Fate/senji might   作:ONE DICE TWENTY

6 / 21
08:00に前話が更新されています。まだお読みでない方は、そちらからお読みください。


5 Dream Match

 二月三日、日曜日。

 今日は当然の如く学校が無い。無論、昨日のことがあった後だ。当分穂群原学園は休校を選ぶことだろう。

 それを抜きにしても……というか、日曜日だからというか。

 

 朝四時に起きて、全ての雑念を捨てて、鉄を打つ。

 

 朝のルーティン。登校時間などというものに縛られない至高の時間。

 鍛造技法、追想。

 今までの自分を今日の自分に憑依させ、積み上げてきた十年の重みを以て鉄を打つ。

 

 日曜日に己がこうすることを桜は知っている。だから、飯は作ってくれるけれど、声をかけてくることはない。

 藤村の姉ちゃんですらそうだ。オレがこの時間を何よりも大事にしていることを知っているから、放っておいてくれる。

 

 有難い限りだと考えながら、それすらも雑念の彼方へと投げ捨てる。

 

 知らぬ者なら規則的に聞こえよう。

 聞く者が聞けば、しっかりと別の場所を打っていることが理解できるだろう。

 鋼の塊を叩き、延ばし、不純物を出す。重ね、沸かし、灼光を見て火力を調整する。

 それが終われば鍛錬へと移る。心鉄と皮鉄をそれぞれ叩き、折り返してはまた叩く。

 

 十年同じものを作ろうと、鋼には気分が存在する。

 同じ作業ではいけない。何度も何度もやった工程でも、見極めることは必要だ。

 

 心鉄に皮鉄を巻きつけ、また灼熱へと放り込む。

 

 本来であれば複数人で行うべき作業。それを一人で行えるのは、偏にこの魔術のおかげと言えよう。

 真髄解明。完成理念構築。鍛造技法追想。

 玉鋼の状態を完璧に理解し、それが「カタチ」となるための道筋を構築し、それを「形」とするための動きを投影する。

 

 灼熱の鋼の構造を理解すること。それは衛宮士郎という男にとって、隣人のように容易なことだった。

 だって己は、その中から生まれたイキモノだ。

 夜眠る時。瞬きの瞬間に。瞑想の時間に。

 瞼の裏には、あの大火災がこびりついている。十年を経て尚火の勢いは増し、それを忘れることなど無い。むしろ自ら手放すまいと抱き留めている。

 

 己は鋼だ。己こそが玉鋼だ。

 あの火災の中で()たれた鋼。あの雨によって藁灰をまぶされた鋼。衛宮切嗣という男によって鍛錬され、己の理想と彼の理想によって造込まれた刀身。

 

 鉄を打つ。鉄を打つ。鉄を打つ。

 十年のうちの五年で作り上げたその鋼を、彼が死したあとの五年で一振りの刀へと伸ばしてきた。

 

 打ち、沸し、延ばし。

 衛宮士郎の原風景。衛宮士郎の半生。衛宮士郎の行きつく先。

 

 気力も魔力も全てを用い、この刀一本へ全てを捧ぐ。

 次第、刀の形を取り行くソレ。昨日の己が鍛った刀。手を加えることはない。技術を向上させることはない。

 ただ、昨日の自分を己に降ろし、今日の己に自分を重ねる。

 

「……ふぅ。あとは焼きを入れて……ん?」

 

 焼き入れも慎重な作業だ。

 けれど、流石に視線を感じてしまった。雑念……とするには強すぎるその視線を受け入れてしまう。

 

「すみません、シロウ。邪魔をするつもりはなかった」

「にしちゃあ熱烈な視線だったが。……もう見ていて楽しい部分は終わっちまったが、焼き入れと研ぎだけでも見ていくか?」

「はい」

 

 刀身に塗すは焼刃土。オレのはオレのオリジナル……特に誰かのレシピを真似したモンじゃないから、まぁ、出来栄えに難があるのだとしたらここの部分も大きいかも知れない。

 反りは軽く、刀紋も薄く。火床と水ン中を行ったり来たりさせて、慎重に組成を組み替えていく。

 これも魔術によるところが大きい。やりすぎもやらなすぎもない。適切が判るから、失敗が無い。

 

 勿論真髄解明を行ったまま炉や火床に入るんだ。その熱もダイレクトに伝わってくるが……まぁ、衛宮士郎は常に火の中にあるからな。

 

 それらが終わればあとは研ぎ。

 柄に使う茎も含めて、これまた昨日の自分を、そのまた昨日の自分を投影して降ろして……作り上げる。

 

 此処に。

 

「……はぁ」

「私には見事なものにしか見えませんが……納得のいかないものだったのですか?」

「ん? あぁ、まぁな。いやなに、人を殺すためだけの武器を作るってんなら、こんな遠回りしなくたっていいんだ。なんだっていい、その辺にある角材だって武器になる。オレが作りてえ刀はそんなモンじゃなくてよ」

「はあ。……しかし、そういったことを抜きにしても、素晴らしい魔術技法(フォーマルクラフト)ですね」

「……フォーマルクラフト?」

「十年の歳月をかけて鍛造されてきた刀群。鍛造時に魔力を込めることで、これらは精度の高い供物となっている。外部の物体に魔力を留めることは難しいと聞いたことがありますが、シロウのこれは、全てが同じであるためにある種の結界、工房として機能しているように見えます」

「そんなつもりはなかったんだが……」

「私を通常運用できている理由はそこにあるのでしょう。私が戦闘を行うことで、シロウが作り続けた刀は少しずつ魔力を持たない鋼の塊へ戻っていってしまうでしょうが……」

 

 そうか。

 そんなことをしていたのか、己は。

 確かに……セイバーほどの、というかサーヴァントなんて人型の使い魔、運用するだけでとんでもない魔力を持っていかれるだろう。

 オレにそんな魔力はない。だから、あるのだとすればここか。確かセイバーが召喚されたのもここだったし、そのまま供物になってるんだとしたら……そりゃいいことだ。

 

「オレの鍛った刀がセイバーを生かしている。そりゃあ良いな」

「そうですか。貴方が気にしないというのなら、ありがたく使わせてもらいます」

 

 ぐぐぐ、と伸びをする。

 作業は終わりだ。昼飯を桜が作ってくれているだろうから、また一っ風呂浴びてこねえと。

 

「そうだ、シロウ」

「ん?」

「職人は己の作った武器に銘を入れるものではないのですか? 見たところ、先程作った刀にも、架けられている刀にも……銘が一つも無いように見えますが」

「あぁ、いいんだよ。銘ってのは自分の作品として相応しい出来栄えだって感じたモンに切るモンだ。オレはそんなこと一度も感じたことねぇからな、どの刀も無銘にしてあんのさ」

「成程……。いつか貴方の名が刻まれた刀が生まれるといいですね」

 

 それは、難しいかもしれない。

 オレの本当に作りてえ刀は形に残るモンじゃねえからなぁ。

 

 

 さて、日曜日。

 桜の飯を食い終わっての真昼間。彼女は少しだけしおらしい様子で「無理しないでくださいね、先輩」といって去っていったし、藤村の姉ちゃんは期末テストを作らなきゃいけねえとかで学校に行った。どちらもありがとさんだしお疲れさんだ。

 

 で、今オレ達がいるのは道場。使わなくなって久しい……とはいえ、藤村の姉ちゃんが時たま使ってるんで綺麗にはしてある場所。

 そこに冬木の地図をべっ、と開いて、二人で囲む。

 

「作戦を立てましょう、シロウ」

「あぁよ。まず……オレ達は孤立してる。主にオレが馬鹿やったせいでな」

「それはもう過ぎたことです。どの道敵対する関係にあったものが早まったに過ぎない。それより今は、これからのことを考えるべきです」

「ん、ありがとうよ。……で、だ。まず、現在地のわかってる陣営をはっきりさせてぇ。一つ、アーチャー陣営。つまり遠坂の家だ。二つ、ライダー陣営。これも慎二の家だろう」

「どちらも魔術師(メイガス)の家となれば、工房であるとも言えるでしょう。そんなものは正面切って突破してしまえ、と考えるのが私ですが、シロウはどうですか?」

「住んでるのがあいつらだけで、周囲に家が一個もねぇってんなら同じ意見だ。けど、そうじゃねえ。だから……できりゃ、外に誘い出して戦うか、人気のないところで戦いてえってのが本音だ」

「……」

「ぅ……我儘か、これは」

 

 まっすぐな目線にたじろぐ。

 オレは将軍サマでも軍師でもねぇ。戦のイロハに関しちゃセイバーの方が詳しいだろう。なんせ歴史に名を遺すほどの英雄だ、戦の一つや二つ経験してなきゃなんだってんだって話。

 

「いえ……前の召喚者と比べてしまっただけです。続けてください、シロウ。貴方の意見は今のところ間違いがない」

「お、おう? んじゃ続けるが……他に判明してるサーヴァントは二騎。一人はランサーだ。けど、アイツは拠点がわからねえどころか今どこで何やってんのかすらわからねえ。だから除外する」

「二騎? もう一騎がどこにいるか知っているのですか?」

「知っているわけじゃなく、判る、が正しい表現だろうな。──円蔵山。あのお山は霊脈においてあんまりにも都合のいい場所に建ってる。あそこを拠点にしねえマスターはいねえだろ」

「はい。私もあの山、そしてあそこにある寺が霊脈における重要地点であると知っています。むしろシロウがそれを知っていたことの方が驚きですが」

「まぁ、オレの刀好きは今に始まった話じゃねえんだ。刀作りを学ぶにも師も手本もねぇと来て、ガキでしかなかったオレがどこを探すか、っつったら一つしかねえだろう」

 

 つまり──歴史ある建造物。

 円蔵山にある柳洞寺である。オレの数少ない友人の一人、柳洞一成の住まう寺。

 

「……所詮ガキの妄想だったがな。あそこに由緒ある刀剣なんてなかった。ただ、あの場所へ赴いた副産物として、あの寺に張ってある結界と霊脈の構造を把握したってぇ話さ」

「成程……いえ、幼い頃に様々なものへ好奇心を持つことは良いことだと思います。そしてそのフィールドワークの結果が今に繋がっているのですから」

「ああ、そういうことだ。で……話を戻すと、あそこにある結界はサーヴァントにとってあまりに都合がいい。正門以外からは自然霊以外の侵入を許さねえ結界、なんてのは罠を敷き放題で巣穴を作り放題。オレがもし外部から来たマスターだとしたら、少なからずあそこを選んでただろうよ」

「学び舎に結界を仕掛けていたサーヴァントがキャスターでなかった以上、そこに居座っているのがキャスターと見るべきでしょうね。魔術師(メイガス)というのはいつの時代も堅牢堅固な土地に己の工房を起きたがるものです」

「オレもそう睨んでる」

 

 つまるところ。

 

「所在がわかってんのがオレ達、アーチャー陣営、ライダー陣営、キャスター陣営。所在がわからねえものの存在が知れてんのがランサー陣営。そうなってくるとこえーのはアサシン陣営とバーサーカー陣営だ」

「はい。特にアサシンには最大限の警戒を払うべきでしょう。歴史に名を遺す程の暗殺者ともなれば、マスター一人を殺すことなど造作もないはず」

「だろうな。加えてそういうやつってのは一般人に紛れ込んでるモンだ。って考えると、新都、あるいはその地下水道なんかに居を構えてるってのが……イメージになる」

「いえ、シロウ。あらゆることが不明である陣営に対しては、詳細なイメージを抱かぬ方が賢明です。予想を外した時の動揺が大きくなりやすい上、先入観として勝手にそうであると思い込んだ作戦立案をしてしまう可能性があります」

「……そうか。わかった。じゃあ、アサシン陣営、バーサーカー陣営に関しちゃ不明のままで措いて擱く。……ちなみに聞くが、バーサーカー陣営ってのはここまで大人しくしてられるモンなのか? これもダメなイメージかもしれねえが、バーサーカーとまで言うんだ、制御できずに暴れまわっててもおかしかねえと思うんだがよ」

 

 バーサーカー。弱い英霊を狂化することで使役するサーヴァント、らしい。

 つまり理性がトんでるワケだ。令呪で最初に縛るのだとしても、なんかもっと……ヤな話だが、凄惨な殺人事件、それも大量殺人なんかが起きてたっておかしくねえだろうに。

 

「マスターの腕が良い場合、それを隠匿できる可能性は高まるかと。でなければバーサーカーを引いた時点で負け、などという図式が成立してしまいます。そも、サーヴァントの狂化と言えど様々な種類がありますから、こちらも一概にはなんとも言えないでしょう」

「ふぅん。……なら、決まりだな」

「この状況で、どこに攻め入るか。貴方の意見をお聞かせください、シロウ」

「いや、そう改まって聞かれるとむず痒いんだが……まぁ、ここだ」

 

 そう指を差した場所。そこは──。

 

 

 果て無く感じるほどに長い階段。

 円蔵山・柳洞寺へと続く石階段だ。 

 

「これは貴方の判断が間違っている、というわけではありませんが、意外でした」

「具体的に、どの辺が?」

「この寺にはたくさんの一般人がいる。そして貴方のご友人も。そのような場所で戦闘を起こすということが……昨日の行動を思うと、考え難かったというだけです」

「ああ、まぁ、慎二のやつを守ったのに、ってか。……まぁ、その指摘は尤もだよ。もし一成のやつがキャスターのマスターだったら……オレはまた躊躇すると思う。というか、いざという時そうなりたくねえから、こうして真っ正面から確かめに来た、ってのが正しいか」

「成程。ではもしご友人がキャスターのマスターだった場合、どうするのですか?」

「あん時と同じだ。一成がそんなことするとは思えねえが、まず真意を聞く。んで、あいつが武芸者かどうかを確かめる」

「ふむ。それで、是を返された場合は」

「キャスターを呼んでもらう。オレはセイバーに戦ってもらう。……真っ正面からの一騎打ちだ。そんで……昨日の一件で実感した」

 

 奇妙なことに、もう治っちまいはしたが。

 あの時に止めた剣。それによって折れた腕。

 また……慎二を連れて逃げた、悪寒を覚える女。

 

「最初はアーチャー陣営をさ、数秒で熨せる相手、って聞いて、んな弱い者いじめ看過できるか、って憤慨したモンだけど……違うんだな。ありゃ赤い兄ちゃんの領域じゃなかったからそう感じたってだけなんだろ。あの赤い兄ちゃんが弓兵として遺憾ない実力を発揮できる状態だってんなら、セイバーとも互角にやり合える。槍使い(ランサー)騎乗兵(ライダー)、んで今から会いに行く魔術師(キャスター)もそうだ」

「……そうですね。確かにあの言い回しは貴方に勘違いをさせた。謝ります」

「こっちが勝手に勘違いしただけだ。……つまり、お互い万全の状態なら、弱い者いじめにゃならねえ。今回のキャスターは万全の状態を敷いて待ってんだろ? そこに剣士が斬り込んで、何が不公平だって話だ。そうなりゃオレはセイバーを止めねえし、むしろキャスターを全力で倒してくれるよう応援するよ。オレが前に出るなんてことなく、な」

 

 二人で石階段を登っていく。

 二月の木漏れ日差す階段は、慣れぬ者であれば相当な体力を要するだろう。

 幸いにして鍛冶師。体力だけは有り余ってらぁってな。

 

「では、ライダーにしてもそう、ということですね」

「ああ。騎乗兵なんだ、なんか乗り物に乗ってる状態が万全なら、それを討ち取ってほしい」

「ライダーの場合、それが宝具である可能性は高いですが……マスターからサーヴァントに対する、"良い高望み"であるかと。期待に応えてみせます、マスター」

 

 あともう少しで、山門。あの正門からしかサーヴァントは侵入できない。

 その直前で──足を、止める。

 

「シロウ?」

「──ほう? よもやマスターの方に気取られるとは。私もまだまだ未熟者か?」

 

 柳の影と見間違える程に。

 自然と一体となった……なっていた、長身の男。

 

 その手にあるは、五尺余りの長刀(なががたな)。装束は陣羽織。髷の位置は……少なくとも身分の高い者ではないように思う。

 

「っ、シロウ下がって! サーヴァントです!」

「わかってるが、兄ちゃん。いやお侍さんとでも呼んだ方が良いか?」

「好きに呼べばいい。それで? 自身のサーヴァントの忠告を無視して一歩も退こうとしないおぬしは、私に何用かな」

「殺意を感じねえ。オレ達が気付かなければ、そのまま通していただろうアンタ。その理由が聞きてえ」

 

 サラリ、と。

 そう、音が聞こえた気がした。

 

 階段を一段、いや二段、三段と下がる。

 今まで欠片も殺気がなかったのに、今は違う。……何か気に障ることを言ったか、オレは。

 

「良い警戒だ。その上、この長刀の間合いも完璧に把握している。見たところサーヴァントの方は西洋の出身のようだが、マスターの方はこういった武器に詳しいと見た」

「まぁ、刀鍛冶なんでな。それが長いだけの普通の刀だってことくらいはわかる」

「シロウ、下がって!」

 

 ぐ、と肩を掴まれて無理矢理後ろに下がらされる。

 いやそうしてくれって言ったのはオレだけど、石階段でそんなことしたらあぶねえだろうがよ。

 

「ほう刀鍛冶か。つまらぬ俗世に呼び出された我が身を呪ったがそうかそうか、そういう者もまだ生き繋いでいるか」

「ああ……すまねえが、オレが一代目で、後継者なんてけったいなモンを取る気のねぇ刀鍛冶だ。安土桃山時代から続いた歴史ある刀匠一家って話でもねえ、たかだか十年の浅い歴史で悪いな、お侍さん」

「何を言うかと思えば。柳に身を潜めていた私に気付き、私の長刀を見て私の正体を察し、間合いを完全に測ってその範囲外に出た上、言葉操りの中の機微さえ感じ取り得る刀鍛冶。そのような目利き者に謝られる謂れなど一つたりとてない。そも、私の言う生き繋ぐとは血脈の話ではなく、意志の話よ」

 

 わからいでか。

 この長さの刀を持つ者で、英霊として名を刻まれるだろう侍。

 そんなもの、一人しかいない。たとえそれが後の世の創作であると解明されていたとして、それがなんだ。

 

 既に人の心に根付いた幻想が崩れるものか。

 

「セイバーじゃねえことはわかってる。だから、アンタの名前を呼ばせてもらう。──佐々木小次郎。さっきオレが聞いた理由と、んで、今殺気を垂れ流している理由を教えてくれ」

「これはこれは、また、素直なマスターもいたものだ。あの女狐めに見習わせてやりたいものよ。……本来であればおぬしのサーヴァント、セイバーと今すぐにでもの手合わせをしたいところだが……ふむ、よかろう。その問い、答えよう」

 

 セイバーだと見抜かれたことへの動揺はない。

 オレが彼女の武器を剣だと判ったのと同じだ。この剣豪もまた、それを肌で理解している。

 

「前者の理由は単純よ。私は月の昇る頃合いに山門へと現れる亡霊。であれば、日のある今に出ても仕方あるまい。邪魔をすることもなく通してやろうと思ったまで。そして後者の理由は──」

 

 サラリとした佇まいから。

 しゃなり、と……長刀の持ち方を変えたのがわかった。

 

「極上の剣士と良い目を持ったマスターに興が乗った。ただそれだけのこと」

「そうか。問うが、佐々木小次郎。アンタは今、万全か?」

「無論。常そう在る者が剣士を名乗る」

「なら──セイバー。頼んで良いか」

 

 鉄を打つ。

 一成に会う前、というのが気がかりではあるし、どう見たってどう考えたって佐々木小次郎がキャスターではないのもわかる。

 わかるけど……彼が武芸者で、こちらを殺さんとしているというのなら、オレはそれに応えるべきだ。

 

 己は三歩下がり。

 セイバーが一歩前に出る。

 

「改めて名乗りを上げさせてもらおう。私はアサシンのサーヴァント、佐々木小次郎。ああ、そちらが名乗りを上げる必要はない。この名乗りは、そちらの小僧への返礼と知れ」

 

 思わず生唾を呑む。

 佐々木小次郎は架空の人物だ。けれど、もし。

 聖杯なる万象の願望器が、「宮本武蔵と互角に渡り合った何者か」を歴史の海から汲み上げたというのなら。

 

 彼は、本当の意味で武芸者だ。

 己が焦がれ、待ち望んだ存在。

 

真髄解明(トレース)開始(オン)

 

 西洋の剣士と日本の侍のぶつかり合いなど、この場を逃せば見られるものでもなし。

 確りと全て、記憶させてもらう。

 

 これは試合ではない。

 だから合図など、無かった。

 

 瞬きの直後、世界が剣戟と剣閃で満ちる──。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。