『――――本日未明。冬木市の水路で若い男性の遺体が発見されました。年齢は20代前半。遺体は腹部を損傷しており、警察は身元の特定を急いでおります』
昼のニュースがリビングに響く。
隆文はそれを虚ろな表情で見ていたが、しばらくするとテレビを消してソファに体を預ける。
「……勝ち逃げしてんじゃねえよクソ」
誰に言うでもなく隆文は呟く。
先日の龍之介との戦いの後。家に帰宅した隆文は自室に上がることもなくリビングのソファで朝を迎えた。
泥のように眠っていたが、急にキャスターに揺さぶられて目が覚めた。
……そういや。
自分を起こしたキャスターの顔は、今まで見たことがないほどに焦りが出ていた。
……まあ、俺がマスターだからなあ。
サーヴァントはマスターという要石がなければ、存在を保つことが困難になる。
もちろん幾らか方法はあるが、一番確実かつ安定している方法がこれだ。
隆文が死ねば、キャスターもまた消える。
そして、聖杯戦争に参加しているサーヴァントやマスターには、聖杯に叶えてもらおうとする願いがある。
召喚に応じたということは、キャスターにも叶えたい願いがあるのだろう。
だからこそ、マスターは無用な戦闘は避けるべきなのだ。
キャスターに問い詰められた隆文は一言謝罪。
キャスターも、何があったかはあえて聞かずに傷の手当てをした。
流石に推定神代の魔術師なだけあって、傷の治療は速かった。
体に残っていたであろう呪詛の残滓も綺麗に治った。
隆文が治療の礼を言うとキャスターは何か言いたげだったが、結局何も言わなかった。
そのキャスターはというと、先ほどから隆文を離れたところから見つめていた。
「…………」
「…………」
キャスターが何か言おうとして、それを止め天井を見る。
対する隆文も、何かを言おうとして、何も思い浮かばずに天井を仰ぐを繰り返していた。
なんだこの似た者主従は。そう思っていたが、沈黙を破ったのはキャスターの方からだった。
「マスター。先日の戦闘の傷跡は先ほどのニュースの人物とですね?」
「……ああ」
疑問形ではあるが、先ほどの自分の発言を考えてのほぼ断定だ。
流石に神代の魔術師相手に隠し事をする気はなかったのか、一瞬黙った後に肯定する。
キャスターはその答えを受け取ると、隆文の隣にきて座る。
「マスター。まずは戦いに勝利したことを純粋に喜ばしく思います」
「いや。勝ってない」
隆文は即答した。
「ですが実際。マスターは生きてここに……」
「……勝つには勝ったが、内容は酷いものさ。戦いなんて呼べるほど。高尚なものじゃない」
短く切り上げるように隆文は言う。
隆文の中で、龍之介との戦闘は『戦い』ではなく子供の喧嘩……よしんば戦いと呼べても惨敗といえるほどのものとなっていた。
「キャスターから見れば、ただの遊びだよ」
「……マスター。謙虚なのは美徳ですが、行き過ぎれば嫌味になります」
それに、とキャスターはじっと隆文を見つめる。
「あなたは逃げなかった」
「いや……俺は……」
「いいえ。あなたは逃げなかったんです。マスター」
黄金の瞳が隆文を射抜くかのように見ている。
真っ直ぐに、こちらを評価してくる瞳に思わず目を逸らしてしまう。
「……逃げられなかっただけだ。逃げられるならとっとと逃げていたよ」
「……マスター」
ぐいっと、隆文の顔を掴んで自分の方に向かせる。
あまりに突然のことに一瞬体が跳ねたがそんなことはお構いなしとばかりにキャスターは話しかける。
「私の生きてきた神代では戦士と呼ばれ、戦う者が多かったです。己が意思で選んだ者もいれば、仕方なくなった者もいます。戦いは嫌だと震えている者も、きっといたのでしょうね」
それでも。
「皆が皆。逃げなかったのです」
「それはっ……そういう時代だからだろ……」
「そうです。戦わなければ生き残れない。戦わなければ――――自分の大切な者も、守れない」
静かに、子供を諭すようにキャスターは言う。
「そういう時代に生きていた者たちはそういう生き方しかなかった」
「ああ。だけど俺は――――」
「はい。違います。この時代は……少なくともマスターのいるこの場所は、争いとは無縁な平和な場所です」
そっと手を離す。
「貴方は逃げなかった。逃げようと思えば、いくらでも手段はあったでしょう」
「それは……」
隆文は言葉に詰まる。
最初は逃げようとしていた。
怖かった。生きたい。それだけを願って。
「それでも貴方は戦うことを選びました」
「違う」
即答した。
……そんな美談な感じじゃないんだよ。
「……キャスター。俺はそんな高潔な人間ではないんだ。ただ普通の……普通の人間なんだ」
「マスター……」
それだけ言うと、隆文は少し出てくるといってジャケットを羽織る。
キャスターはその背中を見て、もう何も言えなくなっていた。
「……マスター。もしも時は令呪で呼んでください」
「……ああ」
そういって、二人はそこで別れた。
まだ、日は高かった。
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隆文は外をフラフラと歩いていた。
その様子は目的もなく歩くNPCのようだった。
――――逃げようと思えば。
キャスターに言われたことが脳内で反芻する。
……そりゃあ、まあね。
結果だけを見ればそうなる。
その実。内心は滅茶苦茶ビビりまくって、常に逃げ腰状態。
龍之介との戦闘も、相手が求めているものを予め知っていたからどうにかなったもので。あのまま続けていたらおそらく負けていたのは自分だろう。
……あのまま続けていたら、俺はどうしたんだろうな。
令呪でキャスターを喚ぶか? 最悪それに頼るほかないだろう。
そう考えたところで、隆文は気づく。
……ああ、そうか。
「結局。俺は他人任せしかできないクソ野郎ってことか」
自分に対する結論を呟くと、不思議なくらいに落ち着きが取り戻せた。
つまるところ。間宮隆文という人間は現状。他社の力を使わないと何もできない人間なのだ。
ただ、運が良かっただけ。ただそれだけで、どうにか生きている。
自分の実力でいえば、おそらく第四次の中ではウェイバーより多少はマシ、といったくらいだろう。
そのウェイバーですら。魔術的な知識等は隆文より上だろうし。何より常識に捉われず柔軟な発想が出来るのが彼の強みでもある。
隆文の場合はそれがない。
銃火器に対する知識も。魔術に対する知識も。戦闘に対する知識も。そしてそれらに付随する経験も。
何もかもが。この第四次聖杯戦争の参加者の中で劣っていた。
今は天運に見放されていないから生きている。
だが、運とは何時自分を捨てるか分かったものではない。
そんな曖昧なものに頼らないように人間は知識と経験を積み重ねるのだ。
ふと。右手に視線をやる。
手袋をしていて外からは見えないが、そこには聖杯戦争の参加者であるという証の令呪が刻まれている。
聖杯戦争に限り、三回だけサーヴァントに命令を効かせることができる絶対命令権。
如何にキャスターであろうと、事前に策を打っておかなければ抗うことが難しいだろう。
三画同時に使用すれば、おそらくどんな命令であろうとキャスターは従わざるを得ない。
そう――――例え自害を命じても、対応をしていなければそれまでなのだ。
「…………」
令呪の使用は簡単だ。
ただ、令呪に向かって強く念じればいいだけ。
それでサーヴァントに対する命令実行は終了。
サーヴァントも自害してしまえば、この世に自分を繋ぎ止めることが出来なくなり、英霊の座へと還っていく。
そうすれば、隆文は晴れて一般人。
あとは街の外に逃げればそれでいい。
ただ、当初と違う結末/前世と同じ結末 になるだけだ。
……ああもう。本当に。どうすりゃいいんだろうな。
「……ッ、寒っ」
十一月の冷たい風が隆文の体に突き刺さる。
それと同時に、ポケットの中にあるポケベルが鳴る。
見ると、大学時代の友人からの呼び出しだった。
内容は、久々に帰ってきたから一緒に食事をしようといったものだった。
こんな時にと思うが、今の隆文にそんなことを考える余裕はなかった。
特に何も考えず、場所と時間を聞いて了承した。
それと同時に腹が鳴った。
こんな状況でも腹が減るのかと、隆文は苦笑いしてしまう。
「……飯、食うか」
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「いやー! 駅でまさかの
「お前は鬼か? それと先輩。お久しぶりです。元気でしたか?」
「おう。お前らも変わりなさそうで良かったわ――――で。俺の財布にダイレクトにダメージ与え続けてることに関して何か言うことは?」
「あざっす!!」
「ご馳走様です」
「さてはお前ら敵だな?」
学生時代からこのメンツ揃って味方であったことなんてないでしょう。
嫌な事実を掘り起こされて天を仰ぐ昌と呼ばれた茶髪の男。
隆文たちの一年先輩で、大学時代に学年は違えど共に色々やらかした男だ。
現在隆文たちは駅前のファミレスに来ている。
目の前のテーブルには、所狭しと運ばれてきた料理が並べられていた。
……大半は昌の隣に座っている、黒髪と白のメッシュを入れた。今どきの若者といった風貌の男。
「兎塚は今何してるんだっけ?」
「んー? あー。俺は今編集の仕事してるよ。いやー。都会は便利だけど物価が高い高い」
「そりゃあそうだろ。んで。タカは何してんの?」
「あー……フリーター?」
急に二人は信じられないものを見る目で隆文を見始めた。
……あー。まだこの時代だとかなり異質な扱いか。
「なあ……お前、大丈夫か? 俺のとこ来るか? 仕事はそこそこ大変だけど給料いいぞ?」
「いや大丈夫ッス。あと兎塚はこっち指差して笑ってんじゃねえぶっ飛ばすぞ」
言うが早いか兎塚の頭に拳骨を落とす。
「ぐふっ……フッ。相変わらず、ナイスな拳だ」
「コイツ卒業してからさらに馬鹿になってないか?」
「悲しいことにこれが平常なんです」
「そうか。世界は残酷だな」
まったくだ。
学生時代を思い出しているのか、先ほどより幾分雰囲気が柔らかくなった隆文。
と、昌が隆文に問いかける。
「まあ仕事に関しては置いておくけどよ――――お前。なんかあった?」
その質問に内心冷や汗が出るが、すぐに平静を取り繕う。
「あ、それ俺も気になってたわ。なーんか昔と雰囲気変わってるよなあって」
「いや、別に……普通ッスよ。親が金持ってるからしばらく自由にさせてもらってるだけです」
「カッー!! いいよなあお前は!」
「兎塚。お前ちょっと黙れ」
はい。と、運ばれてきたミートドリアを頬張る。
「で、だ。お前マジで何かあったろ。雰囲気とかじゃなくて、なんかいつもと違ったし」
「先輩。それを雰囲気っていうんすよ」
「うるせえエスカルゴ突っ込むぞ」
もう突っ込んでるし。
ふがふが言いながら口の中に追加された食用カタツムリを食す友人から目を逸らし、隆文は昌に向き直る。
「まあ、本当に何も無いですよ。色々考えることはありましたけど」
「ふーん。その考え事って何よ」
「いや、マジでしょーもないことなんで……」
「その『しょーもないこと』でお前がそんなんなってんだから。少なくともお前の中じゃ重要なことなんだろう」
コーヒーを飲みながらそういう昌。
隆文はそれに何も言えなくなっていた。
「……無理に聞こうとは思わない。ただ相談出来るときにしとかないと後々面倒なことになった時に後悔するぞ」
真剣な表情で隆文を見つめる昌。
それに圧されたのか、隆文は少しずつ話し始めた。
「…………実は。少し今、面倒な案件に首突っ込んでまして」
「それは、仕事か?」
「あー……いや。どちらかというと避けては通れない道、みたいな」
「なんじゃそれ。就活みたいなもんか?」
「あー、まあそういう認識でいいよ」
続けて。と昌は言う。
「で。協力者? というか。まあ、俺のしていることに協力くれる子はいるんですが……」
「ですが?」
「いや、その……最近。一人で事を成さなきゃいけないことが発生しまして」
「ふむ。それで?」
「一応、成功したのはしたんですが……」
それ以降の言葉が続かない。
昌も兎塚も、次の言葉を急かすでもなく待っている。
「……まあ。それで自覚したんスよね。俺は、一人で全部やっている気になってて。その実ズルしてるんだなって」
「それは協力者がいることがズルってことなのか?」
「いえ……そこはまあ、前提事項というか。普通なので」
「話が読めんな。一人でやらなきゃいけないことを一人でやって、それがズルっていうのは何なんだ?」
それは、と隆文は考え込む。
それを見かねた昌が指摘する。
「お前変に真面目すぎるんだよ。
「それはまあ、そうですけど」
「え、なんで俺今貶められたの?」
普段の行いだろ。
しょんぼりしている兎塚を横目に、昌は続ける。
「まあいいや。ようするにだ。お前は今二人一組で何か大きな事をやろうとしている。その途上で、お前一人で解決しなきゃいけないことがあった。んで、お前はそれを成し遂げたはいいがどうにもすっきりしない。こんなところか?」
「まあ、そんなとこッス」
「じゃあその過程はお前にとって不満だったのか?」
「いや……過程は別に……」
「そうか。じゃあ結論から言う――――お前馬鹿だろ」
やや不機嫌そうに昌は隆文に言う。
「過程に不満があったのならまだわかる。結果に納得いかないってのもわかる…………ただその方法が気に食わんってなんだよそれ」
「それは…………」
「あ。俺分かった。あれだ。カンニングしてテストパスしたー、的なあれだろ?」
「……まあ」
「ハァ……だからお前は真面目過ぎるんだよ」
手元の香味チキンを食べながら昌は言う。
「いいか? この世の中、望んだ結果を掴める奴なんて中々いない。そんな中でお前は一番いい結果を引いたんだろうが」
「それは……そう、なんですけど」
「兎塚の例えじゃないが、カンニングだって別にいいじゃねえか。お前の様子から見るに、カンニングするしか方法がなかったんだろ? ならお前は最適解を引き当てて望んだ結果を手に入れたんだ。十分すぎるだろ」
上々だ、と昌は不機嫌さを隠すこともなく隆文を見る。
「先輩。なんでそんな不機嫌なんスか?」
「あ? こちとらお前らより一年早く社会に出たんだぞ? 理不尽なんざ喰らいまくってるわ……ああ思い出すだけで腹立つなあのハゲ! 人の成果横取りしやがって!!」
「あー。そういうやつって本当にいるんですねえ」
「無駄に年月だけ重ねてるからな――――まあそのあと同僚と結託して窓際に追い込んだけど」
えげつねえ……暗い笑みを浮かべながら話す昌に兎塚はドン引きしている。
その様子を見て、隆文は少し笑った。
「ったく。いいか? 多少狡い手段であろうといいんだよ。どうせ実力が足らないとかの理由でそういう手段しか残ってなかったんだろ」
「それは……はい。そうです」
「ならいいんだ。
「おおっ。先輩すげーカッコいいっすね。社会人みたい」
「縦横360度どっからどう見ても社会人なんだが?」
まあまあ、と宥める兎塚。
「あ、俺からもアドバイスってわけじゃあねえがよ。協力してくれる人がいるんだろ? だったら頼れよ。お前昔から一人でやろうとする癖直せよいい加減」
「俺は別にそういうつもりじゃないんだがな。ただ一人でやった方が周りも助かるだろうなって思って」
「それ。実は一番迷惑だからな?
それを聞いて、はたと思い出す。
……そうじゃん。最初から頼りまくってるじゃん。
魔術の教導に、「場」の作成。思い返せば最初から隆文はキャスターを頼っていた。
今回だって、令呪を使わずとも念話を使えばアサシンに気取られることなく事を成せたかもしれないのだ。
それを邪魔していたのは……
……俺の意地、か。
「意地は悪いことじゃねえが時と場合を考えな。形振り構ってられないことだってあるだろ」
「そうそう。逆に人を頼るのが上手いやつになれよ。そういう人の方が印象いいぜ?」
「お前は少し自分でやれ」
そういって二人は笑い合う。
それにつられて、隆文の少し笑った。
「まあそれに、だ。これはお前昔からそうだけどよ」
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その後。二人と別れた隆文は一人、ぼんやりと街を歩いていた。
時刻は午後二時。あと二時間もすれば暗さが空を染め上げるだろう。
隆文はファミレスで昌と兎塚に言われたことを思い出す。
『お前はなんだかんだ言って。やるべきことから逃げない奴だよ』
『自分がやらなきゃ、って思ったら絶対にやり遂げるもんな。お前』
……俺ってそういう風に周りから見られていたのか。
ただやれることをやっていただけなんだがなあ。
そう考えながら、街を歩く。
周囲はまだ人の歩きは少ないが、陽が落ちてくれば通勤通学している者たちで溢れ、主婦はスーパーの特売に向かうだろう。
……出来るのか? 俺に。
未だに。龍之介との戦いを思い出すと背筋が凍る。
――――君はさ。何が望み?
最後に龍之介が隆文にそう尋ねてきた。
あの時。隆文は答えることが出来なかった。
その答えは。今でも明確に答えることができないでいた。
……ちゃんと参加する前に、決めたはずなんだけどなあ。
ファミレスでの気分も萎み、隆文は帰路についた。
ジョインジョイントキィ(意味はない