雨生龍之介は殺人鬼だ。
彼がこうなったのはただ単純な好奇心からだった。
曰く。人の「死」とは何だろうか。
最初は彼も文献や想像でそのイメージを働かせようとしていたが、はっきりとしたものが見出せず。遂には法を犯すところにまで辿り着いてしまった。
最初の犠牲者は自分の姉だ。
だが龍之介はこれでは満足できなかったのか、姉の遺体を実家の蔵に隠し、その後日本を転々としながら己の求める「死」について探求をしながら、殺人を繰り返していった。
いつからか。彼にとっての殺人が「探求」から「快楽」に変わっていった。
結果として彼は数十人もの被害者を生み出した。
だがそんな彼も人間であるが故に、やる気というものが低下していった。
だからといって殺人を辞めるわけではなかったのだが。
彼が原点回帰と称して実家に戻り、蔵を探していると。おそらく彼の先祖が書いたとされる古文書のようなものが出てきた。
そこには当時の言語で書かれた、オカルトとしか思えない言葉の羅列があった。
当初彼は胡散臭げに見ていたが、物は試しということでその古文書に書かれていることを実践してみた。
すなわち――――魔術回路の開放である。
そこからは彼のモチベーションは最高潮。
今までやってこなかった儀式殺人を積極的に取り入れるようになった。
ある時は古文書にある通りに。
ある時は自分なりのアレンジを加えた我流に。
「死」の探求については忘れてはいない。が、それはそれとして。彼の人体への興味が尽きることはなかった。
彼に魔術師としての師はいない。
だがその才能はある意味図抜けていた。
独自の解釈を織り交ぜた術式は、戦闘でも十分通じるものとなっていた。
魔術師としての始まり方は奇しくも隆文と同じであった。
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「ッ、チィッ!!」
飛んでくるナイフを隆文は紙一重でかわし続ける。
対する龍之介は余裕の表情で、しかし油断なく態勢を維持しつついつでも次の行動に移れるようにしていた。
お互いに戦闘経験は皆無。しかし龍之介は、天性の才覚があった。
加えて、殺人というものはかなりの力を要する行為でもある。
精神的であれ。肉体的であれ。
隆文にはそれが備わっていなかった。
肉体面でいえば龍之介とほぼ同じくらい。
だが。精神面では圧倒的に劣っていた。
その証拠が現在の「逃げの一手」である。
……この状況。確実にアサシンが近くにいるよな。
おそらく今でもこの戦闘を眺めているであろう暗殺者のサーヴァントのことを考えている。
向こうからすれば。聖杯戦争のマスターが宿泊しているであろうホテルから少し離れているとはいえ、魔術師二人が戦闘をしているというただならぬ状況。
相手からしてみれば、聖杯戦争の関係者と思うことであろう。
即ち。どちらかがキャスターのサーヴァントのマスターであると考えるのはごく自然である。
それはマズい。隆文は焦る。
今日はキャスターとは別行動で、今は「場」の調整に向かっている。
いつ何が起こるかわからないからと、「場」の完成を優先させたのが裏目に出た。
本来ならキャスターの傍で鍛錬に励むのが一番いいのだが、人命も含めた被害を最小限にしたい隆文にとってホテル爆破は出来れば止めたかった。
だからキャスターとは別行動をとったのだが、まさかここで本来出会うはずのない者と出会ってしまうことになるとは思わなかった。
と、龍之介は不意にナイフを投げるのを止めた。
「ねえ、折角盛り上がってきてるんだからさあ。そっちも何かアクション起こしてくれないかな?」
不満そうに告げる。
隆文は額から流れ出る汗を拭いながら、龍之介を見る。
……どう見ても遊んでやがるな。アイツ。
まるで、新しい玩具を与えられた子供が遊び相手という名の自慢相手を欲しているかのように。
人の気も知らないで。と隆文は内心愚痴をこぼす。
誰かに見られてはマズいと、初撃を躱した直後に人払いの結界を敷いた。
「……お前。その力はどうやって手に入れた?」
「おっ、いいねえその台詞。アクション映画は嫌いじゃないよ」
適当に時間稼ぎのつもりで言った言葉が相手の好みだったようだ。
そこからは饒舌に龍之介は、魔術に至った経緯や殺人に対する価値観などを話し始めた。
その様子は、まるで先ほどとは別人のように饒舌で快活。
その隙に隆文は策を考える。
……さっきから投げているあのナイフ。どう考えてもあんな細身に持てるような数じゃねえ。
細かく数えてはいないが、おそらく二十は超えているだろう。
だが目の前の龍之介は冬だというのに軽装で、ナイフを仕込めそうな場所が見つからない。
よしんば仕込んだとしても多くても七本くらいが限度だろう。
つまり、そこに龍之介の魔術が絡んでくる。
考えられるとすれば幻術あたりで本来の本数を誤魔化しているといったところか。
このまま適度に相手をして目くらましでも撒いて逃げるというのがベストではある。
だがそれは、龍之介による被害者をこれ以上増やすことを容認するということになる。
それだけは絶対に阻止しなければならない。
自分が忘れてしまったせいで、結局犠牲になってしまった人たちもいる。
キャスター、ジル・ド・レェが召喚されていないことで劇的に少なくなってはいるが、龍之介が魔術師になっていることで今後その数はさらに増していく可能性が高い。
なら今の自分にできることは、ここで目の前の殺人鬼を止めること。
一番手早く、そして確実に無力化できる方法はある。
今は手袋で隠れている令呪。これを使い、キャスターをこの場に転移させること。
しかしそれは、高確率でアサシンに発見され自分たちが何かの企てをしていることがバレてしまう。
そうなってしまえば今までの時間が水泡に帰す。
だからここは、隆文が一人で乗り越えなければならない。
……とはいえ。
相手の魔術の実力はおそらく自分とそう大差ない。肉体面も同じだろう。
だが相手を殺傷する、という一点においては天と地ほどの差があった。
龍之介は倫理観が欠如している。
理解はできるが、それを平然と無視できる。
ある意味で、魔術師に向いている性格だ。
一方で隆文は倫理を一番に置いている。
人間であるが故に、法の下に育ってきたが故に。
それは魔術師としては一番向いていない。
対照的な二人。
龍之介は幾らか語り終えてすっきりしたのか、再びナイフを取り出す。
「まあそんなわけだからさ。君も早いとことっておきを出しなよ。もし準備がいるなら待ってあげようか?」
手の中にあるナイフを弄ぶ龍之介。
そのナイフは、よく見る普通のものと違っていた。
……アレは、まさか……!
「……おい、そのナイフ」
「んー? あ、気づいた? そう! これ俺の
そういって、ナイフをよく見えるように前につきだす。
それは、骨だった。
おそらくは犠牲者の肉体から削いだ人骨。
それがナイフとして加工されていた。
それは、明らかに何か得体のしれない。不気味な気配を纏っていた。
「俺のご先祖様が使う魔術とはすこーし違うんだけどさ。なんか色々やってみるもんだね」
まるで戦利品のように掲げる龍之介。
それを見て、隆文の表情は曇る。
……ごめん。助けられなくて。
だからせめて、と隆文は構えをとる。
それを見て龍之介は、笑顔はそのままに。戦闘態勢をとる。
「いいねえ。俺いっぱい殺してきたけど、殺し合いは初めてだ。さあ、もっとおれをCOOLにさせてくれよ!!」
「言ってろ殺人鬼!!」
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「魔術師と思しき二人が戦闘を?」
はい、言峰綺礼は肯定する。
アサシンからの報告を受け、遠坂時臣にすぐさま指示を仰いだ。
時臣はその報告を聞き、しばし思案する。
……魔術師同士の諍いは珍しくもないが。
問題は、今この状況下で魔術師が戦っているということだ。
この冬木の街の
そのため。どんな家系の魔術師がいるのかを把握している。
この地に住まう魔術師たちも、流石に管理者である遠坂を敵に回すようなことはしないだろう。
となると……
……おそらく。どちらかがキャスターのマスターの可能性が高い。
聖杯戦争の参加者ということになる。
無論。他の魔術師同士が戦っている可能性も無くはないだろうが、時期が時期だ。
大規模な魔術儀式が、遠坂や間桐といった強力な家が参加している中に態々首を突っ込む命知らずは中々いない。
『片方は人間の骨を加工したナイフを使っているようですが……どうにも所持数がおかしいとのことです』
「空間拡張の術式を付与した道具を持っている可能性もある、か……もう一人は?」
『今のところ。身体強化以外は使ってないようです』
「……戦闘が始まって、どのくらい経つ?」
『三十分ほどです』
綺礼からの答えを聞くと、時臣は違和感を感じる。
……どちらかがキャスターのマスターだとして。それほど時間が掛かる相手ということなのだろうか?
魔術にしろ武術にしろ。腕に覚えのある者同士が戦えば、決着までの時間は短くなる。
それは様子見の攻撃であっても、必殺の一撃足り得るものだからだ。
それで仕留められるなら御の字。倒せずとも、相手の手の内を引き出せるなら上々といった具合に。
もちろん例外は存在するが、この冬木の街にそこまでのレベルの魔術師がいるとは考え辛かった。
となると、今戦っている魔術師二人の実力はそこまで高くないのだろうか。そう時臣は考える。
だがそうなると、今度は前提であるキャスターのマスターというのが怪しくなってくる。
キャスターは魔術師のサーヴァント。こと魔術においては現代の魔術師を上回るものがほとんどだろう。
そんな高位の術師が、未熟な魔術師の下につくことなど考えられない。
あり得るとすれば、よほど弱い英霊なのだろう。
しかしそれでは二か月も早く喚んだ意味が分からなくなる。
弱い英霊を態々呼ぶ意味はないだろうし、仮に陣地を整えるために召喚したというのなら、今ここでマスターが表に出てくること自体がおかしい。
時臣の思考は混乱している。
「……綺礼。君の考えが聞きたい。魔術師としてではなく、戦闘者として」
『……正直。彼らのは戦い、と呼べるほどのものではないかと。例えるなら、子供のチャンバラごっこ、といったところでしょうか』
「程度が低い、と?」
『はい。付け加えるなら。ナイフ使いの方は少なくとも命のやり取りを楽しんでいる節があります』
代行者として戦い続けてきた綺礼の観察眼。
時臣はそこに信頼を置いている。
開示された情報に対して、時臣は冷静に分析をする。
……ナイフ使いはおそらく純粋な魔術師だろう。魔術師同士の決闘ではよくあることだ。
お互いの秘術を公開し、高みを目指す。
時計塔にいた頃に、僅かながらそういった者たちを目にしてきた。
時臣自身、そういった衝動に理解がないわけではない。
「……綺礼。二人の歳はどのくらいかわかるか?」
『二人とも二十代の前半、といった風体です』
その情報でああ成程、と時臣は自身の中で納得いく答えを導き出す。
「綺礼。人払いの結界は張ってあるだろうね?」
『はい。おそらくはナイフ使いとは別の方の術式でしょう』
「なら、その二人は無視して構わないよ」
『……よろしいのですか?』
疑問を浮かべる綺礼に時臣は説明する。
「およそ何処かの若い後継者同士が、この聖杯戦争の儀式に乗じて。お互いの腕を確かめ合っているのだろう」
『こんな状況で、ですか?』
「こんな状況だからこそ、だよ。今なら魔術の痕跡は聖堂協会の隠蔽が働く。人払いの結界をしているということは、少なくとも魔術の秘匿は守る気でいるのだろう。こうした機会でもないと、若い魔術師というのはとにかく自分の力を試したがる」
時計塔にいた頃もそういった者たちは多かった。
……同時に。権力や地位に溺れて堕落していったものも数多かったが。
「キャスターは聖杯戦争開始二か月前に召喚された。そんな周到な準備をしているものが、ここにきて姿を晒す意味はないだろうからね」
『ではこの二人は聖杯戦争とは無関係。ということですか?』
「そう見て間違いないよ。何。ほんの小競り合いさ。しばらくして決着がつかなかったら、仲裁に入ればいい。その時は私が行こう」
『師が自ら?』
何、と言って時臣は椅子に背を預ける。
「血気盛んな若者に、先達として教導してあげるのも務めだよ。アサシンは一人付かせておいてくれ。一時間経っても決着がつかないようなら教えてくれ」
そういって、時臣は通信を切った。
魔術師であるが故に、その思考から逃れられない。
それはそうとコイツ運がいいのか悪いのかわからないな。