Fate/senji might   作:ONE DICE TWENTY

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まだお読みでない方はそちらからどうぞ。


18 Unquenchable Flame Works

 ()()()()を、誰が予想していただろうか。

 未だ決着などついていない──その状態で、本来開くべきではない釜の蓋が飛ぶ。

 

「なにっ!?」

「んだと!?」

 

 己と言峰の声が重なる。

 予想などしているはずもない。だってまだセイバーは生きているし、ランサーも瀕死だが生きている。

 アーチャーも、英雄王もそうだ。

 

 だというのに──大聖杯が。

 その大口を、孔を、自らこじ開けるのがわかった。

 

 声が、聞こえる。

 それは呪いの声であり。

 生誕を祝福する声でもある。

 

「っ、遠坂の嬢ちゃん、(オレ)の後に下がりな!」

 

 と言いつつ、自主的な退去は求めていない。

 衛宮(家垣)の太刀の一振りを地面に差し、遠坂の嬢ちゃんの足を掴んで自らの背後へと投げる。

 

 直後──呪いが釜の中から溢れ出した。

 近くにいた言峰を飲み込み、泥となって顕現する呪いは祭壇を満たしだす。

 

 衛宮(家垣)の太刀は退魔の剣だ。

 これはある種の結界となり、この汚泥を寄せ付けることはない。

 

 だが。

 

「──それほどに芳醇か! 道化師(ジェスター)()くその場を離れよ!! 大聖杯の狙いは貴様だ!!」

「なにを──ぐ!?」

 

 反応しきれなかった。

 汚泥の中から飛来したるは黒鍵。投げてきた下手人、言峰は……意識があるようには見えねえな、ありゃ。

 

 黒鍵も黒鍵で、すぐに打ち払いはしたものの、脇腹を中心に染みのような呪いが広がっていく。

 じゅう、と音を立てて焼ける服と、剥き出しになった肌。

 

「衛宮くん、それ……!」

「遠坂の嬢ちゃん、ありったけの精神防御でもやっておきな! こいつはちと骨の折れる仕事だ!」

 

 と、上方に黄金の輝きがあった。

 同時、遠坂の嬢ちゃんの近くへと降り立つ赤い偉丈夫。

 

 上を見れば……舩、だろうか。空飛ぶそれに乗る英雄王の姿が。

 

「……道化師(ジェスター)。言峰との戦闘に時間をかけ過ぎたな」

「そりゃ、どういう……」

「この大聖杯に満ちるモノにとって、今の貴様は仇敵に同じ。喉から手が出る程に欲しい存在であると同時に、その生涯の全てを使い果たしてでも殺したい存在となっている」

 

 理解は及ばなかった。

 こんなコト、「エミヤシロウ」の記憶には無い。

 

 って。

 

「そうだ、セイバー、ランサー!」

 

 振り返れば……そこには絶望があった。

 祭壇へ続く道の両脇。

 そこを泥が埋め尽くしていたのである。

 彼女らの姿は、どこにも。

 

「──なワケあるかっての。ほら、お届けモンだ」

 

 なんて。軽い口調でこの場に降り立ったのは……確実な致命傷を負っているランサー。

 彼の肩からずり落ちるようにして倒れ伏すはセイバー。腹部に手痛い傷を追っているが、命はまだある様子。

 

「オレの魔槍をこうも……二度も三度も防がれちゃ立場がねえ。最後の一撃なんざ捨て身に近かったってのに、逸らされた。余程の直感か余程の幸運か。なんにせよセイバーの勝ちだ、坊主」

 

 人間として考えるのならば……最早死んでいたっておかしくない体で、ランサーは投擲姿勢に移る。

 

「言峰の野郎がアレに飲み込まれてくれて助かったぜ。令呪が消えた以上、叛意も起こせる。──おい、金ぴか野郎」

「……なんだ、下郎」

「この状況はおまえの想定外で、坊主をこいつにくれてやるつもりはない──そういう認識で良いんだな」

「たわけ。これは道化師(ジェスター)が救うべきものよ。ゆえ、場を整えてから同じことをするつもりだった……が、不完全な状態であるにも関わらず誕生するとは、結局はヒトの欲望に歪められたものということか」

「ゴチャゴチャうるせえな。とりあえずこの場においては坊主はオレ達の敵じゃねえ。それで合ってるな?」

「現状把握もできぬのか。……まぁ、言峰が()()()()では、指示を仰ぐ相手もいないか。是を返してやる。これで満足か、下郎」

「おうよ」

 

 ランサーの身体。

 その所々に……棘のような、罅のようなものが入っていく。

 

「もうセイバーと戦ったあとなんでな。誓約(ゲッシュ)がオレを縛ってるってだけだ。……安心しろ、坊主。そうだとしても、魔槍の一撃程度は入れてから消えてやる。どこまでもとことんしぶといのがオレという英雄でな」

「……ランサー。世話になったな」

「ああ。最後まで気持ちのいい一騎討ちができた。聖杯戦争全体を通して見ても、ここまで気持ちのいいモンは早々お目にかかれねえだろう。そりゃ──最高だったと言ってやる」

 

 だから、と。

 時間はもう残されていないから、と。

 

「おまえに心臓が無いことは知っている──ゆえに、我が魔槍の最後の一撃、必中も因果もかなぐり捨てた、威力のみのこの一撃を受けて行け!!」

 

 飛び上がったランサー。その足は砕けた。

 槍を構える背筋も、朱槍を持つ腕も。

 それでも彼は──放つ。

 

突き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク)!!」

 

 超至近距離からの投擲。

 それは見事「虚ろなる言峰綺礼」へと命中し──ただ、それだけ。

 ダメージが入ったのか入っていないのかはわからない。

 わからないが、わかるのは。

 

 その一撃を放ったことで……ランサーが消えた。それが限界だった、ということだ。

 

「うそ、今のを受けてノーダメージとか、綺礼のやつ、どうしちゃったのよ!」

「ノーダメージ、というわけではないのだろうが……アレは完全に呑まれているな。……言峰綺礼にはこの世全ての悪(アンリ・マユ)を掬ってなお自我を保ち続けられる精神性があったように記憶しているのだが……」

「……贋作者(フェイカー)。そこな道化師(ジェスター)の魔術を受けた貴様なら理解できよう。あ奴は先程まで、()ち直される直前……いや、直されつつあったのだ。戦闘を経ることで、敵に気付かせることなく降霊術を使う。それがそこな道化師(ジェスター)の魔術の真髄。そうして相手に同調し、記憶に焼き付けを行うことで、それを(たた)き直す。……ゆえに、老成していた言峰ならばともかく、道化師(ジェスター)との立ち合いによって少しずつ若さを取り戻していった言峰では──アレを飲み干すことは適わなかった。ただそれだけの話だ」

 

 びつくらぎゃうてんである。

 (オレ)の魔術の真髄がそこまで見抜かれていようとは。まぁ魔術回路も無限ではないのでどうしてもやらなければならない、という時くらいしか使わないが、言峰綺礼はそれに足る相手だった。だからこっそり使って、記憶に入り込もうとしていたんだが……。

 

(オレ)を召喚する前、か。……つまらぬ男だったようだな、言峰。傷を開くおまえと、瑕を鍛つ鍛冶師(ブラックスミス)。何がどう天敵であるかくらい、瞬時にわかろうものを……」

 

 どこか。

 本当にどこか……残念そうに、つまらなそうに。

 英雄王は呪いの泥の溢れる釜を見据える。

 

「準備は整っておらず、些かばかり早くはあるが……鍛冶師(ブラックスミス)。その刀の採点の時間だ。この大釜の中身、全て救ってみせよ」

「無論だが……(オレ)としては言峰綺礼とてまだ鍛ち足りてねぇんだが、ありゃ流石に無理か」

「無理であろうな。小聖杯を貴様が飲み干した以上、大聖杯はこの世と孔を繋ぐための依代を欲する。本来であればあのホムンクルスの心臓がその役割を担っていたが、ここにそれがない以上、大聖杯は代替を求める。……言峰綺礼という、長きに渡って聖杯の泥と共にあったモノ。そうでありながら肉体を持つモノを、最後の(よすが)とする。……そういう意味ではあの野卑な男の攻撃にも理があったか。あれは内側から人体を破壊する呪いを湛えた槍。際限なく溢れ出でるはずの聖杯の泥は、言峰の身体が完全に壊れるまでの制限時間付きとなった」

 

 成程。

 勿論わかっている。英雄王の言う「理」とは、「だから泥が際限なく溢れ出るわけではない」ということに通ずるのではなく、「だから(貴様)がその刀の真価を見せる時間に猶予はなくなった」と言いたいのだ。

 

 上等。

 

「正義の味方。お前さんの固有結界があれば、遠坂の嬢ちゃんも、セイバーも、安全に守れる。そうだな?」

「……固有結界を防御に使う、か。……だが、セイバーをも引き剥がしてしまえば」

「わかってるさ。(オレ)の身体にあった再生能力が消えちまうんだろ? ──で、そいつがどうした、正義の味方。気絶した戦闘不能者と、まだ歳若ぇ遠坂の嬢ちゃんを危険に晒す理由になんのか?」

 

 問えば。

 彼は……肩を竦める。

 

「私も相当キザな自覚はあるがね。君も相当だ、刀鍛冶。将来は人誑しの類になるだろう」

「アンタがそれを言うワケ!?」

贋作者(フェイカー)(オレ)を巻き込むなよ。貴様の固有結界なぞ見たくもない上、(オレ)には鍛冶師(ブラックスミス)の仕事ぶりを見届ける義務がある」

「言わずともだ、英雄王。──I am the bone of my sword.(──体は剣で出来ている。)

 

 詠唱と共に。

 セイバー、遠坂の嬢ちゃん、そして正義の味方が……消えていく。

 

「一つだけ。──死ぬなよ、少年。理想を湛えるのなら、何が何でも浮上しろ」

「承った」

 

 消える。

 

 あとに残されたのは、(オレ)と、英雄王と、意識のない言峰と──際限なき呪いだけ。

 

 さて──では、(オレ)の仕事、その仕上げをご覧じろ、英雄王。

 

 

 鉄を打つ音が響く。

 固有時制御(タイム・アルター)と衛宮士郎の固有結界。二つの固有結界の合わさった、(オレ)独自の固有結界の励起。

 それがこの音の正体だ。

 

 が、一度作刀を終えたのなら、自己暗示に等しい詠唱は必要ない。

 昨日の己を己に降ろす。だから二重に聞こえるそれは、衛宮の太刀を何本も創り上げていく。まるで陣を敷くかのように。

 

鍛冶師(ブラックスミス)。あまり時間はないぞ」

「まぁ、こればかりは待ってくれとしか言えねえや。英雄王、お前さん仕事は急かせるタイプかい?」

「……いや。出来が至高であるのならば、過程は良い。無駄な口を挟んだ。好きにやれ、雑種」

「おう」

 

 泥の中に作り上げた陣地。

 そのど真ん中に座って──衛宮の太刀を一振り掲げる。

 

 そしてそれを、胸のど真ん中に突き刺した。

 先程の呪いとは違う。本当にじゅうと焼ける音が響く。肉の焦げる臭いが広がる。

 

「──体は焔で出来ている」

 

 考えたさ。

 人を生かす剣では、人は救えない。衛宮(家垣)の太刀は英雄王の言う通り、あくまで退魔の剣。魔を退けてしまっては、魔を救うことなどできない。

 なら、どうするべきか。

 

「血潮は鋼で心は伽藍」

 

 その答えは、とっくの昔に出ていた。

 

「十と二つの合戦を越えて不敗」

 

 知らなかったのは、それを形にする術だけ。

 

「たった一度の報いもなく」

 

 だから、「エミヤシロウ」との出会いは、その記憶を垣間見たことは、(オレ)にとって掛け替えのない機会となった。

 

「たった一度の自由もなし」

 

 心に刻みしは竜身の炉心。記憶に覚えしは守護者の献身。この身に移せしは或る少女の全て。

 

「燐光はただ一人、叢雲の空にて宵を待つ」

 

 灼烙(しゃくらく)の刀をしまい込む。

 セイバーが同じ世界にいないことで、この火傷が治癒されることはないけれど。

 

「されど我が人生の全ては、あの一振りに至るために──」

 

 どぱぁ、と。

 大聖杯から溢れ出る泥が、陣地をモノともせずに……(オレ)へと覆いかぶさる。

 視界の端で英雄王が高度を上げたことを収めながら。

 

「この体は、無間の焔で出来ていた」

 

 

 

 目を、開ける。

 

「名付けるのなら、『無間(むけん)焔製(えんせい)』にでもなるのかね」

 

 煌々と輝く炎。

 真っ逆さまに落ちていく躯。

 刀塚どころか、誰一人いないこの場所で──共に落ち行くは、大聖杯から零れ落ちた泥。

 

「初めましてを言っておこうじゃねえか、この世全ての悪(アンリ・マユ)

「お、なんだ案外気さくなんだな。んじゃ初めまして、この世全ての善(スプンタ・マユ)

「……ん? (オレ)はそんな大層なモンじゃねえぞ」

「そうか? 火を自称して、万物を創造して、このオレを阿鼻地獄に落とす。どう考えてもオレの仇敵だ」

「と言われてもな。(オレ)に善心なんてねぇんだ、そいつはお門違いというか人違いというか」

 

 案外気さくなんだな、はこっちの台詞である。

 脇腹を黒鍵が掠めた時、脳裏に入り込んできたのは呪詛の嵐だった。

 その人格が……まさかこれとは、誰が思うものか。

 

「いやいや、オレに人格らしい人格も、理性らしい理性も、知性らしい知性もないよ。今のオレはおまえを殻にしてるだけ。わかりやすく現代風に言うと、オレはアンタの劣化コピーみたいなモンだ」

「そうかい。(オレ)を薄めると、そこまで軽薄になるのか」

「おっとこりゃ手厳しい。確かにアンタは衛宮士郎らしくないからなー、オレからしてみれば、アンタが例外で、オレは元来の衛宮士郎なんだけど」

 

 ……あーっと、つまり「エミヤシロウ」を軽薄にした感じ、ということだろうか。

 それなら納得……でき、なくも、なくも?

 

「それで、質問があるんだけどさ」

「おう、どうした」

「これ、一体いつまで堕ち続けるワケ? いや、最後が刀を作ることじゃなくて固有結界を作ることなのは衛宮士郎らしいと思うぜ? けどこれは無いんじゃね?」

 

 これ。

 ──息をするだけで肺が焼かれ、大気そのものが燃えているかのように肌を擦るだけで火傷を負う。どころか四肢の節々からも炎が噴き出し、それもまた身を焦がす。

 十年前の大火災。それをゆうに超える大焦熱地獄……の更に先を行く阿鼻地獄。別名、無間地獄。

 

頭下足上(ずげそくじょう)。いつまでと聞かれたら約二千年間。まぁなんてこたぁねえだろう。お互い地獄の釜に縁があるんだ、話し相手がいるだけでも充分だろう。なんせ、本当の無間地獄は完全なる孤独だからな」

「うへえ、二千年はオレでもちょいとキツいなー」

「底へと落ちたら次は四億三千二百万年だそうだ、本物は」

「でも、アンタはこの固有結界の術者だ。限界は来るだろ?」

「わからねえ奴だな。だから大聖杯ごと取り込んだんじゃねえか。──万能の願望器が蓄えた、魔法にも等しいことができる膨大な魔力。使わねえ手はねえだろう」

 

 燃えていく。

 全身が。目の前の真っ黒な影もまた。

 

 ……。

 

「一つ良いか、お前さん」

「ん? なんだって大歓迎だぜ、ここつまんねーし」

「この世全ての悪と言われるくらいだ。お前さん、生前は何をしでかしたんだ。まさかゾロアスター教の神様ってわけでもねえだろう?」

「なーんにも。オレ、特に何もしてないぜ」

 

 そうか。

 なら。

 

真髄解明(トレース・オン)

「あ、てめっ! その魔術やめろ! 勝手に他人様(ヨソサマ)の記憶覗き見るとか、どんな躾されて育ってきたんだ」

「冬はさみぃから、できるだけ早く寝ろ、とかだなぁ」

「……いやまぁオレも知ってるんだけど」

 

 だからこの心象風景を作ることができたのかもしれねえなぁ。

 切嗣(オヤジ)は養父たぁ言え、五逆罪にぴたりと当てはまるし。

 

 ──ああ、けれど。

 

「なんだ、お前さん。──もう救われてんのか」

「そりゃそうだろ。オレと正反対の位置にいるアンタが絶対に救われないところにいるんだ、オレはもう救われるのさ」

 

 なら……こいつを無間地獄に落としたところで意味はない。

 ならば、英雄王が出した、「この世全ての悪(アンリ・マユ)をも救えたのなら、その刀、(オレ)の財に加えてやろう」という言葉はなんだったのか。

 嘘だった、とは思わない。というかあの王様嘘吐かないし。

 

 であるのなら。

 

「──ユスティーツァ・リズライヒ・フォン・アインツベルン。……で、合ってるよな、義姉ちゃん」

 

 対話を仕掛けるのは釜の方だ。曰く、この大聖杯とはアインツベルンのホムンクルスそのものなのだとか。他にも第三魔法とかアインツベルンのうんたらかんたらとか色々な知識を魔術回路越しに垣間見た(教えてもらった)けれど、しょうみ(オレ)は真っ当な魔術師とはいえないので、ちんぷんかんぷんも良い所だ。

 

「止めといた方がいーよー。それ、もう完全にモノだから。呼びかけになんか答えないって」

(オレ)はお前さんの後継機、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンの魔術回路、そして心臓そのものを宿してここにいる。実質を問えば、(オレ)とお前さんは従弟のようなモンだ」

「人の忠告は聞いた方が良いぜ、衛宮士郎」

「アインツベルンの妄執は全て見た。臓硯の爺さん……マキリの妄執は熔け果てた。遠坂の嬢ちゃんは立派になった」

 

 ならば、だ。

 そうであるのならば。最早ここまで来て──(オレ)が為すべきはただ一つだろう。

 

 鉄を打つ。鉄を打つ。鉄を打つ音が響く──!

 

 元来。

 固有結界とは、術者の心象風景を形にしたものを言う。だから、固有結界を二つ有している、ということはあり得ない。

 

 つまるところ、『衛宮(家垣)の太刀』と『無間(むけん)焔製(えんせい)』は、同一のものであると言える。

 心象風景で現実を塗り潰し、裡と外を入れ替えるのが固有結界なれば、(オレ)の湛えたあの灼烙(しゃくらく)は、「刀の形をした固有結界」だとでも思ってくれたらいい。

 

 では。

 固有結界の中で、固有結界を展開した場合──それも全く同一のものを展開した場合、どうなるのか。

 

 違うものならば、侵食が起きる。それは「エミヤシロウ」との戦いで見せた通りだ。

 しかし同一のものであるのなら。

 

「今なお求める究極の一刀。其は、肉を断ち骨を断ち命を絶つ鋼の刃に不要(あら)ず。(オレ)が求むるは怨恨の清算。縁を切り、定めを切り、業を切る。……即ち、宿業からの解放」

 

 ずしん、と……無間地獄の全体が揺れる。

 そんなこと、あるはずがないのに。

 

「其処に至るは幾重の研鑽。千の記憶、万の記憶を(いやまさ)り、潅ぎに潅いだ刀塚」

 

 世界が収束していく。

 大聖杯も、泥も、この世全ての悪(アンリ・マユ)も。

 

「此処に辿るは勝利の収斂。此処に示すは正義の宿願。此処に積もるは垂雪(しづり)の非業──我が生涯の全ては、何度でも、この一振りを成すために!」

 

 ぐ、と掴んで。

 少しずつ──()()()()()()()

 どこからって、そりゃ。

 

「焔の鼓動、此処にあり!」

 

 (オレ)の身体が焔で出来ているのだから。

 そこからに決まってらあな。

 

「覚えておきなァ! こいつが(オレ)の、家垣の太刀(正義の味方)だあ──!!」

 

 この身を炉とし鞘として、一度収めたその刀を、力の限り、あらん限りを込めて引き摺り出す。

 (オレ)この世全ての善(スプンタ・マユ)と呼んだのは一言多かった、ってやつだ。

 

 胸の中心より引き抜いた太刀。そこに宿るは聖火。

 この空洞に、泥など見る影も無し。

 当然だ。全て呑み込んで、この太刀へと収めてしまったのだから。

 

 故、残っているのは「物質」としての大聖杯だけ。

 

「──救()なかったか、鍛冶師(ブラックスミス)

「ああ。救われてるモンを鍛ち直す(救い上げる)必要はねえよ。だから、(オレ)この世全ての悪(アンリ・マユ)ではなく──天の杯(ヘブンズ・フィール)の方を救うことにした」

 

 焔を湛える刀を持ちて、大聖杯へと近付く。

 完全なる沈黙に秘すソイツに。

 

「知っているか、天の杯。古来より火ってなモンは神聖なモンで、恐怖の対象で──崇拝の対象だった。であれば(オレ)も、同じことをしよう」

 

 真髄解明。完成理念、収束。鍛造技法、臨界。

 

 燃え盛る刀を大聖杯に置けば──そこに、ぼう、と火が灯される。

 

「人を反り、屋根の下で技を振るう。蓄えられた膨大な魔力も、七十年を経てなお聖杯を汚泥に染める悪性も、これでしまいだ。仮庪の天火(サズキノテンカ)はここに灯された。これよりここからお前さんは天の杯(テンノサカズキ)なんてモンじゃねえ、聖火台へと在り方を変える。(オレ)の焔は無間(絶え)ねえからよ、聖杯戦争ってやつも、まぁ少なくともこの冬木の地では、もう終わりってわけだ」

 

 (オレ)の魔術は投影魔術と降霊術の中間。

 今、ユスティーツァ・リズライヒ・フォン・アインツベルンに──「違う在り方」を降ろした。

 本来であればンなもん弾かれて終わりだが、(オレ)の魔力の大部分が義姉ちゃんに依存していることと、固有結界を維持する魔力が固有結界内部の泥から発生していることを理由に、この太刀はここに在り続ける。

 退かしたくても退かせねえ、大聖杯の魔力が使い果たされない限り、永遠に消えない天火の出来上がりだ。

 そしてそれは、ゾロアスター教を意味する祆教にも波及する。

 なんせこの世全ての悪(アンリ・マユ)直々のご指名だ、この世全ての善(スプンタ・マユ)ってのは。善神にして「聖なる炎」を意味するものが(オレ)であるなら、(オレ)の心象世界の具現である此奴も聖なる炎になろうよ。

 

 此処に至るまで、あらゆる魔術師とサーヴァントが鉄を集めた。

 なら後に残っていたのは、鍛冶師の仕事だけだったって、それだけの話。

 

 それだけの話で。

 

「──であれば、鍛冶師(ブラックスミス)(オレ)への献上の品は無くなったと……そう解釈するが、良いのだな」

「無論だ、英雄王。焔はモノでも武器でもねぇからな。王の財に入れちまえば、蔵の中で大火災が起きちまう。それは本意じゃねえ」

 

 結局、新たな財は手に入らなかったというのに。

 というかさっきまでアーチャーと言峰の件で意気消沈気味だったのに。

 

 少しばかり……いや、それ以上の機嫌を戻して、英雄王は言う。

 いつの間にか、黄金の鎧を着た上で。

 

「いいや、鍛冶師(ブラックスミス)。確かに刀はなくなったが、それ以上に価値のあるものが(オレ)の目の前にいるであろう。その焔であれば、そう易々と他の武具を燃やすこともあるまい」

「……まさかたぁ思うが、英雄王」

「そのまさかだ、鍛冶師(ブラックスミス)。──我が財となることを許そう。銘は、衛宮士郎で良かったか?」

 

 ──それは雇用契約で合っているのか。

 それとも、その蔵の中に入れ、って言っているのか。

 

 最後の最後で……絶対に間違えちゃあいけねえ選択肢、ってやつなんじゃねえのか、これ。

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