遠坂時臣が盛大な勘違いで納得していた頃。隆文と龍之介は戦闘を再開していた。
龍之介がナイフを投げると、隆文はそれを避けつつ今度は反撃に出た。
右手を所謂指鉄砲の形にして龍之介に向ける。
すると、黒い魔力の弾丸が生成され、龍之介目掛けて飛んでいく。
「おおっと!?」
口調は驚いたようだが、然程慌てた様子もない風に軽く避ける。
だが、その行動は龍之介を喜ばせるのには十分なようだった。
「いいねえ! 今の何!? ガンマンとかなの君!?」
「チッ!」
隆文は続けて撃つが、龍之介は持ち前の身軽さと反射神経で全て躱していく。
隆文が使っているのは、北欧に端を発する
魔術師の間では割とポピュラーな術式で使う者も多い。
極まったものは、物理的な干渉能力を有し、一撃で相手を心停止させることのできる「フィンの一撃」とまで呼ばれるほど強力なものになる。
北欧にある魔術師の一族や、後の遠坂家当主などはこのフィンの一撃クラスのガンドを機関銃の如く連射してくる。
魔術を初めて一年ほど。そして推定神代のキャスターに教えを乞うてから二か月ほど。
並の魔術師より成長速度が速い隆文でも、威力・連射速度がそこまで向上しているわけでもなく。ましてやフィンの一撃には程遠かった。
弾速自体は速いが、それも龍之介には全て回避されている。
ガンドの呪いは当たれば体調を崩す。
軽いものは風邪程度だが、重いものはフィンの一撃に届かなくても行動不能にすることが可能。
龍之介は新たに取り出したナイフを次々と投げてくる。
……そういやコイツ。ずっとポケットからナイフ出してくるが。
どんな収納空間だよ。内心毒づきながら避けて、躱しきれないものは魔力弾で弾いていく。
魔術で空間を拡張する方法はある。
ある程度魔術を学んだものなら、確かにその方法で多くの物品を所持することもある。
対する龍之介も隆文との攻防を冷静に分析していた。
……あの黒いのは物理的にどうこうする力はなさそう。気を付けるのは。
あの白い方か。
この短い間に、隆文のガンドには物理的干渉能力がないことを看破していた。
なら、と龍之介はナイフとは別のものを取り出す。
それは指だった。
魔術的な加工を施され、紫色に変色している大小様々な人間の指が十本。隆文に目掛けて放たれた。
隆文もそれに気づき、魔力弾で迎撃しようとする。
が、それらはすぐに軌道を曲げ、隆文に向かって進んでいく。
それらは隆文の使うガンドに似た性質を有しており、龍之介の手によって「指を差された者に向かって突き進む」という性質を付与されている。
また、自分の殺人を
一度避けても、迎撃しようとしても。それらはすぐに躱し、隆文への最短経路を辿って襲い掛かってくる。
「クッ!?」
上下左右前後。360度全方位から襲い掛かる呪詛の指弾。
徐々に、避ける範囲が狭まってきた時。隆文は懐から何かを取り出した。
それは紙の束だった。
隆文は一度大きく後ろへと飛ぶ。
指弾も追尾するが、一瞬間が開いた。
紙束の内の一枚を指で挟んで、前方。指弾の向かってくる方向に投げる。
「
瞬間。紙から爆炎が発生し、指弾の全てを飲み込んだ。
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炎はすぐに治まり、そこには灰すらも残っていなかった。
最初に声を上げたのは龍之介だった。
「すっっっっげえ!! 何今の!? 今のも魔術なの!? くぅ~! いいなあそれ!!」
隆文の魔術をべた褒めする龍之介。
まるで子供のような反応をする龍之介とは対照的に、隆文の顔は相変わらず余裕がなかった。
……一枚削られたか。数は多く作れた
顔を垂れる汗を拭うこともせず、相手を注視する。
隆文が使ったのは、北欧ではメジャーなルーン魔術。
力ある文字を描き、その通りの効果を出す。シンプルであるが故に強力な魔術だ。
北欧の大伸が世界に刻んだ魔術基盤というのもあって、魔術師の中でも使う者はいる。
だが問題もある。
このルーン魔術。北欧以外だと信仰が弱く、威力がやや劣化する。
それを解決するため、隆文は文字を紙に大量に書き込み。それをカードとして持ち歩くことで
詠唱も付与し、威力の底上げもしている。
ただし。結局は使い捨てのものなので、戦闘が長引けば不利になってしまう。
現在隆文が持ち歩いているルーンカードは二十七枚。
そのうちの一枚を使って、先ほどの指弾を全て焼き払った。
油断なく龍之介を観察する隆文に対して、龍之介は拍手をして隆文の行動を称える。
「いやーすごいよ本当に。こうでないとね」
「……こう、ってのはどういう意味だ?」
隆文が問うと、龍之介は幾らか落ち着いた様子で言った。
「え? いやさ。勿体ないじゃん。折角俺らにはこういう素敵な力があるんだぜ? そりゃあ使わなきゃ損でしょ」
「……別に使わなくても生活できるだろう」
「分かってないなあ。駄目だよ? 今から食わず嫌いしてちゃ。ただ生きてるだけなんて死んでると変わらないでしょ。退屈極まりない」
龍之介は腕を広げながら、自分の考えを述べる。
「探求は大事だよ? 俺はさ。ずぅっと探してるんだよ。人間の「死」って奴をさ。その中で魔術に出会ったんだよ。こりゃもう運命だ」
「その過程で……一体何人犠牲にしやがった」
怒りを滲ませながら、隆文は龍之介に問う。
龍之介はその質問に頭を掻きながら答えた。
「いやーでもさ。人間だって動物殺して生きてるわけじゃん? そりゃあ人間と動物は違うよ? けど殺しているって時点で大差ないとは思わない?」
「屠殺と殺人とを一緒くたに並べるなよ。そもそもお前のは己の快楽優先のもんだろうが」
「うーん。まあ、そう言われちゃうとその通りなんだけどさ。それなら君はどうなの? なんで魔術を使ってるんだい?」
「俺は……」
街を守るため。隆文はそう答えたかったが、咄嗟に言葉が出てこなかった。
……守れているか? 俺は。
未だに何かを成せていない。
魔術を覚えても、覚えているだけ。使用も実践もこれが初めてだ。
そのくせ。街の被害は増える。
最初は、ただ自分の命が守れればそれでよかった。
魔術が使えて、それで欲が出てきた。
……いや。思い上がったんだ。
「隙アリ」
目前まで龍之介が迫り、人骨ナイフが突き出された。
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一瞬。反応が遅れた。
考えるより先に体が動く。
突き出されたナイフに対して、隆文はバックステップで躱そうとする。
が、龍之介の方が速かった。
隆文の脇腹に、浅いが一筋の切り傷がつけられた。
再び距離をとる二人。
……ッ、大丈夫。傷は浅い。この程度なら……
放っておいて問題なし。
そう判断する隆文だが、龍之介は笑っていた。
「ようやく傷つけられた」
「ハンッ。この程度すぐ治るだろうが。これからお前を――――」
一歩踏み出そうとしたその瞬間。隆文の全身を激痛が襲った。
思わずその場に跪く。
「なん、だ……?」
「やっぱり同類さんだと効きが悪いか。普通の人間相手なら触れた瞬間に効くんだけど」
ナイフを構えなおし、近づいてくる龍之介。
隆文はあまりの激痛にその場から一歩も動けないでいた。
……チクショウ痛ぇ……これは、魔術、だよな。だとしたら……
痛覚の増幅、か。
自分にかけられた魔術に当たりをつける。
それと同時に、龍之介の使う術式も見えてきた。
殺人に対する忌避の無さ。人体を加工した武器。痛覚増幅の呪詛。
これらから推察するに、雨生龍之介の使う魔術の正体は――――
……
どちらも人間を材料とする上に、使用者本人の適性が高い。
相性が良すぎるのだ。
当たり前なことだが、自分の方向性と同じ向きの魔術の方がより高いパフォーマンスを発揮できる。
龍之介のそれは本人の性格と相まって百パーセントの力を発揮していた。
激痛は未だ止まない。
まるで全身に剣を突き刺されているかのような、そんな痛み。
それでも近づいてくる死を回避するため、隆文は自分の体にルーンを刻む。
刻むのは
それにより痛みが幾分和らぎ、龍之介から再び距離をとる。
「おっ、もう復活? やっぱ対策されるとキッツいよなあ」
全然困ったような声色で、龍之介は嬉しそうに語る。
反対に、隆文は追加でカードを二枚地面に投げる。
「うわっとと! あっぶないなあ。水蒸気爆発?」
龍之介は水蒸気が当たらない場所まで下がった。
……目くらましのつもりかな?
無駄なのに。
龍之介はポケットから新たな呪詛指弾を取り出し、水蒸気に向かって放つ。
放てば、目標に当たるまで自動で追尾し続ける。
水蒸気による目くらましを越えて、指弾たちは炸裂した。
が、龍之介は妙な感触を感じていた。
……
指弾は間違いなく炸裂した。
だが本人には当たってないというのがわかる。
おそらく当たる直前に何かしら防御の術式を発動してそれに当たり指弾が炸裂したというところだろう。
面白い。龍之介はそう感じる。
だがこの水蒸気では中が見えない。
流石に逃げられても面倒と感じた龍之介は、ナイフや指弾とは別の術具を取り出し、水蒸気の中へと投げ入れた。
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目くらましの中。隆文は龍之介から逃げるように距離をとった。
指弾の全ては、隆文の今持つ最強の防護符である
「ハッ……ハァッ……ハァ……」
息が荒い。
欠乏のルーンはまだ効いている。痛覚はカットされたままだ。
隆文は自分の体を抱き寄せるように肩を掴む。
震えているのだ。
寒さからではない。恐怖から。
……くっそぉ……
分かっていたことだった。
戦いとはおそよ無縁な日本で今まで喧嘩らしい喧嘩もせずに過ごしてきた。
それがいきなり命を懸けたバトルロワイヤルに放り込まれた。
分かっていたつもりだった。納得もしていたはずだった。
だが蓋を開ければこれだ。
聖杯戦争という大きな森を見すぎていて、雨生龍之介という小さな木を見逃していた。
いざ戦いに直面すると、恐怖で体が思うように動かない。
情けない。自分の頭蓋骨を握り潰さんばかりに、隆文は頭を手で鷲掴みにする。
それと同時に、目頭が熱くなる。
……駄目だ……泣いてんじゃねえよ……!
決めたんだろうがッ……
どんなに今が情けなくとも、賽はすでに投げられた。
今更後戻りも、立ち止まることも許されない。
だがどうするか。それを考えていると、隆文のそばに何かが落ちてきた。
それは、人間の心臓だった。
「――――――は?」
教本のイラストでしか見たことのない形。
それがいきなり自分のそばに落ちてきた。
考えるより先に隆文の体は動いていた。
次の瞬間。辺り全てを吹き飛ばすほどの爆風が心臓爆弾から放たれた。
私「虫歯の治療どのくらいかかりそうですかねー?」
歯医者「あーこれ歯がめっちゃ独特な形してますね」
私「独特」
歯医者「珍しいですね。こう、しっかりと根付いてます」
私「しっかりと」
歯医者「前抜いた親知らずも根っこが三本あって時間かかっちゃいましたね」
私「なんて生き汚いんだ。歯医者アンチか私の歯」