Fate/senji might 作:ONE DICE TWENTY
それはいた。
探すとか見つけるとか。
そういうコトの必要を感じさせないほど。
ソイツは、悠然と、そこに立っていた。
月明りに伸びる影。閑静な住宅地でしかないこの町に、それは、あまりにも異形だった。
身の丈は聳え立つほど。恐らく八尺三寸余り。どれほどの筋肉がそこに詰められているのかを正確に測ることはできないけれど、体重は恐らく三百キログラムを超えるだろう。
手に持つは──刀鍛冶として、「剣」とは認めたくない岩の塊。
いや、その肌も。その在り方も。
岩石と称するに──あまりに相応しい。
「──バーサーカー」
声を漏らしたのはセイバー。生唾を飲んだのは彼女か己か。
アレが魔術師であるものか、という意味でそのサーヴァントのクラスを言い当てたわけではない。
どう見ても。
どう感じ取っても、あれは、
そして……あまりにも不釣り合いに、隣で佇む少女。
「こんばんはお兄ちゃん。初めまして。良い夜だね」
「ん……おう、はじめまして。良い夜なのは認めるが、あんまり月明りを独り占めにすんのもよくねえよ。後ろの兄ちゃんの影じゃ、誰も彼もが暗がりに怯えちまう」
ランサーからの流し目。なんだ、身体が竦んで動けなくなっているとでも思われたか。
馬鹿言え。
あの偉丈夫……なんて大きさじゃねぇやつを見て。
震えあがってんだ。心底。
恐怖からではなく──歓喜で。
「あれ? お兄ちゃん、どうして笑ってるの?」
「ああ……なんだ。後ろの兄ちゃん、とんでもねえ武芸者だろう。偶然怪物を討滅したとか、偶さかやったことが逸話となったとか、そういう類じゃねえ──本来の意味での武芸者」
多分、あのサーヴァントは……あんな岩みてぇな剣が無くたって戦える。
全身が武器とはまさにあれのことだ。英霊だからじゃない。あれは、生前からそうだったに違いない。
「すげぇな、聖杯戦争ってのは。現代日本にいちゃまずお目にかかれねえ至高の存在だ。お天道さんは出ちゃいねぇが、この幸運にゃ感謝しねえと気が済まねえ」
「幸運? 感謝? ……お兄ちゃんは、バーサーカーに会えてうれしいの?」
「ああ。なんだ、そんなにおかしなことか?」
今更ながらに少女へ目が行った。
アンバランスなことだけしか情報が入ってきていなかったが、なんだありゃ。
冬たぁ言え温暖な冬木でなんて格好してやがる。雪国じゃねえってのに。
しかし、アルビノか。そうか、昼間に出会わなかったのはそれが理由か。お天道さんが痛くてしょうがねえんじゃ、しょうがねえ。
「ふぅん、ヘンなの。……あ、そうだ」
少女は優雅なカーテシーを決める。
「改めて、はじめましてお兄ちゃん。わたしはイリヤ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルン」
「フォン……ってぇことは、どこぞの貴族様かい?」
「ええ、そうみたい」
「おかしな言い回しをするモンだ。自分は知らねえってか」
「会ったことないもの。ドイツの名門貴族だって聞いているけれど、それだけ」
「ふぅん。ま、貴族様ともなりゃ爺と孫が一生出会えねえなんてこともザラにあるだろう。ヘンな事聞いて悪かったな」
「いいよ、どうせ関係なくなるし」
まぁ、そうだろうなぁ。
魔術を使うまでもねぇ。
サーヴァントの方は臨戦態勢……というよりありゃ常在戦場の類で。
マスター……イリヤスフィールの方は、生き物としてガタが来てる。
あの幼さで、って同情はあるが、寿命に関しちゃお天道さんが決めた絶対のモンだ。短くすることはいくらだってできようが、長くすることはできねえさな。
「じゃあいくね。やっちゃえ、バーサーカー」
巨岩が飛ぶ。
それは視えた。
まだ何十メートルとあった距離が一息に詰められる。
身体が反応できるとかそういう話じゃない。
直前まで姿を隠していた隕石を眺めているかのような。
そんな、どうしようもなさを見上げる気分。
衝突。
──あの巨躯にして旋風が如き振り下ろしを止めたのは、不可視の剣と赤い槍。
せめぎ合っちゃいるが──それはこちらが二人だから。
どちらか一人なら、力負けしていたことだろう。
「どうする坊主! ことこの状況を見て尚、一騎討ちにこだわるか!?」
ランサーの声。言葉の中身は糾弾のようでいるのに、声色は楽しそうで仕方がない。
「ああ、勿論だ」
「へっ──ならオレに譲れ。これほど倒し甲斐のある敵ってのは、生前でも一人しか見たことがねえ!」
「何を言うかランサー! 貴方は謂わば客卿だ。ここは大人しく私を立てろ。シロウ、私にやらせてください! 今度こそ勝ち星を上げて見せます!」
選択を求められる。
そりゃそうだ。オレがそうしてほしいって言ったんだから。
だからここは──。
「えー、一匹じゃ無理だよ。二匹いっしょに潰してあげるから、両方で来て」
「そりゃあ難しいってモンだ、嬢ちゃん。あっちのビルが見えるか?」
選択をする前に指を差すは新都。その一番高いビル。
これは事前にセイバー、ランサーと地図を見た上で話し合った話。
「あそこがどうかしたの?」
「あそこから、アーチャーのサーヴァントがオレ達を狙ってきてる。マスターはどうやったって武芸者……サーヴァントには勝てねえだろ? だからどっちか一人はアーチャー対策に残しておかなきゃならねえ」
「へえ。アーチャーのマスターは無粋なことをするのね。……しょうがないか。じゃあ、早く選んで、お兄ちゃん」
ギリギリと火花を散らしていた岩と鋼と鋼。
その重圧がふと……消える。
巌のサーヴァントが、
直後……雨のように降り注ぐ赤い剣群。
「……ヤロウ」
「援軍、ってこたぁねえだろうな。大方オレ達とバーサーカーが戦っているのをアーチャー経由で遠坂が知って、真正面からじゃ倒せねえバーサーカーをオレ達に引き付けた上でマスターを殺させようとしたとかそんなところだろう」
「ああ、戦略としては正しい。あの赤い弓兵じゃどう頑張ったってバーサーカーは殺せねえ。だからあの嬢ちゃんの判断は正しい……が」
顔の血管が浮き出るほどに。
その赤い槍を握りしめるランサー。
「坊主、早い所決めてくれ。バーサーカーの相手をどっちがすんのか。で、選ばれなかった方はアーチャーの攻撃からオレと坊主とバーサーカーとバーサーカーのマスターを守る。それでいいだろ?」
「バーサーカーのマスターを守る……? どういう了見だ、ランサー」
「あ? だってよ、あの調子だぜ?」
顎だけで方向を促すランサー。
そこには、縦横無尽に町中を駆け巡る巨岩と、それを追い縋る赤い雨があった。
「アーチャーのやつは執拗にバーサーカーのマスターを狙ってる。あのバーサーカーは人格も理性も無いように見えるが、余程躾られてんだろうな、マスターだけは守ろうとする。……アーチャーの横やりがある限り一騎討ちなんて到底できたモンじゃねえ」
「く……」
「焚きつけたオレが言うのもおかしな話だがなセイバー。功を急くのは状況を正しく判断してからに、ってな」
「……貴方に言われると腹が立ちますが、その通りだ。……シロウ、判断を。ああ……ですが、ランサーとは最速の英雄。バーサーカーのマスター、そしてシロウのどちらを狙うかわからないアーチャーの弓を防ぎ得るのは、彼が適任でしょう」
「いやセイバー、お前さん嘘とか吐けねえのか」
モロバレにも程があんだろ。
……ま、オレの中で答えは出ている。
「セイバー」
「はい」
「ぶち破ってくれ」
「──礼を。そして、期待に応えてみせます」
真剣な表情。けれどどこか危うさもある雰囲気。
そして……ランサーから伝わってくる、残念そうな空気。申し訳ないとは思う。期待されていたんだろうこともわかる。
だが。
「さっきの一撃。ランサーの槍の方がセイバーの剣より前にあった。ってぇことは、ランサーの方が早く反応してた、ってことだろう。まぁ剣と槍じゃ取り回しに違いがあるのもわかるが……」
「良い目をしてるじゃねえか坊主。……で、オレの方が対処できるってわかってても、自分のサーヴァントを選ぶか。戦略的に見ても他人のサーヴァントを使った方が効果的だと思うんだがな」
「ああ、そういう考え方もあるのか。失念してた」
確かに、駒を指す将軍サマならそうしたのかもしれない。
自身のサーヴァントは温存し、何の意図か貸し与えられている客卿を当てる。成程効率的だ。
「生憎と、効率も戦略も無ぇ人生を送ってきたモンでな。何より滾るだろう──あの小せぇ体躯が、バカみてぇにデカい巨躯を打ち破んのは」
「……ガキか、坊主」
「おうよ」
「成程潔い。そこまで言われちゃオレも文句はねえ。元々坊主の判断に従うって決めてたしな。……となりゃ」
疾風だった。
直後、吹き戻しの風が肌を撫でる。
地面から街灯、街灯から空中へと歩を進める青が、降り注ぐ赤の雨を防ぎ始めた。
最早曲芸に近い。空中で剣を避け、飛来する別の剣を足場に跳躍し、また別の剣を槍で落とす。
そういう脚力をしていればああなるのか見当もつかない。物理法則もへったくれもねぇような気もするが。
「……なに、お兄ちゃん。なんでランサーにイリヤたちを守らせてるの?」
と。
真白の少女が、戻ってきた。
「戦いにならねえからだよ。アーチャーがいる限り、アーチャーはオレか嬢ちゃんか、マスターのどちらかを狙い続ける。そうなりゃバーサーカーの兄ちゃんもこっちのセイバーもマスターの守りに意識を裂かなきゃならなくなる。そいつはつまんねぇだろう」
「……三匹いっしょでも大丈夫って言いたかったけど、確かにバーサーカーじゃなくてわたしを狙うのはつまんないね」
「おう、つまらねえ。とはいえこれはオレの采配だ。もし嬢ちゃんが……というかバーサーカーの兄ちゃんがセイバーに勝ったとしても、恩義なんぞに着てくれなくていい。そのままランサーを狙うも、休養に戻るも、好きにしてくれ。コレはオレが好きでやってることだからな」
「シロウ。たとえ話であっても私を負ける前提に置くのはやめてください」
余程の相手なんだろう、ずっと精神統一を行っていたセイバーがツッコミを入れてくる。
そりゃつまり、準備万端ってこったな。
「
「……シロウ」
「別にバーサーカーの真似をしようってワケじゃねえよ。ただ見たいだけだ。じっくりと。……んでもって、セイバー。お前さんの望み通り、どんだけピンチになったって、オレは手を貸さねえ。令呪も使わねえ。それでいいな?」
「ええ、こちらから願ったことです。ただ、もし他のサーヴァントによって貴方が脅威に晒されるのであれば話は別だ。その時は令呪でも声を張り上げるでもいい、すぐに私を呼んでください」
「おうよ」
んな無粋なことはしたくねぇが、確かに慎二のヤツがいるからな。
ライダーをオレにぶつけてくるなんてことをすんなら、セイバーを呼び戻す必要があるだろう。
赤い雨は降り止まない。青い閃光は今尚輝いている。
その下で。
「じゃ、改めて。今度こそやっちゃえ、バーサーカー!!」
「英雄ってのは怪物退治もお手のモンだろう、頼んだぜセイバー!」
灰と銀がぶつかり合う──。
その一撃目から、趨勢は決しているようなものだった。
重い。速い。
三尺余りの巨体と岩塊が如き大剣を以てして、バーサーカーの速度はセイバーを上回っている。
暴虐の限りと表現できるその攻撃は、セイバーが全身全霊で受け止めてようやく押し返されるに終わるもの。
少しでも力を緩めたのなら潰される。
少しでも攻めに転じたなら千切られる。
災害と己はアレを称したけれど、まさにその名が相応しい。
剛力と剛力をぶつけあえば、より強い方が勝る。簡単な話だ。
「見てるだけなんだ、お兄ちゃん」
「ん?」
少女……イリヤスフィールが、いつの間にか近くに来ていた。
彼女も魔術師だろうから、オレの命も危ういのかもしれない。けれどランサーもセイバーも手一杯で、こちらに気を割いてはいられないらしい。
たぁ言え、イリヤスフィールからは殺意らしいモンも攻撃の意思さえも感じられない。
雑談をしに来ただけ、なのだろうか。
「オレはマスターである以前に鍛冶師だからなぁ、何をするのも無粋だろう」
「鍛冶師?」
「そうさ。武器をな、鍛つんだ。こう、鉄をガンガン打って叩いて」
「へえ。楽しいの、それ」
「楽しいか楽しくないかでやってねぇからなぁ」
そういう感情はあの火の海に置いてきた。
オレが鍛冶をしているのは、オレが鍛ちたいモンを鍛つため。
「そうなんだ。じゃあお兄ちゃんの人生は、何も楽しくないまま終わるんだね」
「かもしれねえな」
「……今のは、このままだとセイバーは負けちゃうけどいいの、って意味だったのに」
「ん? ああ、すまねえ。何分人付き合いってもんをしてこなかったせいで、皮肉も嫌味も額面通りに受け取っちまって仕方がねえんだ。オレになんか文句がある時は、もうちっとまっすぐ言ってくれ」
壁に、地面に、空に。
叩きつけられ、打ち上げられ、暴風雨の中を舞うセイバー。
成程、ランサーが「ことこの状況において」と言ったのは、そういうことか。
一騎討じゃ絶対に勝てねえと……あの一撃の時点でわかっていたと。
「セイバーが死んだら、次はお兄ちゃんの番。全身をぐちゃぐちゃにして、でも頭だけ残して、痛くして痛くして痛くして……お兄ちゃんはそうやって死ぬの」
「そりゃあ勘弁願いてぇな」
「だめよ。お兄ちゃんには最大限の苦痛を味わってもらうんだから」
無邪気に言葉を零す少女。
あの赤い兄ちゃんもそうだが、どうにもオレというのは他人の癪に障ると見た。
そうでなきゃ特に何をしたってわけでもねぇのにこんなには恨まれまい。……あ、いや、赤い兄ちゃんには恨まれて仕方のねえことをしたが。
……とすると、もしやイリヤスフィールを守ったことも……彼女にとって、プライドを最大限に傷つけられたようなモンだったりするのか?
同列に語るのはどうかと思うが、慎二のやつがまさにそうだ。アイツはオレに守られたことを絶対根に持っている。そういうの、大嫌いなのがアイツだからな。
「しっかし、すげえ兄ちゃんだな、ありゃ。何を食ったらあんなのが育つんだ」
「知らない。けど、凄いのは当然だよ。バーサーカーはね、ギリシャ神話最大の英雄なんだ。ヘラクレス、っていうんだけど、知ってる?」
「ああ……なんだったか、神の試練に打ち勝って……みてぇな話」
成程、神話の英雄と来たか。「佐々木小次郎」も創作物の英雄だが、神話なんてのは大抵が著者の誇張表現による創作物。そりゃああんな化け物みてぇな見た目にもなるだろうし、暴風と言われて然る姿にもなる。
……ははぁ、なるほど? だから仮定武蔵坊弁慶はあの姿なのか? 酒好きで赤ら顔だったとか、逆に義経の忠臣時代は厳格な人物で岩みたいな肌をしていたとか、色々逸話がある。それらを良い感じにブレンドすれば……見た目は納得いく、ような、行かないような。
ふと、雨を覚えた。
違う。この肌に、この顔に飛び散ったものは……鮮血だ。
ああ。
打ち上げられたセイバーが落ちてきたのだ。
その身の、腹の、大部分を
雑談にゃ興じていたが、戦場からは目を離していなかった。……真髄解明でも追いきれねえ速度で人が飛んだ、と。
追撃は……来ない。まぁ今ここに追撃したらイリヤスフィールまで巻き込まれるからな。
ったく、アレのどこが
ただ。
そんな……ヒトとして、生命維持のできない身体となっても。
セイバーは……不可視の剣を杖替わりにして、立ち上がる。
「っ、あ……」
目は虚ろ。
これは意識がない。意識がないのに立ち上がったのか。
「終わりだね。お兄ちゃんが自信たっぷりだったから何かあるのかと思ったけど……」
どこか。
どこか酷く、冷めた自分がいる。
今すぐに彼女を助けるべきだと叫ぶ己。佐々木小次郎との戦いにおいてそうしたように、令呪を使ってでも、という己。
逆に彼女諸共殺されるべきだと諭す己。これはオレがした
鉄を打つ。鉄を打つ。鉄を打つ。
ようやく見つけた不純物を、叩いて逃がす。
「──ランサー!」
「おう、だと思ったぜ、坊主。どっちも抱えて行くから、意識トばすんじゃねえぞ」
一瞬にして遠のいていく。
岩石のような大男も、冬の少女も、赤い雨も。
そうして。
オレ達は、化け物から逃げ果せたのだった。
応急処置……などというもののしようがない傷。
けれどそれは、既に塞がりつつあった。
そもそもセイバーがそういった……何かしらの治癒に類する魔術、体質を有しているのだろう。
オレが何かをしたわけでも、ランサーが何かをしているわけでもない。
ひとりでに彼女の傷が塞がっていく。
「望んでいた一騎討ち。どうだった、坊主」
「口振りからして見ていた前提で話すがよ。セイバーとアサシンの戦いの時、オレは自分が戦ってるわけじゃねぇのに滾ってた。武芸者と武芸者の戦いってやつに、勝手に武者震いをしてたんだ。……だってのに大一番でオレが水を差した。そのことを……後悔した」
「そうかよ。で?」
「今回はまぁバーサーカーも武芸者なんだろうが、魔物とか怪物って表現した方がいいやつだった。つったって怪物退治は英雄譚の華だろう? だから静観するって決めてた。セイバーがどんな窮地に陥ろうとも、
「なんだ、自分のサーヴァントを信頼してなかったのか」
「オレはこれでも鍛冶師でね。同系統の武器と武器とがぶつかり合った時、その結果がどうなるかくらいわかる。材質に優れた方が勝つんだ」
当然の話。モース硬度試験でもいい。
それを覆すのが技巧ってやつだが、今回はどっちも技巧というより力押しの勝負だった。
「パワーもスピードも体重も体躯も、全部が全部あっちが上回ってる。マスターとしての技量もサーヴァントに影響するんだったか? だったらそれも」
「……続けろ」
「そんだけだよ。オレはセイバーが負けるとわかっててセイバーをぶつけた。
どうだったか、なんぞ。
「悔しいと、単純に思う」
「へえ、悔しい? 己の判断の悪さにか?」
「セイバーはオレの剣、オレの刀だ。それがあの嬢ちゃんの剣に負けたってのが悔しい。負けるってわかってて尚、負けたら負けたで悔しがる。ガキなのはその通りだよ、ランサー。……ただ」
未だ意識のないセイバーに……そっと触れる。ちと絵面を気にするべきかもしれねえが、んなこと気にするやつはここにゃいねえだろう。
ただ、だ。
負けるとわかっていて。折れるとわかっていて。
それで折れたら悔しいってんなら──。
「そのままには、しねぇ。次は打ち勝てるように
悪いとは思う。
だが──覗かせてもらう。
対魔力、というやつだろう。押し寄せる波濤のようにオレそのものを吹き飛ばさんとしてくる「ナニカ」。
知らねえ。オレはセイバーのマスターだ。オレは鍛冶師だ。
鋼がいくら暴れ狂おうと、がっちり固定してやる。
「真髄、解明……投影、開始」
ランサーに見られている、というのは気にしない。
別に見られたところでどうにかなる魔術でもない。まぁ集中しているから今ここでオレを刺し貫きでもすりゃ終わりだ。敵対関係にあるやつを心底信じ切った奴が悪いと、そんだけの話。
視る。
セイバーという少女。セイバーという武器。
彼女を構成する要素。彼女を構築した歴史。
──初めに視えたのは、屍の丘。
それは比喩表現ではない。屍によって築き上げられたそこは、あの大火災を超える死の匂いが充満している。
鉄を打つ音。鉄を打つ音。鉄を打つ音。
オレが耳にする鍛冶の音ではなく。
剣と甲冑とが、ぶつかり合う音。
その先には血肉を断つ水音と。
一人、また一人と死に行く。
幾千の屍。突き刺さるは数多の武器。
屍山血河の丘の上で──最後の一人が貫かれる。
丘に立つのは一人だけ。
淡い金髪を血に染めた。
俯き苦しむ独りの王様。
「……そうかい。それが……願いか」
憑依経験と蓄積年月。
オレの目は武器の辿ってきた軌跡をなぞる。オレの心は武器に蓄積された執念に寄り添う。
それができるのは。
オレもまた、あの大火災によって鍛ち直された、一振りの武器であるから。
同類のことは同類が一番わかる。
「ふざけやがって……全部やり切った後に選択を迫るなんざ、外道のやることだろうによ」
いや。今は怒っている場合ではない。
肉体の傷が塞がりつつあろうとも、その精神がそのままであれば意味が無い。
オレがわざわざこうして……「勝手に治る剣」に差し金を入れたのは、やるべきことがあったからだ。
「鍛造技法、追想」
パキ、と小気味いい音がした。
そのまま続けて四度。恐らくはオレの指が折れた音。
関係ない。というかいい加減受け入れやがれ。
これはお前さんを害するモンじゃねえんだ、その完璧で偽りなく、完全で穢れなき追憶に──槌の一つくらい入れさせろ。
「ちぃと焔が、足りねえよ──」
振り下ろす。
いいか、
十年の間、一度たりとて敗北を許さなかった至高の王よ。
「テメェの持つ過分、ここらでオレに、落として行きな──」
直後。
身体が、吹き飛ばされた。
視界に入ったのは──長らく息をしていなかったかのように大きく息を吸い込む少女の姿。
へん。ちったぁ刀鍛冶になれたかね、オレは……。