの技量はない。だから、
「ああ。その魔術はおまえのような治癒能力を持つサーヴァントにとっちゃ便利で仕方のねえ魔術だろうさ。……本来坊主のような人間には不便極まりねえ魔術のはずなんだがな」
イメージするのは常に最巧の自分。
英霊として成長の止まった者なれば、「今以上」を想像して投影することで、疑似的な成長が見込める魔術。
あのアサシンはその極地だった。これがあの時の恥辱を雪ぐ戦いであるのならば、あれを超える技巧を手にする必要がある。
「とはいえ、シロウに重ねるのなら、この力は付け焼き刃も良い所。貴公ならば掻い潜ることも可能だろう」
「抜かせ。あの時の稽古から、おまえがソレを物にするために隠れて練度を高めていたことくらい想像つくんだよ。──たった数日、されど数日だ。サーヴァントにとっちゃ充分な時間だろう」
再度槍を構えるランサー。
であれば、やはり
どうにかして間合いを保ち、宝具の使用時にセイバーを拘束しておく必要があるとなれば。
──それは一瞬の迷い。
彼の手札は槍だけに非ず。ルーン魔術とて使う。
戦闘に使うことは滅多にないものであるが、必要なのであれば、と。
その思考の隙に、割り込んできた。
「
懐。ランサーの必殺の位置に、彼女がいた。
それは彼女の死を意味するはずだ。なんせ彼女の宝具は威力が高すぎてこの大空洞内では使えない。とあらば、多少の手傷を覚悟でランサーが宝具を使う隙を与えかねない。
故に。
「
ランサーの知らぬ話。いや、もしかしたらセイバー自身ですら知らなかった話かもしれない。
それはあの少年にIFを焼きつけられたからこそ垣間見たもの。そして本来、過半数の可決が無ければ解放すらできないもの。
彼女はそのIFを無理矢理に降霊し──自らの聖剣に、あるはずのない縛りをつけた。
十三の拘束。「強大な力はここぞという時でしか使用を許さない」という決議のもとに行われた封印の、ただ三つだけを解き放つ。
元より解放されている元来の聖剣と、三つしか可決されていないIFの聖剣。
その力の相殺は、彼女が故意に引き起こしたもの。全力の宝具開帳であれば耐えられぬこの大空洞も、無理矢理に出力を下げた解放であるのならば。
「
「っ、
「
勝敗を分けたのは刹那の時間。どうすれば敵に勝てるのかを考えたセイバーと、どうすれば敵を拘束できるのかを考えたランサーの、ただそれだけの違い。
ランサーの宝具を放たせることなく──懐へ入り込んだセイバーによる、袈裟懸けの宝具が彼の身を襲った。
両断。
左脇腹から右肩へ抜ける星の光。至高の聖剣と謳われたその一撃は確実にランサーの命を摘み取り──。
「──
「!?」
神話の戦いがそこにあった。
いや、仮に神話の時代に生きていたとしても、この光景を見ることは適わなかっただろう。
少女……遠坂凛の前では、あり得ない光景が繰り広げられている。
宝具。
宝具宝具。
宝具宝具宝具。
それは正しくアーチャーとアーチャーの撃ち合い。
そして、鏡合わせにさえ見える──黄金と赤の対峙。
額に青筋を浮かべる黄金はその背後に千を超える砲門を開き。
爽快と苦悶の入り混じる赤はその全てを複製し掃射する。
一撃一撃が大砲のそれと同じであるのに、どちらも惜しむことなく連射を続け──さらには。
「く──この、
「すべてが懐かしいな、英雄王。あの頃は手も足も出なかった上、彼女に頼り切りだったが……今は違う」
波紋より取り出した武具を用いて、黒白の夫婦剣を投影して。
両者は、射出と斬撃を同時に行いながらの戦闘を行っている。
そこに少女の入る隙など存在しない。
「アイツ……あんなに強かったんだ」
その言葉が漏れ出でるのも致し方のないことだろう。
夢を通じて見た「彼」は、慟哭の中にあった。悲劇悲劇悲劇悲劇。誰かの為にと生き続け、誰かの為になったのならと、笑って死んだ大罵迦者。
死後もまた「起きた出来事の効率のいい片付け方」を実践し続けた掃除屋の末路が、「彼」に至る可能性のある少年を殺したいという望み。
けれど結局、ほとんど舌戦で「彼」は打ち破られた。
曰く、「凛、おまえを含め、あの場にいた私と少年以外には理解できんだろうが、あの一瞬で色々あったのだ」らしいけれど、彼女が実際に目にした「彼」の戦闘能力はその固有結界と初日におけるランサーとの戦いだけ。
だから、いまいち強さが掴めているとは言い難かった。
それが、今。
「受肉したからか、英雄王! あの頃より遅く見えるぞ」
「囀るな下郎! 貴様のような贋作者に
「そうか、ではその矜持を持ったままに死ね」
圧している。
あの圧倒的なサーヴァントを、アーチャーが。
宝具の撃ち合いは完全に同一。となれば白兵戦が勝敗を分けることになる。
かのサーヴァントの正体は英雄王──人類最古の叙事詩の主人公ギルガメス──ギルガメッシュ。
その逸話の中には剣や斧、拳などを用いて戦ったとの記述は存在せども、ただ一つを極めたというものはない。
故の趨勢だ。極めていない、という点では無論「彼」も同じだけど、「霊長の守護者」として在り続けた時間が……どこか晴れやかになった彼の言い回しを借りるのならば、「正義の味方歴」が桁外れに違う。
弓と、そしてあの夫婦剣。その武装を使い続けた「彼」は、一端の英雄を名乗り得る……いや、朧気な夢を辿るのであれば、世界の危機をしっかりと救った英雄となっていたはずだ。
無論。
少女は知らぬ話だが、ギルガメッシュにも「究極」と呼べる武器がある。
ただそれは加減が利かぬ上、
この状況を見て──それでも気になる点を挙げるのであれば。
なぜか「彼」は、あの固有結界を使わない。初めから剣の用意されているあの結界内で戦った方が勝率は高いだろうに、使ってない。
魔力供給は充分なはずなのに、だ。
──その理由は、次の瞬間に理解できた。
壁際にまで追い詰められたギルガメッシュ。彼が次に見たものは──少女。
その殺意を叩きつけられて思わず身を竦ませる彼女の前に、黄金の波紋が現れる。
「く、この──」
宝石で打ち払う、と言うのは無理だ。
だから脚力への強化をかけて回避しようとして……背面に展開されていたもう一つの砲門に気付く。
「
想像した死は、既のことで回避される。
少女が「彼」に抱え上げられる、という形で。
「大丈夫か、凛」
「だ、大丈夫よ! というかこっちを気にしてる暇があるならとっととアイツ片付けちゃいなさい! 余裕なんでしょ、アレも使わないし……」
「何を勘違いしている。アレを展開したが最後、奴の攻撃は全て君に向くぞ。私と真正面からの撃ち合いに興じていたのは、この空間に"射出してはならない方向"が存在するからだ」
そう。
もし「彼」の魔術……固有結界を使ってしまえば、世界が心象風景に塗り潰される。
そうなればギルガメッシュに出し惜しむ必要がなくなる。それは彼にとっての究極を使う、ということではなく、彼が気に掛けている者達への余波を気にしなくてよくなる、という意味での話。
「……だったらわたしは、衛宮くんの所へ行くのが正解、って認識、合ってる?」
「奴がそう簡単に行かせてくれるとは思わないが……それが君の守りを気にせずに戦える唯一の方法だろうな」
「オッケー、じゃあ、全力疾走するから、防御は任せたわ!」
「今しがたあの砲門に退路を塞がれていたはずだが、その自信はどこから来るのかね」
「どこって、アンタに決まってるでしょ。アイツがわたしに注意を向けたら、アンタがそれに集中させないくらいの攻撃をする。折角でっかい身体持ってるんだから、それでわたしを隠すなり、アイツ以上の宝具を投影するなり、なんだってできるでしょ」
その無茶振りに──「彼」は、ニヒルな笑みを浮かべた。
「一画分、頂こうか」
「ええ、持っていきなさい」
令呪が消費される。
なお、これは余談であるが、今回の聖杯戦争において、遠坂凛が令呪を使うのはこれが初のことだ。
誰もが知らぬ話……「彼」の召喚時に彼女がそれを使わなかったのは、少しだけ遠く、淡い気持ちがあってのこと。
だからここで一画使えども、まだ二画の令呪を残して。
「アーチャー、そろそろ初の勝ち星をあげてくれる? わたし、まだ一回も勝ってないんだから」
「承知したマスター。──走れ!」
「
それは走っているというより滑り落ちているに近かった。
少女が組み上げた魔術。身体の重量化と重力調整、及び聖書を引用した「落ちる方向」の改変。
この一瞬、重石と化した少女はほぼ垂直の壁となった祭壇への道を落ちていく。
無論、ただ落ちるだけでは黄金の顎に食い破られるだけだ。だから少しだけ傾斜を付けた。
現れる砲門から逃れられるように。そしてその隙をついて「彼」が射出を遅らせられるように。
──彼女の心に、自身のサーヴァントに対する心配はもうどこにもなかった。
だってアイツ、ちゃんと正義の味方だし。
そんな想いを抱きながら、彼女は祭壇へと向かう──。
戦いは──拮抗していた。
「おぉらぁ!」
「む──!」
神父、言峰綺礼は理解している。
少年の振るう太刀は、言峰綺礼という男にとって最悪の類のものだ。
どこで、そしてどういう経緯を以てそこに至ったのかはわからないが、あれが元来の『
これが言峰綺礼の天敵という意味なのであれば、なるほど確かにそうだ。
だが、その程度の話ではないと……薄々勘付いてもいた。
「ハッ、矢ッ張りエセ神父だなぁ! そのおかしな剣といい、格闘技といい、呪いの籠った肉片といい──神父サマってやつが使う攻撃じゃあるめえよ!」
「それは偏見というものではないかね、衛宮士郎。今時の神父は黒鍵も使うし八極拳も使う。必要であればおまえだけを呪う肉片も投げつけよう。──そして、それを言うのならばおまえこそエセ鍛冶師だろう。なにかね、その
時折起きる加速は
今言峰が少年と渡り合えているのは、少年自身が時折自傷するかのように四肢から血を噴き出す隙があるからに他ならず、それが無ければ幾度となくあの太刀で切り伏せられていたことだろう。
衛宮切嗣より強い、とは言わない。
だが言峰綺礼という男もまたあの頃より弱くなってしまっている。そうであるから、上手い具合に実力が拮抗するのだ。
鉄を打つ音が響く。
衛宮士郎から時折鳴るこの音は、魔術回路を励起した音。本来そのような音が鳴るはずはないのだが、これもまた何か特別なものがあるのだろう。
そしてその音が響いた後には、彼の手に
二振りめの、八重垣の太刀。
「二刀流剣士……宮本武蔵にでもなろうというのかね」
「生憎と、佐々木小次郎は見たことあってもそっちは拝んだことねぇな! だが──」
猛攻。でたらめな乱撃ではなく、清流のようにしっかりと芯の通った攻撃。
「ひとつ! ふたつ!」
「これは、手厳しい……」
「折れねえ曲がらねえ絶やさねえ!」
だが、日本刀の使い方とは少し違うことには気付けた。
それで理解する。
この攻撃は、あのアーチャーに由来するものであると。
なれば──言峰は自殺行為にも等しい振る舞いを見せる。
即ち、踏み込み。あの刃が心臓に当たろうものなら、いいや、身体のどこかを掠めようものならそれだけで死に至る可能性もあるというのに、彼は距離を詰めた。
理由は単純。
「裡門頂肘!」
「ガ──っ、ァ!?」
強烈な肘打ちが少年を襲う。
彼は防御を行おうとした。しかし間に合わなかった。
当然だ。あのアーチャーの持つ短剣と八重垣の太刀では、太さも長さも全く違う。
同時に理解する。この少年は戦いの経験値こそ異常量を有しているものの、武器に対する造詣は深くない。刀鍛冶の名の通り、刀以外での戦い方を知らない。
無理矢理に刀以外をそれに当て嵌めようとすればこうなる。攻略法があるとしたらそこだ。
……しかし、これまた同時に。
「ってぇ、なぁ……!」
「……鍛えているといっても、武芸者のそれではない腹だ。内臓のいくつかが破裂してもおかしくないと思うのだがね」
「あぁよ、読みは外れてねえ。ただ逆流してくる血を吐く時間が勿体ないんでな。義姉ちゃんの魔力に任せて、問題なかったことにしてるってなだけだ」
凄まじい再生力。
如何に少年がサーヴァントらしい振る舞いをしようと、その肉体は人間のもの。
時折噴き出す血飛沫も、言峰が黒鍵や拳で与えるダメージも、その全てを食らって尚食らいつく。
痛みを感じないわけではないだろうに、攻撃を行った次の瞬間には反撃が来ている。
それはまさに、燃え盛る烈火の如く。
魔力という薪の焚べられる限り、この少年に底はないのだと知らされる。
なれば、狙うべきは頭蓋だろう。
そこまで再生されては最早化け物と呼ぶしかなくなるが、恐らくそこまでではあるまいと見切りを付けた──言峰の頬に。
「着地、アーチャーに任せられないから、アンタにするわ!」
重量化によって落石と見紛うほどの威力を有した妹弟子の膝蹴りが、突き刺さった。