キャスターは一人。自宅で隆文の帰りを待っていた。
すでに隆文が言っていた「場」は完成した。あとは起動すればよいだけとなっている。
だが、相変わらず隆文の意図が読めない。
……なぜあの場所に拘るのでしょう。
霊脈的には確かに優れている。この街でも五指に入る霊地だろう。
だが戦略的には全く向かない場所だ。
それなのに隆文はあの場所を頑なに気にかけている。
まるで、この先何かがあの場所で起こると言わんばかりに。
……まさか予知? いえ。マスターにそのような能力はなかったはず。
キャスターはあれこれ考えてみるが、どれもしっくりこなかった。
やがて、こういう風に考えるのは自分の役目ではないと思考を止めた。
「マスター……」
思えば、召喚されてからこっち。自分の召喚者についてほとんど何も知らなかった。
最初はそれでいいと思っていた。
召喚されたこと自体驚いたが、そういうこともあるのだろうと。
何より。触媒が
印象としては……どこにでもいる、普通の青年。
キャスターの時代にもいた。極平凡な生活をしている人間。
おそらく人数合わせで強制的にマスターとならざるを得なかった。そんなところだろう。
キャスターは叶えたい願いがあるわけではない。
というより
なぜなら自分は――――
「キャスター」
突然、背後から声がした。
振り向くと、隆文がいつの間にか帰ってきていた。
顔色は出かける前に比べて幾分よくなった気がするが、それでも声に覇気がないのは変わらなかった。
「どうしましたか?」
「ああいや……「場」の調整はどうなってる?」
「そちらは問題なく。すでに完了してます」
「…………そっか」
それだけ言うと、ソファに座る。
また沈黙の空間が訪れるかと思ったが、意外にも先に会話を切り出したのは隆文の方だった。
「キャスター……戦闘訓練、頼んでいいか?」
「戦闘訓練、ですか?」
「まあ、所謂模擬戦闘みたいなものだよ」
体を起こすとキャスターに向き直る隆文。
「アイツとの対面で分かった。俺には戦闘を乗り越えるだけの技量がない。だからその分も鍛えてほしい」
「ですが、マスターが戦うような状況は……」
「分かってる……基本。聖杯戦争に於いて、マスターが戦うのは相手のマスターだけ」
当然である。
スペックも技量も。何もかもが桁外れの英霊相手に戦える魔術師が一体何人いるのだろうか。
よしんばいたとしても。相当特殊な状況じゃなければ勝ちは拾えないだろう。
「それに。相手のマスターは基本前に出てくることはない。だから無理して相手をする必要はない」
「はい。その通りです」
「でもな……不測の事態ってのはどうしたって起こるんだ」
それに備えたいと、隆文は言う。
キャスターはその言葉に違和感を感じる。
……この人はどうして。
それは、魔術の訓練をしていた時から感じていた。
「……マスター」
「ん?」
もしかして貴方は――――
「誰も死なせずに、この聖杯戦争を終えようとしているのですか?」
そう聞かれて一瞬言葉に詰まるも、隆文は告げる。
「いや。そりゃあ……人が死なないに越したことはないだろ」
隆文がそういうとキャスターはため息をつく。
「いいですかマスター。これは聖杯『戦争』です。誰かが亡くなるのが前提なんです」
「それは分かってるけど……」
「いいえ」
隆文を見据えるキャスター。
その瞳は、実際の戦争を目の当たりにしてきた者の力強さと威厳を感じる。
「マスター。貴方は
「完璧って……」
「『誰も死なせてはならない』『街に被害を出してはならない』『全てを円満に解決しなければならない』」
キャスターが言葉にすると、隆文は言葉が出なくなった。
「確かに理想は大事です。目指すべき場所が定まっていない力はただの暴力。災害と同じですから」
でも、
「それだけを追い求めていたら、いつか自分だけではなく周りも壊します」
「ッ、いや。俺は……」
マスター、とキャスターは隆文が顔を逸らさないように両手で頭を抑える。
「完璧、なんてことは熟練の戦士でも無理なんです。必ず何処かで綻びが出ます」
「あ、ああ。分かってる……分かってるんだ」
いいえ。
キャスターは一歩、さらに距離を詰める。
「マスターは自分で思っている以上に自分を追い詰めています」
何かを言おうとした隆文だが、その言葉が出てこなかった。
キャスターは顔から手を離し、隆文の顔を見つめている。
……俺は。
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ふと。隆文は常に持ち歩いているポケベルを手に取る。
画面には何も表示されていないが、友人たちとの連絡の手段として大いに活用している。
……ああ。そういや。
液晶を指でそっと撫でる。
「……最初は、ただ。死にたくなかっただけなんだ」
ぽつりと、隆文は呟く。
「令呪が出て……マジでふざけんなって、思ってたよ。こんなことに強制参加させられるとかさ」
普通に生きていたはずなんだけどなあ。
特にこれといって特筆すべきこともなく生きてきた。
学生時代は学生らしく時折無茶な馬鹿もやった。
特に同級生の兎塚や一年先輩の昌とはよくつるんで行動していた。
「参加するしかなくなって。あちこち必死になって魔術の痕跡探して……それでも恐怖は抜けなかった」
「聖杯戦争から逃げ出す、という方法もあったのでは……?」
「……そう、かもな」
思えば。全てを投げ出して逃げればよかったのかもしれない。
あの時。父親の誘いに乗っていれば、今頃は安全な場所で過ごせていたのかもしれない。
友人はどこでだって作れるし、もしかしたら。あの結末を迎えても友人たちは無事だったのかもしれない。
けれど……
……嫌だったんだろうなあ。いや。間違いなく嫌なんだ。
見知った人たちがいなくなるのが嫌、ではない。
身勝手な魔術師たちに自分の故郷をこれ以上好き勝手されるのが嫌、でもない。
ただ――――いつか未来の自分が、今日という日を忘れられなくて嫌悪を抱き。ずるずると生き続けるのが嫌なんだ。
……ああなんだ。
「結局。俺は、俺のためだけにしか生きられないんだな」
徹頭徹尾自分自身。
それを自覚すると、全身から力が抜けてソファにもたれかかった。
……あれだけ守るとか言ってたのになぁ。
他人のために行動していると思っていたがその実。自分のための行動しか起こせなかった。
「……キャスター。前も言ったろ。俺はそんな高潔な人間じゃない」
「いいえ」
先ほどよりも力の篭もった声で、キャスターは隆文の言葉を否定する。
「マスター。貴方は一つ勘違いをしています」
「勘違い……?」
はい。
キャスターは相変わらず隆文を真っ直ぐに見ている。
隆文も、キャスターの言葉に聞き入っているのか、キャスターと顔を合わせる。
「多かれ少なかれ。戦いというものには
「それは……」
「その中で。他者を思い、奮起する者がいます。これ以上の悲嘆を広げないようにと、剣を執る者がいます――――それでも全ては救えないのです」
どれだけ力があろうとも。
どれだけ条理を覆せる存在であっても。
救える数には限界が存在している。
「見捨てなきゃいけない者たちがいます。守った者と戦わなければいけない時もあります」
「そう、だろうさ。だからこそ……!」
「だからこそ――――まず自分を守らなければいけないのです。そうでなくては、誰も救えない」
キャスターは、少し哀しげな瞳で隆文を見る。
「いいんです自分本位で。そういう人々を、私はたくさん見てきました。悪道に堕ちたものもいました。けれどその中にも。確かに誰かのために立ち上がる人もまた、多くいました――――結局そういう人たちも、志半ばの人が多いのですが」
寂しげに苦笑する。
「まずは自分を守りましょう。足りない力は、私が補います」
「……出来るのか、俺に……?」
隆文は俯きながら、小さく呟く。
キャスターはそれに、はいと答え立ち上がる。
「勇壮なる戦士の雛よ。我が名に懸けて、貴方に力を授けましょう」
「……RPGお決まりの台詞みたくなってるぞ」
RPG……? キャスターが首を傾げる中、隆文も苦笑しながら顔を上げる。
……自分本位、か。
割と自分勝手な方だと思っていたんだがな。
だがキャスターの言うことも最もだ。
完璧なんて目指したところで必ず何処かで綻びが出る。それが人間だ。
そして、隆文は一人。そうして壊れてしまった人間を知っている。
この聖杯戦争で、おそらく一番戦いを嫌悪している人間を。
段々と思考が戻ってきた。
雨生龍之介はもういない。ジル・ド・レェもいない以上、もう冬木の人間が犠牲になることはないだろう。
そう――――最後を除けば。
ならば今目指すのはその最後……聖杯降臨による
隆文は一回、深く息を吐く。
昼間に兎塚に言われたことが思い出される。
……周りを頼れ、か。
そりゃそうだ。隆文は立ち上がり、今度は自分からキャスターに向き直る。
「キャスター。スマン。それと、ありがとう。これから……
「……はいっ」
まだ吹っ切れてはいない。
それでも、区切りはつけよう。
そう思い、隆文はキャスターに改めて頼み込む。
その後。スパルタのような特訓に悲鳴を上げることになる。
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「…………」
言峰綺礼は、自室で考えていた。
今朝方のニュースで報じていた男性の遺体。
アサシンによると、どうやら先日の魔術師の一人だった。
遺体があった場所も、戦闘があった場所から随分離れたところの水路上。
報告によると、あの後不意に戦闘が終わり。死霊使いの男の方が先にその場を離れた。
不運なことに、その場にはアサシンは一人しかつけていなかったためどちらかしか追えなかった。
已む無く死霊使いを追いかけていると、急に水路で自身の腹を裂いたという。
その表情は、答えを得た求道者のようだったとアサシンは語った。
……答えを得た、か。
綺礼はそれに若干、腹が立った。
彼もまた。自分の中に納得する答えを求める者だ。
そのためには、どんな苛烈な修行すらも乗り越えてきた。
だが、未だに納得する答えを得ることは叶わなかった。
だというのに。どこの誰とも知らぬ青年はその答えを得て死んでいった。
……いや、違う。
綺礼は片手で頭を押すようにする。
答えを得たことが腹立たしいのではない。
その思考の帰結に、綺礼はハッと我に返り頭を振るう。
「馬鹿馬鹿しい……」
他者を羨むのならまだわかる。だがこれは……
綺礼が沈黙すること数十分。ある考えに行き着く。
……そういえば。我が師は最初、キャスターのマスターの線を疑っていた。
最終的にはそれはないと断言されたが、綺礼にはどうしても気になっていた。
死んだ男ではなく、生き残った男の方に。
……確かに。キャスターのサーヴァントを従えているのなら聖杯戦争終盤まで身を潜めているのが普通だ。
キャスターは決して正面戦闘が得意なサーヴァントではない。
単純な格闘技術ならおそらく自分の方が上だろうと思う。
故に遠坂時臣は、こんな序盤で出てくる魔術師がキャスターのマスターなわけはないと思ったのだが。
……何か目的があった?
だが一体……
ふと綺礼は、あの近くにはランサーのマスターが宿泊しているホテルがあったということを思い出す。
だがそのホテルも今や見るも無残な姿に爆破されている。
……爆破があったのはあの二人が邂逅するほんの数分前。
偶然か? そう思う綺礼だが即座に否定する。
聖杯戦争の関係者がいる場所に襲撃があった。
その近くに魔術師が二人いる。これを偶然で済ませていいわけがない。
綺礼は再び思考の海に埋没する。
……時臣師は現状、ギルガメッシュの制御に苦戦している。あの令呪の一件以降は殊更気を使われているようだ。
ならば、各陣営の調査を任されている自分が出るべきだろう。
「アサシン」
「御傍に」
アサシンの一人が即座に綺礼の傍に現れる。
「先日の魔術師二人の戦闘があったのは覚えているか?」
「はっ。そのことは我らの中でも共有されました」
「ならばアサシン。生き残ったもう一人の行方を早急に調べ上げよ。キャスターのマスター……少なくとも、聖杯戦争の関係者の可能性が高い」
御意、とそれだけ言うとアサシンは消えた。
綺礼は椅子の背もたれに全身を預ける。
考えるのは、あの傲岸不遜な英雄王に頼まれた仕事である「各マスターの聖杯を求める動機」の調査。
……あの青年がキャスターのマスターだとしたら。
「お前は一体。何故聖杯を求める……?」
キャスターのステータス
筋力・C
耐久・B
敏捷・B
魔力・A+
幸運・D
スキル
神性・D
本来はAランクだが、ある事情によりランクダウンしている。
対魔力・B
■■■■・A
陣地作成・A-
道具作成・C