Fate/senji might   作:ONE DICE TWENTY

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4 The Hesitation Dividing Line

 慎重に校舎を進んでいく。

 そもそもオレと遠坂が並んで歩いているってだけでもコトだ。騒ぎにはならずとも注目されるだろうし、これが友人二人やら藤村の姉ちゃんやらに見つかってもみろ、その時点で作戦失敗、放課後まで井戸端会議もあり得る。

 幸か不幸か授業中じゃないってのも要因の一つだ。廊下には当然のように生徒がいるし、オレの目に見えている要も時折場所を移動している。

 

「……遠坂。授業が始まるまで、あと何分だ?」

「ちょうど三分。どう? それまでに辿り着けそう?」

「ああ……もう、すぐそこだ。ここの階上、曲がってすぐのクラス」

「なら……。……うん、上の階の廊下にある消火栓のスイッチ前にアーチャーを待機させたから、後は」

 

 そうか、そういうこともできるかサーヴァント。

 ちぃと……サーヴァント(使い魔)ってよりサーヴァント(召使い)チックすぎる気もするが、そういう関係性もあるんだろう。

 

 慎重に、慎重に。

 階段を上がって……その教室へとへばりつく。

 

 アイコンタクトの後──遠坂が、勢いよく扉を開けた。

 中にいたのは。

 

 ──数人の女生徒と……この学校で、オレの、数少ない友人の一人である男。

 

「……慎二?」

「間桐くん、あなた……何をしているのかしら」

 

 間桐慎二。桜の兄で、オレの……最近疎遠になっちゃいたが、友人。

 彼は虚ろな目の女生徒数人を侍らせて、まるで犬猫でも扱うかのように、その頭を撫でていた。

 虚ろな目。彼のルックスに引き寄せられたとろんとした目ではなく、自意識というものが存在しない瞳。

 

「ん? 衛宮に遠坂? なんだよ、珍しい組み合わせじゃんか。……いやホントに珍しい組み合わせだね。衛宮に関しちゃ久しぶりだってのもあるけど、遠坂の方は……昨日、あんだけ僕を虚仮にしておいて、よくのこのこと顔を出せたものだよねえ」

 

 己の目に間違いはない。

 己の魔術を疑うことはない。

 この目は。この魔術は。

 

「間違いは……ねぇみてえだ、遠坂」

「そ。……それで、説得とやらをするんでしょ?」

「ああ」

 

 一歩、前に……は出ない。

 それが自殺行為だと知っているから。遠坂の前には出ない。男らしくねえと言われちゃあ仕方ねえが、刀鍛冶らしいと誇ろうモンだ。

 

「慎二。コレ、止める気はねえか」

「コレってどれだよ衛宮。あ、彼女たちのこと? それについては僕の関与することじゃないからわっかんないねぇ。こいつら、さっきまで僕と楽しくしゃべってたんだけどさ、突然甘い声を出して僕にしな垂れかかってきて……」

「回りくどい話が嫌いってことくらい、お前でも覚えてるだろ、慎二。オレが聞きてえのはンな話じゃねえ。学び舎全部にかけてるこの気持ちの悪ぃやつのことだよ」

 

 慎二は……その口を下弦の月に歪める。

 

「なに? 衛宮ってばさぁ……一丁前に僕に意見しようってワケ?」

「オレが聞いたのは、止める気はねぇのか、あるのか。そんだけだ。お前との対話なんざ望んじゃいねえよ」

「……生意気だな。はぁ、折角僕が最大限の優しさを見せてあげようとしたってのにさぁ。……で、止めるか、止めないかだって?」

 

 一瞬オレから視線を外し、遠坂を見る慎二。

 そして。

 

「止めるワケないだろ、こんな楽しいコォ!?」

 

 言葉が聞こえた瞬間、近くにあった掃除用のモップを投げつけた。槍投げなんざしたことはないが、まぁまっすぐとは行かずとも顔面にぶち当たってくれたようで何より。

 

「遠坂」

「ええ」

 

 返事と共に響き始めるは警鐘。ジリリリリという不快な音を学び舎全体へと届けるソレは、一瞬にして多くの生徒の注意を引いた。

 ……が、どよめきこそ聞こえども、慌てふためいて逃げ出す生徒はほぼいない。やはり悪戯と思われたか、はたまた実感が無いだけか。

 

 緊急事態であると判断し──事前に理科室で拝借してきたマッチ箱とアルコールランプを取り出す。

 アルコールランプの実験なんてどの学年でもやるからなぁ、この二つの在庫が切れてるってこたねぇ。

 無論、遠坂に火をつけてもらうってのも勿論方法としてはあったんだろうが、遠坂の魔術を知らないこと、そしてオレが戦闘者でない以上、こういう小細工はオレの役回りだ。

 

 誰が止める暇もなく、アルコールランプを地面に叩きつけ、さらに箱の側薬へ複数本のマッチを擦りつけて点火。

 その火を落とす。

 

 一瞬にして広がり始める火。今でも瞼を閉じれば見える大火災とは比べ物にならない小さな火だが、火は火だ。

 生物が本能的に恐怖を抱くソレと火災警報器の音が合わされば、必然。

 

 まずこの階から、そして他の階へ伝播するように恐怖と混乱が広がっていく。

 

「は、──何やってんだよ衛宮」

「そりゃこちらの台詞だがなぁ。何やってんだテメェ。ちょくちょく外道を働くやつだとは思ってたが、一線を越えねえ程度だったから見ねえことにしておいたものを、よりにもよってここで外道を働くたぁ思わなかった」

 

 そら、逃げろ逃げろ。

 この学び舎は火事被害以上に危険な場所だ。化け物の腹ン中と言ったって不思議じゃねえ場所になっちまってる。

 

 鉄を打つ。鉄を打つ。鉄を打つ。

 わかっている。言われた通り、前にゃ出ねえ。だが、その一挙手一投足を見逃さねえよう注視する。

 

「は、ははは! 元からどっかおかしいやつだとは思ってたけど、校舎に火をつけるとか、頭おかしいんじゃないの!?」

「おかしくて結構。生涯を刀に捧ぐと決めたヤツの頭なんざおかしくてたりめぇだろうが。んで、テメェはどうするんだ。サーヴァントは呼ばねえのか」

「ちょっと、衛宮くん」

「なんだよ……何様のつもりだよ。遠坂を前に立たせて、僕に指図までするのかよ!」

 

 外道に正道で突っ走ってやる必要はない。ンなこたわかってる。

 だが、慎二は曲がりなりにも友人で、何よりオレとおんなじガキだ。戦場で命賭けてる武芸者じゃねぇ。

 そんなやつ(弱者)サーヴァント(強者)をぶつけんのか、オレは。

 

「慎二。今からでも──」

「衛宮くん。今になって迷うなんて聞いてないわ。後は私がやるから、下がってて。──いい? 彼だって魔術師なんだから、その時点で覚悟なんてとっくに決まってるはずよ」

 

 トン、と。

 肩を後ろへ押し返される。……遠坂じゃない。

 赤い偉丈夫だ。乱暴で、けれどどこか迷いのある力加減。

 

「小僧。動けないというのなら、そこを動くな」

 

 偉丈夫の手に現れるは黒白の短剣。

 その背中は大きく広く……オレとは違う、何かを背負い続けた者の力を感じさせる。

 

 武芸者だ。

 その武芸者が今、慎二のヤツに力を振り翳そうとしている。

 

「──っ、慎二、逃げ」

「ああもう、遠坂のサーヴァントがセイバーなのかよ! クソ、最悪だ! 早く来いライダー! 一旦距離を取る!」

「遅い!」

 

 そうだ、遅い。何もかもが遅い。

 オレの迷い。覚悟なんざ、そうさ、できているわけがねえ。

 地球の裏側のどこぞと知れねえ悪人が死ぬってんならどうでもいい。心の一欠片も痛まねえ。

 だがアイツは曲がりなりにも友人で……オレみてぇな偏屈野郎を気にかけ続けた稀有なヤツ。外道に堕ちたからといって、はいそうですかと見捨てられるモンか。

 

 オレは正義の味方にはならない。そんなけったいなモンにはならない。

 だが、正義の味方のための剣は作りたい。人を殺すための刀を、人を救うための刀にしたい。

 この目が、この魔術が。

 遠坂と偉丈夫ってな「武器」を、人を殺すための……友人を殺すための武器(モノ)にしちまったっていうんなら。

 

鍛造技法(トレース)追想(オン)

 

 ()()()()()()

 

「──は」

「──はぁ?」

「小僧、貴様……!」

 

 赤い偉丈夫は速い。武芸者で英霊だ、当然だ。

 だからオレなんかが急いだって間に合うはずもない。

 

 けど……ランサーなら、間に合わせていたって不思議じゃあねえ。

 

 切嗣(オヤジ)に言われたオレの魔術。投影魔術と降霊術の中間。

 武器を真髄解明(見て)完成理念構築(覚えて)

 それを鍛造技法(思い描いて)追想(作る)

 

 憑依経験だの蓄積年月だの、そういうものにだけ特化したらしいオレの魔術は、「成り損なう」ための魔術として形を取ってきた。

 本物の刀匠であれば。それこそ英霊となるような凄腕の職人なら、見様見真似でその再現もできるんだろう。幾千の流派を、幾万の武器の使い方を瞬時に理解し、それを自身と重ね合わせることだってできるはずだ。

 けど、オレは未熟者。その域にはまだ辿り着けていない。

 

 だからオレは、オレの身体は──理想に追いつかない。(鍛造技法)が完璧ではないから。

 

「馬鹿野郎、何呆けてやがる! 早く逃げろ慎二、殺されっちまうぞ!」

「なに言って……お前が僕を殺そうとしてきたんだろ!?」

「シンジ」

 

 悪寒の走る女の声。

 直感的に理解する。此奴だ。此奴がサーヴァントで、此奴がこの気色の悪い結界を張ったやつだ。

 

「~っ、ああもう、意味わかんないけど、二対一が不利だってことくらいはわかる! ライダー、僕を連れて逃げろ!」

 

 ライダー。騎乗兵を指す言葉。

 魔術師(キャスター)のサーヴァントじゃあなかったらしい。

 

「仕留めて、アーチャー!」

「セイバー!」

 

 ようやく呼び出すはセイバー。彼女は屋上から飛び降り、直線運動でこの教室へ入ってきて……困惑の表情を浮かべた。

 

「シロウ、どうしたのですかその()は──」

 

 困惑。その一瞬を突いて慎二と紫髪の姉ちゃんが逃げる。ランサー程じゃねえが、とんでもなく速い走力で、慎二のやつを俵抱きにして。

 

「今のはサーヴァント! シロウ、指示を!」

「馬鹿野郎、いやホントの馬鹿野郎はオレだが、今アレを追ったらオレが此奴らに殺されちまうよ」

「──なに?」

 

 何一つ状況を理解していない状態で、けれど遠坂達に冷ややかな殺気を送るセイバー。

 赤い偉丈夫はバックステップで後退し、遠坂の前でその短剣を交差する。

 

「どういうことだ、アーチャーのマスター。私達は共闘関係を結んだのではなかったのか」

「そんなのこっちが聞きたいわよ! いい? アンタのマスターはね、この結界を敷いてたサーヴァントのマスターを守ったの! わたしのアーチャーの攻撃から! あ~~~っ、自分で言ってても意味わかんない!」

 

 燃え広がっていく廊下。……なんてものには目もくれず、凄まじい形相でオレを睨む赤い偉丈夫。

 当然の怒りだ。オレにゃ受け止める責務があらぁな。

 

「どういう、ことですか……シロウ。キャスターのマスターを殺し、キャスターの魔術を解除する。そこまでがアーチャーのマスターとの共闘関係だったはずだ。アーチャーのマスターが嘘を吐いているのでなければ、貴方は裏切り行為を働いたことになる」

「……あぁ、そうだな」

「ふんだ! 今のが裏切りじゃなかったらなんだってのよ!」

「……」

 

 出血の激しい両足を引き摺って、先程まで慎二の奴が座ってた机にもたれかかる。

 周囲にいる意識の無い女生徒がちと不気味だが、そんなことを気にしてられる状況でもない。

 

「躊躇った。この結界を敷いてたサーヴァントのマスターが知り合い、っつうか友人で……それが殺されるサマを見ていて、それでいいのか、って。外道は外道で、しかも改心する様子もねぇと来たんだ、あんな外道、赤い兄ちゃんが切り裂いて然るべきだってのは脳天じゃわかってる。……だがよ」

 

 参った。本当に。

 

「遠坂」

「……なによ」

「さっき言ったよな、お前さん。慎二も魔術師なんだから、覚悟はできてるはずだ、って」

「ええ、言った。当たり前でしょ? 魔術師は死を扱うもの。自分を殺すもの。魔術に向き合うと決めた時点で、死ぬ覚悟ができてないなんてあり得ない」

「できてるよぉに見えたかよ、アレが」

 

 最低なのだろう。

 わかっている。オレは最低だ。

 遠坂たちを裏切ったばかりか……慎二まで裏切っている。

 

 オレは、慎二を憐れんだのだ。友人付き合いの中で……そういうことをされるのが一番嫌だってことくらい、見抜いていたはずなのに。

 

「ふざけやがって……なんで戦場にいるんだよアイツは。あんなのどう見たって武芸者じゃねえ、死ぬ覚悟どころか怪我する覚悟もねえ一般人じゃねえか。それが……ああいや、ンなもんオレの言い訳だな。慎二のせいでも、遠坂のせいでもねぇんだ……オレが嫌だった。オレが見つけて、オレが導いたお前さんらが、対等でもなんでもねぇモンを殺す。それが嫌で、止めちまった」

「……理解できない。けど……その言い方だと、対等な戦いなら慎二が死んだっていい、という風にも取れるけど」

「そうだなぁ、そいつが本当に対等な戦いならいいんだろう。けど、あんな弱っちいやつをそっちの兄ちゃんが、ってのは……ちと違う。セイバーでもな」

「呆れた。つまりなに? あなたは真正面からの戦いで、且つ力量が同等の二人の戦いしか認めないってワケ? ……聖杯戦争に不向き過ぎるし、何より一度した関係を無断で解消するあたり、信用も信頼もできない。……ただ、今ここでセイバーと戦ったところでアーチャーじゃ力負けするだろうから、今日のところは退いてあげる。けど」

 

 冷ややかで冷たくて、ゴミを見るような目。

 これは完全に愛想尽かされたかね。元々愛想なんざないのかもしれねえが。

 

「今後は完全な敵同士よ。これ以降共闘関係を持ちかけられても、協力を持ち出されても、一切受け付けない。……行くわよ、アーチャー」

「ああ。……フン、小僧。私も多少は貴様に夢を見たのだがな。結局は綺麗事だけの理想を追い求める愚者か。どこまで行っても、どのようになっても……お前は変われない。それがわかっただけでも充分な成果だったと言えよう」

「アーチャー、無駄口叩いてないで、ほら。……一応火は消していってあげる。その足じゃ消火活動もままならないだろうし、何よりそっちの子達には何の罪もないから」

「ああ、助かる。……すまねぇなぁ、遠坂」

 

 返事はない。当然だ。

 

 そうして……廊下の火が消えて。

 学び舎に静寂が戻った。

 

 

 帰り道。

 血だけは拭きとったけど、現場はそのままにしておいた。最近ガス漏れ事故なんかが流行っているから、火事も、あの女生徒たちも、その被害者ってことでなんとかなるだろう。

 

 それよりも。

 

「……怒ってるか、セイバー」

「……」

 

 セイバーに背負われている。

 両足の骨は無事だ。筋断裂が激しい程度。むしろ腕の方が重傷の骨折だったはずなんだが……いつの間にか治っている。なんなら、両足も……少しずつ治っていっているような気がする。

 

 これがセイバーによるものなのか、それとも別の要因があるのかはわからないが、むず痒くてたまらない。

 

「まぁ、そうだろうなあ。オレはやっちゃいけねえことをした。刀鍛冶ってのはただ刀作ってりゃいいやつの事じゃねえ、商人でもある。依頼者とはクリーンな付き合いってやつをしなきゃいけねえのに、オレはそれを破った。……その時点でもう、刀鍛冶とは名乗れねえのかもしれねえが」

「シロウ。私は別に怒ってなどいません。マスターの方針に従うのがサーヴァントであり、マスターが他のマスターと結んだ協定を解消するというのであれば、それに従うまでです」

「そういうワケにゃいかねえだろ。裏切りなんて行為は騎士道精神に反するモンだ。オレは別にそこについてを詳しく語れるわけじゃねえが、セイバーにとっても嫌な行為に映ったはずだ」

「はい。裏切り行為、卑怯な行為は嫌いです。ですが、嫌いであるからと行わないとするほど私は幼稚でありません」

「オレが、嫌だから、って理由だけで動いたのは……幼稚か。まぁ、さもありなんだなぁ」

 

 ただし、と。

 セイバーはオレを背負い直しながら……凛とした声で言う。

 

「仮に私が怒っているのだとすれば、そこではありません」

「あん? じゃあ何に怒ってんだ」

「怒ってなどいません」

「ああ……じゃあ仮に怒ってたとして、何に怒ってんだよ。仮に」

 

 彼女は──ふと、立ち止まる。

 

「もし仮に怒っているのだとしたら……シロウ。貴方はアーチャーのマスターの前に出た。私達との約束を破って。私はそれが許せない」

「……ああよ、だから、共闘関係も約束事も、全部パアにしちまったって」

「違う。どのような事情があったにせよ、貴方は私を呼ぶべきだった。令呪を用いずとも声の届く範囲に私を置いて、それでもアーチャーの攻撃に対し自らが前に出たのはなぜですか、()()()()

「ぅ……あ、いや、それは」

「刀鍛冶としての領分を弁えている。戦場は自分のいるところではない。再三貴方が口にした言葉だ、シロウ。では、敵でありつつも友人であるというキャスターのマスターを守り、共闘関係を結びつつもサーヴァントであることは変わらぬアーチャーの前に出ること。その攻撃を受け止めることは、貴方の領分なのですか」

 

 ……反論が見つからない。

 元より反論などできる立場に無いというのもあるけれど、確かに、さっきのオレは、あまりにも……。

 

「すまねぇ、セイバー。あの瞬間、お前さんを呼ぶべきだった。慎二を守ってくれ、って」

「……ええ、まぁ、よろしいでしょう」

「一応……状況が状況だけに伝えておくが、敵方のサーヴァントはキャスターじゃなくライダーだった」

「そうですか」

「ああ」

 

 して、無言に戻る。

 セイバーは歩き始め……結局、家に着くまでの間、一言も声を発さなかった。

 

 

 夜。

 土蔵、鍛冶場にて。

 

「……」

「……」

 

 奇妙なことに、両足と右腕の怪我は完治している。

 どういうことかとセイバーに視線を投げかけても、彼女は見つめ返してくるばかり。

 

 だから……まぁ、無心になるために槌を振るう。

 

 鉄を打つ。鉄を打つ。鉄を打つ。

 昼間やったことを思い出しながら、鉄を打つ。

 

「……わかりました。ここは私が折れます」

「ん? どうした、何かあったか」

「……。いえ。……そうですか、何か言い出せずにいたわけではないのですね」

「?」

 

 無心だった。

 忘れちゃいけねえこと、後悔しなきゃいけねえことまで全部雑念扱いしての無心。

 だから、一瞬なんの話かわからなくて……すぐに理解が追いついた。

 

「ああ……いや、重ねて謝るべきだったな。色々とすまねえ」

「私こそ口出しをし過ぎました。そこは謝罪をします」

「……あー……その、だな」

「はい」

 

 鉄を打つ。鉄を打つ。鉄を打つ……手は、止める。

 また完成には至らなかった。灼光を放つ鉄棒を水に差して、セイバーへと向き直る。

 

「オレは未熟者で、成り損ないだ。だから……咄嗟の判断ってやつが、かなり甘い。言い訳にゃなるが、あの時セイバーを呼べなかったのは、オレの視野が狭かったせいだ。慎二が殺されかけたあの瞬間、オレは……慎二の心配じゃなく、遠坂と赤い兄ちゃんを止めねえと、ってなった」

「……貴方が、あの場にあの二人を導いたから」

「そうだ。オレがあの二人(武器)を振り上げて、慎二のやつを殺そうとした。……だから、オレが止めなきゃいけねぇって、オレの手はオレが制御しなきゃいけねえって……思い上がった」

「正しい認識ですね。あの二人は貴方に御せる存在ではありません」

「あぁよ。その正しい認識が咄嗟にできねえのがお前さんのマスターで、これから先もできるかどうか怪しいのが目の前にいる未熟者だ」

 

 セイバーの目が細まる。

 怒りか、呆れか、それとも。

 

「止めてくれ、って言ったら……呆れるか?」

「私はサーヴァントです。マスターの行動に口出しすることはありません」

「なんならここで令呪ってやつを使ったって良い。オレが出過ぎた真似しようとしてたら、放り投げてでも止めてくれ、ってな」

「……そのようなことに令呪を使うべきではありません」

「だろ? だから、頼む。いや頼んでる身で、しかもやらかした分際で何を偉そうにってなわかるんだがよ、どうにもオレは、戦場ってモンを見ると滾っちまうらしい。そんでもって、強者(理不尽)に甚振られる弱者(無力)ってやつが……耐えられない」

 

 正義の味方とかいうヤツなら、ここで自分が前に出るんだろう。いや、最初からかな。

 けど己はそういう類の生き物じゃない。

 

 いざが来るまで刀鍛冶、いざが来たなら観光気分、そうなって初めて間違いに気付く。

 

「これから先、それがオレの……鍛冶師の領分を超えた判断をした、って思ったら、大声で叫ぶなりぶん投げるなりして止めてくれ。それでようやくオレは気付くから」

「……わかりました。それがマスターの命令であれば。──そして、そうであるならば早速ですがシロウ、一つ……いえ二つ」

「お、おお。早速か」

「昼間に使ったという魔術。あれの使用は控えてください。アーチャーの攻撃を止めた、というのは驚くべきことですが、負ったダメージが大きすぎる。そもそも何をしたらああなるのですか。アーチャーの双剣で骨以外を切り裂かれたのですか?」

「あー……まぁ、アレがオレの魔術ってやつでさ。昨日の見せただろ? 鍛冶をする時、あの兄ちゃんの短剣の片っぽを作ろうとした」

「はい」

 

 要するに、それと同じだ。

 真髄を解明した武器(技術)の完成理念を構築(猿真似)して、鍛造技法(自分という身体)()追想する(降ろす)

 

「セイバーとランサーの戦いを見た時、オレは二人を一つの武器だとして見た。んで、オレの中にイメージしたランサーの走りってやつをオレに降ろして、無理矢理に間に合わせた。結果身体がついていけずに断裂を起こした、ってな具合だ。オレに魔術を教えた親父曰く、自身に誰かを投影するまでにとどまらず、その投影を降霊させてしまう魔術、だそうで」

「成程。英霊の動きをヒトの身で完全再現しようとしたと」

「オウ」

「控えてくださいと言いましたが、訂正します。使用しないでください」

「あ、いや、昼間のは例外だ。普段はテレビで見た刀匠を投影したり、昨日の自分ってやつを追想して投影してる。オレがたかだか十年でランサーやセイバーに褒めてもらえるほどの刀を作るに至ったのはこれが理由だろうなぁ。なんせ、昨日の自分はそのまた昨日の、そのまた昨日の自分はそのまたまた昨日の自分を追想した動きをしてんだ。十年間のルーティンを切らさねえのはこのためだし、これがあるから師も手本もいねえ状態でここまでになった」

 

 だが、ここまで止まり。

 凡人がいくら自分を重ねたって才に敵うことはない。

 それでも生涯を貫き通せば、一本には収束すんだろ、とは思っている。

 

「……わかりました。ではその日課だけ許します。戦闘は全て私にお任せください」

「ああ、頼む」

「そして二つ目」

 

 セイバーは──オレを、担ぎ上げる。

 

 ん?

 

「ルーティンは朝のものだけでしょう。夜のこれは、ただ、シロウが心の整理をするために行っているに過ぎない。ですが、鍛冶という行為がどれほど体力を使うかなど、やったことのない私でもわかります。──休んでください、シロウ。昼間のものが短絡的な自殺行為なら、これとて緩慢な自殺行為です」

「あー……まぁ、だがよ、オレは」

「忘れたのですか、マスター。貴方が死ねば私も消えるのです。──体調管理を怠らないように」

「う」

 

 反論は。

 

 やっぱり、無かった。

 っとに……未熟者、此処に極まれり、だな

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